●リプレイ本文
「珍しい芸をするには、かなりの苦労があったんでしょうね」
板前に頼んで獲れたてのイカを捌いてもらい、刀根要(ea2473)が乗用馬に乗って湖のほとりに訪れる。
辺りからは小鳥達のさえずりが聞こえており、木々の隙間から洩れる太陽の光が心地よい。
「テントを張る場所はこの辺りでいいな。‥‥ん?」
要の乗用馬に積まれているテントを降ろし、白河千里(ea0012)が川原でカワウソの糞を発見した。
既に糞は既に乾燥しており、カワウソがここに現れてから、しばらく経っている事が分かる。
「‥‥おい、どう思う?」
カワウソの糞をじーっと見つめ、千里が高槻笙(ea2751)にむかって話しかける。
「運がよければ戻ってくると思います。多分、夜になったらここで眠り、水浴びしてから他の場所に移動していると思うので‥‥。どちらにしても長期戦になりそうですね」
辺りをゆっくりと見回しながら、笙が薪になる枯れ枝を拾う。
「それじゃ、何も釣れないかも知れませんね」
要と一緒に舟に乗り、佐々宮狛(ea3592)がイカを餌にして釣り糸をたらす。
湖の水はとても澄んだ色をしており、湖面にはアヒルの親子が泳いでいる。
「釣り糸に針をつけてませんからね。アヒルくらいは釣れるかも知れませんが‥‥どうでしょうね」
湖を泳ぐアヒルと目が合い、要がニコリと微笑んだ。
「水中に隠れているわけでもないようだな」
湖に潜ってカワウソを探し終え、千里が湖面に浮き上がる。
湖の中には色とりどりの魚が泳いでおり、しばらく食料に困る事はなさそうだ。
「一緒に焚き火にでも当たりませんか? そんな格好をしていたら、風邪を引いてしまいますよ」
千里にむかって微笑みながら、笙が優しく手を差し伸べる。
「‥‥すまないな。せっかくだから魚でも食うか」
ゆっくりと陸に上がり、千里が湖で捕まえた魚を渡す。
魚はかなり大きなもので、その身も引き締まっている。
「‥‥それにしても細い‥‥」
千里の細い腕に見とれ、笙が思わず呟いた。
「だったら手合わせしてみるか。見た目だけで判断すると痛い目に遭うぞ」
苦笑いを浮かべながら、千里が日本刀に手をかける。
「私は争いを好みません。張り合いがなくて申し訳ありませんが、刀は人と世を生かし活かす為にあるのだと信じたいのです」
残念そうに首を振り、笙が焚き火で魚を焼き始めた。
「随分といい匂いがしてますね。‥‥魚ですか。一緒にザリガニもどうです?」
冗談まじりに微笑みながら、狛が釣れたばかりザリガニを見せる。
「それじゃ、ザリガニは餌に使いましょう。大物が釣れるかも知れませんからね」
狛からザリガニを受け取り、要が釣竿を肩に担ぐ。
湖の水が綺麗なため、普通に食べても問題ないが、カワウソの餌の方が相応しい。
「残念だがここにカワウソはいないようだな。きっと何処か別の場所に言ったのだろう」
焚き火に当たって着物を乾かし、千里が魚にかじりつく。
「ここはハズレだったというわけですか。それじゃ、他の人達の報告を待つしかありませんね」
そして笙は大きな溜息をつくと、仰向けになって青空を見上げるのであった。
「(カワウソ君ストライキっ! 『〜第一回 とりあえず逃げてみた〜』みたいなっ!)」
見世物小屋の主人からごるびー君について話を聞き、アオイ・ミコ(ea1462)が井戸に辿り着く。
残念ながらミコは主人と言葉が通じなかったため、身振り手振りにイラストも加えて会話をしていたのだが何とか言葉は通じたらしい。
一応、ミコの解釈が正しければ、ごるびー君は毎日エサとしてイカを与えられていたが、ハードスケジュールだったためストレスが溜まり、見世物小屋から逃げ出してしまった事になる。
「人気者の宿命ですね‥‥。お客さんの要望に答えれば、それだけごるびー君の負担になりますし、逆にごるぴー君の事を考えれば、お客さんの期待に答えられないわけですし‥‥」
