●リプレイ本文
「夜叉‥‥人の心の隙につけ込む妖(あやかし)か‥‥」
彩香の働いている遊郭の前に立ち、天城烈閃(ea0629)がジロリと睨む。
遊郭からはただならぬ気配が漂っており、烈閃も警戒した様子で気合を入れる。
「まったく‥‥虫唾が走るな。彼女の事は私が必ず救ってみせる」
夜叉に激しい怒りを感じながら、クリス・ウェルロッド(ea5708)が拳をわずかに震わせた。
ここまで被害に遭った人が多い以上、夜叉を容赦するわけには行かないようだ。
「何とかして助けてやろう。このままじゃ、彼女を始末しなければならないからな」
何処か寂しげな表情を浮かべ、雪切刀也(ea6228)が遊郭の中へと入っていく。
「‥‥随分と賑やかな所ですね」
入り口で彩香の名前を口に出し、クリスが辺りを見回した。
彩香はかなり売れっ子のためか、客達はみんな彼女の名前を口にする。
「早目に順番を回してもらえれば、それなりにイロをつけてもいいんだが‥‥」
100Gほど入った袋をチラつかせ、烈閃が番頭の耳元でボサリと呟いた。
「げへへっ‥‥、少々お待ちくださいませ」
いやらしい笑みを浮かべながら、番頭が奥の部屋へと消えていく。
「しかし、こういう処には来た事が無いんだよな‥‥。落ち着かない‥‥。えっ!? ちょっ、ちょっと待った!」
遊女達に抱きつかれ、刀也が2階に連れて行かれる。
「‥‥気のせいか。刀也が助けを求めているような気がするな。まぁ、いいか。遊女に会いに来たのが一番ならば、憑き物落としは二番目だからな。戦いが始まるまで楽しんでいてもらうかな」
上機嫌な表情を浮かべて戻ってきた番頭に案内され、伊達正和(ea0489)が刀也の連れて行かれた反対側の部屋へと案内された。
「ハーイ! ミーはジャパンに住む異国人向けの瓦版の記者をやってるデュランといいマース。取材させてくだサーイ」
必要以上に陽気な笑みを浮かべながら、デュラン・ハイアット(ea0042)が瓦版屋に扮して遊女の彩香に取材する。
本当は米屋に扮して『奥さん、米屋です』と言うつもりであったが、練習する時間がなかったため仕方なく別の手段で来たらしい。
「あたしを指名したのはアンタ達かい? よほど金が余っているんだねぇ」
デュラン達の事を品定めしながら、彩香が妖艶な笑みを浮かべる。
「OH! フジヤマ、ゲイシャ、ウタマロ、最高デース!」
訳の分からない事を叫び、デュランが満面の笑みを浮かべて答えを返す。
「随分と変わった人だねぇ」
胡散臭そうにデュランの事を見つめ、彩香があまりの馬鹿らしさにクスリと笑う。
「話には聞いていたが、彩香ほど美しい女に出会ったのは、生まれて初めてだよ」
甘い言葉を囁きながら、烈閃が彩香の身体を抱き締めた。
「あら、嬉しいわ。でも、気をつけて‥‥。気安く触ると命はないわ」
烈閃の喉元に短刀を押し当て、彩香が怪しく口元を歪ませる。
「‥‥思ったよりも気が強いんだな」
短刀を持った腕を掴み、烈閃が彩香を見つめてクスリと笑う。
「この仕事は命懸けよ。生きるか死ぬか‥‥それだけよ」
含みのある笑みを浮かべ、彩香がゆっくりと立ち上がる。
「生きるか、死ぬか‥‥。そうかもな」
夜叉の表情を窺いながら、烈閃が少しずつ間合いを取っていく。
「うっ‥‥ああっ‥‥」
身体をガクガクと震わせ、彩香が恐怖に怯えて涙を流す。
それと同時に彼女の表情が見る見るうちに変わっていき、まるで鬼のような形相へと変化し始めた。
「『‥‥汝らのうち、罪を犯した事の無いものが最初に石を投げよ‥‥』これは、私が信ずる書の一説です。・・私達は所詮人、罪や過ちから完全に逃れられる者など、存在しません。己の罪を棚に上げ、他人をあげつらう事に熱狂するなど、それ自体が大いなる罪。‥‥大丈夫。誰も貴女の犯した罪を罵倒して良い者など、存在致しません。私が、誰も非難はさせません。しかし、貴女が犯した罪に目を背けてもいけません。やはり、罪は償わなければならないのです。だからこそ、焦ってはいけない。・・少しでも、今自分の出来る事をコツコツと続けていきましょう。それが最高の償いだと思います。‥‥必要ならば一緒に謝ってあげられる。悲しい時は一緒に泣いてあげられる。私でよければ、何時でも胸をお貸し致しますか‥‥」
