●リプレイ本文
●場面1 村人達
「ほ、本当に大丈夫なのか‥‥?」
心配した様子で声をかけながら、村人達が身を強張らせる。
冒険者達は依頼主である村人達を帰すため、そこまで続いている街道を歩いていた。
その途中には鬼が棲むと言われる谷があり、村人達の不安を誘っている。
しかも村人達は街道を通り抜けるため、鬼達に対して生娘の生贄を捧げており、後ろめたい気持ちもあるようだった。
もちろん、それは自業自得でもあるのだが、村人達にとっても苦渋の選択だったので、彼らばかりを責められない。
「もちろん、大丈夫よ。その代わり、鬼について分かっている事をすべて話してもらうわ。何も知らないまま、鬼に勝負を挑むほど無謀ではないから‥‥」
爽やかな笑みを浮かべながら、南雲紫(eb2483)が口を開く。
そのため、村人達は気まずい様子で視線をそらし、『鬼については分からない』と答えを返す。
だからと言って『はい、そうですか』と納得するわけにもいかないため、どんな些細な事でも分かっている事があれば教えてほしいと付け加えた。
「そ、そんな事を言われても、俺達だって必死だったからなぁ。とにかく鬼は沢山いたさ。小さいのから大きいのまで、色々と‥‥。でも、冷静に鬼の数を数えている暇なんてなかったからなぁ」
しどろもどろになりながら、村人達が記憶の引き出しを開けていく。
だが、記憶力よりも恐怖心の方が勝っていたため、大した事を思い出す事が出来なかった。
その上、何度も思い出す事と言えば、生贄として置いてきた村娘の悲鳴ばかり。
そんな状態だったので鬼の事を聞かれても、具体的に答える事が出来ないようである。
「それじゃ、何も分からないのと同じじゃないか」
戦闘馬に乗って周囲を警戒しながら、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が呆れた様子で溜息をつく。
ほんの少しでも鬼に関する情報が分かれば、それだけ対策が練りやすいのだが、あまりにも村人達の話が曖昧なので、アテにするわけにはいかなかった。
とは言え、村人達の案内がなければ村に辿り着く事が出来ないため、どんな事があっても彼らを失うわけにはいかない。
ただし、村人達はすっかり怯えきっているので、ちょっとした物音がしただけでも、大慌てで逃げ出してしまいそうである。
「‥‥気をつけてください。ここからは鬼のテリトリーです」
谷に差し掛かった途端、戦闘馬がやけに興奮したため、ソペリエ・メハイエ(ec5570)が仲間達に対して警告した。
それと同時に鬼の群れが茂みから飛び出し、ソペリエ達に襲いかかってくる。
そのため、村人達が悲鳴をあげて腰を抜かし、必死になって地面を這う。
「誰も死なせません。無論、生贄に志願された女性も、です」
高速詠唱でコアギュレイトを発動し、琉瑞香(ec3981)が人食い鬼の動きを封じ込める。
それに合わせて冒険者達が刀を抜き、鬼の群れに斬りかかっていった。
●場面2 鬼の群れ
「ざっと数えただけでも数十匹‥‥。よほどここを通したくないようですね」
冷静に鬼の数を確認しながら、ソペリエが疲れた様子で溜息を洩らす。
鬼の群れは小鬼や茶鬼が大半だが、中には人食い鬼なども混ざっており、油断する事が出来ない。
その上、鬼の群れが行く手を阻むようにして陣取っているため、このまま強行突破するわけにもいかないようである。
「妙刃、水月!」
村人達にホーリーフィールドを付与し、メグレズがわざと目立つようにして、鬼の群れに攻撃(デッドorライブ+カウンターアタック+スマッシュの合成技)を仕掛けていく。
そのため、鬼の群れはメグレズを集中して狙い、少しずつまわりを囲んでいった。
だが、誰ひとりとしてメグレズを傷つける事が出来ず、彼が振り下ろした刃によって次々と命を落とす。
「本来ならばこれ以上、生贄を出さなくてもいいように、鬼をすべて叩いておきたいところだけど、依頼主や他の仲間を危険にさらすわけにはいかないから、私達の邪魔をしないのなら逃がしてあげるわよ」
含みのある笑みを浮かべながら、紫が茶鬼の喉を掻っ切った。
次の瞬間、茶鬼の首から鮮血が吹き出し、辺りに凄まじい悲鳴が響き渡る。
それでも鬼の群れは冒険者達に攻撃を仕掛け、その矛先を村人達に対しても向けていく。
「後先考えずに攻撃を仕掛けてくるなんて‥‥、よほど死ぬのが怖くないんですね。それとも人間の味が忘れられなくなってしまったとか‥‥」
村人達を守るようにして陣取りながら、瑞香が小鬼にコアギュレイトを放って動きを封じ込めた。
