幸せの黄色い褌

■ショートシナリオ


担当:ゆうきつかさ

対応レベル:3〜7lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月27日〜11月01日

リプレイ公開日:2004年11月03日

●オープニング

 こんな事を冒険者の皆様にお願いする事は間違っているかも知れませんが、他に頼む方がいないので話だけでも聞いてもらえますか?
 実は私の恋人が数年ぶりにおつとめを終えて江戸に帰ってくるのですが、別れ際に約束した事が守る事ができそうにないため困っているのです。
 彼は別れ際に『もし、まだ一人暮しで待っててくれるなら‥‥黄色い褌をぶら下げておいてくれ。遠くからでもよく見えるほどたくさんの褌を‥‥。それが目印だ。もしそれが下がってなかったら俺はそのまま引き返して、二度と江戸には現れない』と‥‥。
 おかしな話だとは思いませんか?
 わざわざ黄色い褌をぶら下げておけなんて‥‥。
 きっと彼は私に諦めさせようとしたんだと思います。
 罪人となった自分を恥じて‥‥。
 でも彼は悪くないんです。
 だって彼が罪を犯したのは私のせいですもの。
 暴漢達に襲われた私の復讐をするため、自ら手を汚してくれたのですから‥‥。
 いまでも彼には悪い事をしたと思っています。
 だから彼が江戸に帰ってくる前に褌を集めなくてはならないのです。
 このまま私だけが幸せでいたら、彼があまりにも不憫ですし‥‥。
 わがままなお願いだとは思いますが、この依頼を引き受けてもらいますか?