夜叉に心を奪われてしまった彩香の前に立ち、クリスが心に響く言葉を静かに囁いた。
「ううっ‥‥ぐが‥‥」
自分に憑依した夜叉と戦い、彩香が床に倒れこむ。
「‥‥私は、罪の無い女性を見殺し生きられる程、寛大な心を持っていません。悪いけど、貴女が死ぬというのなら‥‥」
彩香の心が少しでも残っている事を信じ、クリスが悲しげな表情を浮かべて彼女を抱く。
夜叉に取り憑かれた彩香は素早くかんざしを抜き取ると、クリスの頬を迷う事なく斬りつける。
「もう‥‥彼女はそこに‥‥いないのですね」
そしてクリスは夜叉に身体を奪われた彩香を見つめ、悲しげな表情を浮かべてロングボウを取り出した。
「可愛いお姉さんがたくさんいるですよ〜♪」
見習いの遊女として遊郭の中に潜入し、月詠葵(ea0020)が遊女達の艶やかな姿に感動する。
遊郭の中は気分を高揚させるため、ほんのりと甘い香りが漂っており、頭の中がだんだんぼぉ〜っとし始めた。
「やっぱりエルフの遊女は珍しいんだな。さっきから客の指名ばかり受けてるよ」
指名客から逃れるため、ファラ・ルシェイメア(ea4112)が物影に隠れる。
随分と客に気に入られたのか、ファラが座布団で顔を隠す。
「女装したらバレるかと思いましたが、これなら何の問題もありませんね」
見事に化けた仲間達の顔を見つめ、瀬戸喪(ea0443)がホッとした様子で溜息をつく。
仲間達のメイクと着付けは喪がすべて担当したのだが、まわりの遊女達と比べても全く違和感のない出来栄えになっている。
「やっぱり小さいと駄目ですね。でも、シフールの服を脱がせていくのって、結構興奮すると思うんですが‥‥」
雑用ばかり任されたため、レディス・フォレストロード(ea5794)がションボリとした。
「お客の中には変な趣味を持っている人もいますからね。雑用にまわされたのは正解だったと思いますよ」
色々と黒い噂を聞いたため、喪が含みのある笑みを浮かべる。
「そ、そうなんですか‥‥。だから番頭さんがあの時に複雑な表情を浮かべていたんですね」
身の危険を感じたため、レディスが大粒の汗を流す。
「お姉さん達がむぎゅっとしてもらいましたよ〜。みんなフカフカとして柔らかかったです〜」
幸せそうな笑みを浮かべ、葵が廊下をパタパタと走る。
「それにしても何処を見ても美人ばかりいますね」
お客の避難をスムーズにするため、レディスが辺りをフラフラと飛んでいく。
遊郭の中はシンプルな造りになっているが、遊女の逃亡を防ぐため出入り口は一箇所しか存在しない。
「そんじょそこらの娘に、可愛さでは負けないように頑張るのですよ。‥‥ってか、負けませんのですっ!!」
遊女達に対抗意識を燃やしながら、葵が拳をギュッと握り締める。
「あんまり遊女達に喧嘩を売らないようにね。‥‥ん? 何だか上が騒がしいな」
警戒した様子で物影に隠れ、ファラが2階の騒ぎに気づく。
「お客さんが派手に暴れているんですかね。何なら止めにいきますが‥‥」
女王様チックな笑みを浮かべ、喪が怪しく瞳を輝かせる。
「どうやら違うようですね‥‥。ひょっとして夜叉が暴れているのかも!?」
そしてレディスは嫌な予感に襲われながら、仲間達と共に2階へと急ぐのだった。
「誰にだって、他人を憎んだり、妬んだりする心はある。時には、それが誰かを傷つける事だって、やっぱりあるんだ。けどな、そういう自分から逃げちゃいけないんだ。それでも‥‥もし、彩香が自分で自分を受け止める事が出来ないなら、俺が受け止めてやる。また誰かを傷つけて苦しんでも、こうやって抱き締めてやる。だから‥‥!」
