●リプレイ本文
●不思議な木箱
「不思議な依頼ね‥‥。箱の中身を見てはいけないなんて‥‥。 新発明された品とか、新技法の芸術品とかかしら。 でも、そんなに見られてはいけないものなら、自分で運んで、護衛を依頼すればいいのにね。穴があいているのも不思議‥‥。空気に触れていないと、ダメなものが入っているのかしら? まぁ、プロの冒険者としては、中身を気にする事よりも、きちんと任務を果たす事を考えないとね」
不思議そうに木箱を見つめ、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)が街道を進む。
この木箱は冒険者ギルドにやってきた依頼主から預かった物で、隣町にある店まで運ぶ事になっている。
‥‥とは言え、この木箱を受け取るまで、妙に時間が掛かった。
まるでリレーのように何人もの間を経由しているらしく、依頼主も詳しい事は知らないようだ。
しかし、箱の中に何が入っているのか教えてもらう事が出来ず、中身を知らぬまま目的地まで運ばねばならなかった。
「楽そうな仕事、だと思うんだけど‥‥、誰も成功させて無いのって、依頼主が余計な事を言うからじゃないの?」
呆れた様子で溜息をつきながら、水鏡凪波(ea6410)が依頼主の言葉を思い出す。
確か依頼主は『箱の中身を見てはいけない』と言っただけで、他には何も言わなかった。
そのため、依頼を受けた冒険者達の中には、中身を見たいという誘惑に勝つ事が出来ず、箱を開けてしまったのかも知れない。
だが、凪波は箱の中身にまったく興味がないため、別に見たいとも思わなかった。
‥‥触らぬ神に祟りなし。
世の中には知らない方が良い事もあるからだ。
「何か犯罪に関するものでなければ良いのだが‥‥。知らずのうちに悪事の片棒を担ぐ事になってはかなわないからな。盗賊に狙われているという事は、単に価値のある品なのか……。それとも盗賊から奪った品ものなのか‥‥、気になるな」
念のため神秘のタロットで箱の中身を占い、鷹司龍嗣(eb3582)が表情を強ばらせる。
一応、犯罪に関係した物ではないようだが、それ以上の事は何も分からなかった。
「まぁ‥‥、危険な物じゃないから、大丈夫じゃないのかな? 後は壊れ物かどうかだけど‥‥、一応、取り扱いに注意は必要かな?」
囮用の箱をいくつか作っておき、本多文那(ec2195)がニコリと笑う。
しかし、全く同じようには作る事が出来なかったため、盗賊達が木箱を見た事があった場合は無意味であった。
「何だか人を試すような依頼だね〜。何重にも包装して、ご丁寧に『封印』印までつけといて、『絶対に見てはいけない』なんて‥‥。 それなのに何故か蓋のところに穴がある。穴があるって事は、中は生き物? 盗賊達に狙われているって事は、稀少なもの??」
興味津々な様子で木箱を見つめ、大泰司慈海(ec3613)が首を傾げて腕を組む。
色々と疑問は尽きないのだが、昔から『見てはいけない』ものを見てしまって、良い事が起こった試しはない。
それに箱の中身を見てしまった時点で、依頼が失敗してしまうのだから、そこまで危険を冒す価値もなかった。
「‥‥僕達がすべき事は、この木箱を無事に目的地まで運ぶ事‥‥。それだけ考えておけば、問題ないんじゃないのかな‥‥?」
風呂敷で包んだ偽物の木箱を抱え、瀬崎鐶(ec0097)が答えを返す。
先程から妙な気配を感じているのだが、辺りに人がいるためか襲ってこない。
もちろん、その方が何かと都合がいいのだが‥‥。
●盗賊達
「もうすぐ目的地ね。このまま何も起らなければいいんだけど‥‥」
警戒した様子で辺りを見回しながら、フォルナリーナが溜息を漏らす。
いつの間にか妙な気配も消えていた。
それが単なる気のせいだったのか、相手が諦めてしまったのか、よく分からなかったが、とにかく危機は去ったようである。
「‥‥残念だが、そうもいかないようだな」
ヴォーロスの指輪が危機を察して熱を帯びたため、龍嗣が険しい表情を浮かべて仲間達に警告した。
どうやら盗賊達は先回りをしていたらしく、茂みに隠れて冒険者達を待ち構えているようだ。
「‥‥危ないところだったね。左の茂みに3人、右の茂みに3人。それから背後に2人。この2人はさっき着いたばかりみたい‥‥」
バイブレーションセンサーを使い、文那が盗賊達の位置を特定した。
盗賊達は一気に攻撃を仕掛けるつもりでいるらしく、少しずつ冒険者達との間合いを詰めている。
しかし、ここで派手に動けば盗賊達に逃げられてしまうため、なるべく平静を装って街道を進む事にした。