●今回の参加者

 ea0012 白河 千里(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0639 菊川 響(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1151 御藤 美衣(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1883 橘 由良(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2233 不破 恭華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2319 貴藤 緋狩(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「これだけあれば十分だな。早速作業を始めるか」
 あちこち走り回って集めてきた褌を大きな籠に入れ、不破恭華(ea2233)が手拭いを使って汗を拭う。
 最近、褌に関わった事件が多発しているせいか、越後屋からは褌が姿を消しているのだが、下着として誰もが愛用しているため、それほど苦労せずに褌が集まっているようだ。
「俺からも手持ちの褌を進呈しよう。多すぎて困る事もないだろうしな」
 自分の持っている褌を集め、菊川響(ea0639)がまとめて恭華に手渡した。
 ここで集められた褌はすべて黄色く染められてしまうため、お菊が新しい褌を買いなおし返すつもりでいるらしい。
「なけなしの褌一本‥‥二人の門出に贈るよ、心をこめて」
 素のまま外を出歩く事は心許ないため裏にある井戸で褌を綺麗に洗い、白河千里(ea0012)が恥かしそうに頬を染め洗ったばかりの褌を渡す。
「‥‥という事は、まさか?」
 千里が何も穿いていないため、恭華が険しい表情を浮かべて彼を睨む。
「それ以上は何も言うな。私だって分かっている」
 困った様子で視線を逸らし、千里が拳を震わせた。
 時々冷たい風が着物の隙間に通るため、次第に後悔の念がこみ上げてくる。
「その心意気‥‥確かに受け取ったぞ」
 溢れ出る涙を必死でこらえ、響がコクンと頷いた。
「それにしてもこれを染める染料とはなんだろうな。お菊さんの話では代々と伝わってきた秘伝の染料だと言っていたが‥‥」
 染料の入った樽を開け、恭華が困った様子で汗を流す。
 どんな怪しい材料が使われているのか不明だが、身体によくないものがたくさん混じっている事は間違いない。
「その怪しげな染料‥‥素手で触っても大丈夫か?
 樽の中を覗き込み、千里が誤って懐から扇子を落とす。
 慌てて扇子を拾おうとしたが、なかなか拾う事が出来なかったため、黄色く染まった扇子が浮かぶ。
「一応、大丈夫みたいだな」
 慎重に樽の中から扇子を拾い上げ、響が千里の顔を睨む。
「‥‥今日はいい天気だなぁ」
 やけに扇子が鮮やかな色に染まったため、千里が青ざめた表情を浮かべて空を見る。
「あからさまに怪しいな。これなら妙な病気になるというのも納得できる。それにしても何が原料なんだろうな」
 だんだん嫌な想像ばかりが浮かんだため、貴藤緋狩(ea2319)が染料の入った樽に蓋をした。
 身近にある物を原料として使っていると思うのだが、色々な意味で危険な香りがしているため無理をしてまで使いたくはないようだ。
「五平殿の言葉で菊殿が褌を黄色く染める事になったため、彼女に雇われていた冒険者が病気になったと聞けば、五平殿も我々の願いを聞きいれ、菊殿と二人で幸せに暮らしてくれるかもなぁ。だが、そのためには誰かが病気になる必要があるか‥‥」
 さすがに自分が犠牲になるつもりはなかったため、響が苦笑いを浮かべて辺りを睨む。
「‥‥やはりそうか。『怪しげな染料』では、染色の作業中に病気になる恐れがあり危険だな。染料については紅花なんて高級品でなく、この時期の山地で採れる刈安や黄蘗を使うべきか」
 あちこちを走り回って集めた材料を使い、凪里麟太朗(ea2406)が褌を染める染料を作る。
 麟太朗の作った染料は最初にあったものと比べ、黄色が鮮やかに出ており人体にもそれほど悪影響がなさそうだ。
「幸せって何処から来るんだろうな‥‥」
 赤く染まった夕日を見つめ、緋狩が褌を手に取り溜息をつく。
