●リプレイ本文
「いい天気ですね」
大きく息を吸い込みながら、栄神望霄(ea0912)が森の空気を堪能する。
今日はいつもと比べて涼しいため、ごるびーの捜索もそれほど苦ではない。
「ええ、本当に‥‥」
ほんわかとした様子で息を吸い、大宗院鳴(ea1569)が望霄の隣で微笑んだ。
この湖は以前までツチノコ事件で騒がれていたため、ときどき妙な人影を目撃するのだが、こちらには興味がないのか相手側から話しかけている事はほとんどない。
「何故カワウソとイタチが恋など‥‥」
少し釈然としない様子で辺りを見回し、巽弥生(ea0028)がごるびーを探す。
イタチとカワウソは似ているようで違うため、普通なら恋をする事など有り得ない事だが、ごるびーにとっては水かきがあるかないかの違いしかないため、それんと恋に落ちてしまったらしい。
「動物も恋をするのですね‥‥」
ごるびーとそれんが駆け落ちした事を不思議がり、鳴が驚いた様子で口を開く。
確かにごるびーもいいお年頃だと思うので、誰かに恋をしてもおかしな事ではないのだが、その相手がカワウソではなくイタチとなると、話はかなり変わってくる。
「ごるびー君、人気者で狙われているのは知っているでしょうに」
苦笑いを浮かべながら、刀根要(ea2473)が新鮮なイカを用意した。
ごるびーはイカが大好物なため、これを使って罠を仕掛ければ引っかかる可能性が高い。
「ごるびー殿が行方知れずで一大事じゃと!? ‥‥ツチノコ事件のあの時、湖畔の小屋で姿を見ておりながら迂闊‥‥。恥ずべき失態、一刻も早く無事を確認せねば」
ごるびーの好物であるイカを身体にくくりつけ、秀真傳(ea4128)が森をズンズンと突き進む。
その途中でヘビやイタチに噛み付かれたが、ごるびーらしき影は見当たらない。
「そ、それは一大事なのじゃっ、一刻も早く探さねばならぬのぅっ」
血反吐を吐くほど驚きながら、枡楓(ea0696)が辺りを見回した。
しかし、途中で重大な事に気づき、楓の動きがピタリと止まる。
「‥‥ところで、ごるびー君ってなんじゃ?」
いきなり冷静になって首を傾げ、楓が慌てて仲間達から説明を受けた。
「‥‥む、なるほどっ。この辺りの湖が怪しいのじゃな。しかし、開けた場所を虱潰しちゅうのもしんどいものがあるのぅ」
困った様子で辺りを見つめ、楓が大きな溜息をつく。
カワウソやイタチはそれほど大きくはないため、一度草むらに隠れてしまうと見つけにくい。
「‥‥となるとツチノコ事件で仕掛けられた罠に、ごるびーやそれんが引っかかっているかも知れないな」
未だに一攫千金の夢を捨てきれず、朝宮連十郎(ea0789)が自分の仕掛けた罠を確認する。
万が一の事を考えて仕掛けた罠は殺傷力ゼロのもの。
‥‥自然に優しい罠らしい。
(「‥‥とは言え、こんな事を仲間達に知られたら血祭りに上げられるな。ただでさえ罠を仕掛けた事でヒヤヒヤしているのに‥‥」)
気まずい様子で視線を逸らし、連十郎がそそくさと罠を隠す。
罠には何も掛かっていなかったが、見つかれば仲間達だって決していい顔はしない。
「ごるびーさんって、確か、この前、捕まっていたカワウソさんですよねえ? まだこの森の中にいるんですかぁ?」
以前の依頼で出会ったごるびーの事を思い出し、ベル・ベル(ea0946)が不思議そうに首を傾げる。
あの時にごるびーと会っていたのだから、そのまま連れ戻せば問題はなかったはずだが、さすがに駆け落ちしているとは思わなかったため、少し驚いているようだ。
「その折に見た鼬の亡骸も気になります。あれがそれんさんでないと良いのですが‥‥。それんさんも野良と言う割に名前がある事から、正体は別の見世物小屋の人気イタチではないかと思うんですが‥‥」
その時の事を思い出し、高槻笙(ea2751)がしみじみと話す。
何となくメルヘンチックな光景が浮かんだため、何とかふたりの恋を成就させてあげたいようだ。
「さて、考えられるのは賞金稼ぎに捕まったか、罠にどちらかが掛かり離れられないか、結婚して湖に移住という所か。どれも有り得る展開ですね。とりあえずこの辺りを捜索してみましょうか」
そして要は仲間達を引き連れ、湖のまわりを歩き出すのであった。
「どこにいるか予想がつかないとなると、人海戦術で手当たり次第探すしか手がないですね」
草むらを念入りに調べ、野村小鳥(ea0547)が汗を拭う。
だいぶ日が昇ってしまったため、やけに辺りが蒸し暑い。