暴れる彩香の事を抱き締め、 烈閃が必死になって言葉をかける。
「うわああああああああああ!」
抑え込まれていた感情が爆発し、彩香が悲鳴を上げながら烈閃を睨む。
「なんだか凄い事になってますね‥‥」
襖を開けた瞬間、彩香と目が合ったため、レディスがゴクリと唾を飲む。
「‥‥悪いかお客達を避難させておいてくれ」
隣の部屋から素早く駆けつけ、刀也が風車を構えてレディスを守る。
「死なないでくださいね」
お客達の避難をさせるため、葵が刀也に別れを告げた。
「あなたが彩香さんですか。陰湿ないじめを受けて夜叉が取り憑くなら僕にも夜叉の1匹や2匹憑いててもおかしくはないと思うんですけどね。遊館だろうが何だろうが人気のある人間は少なからず疎ましがられるものですから‥‥。僕は猿楽師ですが一家全員でやってまして兄や姉よりも人気があったものだからかなり酷いいじめにあいましたからね。家族でもあんな陰湿なのに他人だったら、もっと‥‥なんでしょうか?」
彩香の気持ちを何となく理解し、喪が優しく声をかける。
「一体、あたしをどうする気だい?」
警戒した様子で辺りを睨み、彩香が凄まじい殺気を放つ。
「観念してくださいな。あまり人を困らせるものではありませんよ」
険しい表情を浮かべながら、レディスが彩香の説得を試みた。
「悪いけどあたしゃ、この娘の身体が気に入っているんでね。そう簡単には出て行かないよ」
レディス達を挑発し、彩香が髪を掻き上げる。
「それでいいのかい? 夜叉に憑かれた今の姿が本来のものではないだろう‥‥」
お客達を避難し終え、ファラが彩香を見つめて溜息をつく。
彩香は夜叉の支配下にあるためか、ファラの話に全く耳を傾けようとしていない。
「今迄で楽しかった事を浮かべてみるといい。今のままだと、そう言う事は何も無いぞ? もし、楽しかった事が無かったとしても、生きていれば、誰だって善い事は廻って来るんだ。だから、頑張れ‥‥」
優しく彼女にむかって声をかけ、刀也が彩香の身体を抱き締める。
「クククッ‥‥、甘いねぇ!」
刀のわき腹をズブリと突き刺し、彩香に取り憑いた夜叉がケラケラと笑う。
「やはり‥‥駄目だったか」
険しい表情を浮かべてわき腹から短刀を引き抜き、刀也がフラフラとしながら彩香を睨む。
「‥‥仕方ありませんね。戦いましょう」
既に彩香の心が残っていないと思ったため、喪が鞭を構えて攻撃を放つ。
夜叉は不気味な笑い声を響かせながら、喪の鞭を掴むと人間離れした力で引き寄せる。
「そうはさせるか、くらえ風切りっ!」
素早くソニックブームを放ち、正和がすぐさまスタンアタックを叩き込む。
「なかなかやるねぇ。彼女がどうなってもいいのかい?」
わざと攻撃を喰らい、夜叉が正和の事を挑発する。
「外道が‥‥」
凄まじい怒りを感じ、デュランが拳を震わせた。
助ける事が出来ないと分かっていても、身体がそれを激しく否定する。
「やるしか‥‥ないんですね‥‥」
ロングボウをゆっくり構え、クリスが覚悟を決めて夜叉を睨む。
「す、すまない‥‥ッ!」
夜叉にむかってひたすら風車を投げながら、刀也が悲しげな表情を浮かべて視線を逸らす。
「甘いっ!」
素早く身のこなしで風車をかわし、夜叉が刀也の身体を傷つける。
「‥‥さよならです」
一片の情けもかけず狙いを定め、クリスが素早く矢を放ち夜叉の脳天を貫いた。
「!!」
夜叉は自分に起こった出来事が理解出来ず、驚いた表情を浮かべて倒れこむ。
「‥‥終わったな」
後味の悪い表情を浮かべ、刀也が力任せに壁を叩く。
予想以上に夜叉の力が強かったため、やるせない気持ちが刀也の中で渦巻いている。
「これが夜叉の力なのか。人の心に取り憑き、自在に操る力‥‥」
そして正和は彩香の亡骸を抱き上げ、身体を大きく震わせた。