見世物小屋の主人から高級イカを分けてもらい、結城夕刃(ea2833)がタコ紐につけたイカを井戸の中へと下ろしていく。
しかし、いつまで経っても引きがなく、井戸の中に何かが住んでいる気配もない。
「もしかしたら、ごるびー君‥‥。見世物小屋から逃げ出したのは良いものの、井戸に落ちて帰れなくなっているのかも知れませんね。私の杞憂ならば良いのですが‥‥ああ、でも心配です。愛らしい動物の危機を、ほっとくなど私には出来ません!」
熱く拳意を握り締め、桜澤真昼(ea1233)が井戸の中を覗き込む。
井戸の中はひんやりとしており、水が透き通っているため底まで見える。
「ここにはいないようだな」
井戸の底に釣瓶を垂らし、武藤灰(ea1414)が水を汲む。
「(ちょっと下まで見てくるね。何処かに隠れているかもしれないし♪)」
木の板に絵を描き自分の意思を仲間に伝え、ミコが井戸の中へと降りていく。
しかし井戸の中には何もおらず、ミコが残念そうに首を振る。
「それじゃ、ごるびー君は湖と温泉のどちらかにいるという事ですね。‥‥無事だといいなぁ」
カワウソの可愛らしい顔をポカンと浮かべ、真昼が心配した様子で溜息をつく。
「‥‥仕方ねぇ。もう少しだけ様子を見るか。イカの匂いに誘われて、ここに来るかもしれないしさ」
ごるびーの好物であるイカをロープで吊り上げ、灰が対ごるびー用の仕掛けを用意する。
「せっかくですからイカ焼きも作りましょうか。ごるびー君が来なかった場合は、みんなでイカ焼きパーティです♪」
そして夕刃は七輪を使ってイカを焼き、ごるびーが現れるのを待つのであった。
「‥‥やっぱり温泉で呑むお酒は格別ですわね」
のんびりと温泉に浸かりながら、南天流香(ea2476)が酒を呑む。
未だにごるびー君は見つかってないが、既にほろ酔い加減である。
「山菜のてんぷらも美味しいですよー。お酒と一緒にどうですかー?」
植物知識を生かして手に入れた山菜をてんぷらにして、七瀬水穂(ea3744)が温泉に浮かせたお盆の上に置いていく。
「みんなマッタリし過ぎだよ。早くごるびー君を探さないと‥‥」
七輪の上にイカを置き、郭梅花(ea0248)が溜息をついた。
本音を言えば温泉に入ってのんびりしたいのだが、それよりも先にごるびー君を見つけねばならない。
「ごるびーさんを見つけるまでは本格的には飲めませんわ。これでも程々にしているんですよ」
ほんのりと頬を染めながら、流香がイカをつまみに酒を呑む。
流香もごるびー君を見つけなければいけない事は分かってはいるものの、酒の誘惑には勝つ事が出来ず、すっかり虜になっている。
「‥‥何を言っているんですか。ちゃんと捜索していますよ。水穂が宴会を楽しみにしているのではなく、捜索をがんばった皆さんへの慰労の準備なのです。うん、間違いないです」
気まずい様子で視線を逸らし、水穂が自分自身に言い聞かせた。
確かにごるびー君を見つけるのも重要だが、それ以上に空腹を満たしたい。
「‥‥話は解った。金に汚い奴が見世物小屋に売ったり、猟師が発見して肝や毛皮を回収したりする前に、私達で保護して連れかえれば良いのだな。‥‥ん?」
イカの一夜干しと塩辛を盆に浮かせ、九条棗(ea3833)が鋭い視線で辺りを睨む。
何か妙な気配がしたのだが、それが何かは分からない。
「ひょっとして、ごるびー君?」
棗にむかって囁きながら、梅花がゴクリと唾を飲む。
未だに正体は分かっていないものの、温泉に何かがいるのは確かである。
「温泉に何かいますわっ!?」
背筋にツツーッと寒気を感じ、流香が慌てて胸を隠す。
「見つけましたっ! ごるびー君ですっ!」
ごるびー君に標準を定め、水穂が勢いよく温泉にダイブする。
それと同時にごるびー君が水穂の頭を踏み台にして飛び上がり、棗のイカを奪うと梅花が焼いているイカを狙う。
「捕まえたっ♪」
七輪の前に陣取りごるびー君をキャッチし、梅花がホッとした様子で溜息をつく。