 さすがに使い古した褌を女性に握らせる事はできないと思ったため、集まった褌を洗って染料で染める役目を譲ってもらい汚れた褌をゴシゴシと洗い出す。
「褌は『漢』の勲章だが、か弱き女性を助ける為なら、躊躇わず寄贈すべきだ。名誉を重んじて提供しない方が『漢』が廃る。私が持っているのは、いま使用している1枚だから、綺麗に洗ってから差し出すとするか」
 緋狩の横に座って褌を洗い、麟太朗がクスリと笑う。
 褌は洗ったものから次々と干されていくため、染める順番が来るまではたくさんの褌がユラユラと風に揺れている。
「褌の代わりに手拭いでも巻いておくか。それじゃ、身が締まらないだろう」
 自分も手拭を巻いているため、緋狩が恥かしそうに手拭いを渡す。
 普段から褌をキチンと締めていたため、手拭いなしでは気持ちが悪いらしい。
「本当なら五平の褌も使いたかったんだが、お菊君は持っていないようだしな。あと一枚あれば何とかなるが‥‥」
 真剣な表情を浮かべて恭華を見つめ、麟太朗がゆっくりと手を伸ばす。
「いや、さすがにそれは‥‥おい‥‥わーっ!?」
 麟太朗に穿いていた褌を脱がされそうになったため、恭華が慌てた様子で首を振る。
「勘違いするな! 別に下心があるわけじゃない。褌が必要なだけだ」
 恭華が妙に動揺したため、麟太朗が事情を説明した。
「それは分かっているつもりだが‥‥うーむ、分かった」
 ようやく観念したのか、恭華が諦めた様子で褌を脱ぐ。
「だ、駄目だ! この褌は私が洗う! 退いてくれ!」
 一瞬、嫌な予感が過ぎったため、恭華が自分で褌をゴシゴシと洗う。
「そんなに警戒しなくてもいいと思うが‥‥」
 苦笑いを浮かべながら、麟太朗がたまった褌を染めに行く。
「ご苦労様です。皆さん、お茶でもどうですか?」
 冒険者任せにしていたため、お菊が様子を見にやってきた。
「‥‥待っていてくれる人がいる。帰る場所があるというのは嬉しい事だ。自分を受け入れてくれる人がいるという事に、俺も今までどんなに助けられた事か‥‥。五平殿には自分の言葉に責任を持ってもらわないとな。沢山の褌をぶら下げて待っている者がいるのだから‥‥」
 お菊からお茶を受け取り、響が縁側に座って休憩する。
「そういやギルドに来た時に『彼には悪い事をした。私だけが幸せでいたら、彼があまりにも不憫』って話していたな。‥‥罪悪感から待ち続けていたのか?」
 暗に『そうじゃないよな』と意味を含ませ、緋狩がお菊を見つめて微笑んだ。
「そ、そんな事は‥‥ありませんよ」
 お菊は少し返答に困っていたが、苦笑いを浮かべて答えを返す。
「きっと五平殿も自分の事を責めたんじゃないかな。お菊殿を暴漢達の手から護れなかった、と。今も責めているかも知れない。だが、お勤めは終えたんだ。お菊殿も自分を責めるのは、もう止そうな。過去の事は過去の事、今の素直な気持ちを五平殿に言ってやれよ。『貴方がいないと幸せになれない』ってな」
 お菊の気持ちを察したため、緋狩が優しく肩を叩く。
「ありがとうございます。‥‥そうですね。気持ちが少し楽になりました」
 緋狩の前にお茶を置き、お菊がペコリと頭を下げる。
「それじゃ、褌を吊るしておくか。そろそろ五平が来る時間だろ?」
 太陽の位置からある程度の時間を割り出し、千里が黄染めの褌を次々と吊るしていく。
 褌はあまり目立つ場所だと五平が引き返してしまうと思ったため、船着場から繋がる道からではあまり見えない場所に吊るしてあるようだ。
「彼が目印に黄色い褌を指定したのは、やっぱり『用意しにくいもの』を指定して諦めさせる、という男心だったんでしょうか? ‥‥だとしたら泣けますね」
 五平の気持ちが痛いほど分かったため、橘由良(ea1883)が溢れた涙を黙って拭う。
 多分、五平は心の底からお菊を愛していたからこそ、彼女が困るような難題を出し諦めさせようとしたのかも知れない。
「お菊さんもそんなに悲しい顔をしないでください。もう少しで五平さんに会えるんですし‥‥」
 突然お菊が泣き出してしまったため、由良が優しく彼女を慰め部屋の中に入っていく。
 彼女の部屋にはたくさんの花で飾り立てられており、五平を歓迎するための料理がたくさん並んでいる。
「あとは仕上げだけですね。まだ涙を流すには早過ぎますよ。涙は嬉しい時に流すものなんですから‥‥」
 そして由良はたくさんの褌を見つめ、ニコリと微笑むのであった‥‥。
 黄色い褌に願いを込めて‥‥。