それに加えて薮蚊が飛び回っているため、身体の彼方此方がかゆくなる。
「サジマ、その辺で食事でもしてこい。イタチかカワウソを見つけたら教えろ」
馬にむかって声をかけ、本所銕三郎(ea0567) が辺りを睨む。
馬の餌代が掛かるため、銕三郎の懐はやけに寒い。
ここでサジマが金塊でも掘り当てれば銕三郎の生活も安定するのだが、いまのところそれらしき気配はまったくない。
「こうも暑いと川獺君にもキツイでしょうね」
汗で濡れてしまった手拭いを絞り、望霄がいなくなったごるびーを探す。
湖の水も少し生ぬるくなっているため、ここで手拭いを洗うのだけは気が引ける。
「とりあえずザリガニを餌にして釣りでもしてみるか。川底は冷たいので、そこで休んでいるかも知れん」
湖のほとりでザリガニを捕まえ、銕三郎が手馴れた手つきで尻尾をちぎって餌にする。
ごるびーやそれんがザリガニを食べるかどうかは不明だが、少しでも可能性があるのだから試して損はないだろう。
「ごるびー君、いたら出てこいよ〜」
適当に辺りを徘徊しながら、弥生が辺りを見回した。
この辺りにいる事は分かっているのだが、まったくアテがないため探しようがないようだ。
「ごるび〜君、出ておいで〜。もきゅきゅきゅ〜っ」
それんの鳴き声を真似てみながら、御子柴叶(ea3550)が湖のまわりを歩く。
叶はそれんに会った事がないため、何となくこんな感じだろうなぁという予想も入っている。
『カワウソとイタチのペアを見ていませんか? どんな小さな情報でもいいから、私に教えてください』
オーラテレパスを使って鳶や鴉に話しかけ、要が疲れた様子で溜息をつく。
鳥達もごるびー達を知らないらしく、要の期待しているような答えは返ってこない。
「空から獲物を狙ってる鳶がロン、その辺で鳴いている鴉がヤスといった所か‥‥」
湖にむかって釣り糸を垂らし、銕三郎が空を見上げて呟いた。
しばらくして何匹かの魚が釣れたのだが、ごるびーやそれんが掛かる事はないようだ。
「それにしても獣の数が少ないのぅ。つちのこ騒ぎで獣達が森から出て行ったのか?」
むざさびの術を使って上空から2匹を探し、楓が寂しそうな様子で着地する。
賞金稼ぎの仕掛けた罠によって多くの動物達が命を落とした事もあり、森に住む動物達の数が確実に減っているようだ。
「‥‥それんちゃんが罠にかかっていなければいいのですけど。‥‥いや、ごるびーくんもですけどね」
未だに残っている罠を拾い、小鳥が心配した様子で溜息をつく。
森にはまだいくつかの罠が残っているため、ごるびー達が罠に掛かっていないという保証はない。
「怪我なんかしてないと、いいんですけどね」
罠に掛かっていたリスを助け、望霄がゆっくりと辺りを見回した。
「罠は動物さん多大な迷惑を掛けているでしょうから、早く罠を解除した方がいいですよね。ひゃあ!」
誰かの仕掛けたトラップに引っかかり、ベルが逆さ吊りになってクルクルまわる。
「たくっ‥‥、仕方ねえな。ほらよ‥‥」
自分の仕掛けた罠にベルが引っかかってしまったため、連十郎が気まずい様子で罠を外す。
幸い誰にも怪しまれる事がなかったため、連十郎も内心ホッとしているようだ。
「こ、こっちも‥‥」
落とし穴に落下したため、叶が大粒の汗を浮かべて右手を伸ばす。
この穴も連十郎の掘った穴だが、真実を語りつもりはないようだ。
「耳の長いぽややん坊主は有料だぜ」
爽やかな笑みを浮かべ、連十郎が金銭を要求する。
いつバレないかとヒヤヒヤものだが、この状況で叶が拒否するとは思えない。
「あとで‥‥払います‥‥」
困った様子で頷きながら、叶が連十郎の手を掴む。
本当なら断る事も出来たのだが、このまま生き埋めにされてしまう可能性もあるため、仕方なくお金を払う事にしたようだ。
「‥‥交渉成立だな。間違っても踏み倒すんじゃないぞ」
叶の肩をポンポンと叩き、連十郎が豪快に笑う。
「もしや見落とした罠に、ごるびー殿が引っかかっているのでは‥‥。もしそうなら、さぞやひもじい思いを‥‥。そう言えば人参を齧っておったしのう‥‥」
ふたりのやり取りを見ながら、傳が嫌な予感に襲われる。
可能性がゼロではないため、その不安は次第に膨らみ、爆発しそうな勢いだ。
「まさか再び賞金稼ぎがそれん殿と共にごるびー殿を捕え、あんな事やこんな事を!?」
そして傳は禁断の映像を脳裏に浮かべ、青ざめた表情を浮かべると、その場にコテンと気絶した。
「‥‥やはりこれを使うしか方法はないようだな」