ごるびー君はしばらくジタバタと暴れたものの、空腹のために大人しくなり不満に棗から奪ったイカをもしょもしょ食べる。
「なんとかごるびーを捕まえる事が出来たな。これでゆっくり出来るぜ」
そして棗は苦笑いを浮かべながら、のんびりと温泉に浸かるのであった。
「ふむふむ、後輩のえりつぃん君が生意気ですかー。労働時間の改善を要求ですか。同志ゴルビーの気持ちは良く分かるです。さあ、嫌な事は忘れて飲むですよ」
へべれけ状態でごるびー君を頭に乗せ、水穂が適当に相槌を打つ。
カワウソの言葉が分からないため、何を言っているのか分かってないが、ごるびー君が水穂には懐いているらしく、頭の上で何やらキューキュー鳴いている。
「結局、過度なストレスによる家出というわけか。まったく人騒がせな奴だな」
呆れた様子でごるびー君を見つめ、棗が大きな溜息をつく。
ごるびー君は無事だったのは幸いだが、まだまだ気を抜く事は出来ないため、少し警戒しているらしい。
「まぁ、いいんじゃない。ごるびー君も無事だったんだしさ。それよりも呑もうよ♪」
棗の肩をぽふりと叩き、梅花が杯になみなみと酒を注ぐ。
「うわぁ‥‥女性の方々も一緒で良いのですか?」
ごるびー君が見つかったため、真昼が仲間達を連れて梅花達と合流する。
梅花達の浸かっている温泉が混浴のため、真昼は目のやり場に困っているらしい。
「別に恥ずかしがる事はありませんわ。皆さん、肌を隠してますし‥‥」
苦笑いを浮かべながら、流香が甘酒を口に含む。
だいぶ酔いが回っているためか、流香の目は座っている。
「‥‥それでも恥ずかしいものです」
おどおどしながら胸元を隠し、夕刃が恥ずかしそうに微笑んだ。
「それにしても疲れたね。ごるびー君も逃げちゃ駄目だよ」
ごるびー君にイカを渡し、ミコが梅花の方にちょこんと座る。
梅花に華国語を訳してもらっている事もあり、先程と比べて会話もスムーズに進む。
「闇雲に知識を叩き込まれてはカワウソだって堪りません。共に暮らして行きたいのなら、利益を求めるばかりでなく、偶に温泉へ連れて行くなど休養を与えなければ‥‥。言葉は通じずとも、そんな積み重ねからお互いに信用を得て、初めて良い芸が生まれるものですし‥‥」
依頼主と話し合った時の事を思い出し、笙がゴクリと酒を呑む。
笙の言葉を聞いて依頼主はあまりいい顔はしなかったようだが、少しは反省したのか今夜だけ、ごるびー君を休ませる事にしたらしい。
「まぁ、あれだけ厳重に注意しておけば、主も分かってくれるだろう」
含みのある笑みを浮かべながら、千里が夜空を見上げて微笑んだ。
温泉から見える月は美しく、何処か神秘的なものを感じてしまう。
「妙な事はしてませんよね?」
大粒の汗を浮かべながら、狛が心配した様子で千里を睨む。
「暴力は振るっていない。‥‥暴力はな」
狛を見つめてクスリと笑い、千里が酒を一気に呑み干した。
「結果的にごるびー君の待遇が改善されたので問題ないと思いますよ。今まで扱いが悪かった分、今回の一件で反省するべき点も出てきたわけですし‥‥」
ごるびー君の首に鈴をつけ、要が優しく頭を撫でる。
「何かあったら、また来いよ。相談には乗れんが、助けてやる」
持参した色紙にごるびー君の手形を押してもらい、灰が満足した様子でごるびー君と握手を交わす。
「同志ゴルビー、鬼畜な調教師の虐待に負けずにりっぱな芸カワウソになるですよ。水穂も応援してるですー」
ハンカチをパタパタとさせながら、水穂がごるびー君に別れを告げた。
「やっぱり別れるのはツライですよー。このまま私が買うですー」
悲しげな表情を浮かべ、水穂がごるびー君をひしっと抱く。
するとごるびーは水穂の肩をペチペチと叩き、コクンと頷き尻尾を揺らす。
「それじゃあな、今度は見世物小屋で会おう」
そして灰は水穂の事を慰めながら、ごるびー君に別れを告げるのであった。