その間に村人達が瑞香の背後に隠れ、怯えた様子で身体をガタガタと震わせる。
しかし、村人達が身体をガッチリと押さえているため、鬼と戦う事が困難になっており、次第にストレスが溜まっていった。
だからと言って村人達を振り払うわけにもいかなかったので、仲間達に援護をしてもらいつつ後ろに下がっていく。
「トゥシェ!」
水晶の小盾を構えて瑞香達を守りながら、ソペリエがスマッシュ+バーストアタックEXを放って鬼を倒す。
それと同時に人食い鬼が棍棒を振り上げ、自らの力を見せつけるようにして襲いかかってきた。
「妙刃、破軍!」
一気に間合いを詰めながら、メグレズが人食い鬼に反撃する。
その一撃を喰らって人食い鬼の頭がパックリと割れ、噴水の如く鮮血が吹き出した。
次の瞬間、鬼の群れが一気に戦意を喪失させ、蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。
「ようやく自分達の愚かさに気付いたようね」
逃げ惑う鬼達の姿を眺めながら、紫が刀についた血を払う。
このまま鬼の群れを追撃する事も出来たのだが、村人達が放心状態に陥っているため、早めに村を目指した方が良さそうである。
「あ、あれは‥‥」
ハッとした表情を浮かべ、瑞香がダラリと汗を流す。
そして、その視線の先にあったのは、生贄となった少女と思しき骨だった。
●場面3 村
「‥‥みんな、無事か」
瞳に溢れんばかりの涙を浮かべ、村長が無事に帰ってきた村人達を抱きしめる。
今回の選択は村長にとっても辛い事だったため、夜も眠る事が出来なかったらしい。
そのため、生贄となった少女に対して罪の意識を感じており、他に選択肢がなかったのかと、何度も考え込んでしまったようである。
「ああ、俺達は何とか‥‥。でも‥‥」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、村人達が何も言う事が出来ず視線を逸らす。
結果的に彼女を鬼の群れに放り込んだのは自分達であるのだが、白骨死体を目の当たりにしてしまったためか、その事を口に出す事が出来ないようである。
一応、村長も彼らの言いたい事は分かっていたが、その事実を受け入れたくないため、何も言う事が出来なかった。
「‥‥何を躊躇っている。あの娘を生贄にすると決めた時から、覚悟が決まっているんじゃなかったのか? それとも変わり果てた娘の姿を目の辺りにして良心が痛んだのか?」
不機嫌な表情を浮かべながら、紫が村人達をジロリと睨む。
やむを得ない事情があったとは言え、村人達が下した選択が正しいとは思えないため、どうしても彼らに同情する事が出来なかった。
だからと言ってこの場で彼らに説教をしたとしても、生贄となった彼女が帰ってくる事はない。
「例え病に侵されていたとは言え、こんな事をする事は間違っています。例え本人から生贄になる事を望んでいたとしても、それが本心ではない事くらい分かっていたはずです。その事が分かっていながら、彼女を生贄にした罪は‥‥、重いですよ」
村人達の態度に腹が立ってしまったため、瑞香が思っていた事を口にする。
もちろん、このまま我慢して穏便にコトを済ませる事も出来たのだが、生贄となった彼女の事を考えるとどうしても我慢する事が出来なかった。
それに彼女の苦しみを考えれば、村人達の苦しみなど大した事がなかったように思えてしまう。
「谷にはまだ鬼の群れが残っている。貴殿らが望むのであれば、これから倒しに行くが‥‥、どうする?」
村人達に語りかけながら、メグレズがジッと答えを待つ。
だが、村長はゆっくりと首を横に振り、『そんな簡単に片付く問題ではない』と返事を返す。
どうやら村長は冒険者達に鬼退治を依頼した事があったようなのだが、中途半端に倒して帰ってしまったせいで、仕返しに遭って家族を失ってしまったらしい。
その事がトラウマになっており、よほどの事がない限り、鬼達と関わりたくはなかったようである。
それでも村の事を考えて出した結論がこれだったので、しばらく立ち直る事は出来ないだろう。
「こんな事ばかりしていたら、いずれ村が滅びますよ。鬼達だって馬鹿じゃない。いつまでも、この村を放っておくわけがありません。そうなった時に助けを求めたとしても、私達が助けに行く事は出来ませんからね」
警告混じりに呟きながら、ソペリエが村人達に対して視線を送る。
しかし、村人達の意思は変わらず、『ならばそれも運命だ』と答えを返す。
そのため、冒険者達は村の行く末を案じながら、村人達に別れを告げてそれぞれの帰路に就くのであった。