最後の手段とばかりにイカを取り出し、銕三郎が七輪の上にイカを次々と置いていく。
ごるびー達の足跡や食事跡などから、ある程度の居場所を特定したのだが、普通の探しても見つかりそうにないため、エサを使ってごるびー達を誘き寄せる事にしたらしい。
「あんまりイカがいい匂いなので、このまま食べてしまいたくなるね」
イカの匂いをクンクンと嗅ぎ、小鳥がニコリと微笑んだ。
「‥‥駄目だ。これはごるびー達を誘き寄せる罠だぞ」
気まずい様子で視線を逸らし、銕三郎が激しく首を横に振る。
「夏はやっぱ焼イカに冷酒だよなー」
冷酒をクイッと呑みながら、連十郎がイカに喰らいつく。
「私も、その焼いたイカを食べたいですぅ〜☆」
連十郎に他のイカを取ってもらい、ベルが美味しそうにモグモグ食べる。
「こ、こら! ふたりとも! 勝手にイカを食うんじゃない!」
ふたりからイカを奪い取り、銕三郎が大きな溜息をつく。
「こうしている間にもそれん殿は悪党どもに騙されて‥‥、ううっ‥‥、それん殿ー!! 早く帰ってくるのじゃ〜!」
脳内劇場が大暴走したため、傳が血反吐を吐いて唐突に叫ぶ。
あまりに間違った方向に妄想が走り出してしまったため、傳も何処か別の世界へと旅立ちそうになっている。
「イカ落ちてますよ‥‥。傳さんも帰って来て下さい」
落ちていたイカを拾い上げ、笙が苦笑いを浮かべて肩を叩く。
「‥‥い、イカん! 自分を見失っておったわい」
笙さんの呼びかけに反応し、傳が元の世界に舞い戻る。
妄想世界でしばらく時間をすごしていたためか、傳には大粒の汗がいくつも浮かぶ。
「‥‥ん? 待ってください。もしや‥‥ツチノ‥‥」
草むらがガサゴソと動いたため、笙が警戒した様子で辺りを睨む。
どうやらイカの匂いに誘われて、何者かが姿を現したらしい。
「もきゅきゅ〜っ☆」
それと同時に叶がほふく前進をしながら後を追い、草むらの中で蠢く何かを捕獲する。
「ご、ごるびー君! こんな所にいたのじゃな♪」
慌てるごるびーにむかって飛びつき、傳がホッと溜息を漏らす。
ごるびーも最初はジタバタと暴れていたが、傳の抱擁から逃れる事が出来ないと悟ったため、尻尾を垂らして大人しくなる。
「それんさん、ごるびーさんはイタチではなく、カワウソですわよ」
ごるびーを心配してやってきたそれんにむかって声をかけ、鳴が優しくヨシヨシと頭を撫でた。
それんは鳴の言葉が分からないため、しばらく首を傾げていたが、鳴達に危険がないと分かったため、傳のまわりをクルクルまわる。
「そんなに慌てるな。お前達を探している者がおるのじゃ」
ごるびーをちょこんと地面に下ろし、傳がその場に座って説明した。
残念ながら傳はイタチ語もカワウソ語も分からないため、説明にはかなりの時間を必要としたが、熱心に説明し続けた事もあり何とか納得してくれたようだ。
「種を超えた恋ですか‥‥素晴らしいですね」
仲のよい2匹を見つめ、望霄がこんがりと焼けたイカを渡す。
2匹ともイカが大好物なのか、望霄からイカを受け取りフウフウと冷まして食べる。
「とりあえず本当に気に入ってるのなら引き裂く必要もないですしね。‥‥多分」
苦笑いを浮かべながら、小鳥が仲間達にむかって呟いた。
本当ならこのまま見逃してやりたいのだが、ごるびーを見世物小屋に帰さなくてはならないため、もしもの場合は一緒に連れておく必要がある。
「君が彼女との恋に生きるのも自由ですけど‥‥どうしますか?」
ごるびーの顔をマジマジと見つめ、望霄が優しく問いかけた。
「無理にとは申さぬが二匹で共に戻らぬか? 愛あらば芸も更に輝こう‥‥」
イカを綺麗に食べ終わり帰ろうとしていたごるびーの手を掴み、傳が真剣な表情を浮かべて何とか説得を試みる。
ごるびー達はごはんを食べに来たため、ここにもう用はないのだが、傳の円らな瞳を見つめて、なにやら同族(?)意識が芽生えたようだ。
「見世物小屋の主人も突然稼ぎ頭を失うのは辛かろう。二匹は湖の周辺で暮らし、ごるびーは仕事をしに見世物小屋に通う事にしてはどうかな」
空き家となった小屋を指差し、銕三郎がニコリと微笑んだ。
ここなら雨風もしのげるため、ごるびー達の新居としても申し分がない。
「そうと決まれば親方さんを説得しなければなりませんね」
ごるびーがコクンと頷いたため、要がホッとした様子で溜息をつく。
「これから大変になりますよ」
そして叶はごるびーとそれんを抱きしめ、幸せそうな表情を浮かべると、ほんわかとした様子で見世物小屋へとむかうのだった。