「どうやら‥‥、動き出したようだね」
茶毛吉(優れた忍犬)と、茶毛丸(幼い忍犬)が吠えだしたため、凪波が手裏剣を構えでゴクリと唾を飲み込んだ。
それと同時に盗賊達が茂みから顔を出し、弓を構えて冒険者達に警告した。
「大人しくそれを渡してもらおうか。そうすれば命だけは助けてやる。だが、もしも嫌だというなら、命はねえ!」
嫌らしい笑みを浮かべながら、盗賊の頭が冒険者達の心臓に狙いを定める。
盗賊達が約束を守るとは限らないが、このまま従わなければ命はない。
そのため、何とかして盗賊達の気を逸らし、少しでも反撃する事の出来るチャンスを作る必要があった。
「キミ達が欲しいのは、この箱だろ?」
含みのある笑みを浮かべながら、慈海が偽物の箱を盗賊の頭めがけて放り投げる。
次の瞬間、盗賊の頭が間の抜けた声を上げ、偽物の木箱をキャッチした。
「あんまり乱暴に扱うんじゃねぇ。どれどれ‥‥、中身を拝見しないとな。‥‥って、ニセモノじゃねえか」
殺気に満ちた表情を浮かべ、盗賊の頭が木箱を地面に叩きつける。
その途端に風呂敷が舞い上がり、冒険者達がバラバラになって茂みに飛び込んだ。
「絶対に逃がすんじゃねぇ。そいつらを血祭りに上げてから、木箱を回収しろ!」
血に染まった蛮刀を高々と掲げ、盗賊の頭が命令を下す。
その命令に従って盗賊達が蛮刀を引き抜き、冒険者達に襲いかかってきた。
「‥‥乱暴だな。木箱が壊れても‥‥いいのかな‥‥」
大切そうに木箱を抱きかかえ、鐶が盗賊達の蛮刀を避けていく。
盗賊達が木箱の事を何処まで知っているのか分からないが、このまま逃げ続けるわけにも行かないので倒すしかなさそうだ。
●木箱の中身
「すっかり頭に血が上っちゃっているみたいだね」
少しずつ間合いを取りながら、文那が盗賊達の振り下ろした蛮刀を小太刀で弾く。
盗賊達は怒りで我を失っているためか、まったく連携が取れておらず隙だらけである。
「ええいっ! 何をやっている! 殺せ! 皆殺しだっ!」
不機嫌な表情を浮かべながら、盗賊の頭が大声をあげて蛮刀を振り回す。
そのため、盗賊達も落ち着いて考えているさえ出来ず、ヤケになって冒険者達に斬りかかってきた。
「‥‥って、木箱はどうでもよくなっていない!?」
偽物の木箱を高々と掲げ、凪波がダラリと汗を流す。
しかし、盗賊達は聞く耳を持っておらず、次々と冒険者達に斬りかかっていく。
「やられる前に殺れって事か。私達を恨まないでくれよ。仕掛けてきたのはそっちだからな」
盗賊達にムーンアローを放ち、龍嗣が警告混じりに呟いた。
本当なら無難に解決したかったのだが、このままでは自分達の身に危険が及ぶ。
それを防ぐためには反撃する以外の選択肢が残されていなかった。
「だからと言って殺すわけにも行かないわ。親玉さえ倒せば所詮は烏合の衆なんだし‥‥」
盗賊の頭にスタンアタックを放ち、フォルナリーナがクスリと笑う。
次の瞬間、盗賊達が青ざめた表情を浮かべ、蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。
その後、盗賊の頭から木箱について話を聞いてみたのだが、彼も中身までは知らなかったらしく、『冒険者達に依頼するぐらいだから、価値のある物だろ?』と答えを返した。
「‥‥呆れたね。何も知らなかったなんて‥‥。でも、これで木箱を無事に届ける事が出来そうだね‥‥」
本物の木箱が無事である事を確認し、鐶が仲間達を連れて商人の店にむかう。
店の前では商人達が待ち構えており、冒険者達の前で木箱を受け取った。
「ところで木箱の中には何が入っているの? いや、ちょっと気になっただけだけど‥‥」
妙な違和感を覚えたため、慈海が商人達を引き留める。
商人達の話では木箱を開けてしまうと、消えて無くなってしまうらしく、誰も箱に何が入っていたのか、知っている者がいないらしい。
そのため、最初から何も入っていなかったのか、それとも箱を開けてしまったから消えてしまったのか、判断が分かれているようだが、強いて言うなら、箱の中身は人間達の好奇心。
商人達の店では、この箱を神社から受け取り、幸運のお守りとして神棚に置いていたらしい。
結局、箱の中身がなんだったのか、ハッキリとした答えは出なかったが、何が入っているのか分からないと言う事は、それだけ好奇心を刺激するものだという事を理解する事が出来た。
これからも木箱は冒険者達によって運ばれてくるはずだが、その大半が誘惑に負けて中身を確認してしまうだろう。
なぜなら、それが人間の性だからである。