「‥‥五平さんですね。お勤めご苦労様でした。お菊さんに頼まれてお迎えにあがりました。乱雪と申します」
 船着場で五平が現れるのを待ってから、志乃守乱雪(ea5557)が控えめな態度で話しかける。
「知らんな。‥‥人違いだ」
 五平はお勤めが長かった事もあり、世間を斜めに見るようになっており、なかなか素直に話を聞いてくれそうにない。
「あたいも恋する乙女として、言いたい事がたくさんあるわ。‥‥誰よ、いま笑った奴は! 『恋する乙女』なんて似合わないって!?」
 五平の胸倉を掴んで文句を言おうとしたのだが、集まってきた野次馬達に笑われてしまったため、御藤美衣(ea1151)が不満そうな表情を浮かべて辺りを睨む。
「‥‥用がないなら退いてくれ」
 美衣とは全く目を合わせようとせず、五平が横を通り抜けお菊の家とは反対方向にむかって歩き出す。
「五平さん! あんた、まだお勤め終わって無いよ? あんた、お菊さん何年待たせたんだい? その罪滅ぼし、終わって無いよ? 『だから会えない』とか言う意見は聞かないからね。女の子を待たせるだけで罪なんだから! あんたはお菊さんに会って、彼女の言う通りにする義務があるんだよ!」
 逃げ出さないように刀を突きつけ、美衣がイライラとした様子で五平を叱る。
「分かっているさ。そんな事は‥‥」
 何処か寂しげな表情を浮かべ、五平がクスリと笑って目を閉じた。
「お前さ、何のつもりで黄色の褌とか言ったんだよ。諦めさせてぇんなら、端から待つなって言うのが誠意ってもんだろ。それを言えなかったって事は、待ってて欲しかったからじゃねぇのか? ‥‥はっきり言ってやろうか。お前は身勝手過ぎるんだよ。そんなの優しさなんかじゃねぇ。ただの卑怯者だ。彼女の気持ち、弄んでんのと同じだ――待ってるんだ、その気持ちくらい分かれ。女が褌を家の前にぶら下げるなんざ‥‥どういう気持ちか」
 五平の胸倉を掴み上げ、里見夏沙(ea2700)が熱く語る。
「だから会う必要がないんだよ。‥‥すまんな」
 過去の思い出を振り払うようにして、五平がズンズンと先に進んでいく。
「五平さんはお勤めと船旅でお疲れでしょうから、まず落ち着ける場所へ参りましょう。‥‥まずはお風呂ですね」
 五平の腕を強引に掴み取り、乱雪が銭湯を指差した。
「何を‥‥ってお風呂に決まっているじゃ在りませんか。そんな格好でお菊さんに会うわけには行きませんからね。五平さんだってそれが分かっているから、お菊さんの家とは反対方向にむかって歩いていたんでしょ? 他の人ならまだしも僕を騙す事は出来ませんよ」
 動揺する五平を連れ、瀬戸喪(ea0443)が銭湯にむかう。
 五平はわけも分からず何やら文句を言っていたが、喪の巧みに話術に勝つ事が出来ずそのまま風呂に入れられる。
「おかえりなさい。少しは落ち着いたようですね」
 数分後、戻ってきた五平を見て、乱雪がホッとした様子で溜息をつく。
 風呂の中で喪と何か話し合ったのか、先程と比べて表情が何処か柔らかい。
「‥‥で、どうするつもりだ。まさかこれでも会う気はないか? こっちだって暇じゃないんだぞ。ここでウジウジ言うつもりなら、ブン殴ってでも連れて行くからな」
 だんだん面倒になってきたため、夏沙が五平の襟首を掴んでお菊の家まで引きずっていく。
「わ、分かった。分かったから止めてくれ」
 五平もようやく決心がついたのか、夏沙にむかって声をかける。
「それでいいんだよ! まったく面倒かけやがって!」
 恥かしそうに視線を逸らし、夏沙が大きな溜息をつく。
 心の中では喜んでいるのだが、それをうまく表現する事が出来ないらしい。
「ほら、お菊さんの家が見えてきましたよ」
 五平の肩を何度か叩き、乱雪がニコリと微笑んだ。
「こ、これは‥‥」
 予想以上に黄色い褌が揺れていたため、五平が驚いた様子で口を開く。
 まさかここまで褌を集めていたとは思わなかったため、うまく言葉で表現する事が出来なくなっているらしい。
「五平さんだって、お菊ちゃんの気持ちは分かっているんでしょ。‥‥ホント、男ってバカなんだから‥‥」
 少し五平を羨ましく思い、美衣が乱暴に背中を叩く。
「だが、俺に会う資格なんて‥‥」
 まだ心の迷いがあるのか、五平がボソリと呟いた。
「相手が幸せならそれでいいという気持ちは分かります。ですがこのまま会わずにいるのは信じてずっと待っているお菊さんに対して失礼だとは思いませんか。黄色い褌をぶら下げて五平さんを待っているから、幸せそうな顔をしているんじゃないですか? 五平さんが現れなかったらきっと非道く落ち込むと思いますよ。今日のためにどれだけお菊さんがどれほど頑張ってきたのか、その気持ちを考えてあげてください。お互い好きなら一緒にいるのがごく普通でしょう。どんなに好きだって一緒にいられない人だって居るんですから。僕みたいに‥‥」
 五平に優しく囁きながら、喪が寂しそうな表情を浮かべる。
「ここまで言えば分かるだろ。いくら勘の悪いお前でもさ」
 詳しく説明する必要もないと思ったため、夏沙が五平の背中を突き飛ばす。
 五平は黄色い褌の下で手を振っているお菊に気づくと、満面の笑みを浮かべて涙を流しすぐさま彼女のそばまで駆け寄り抱きしめた。
 二度と互いが離れぬように‥‥。

 その後、冒険者達の手元に一通の手紙が届く。
 それは五平とお菊が祝言をあげる事になったため、ぜひとも冒険者達に参加して欲しいとの事だった。
 キッカケとなって黄色い褌をたくさん吊るし、冒険者達を待ち続けると軽い冗談まで書かれ‥‥。