●リプレイ本文
「‥‥うおお、死ぬ死ぬ。マジで死ぬぞ、これ。‥‥畜生、この村の連中といい、褌職人の弟子といい、何を考えてんだ! 絶対に許さないからな」
呪いの言葉を吐き捨てながら、我斬がガチガチと歯を鳴らす。
山頂に近づくにつれだんだん吹雪が強くなって来ているため、褌一丁では無謀すぎる上に命を落とす危険がある。
「面白ェ! ココは漢のこだわりの見せ所だね」
純白の六尺褌を締め直し、白翼寺涼哉(ea9502)が気合を入れて山頂を睨む。
涼哉の愛用している六尺褌は穿くたび洗って柚子を焚き染め艶を出しているため、雪の白さに勝るほどの気品と色気が漂っている。
「ほ、ほ、本気で言っているのか? 何度か三途の川が見えたぞ‥‥」
骨の髄まで染みる寒さに耐え切れず、我斬が納得の行かない様子でツッコミを入れた。
「褌一丁で雪ン中に入るのは、坊主の修行で慣れている。坊主が滝ン中で修行するのは、褌に見合う漢らしさを身につけるため‥‥。俺に見合う褌を見つける為なら、どーって事ないさね」
吹雪の中でも胸を張り、涼哉がズンズンと山を登って行く。
本当は寒いのが苦手だが、軽口を言って誤魔化しているようだ。
「はっはっは。日々を苦行に費やす僧兵にとってはこの程度の道のり、どうという事もない。心頭滅却すれば火もまた涼しだ!! ‥‥何か違うような気もするが、まあいいだろう」
まるで常夏の島にでもいるような表情を浮かべ、矛転喪之起(ea3197)が我斬の背中をバンバン叩く。
「みんな夢でも見ているのか。それとも、これが褌の魔力って事なのか‥‥」
仲間達がだんだん褌の化身に見えてきたため、我斬が恐怖に慄き後ろへ下がる。
「褌か‥‥、人はそれを男のロマンと呼ぶ。いや、今回は色んな意味でそう思った。妙齢の女子の褌姿が見れただけでも、命をかける価値はあると思うぞ。俺も褌は好きではあるし褌一丁でモンスター退治をやった事もあるが、まさか褌一丁で冬の雪山に望む事になるとは思わんかったなぁ。まあ、煩悩全開の間は寒さも忘れるとは思うが‥‥」
依頼に参加していた女性陣を指差し、範魔馬斗流(ea2081)がクスリと笑う。
女性陣はみんな褌にサラシ姿のため、馬斗流の心に潤いと安らぎを与えている。
「いつまでジロジロと見ているのじゃ! そんなにおなごの裸が珍しいんか!」
恥かしそうに胸を隠し、馬場奈津(ea3899)がジト目で睨む。
ただでさえ寒空の中をこんな格好でいるため、少しイライラしているようだ。
「あまりいやらしい目で見るな。まぁ、死にたいのなら構わぬが‥‥」
男性陣の顔先に目印代わりの提灯を突きつけ、浦部椿(ea2011)が警告混じりに呟いた。
「そんなに怒るな。別にここで押し倒そうと思っているわけじゃない」
何か勘違いをされたと思ったため、馬斗流が苦笑いを浮かべて答えを返す。
「ふん、信用出来んな」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、椿が呆れた様子で溜息をつく。
「‥‥暫く見ないうちに育ったか?」
椿の身体をマジマジと見つめ、物部義護(ea1966)がボソリと呟いた。
「―奈落へ、落ちろ―」
義護の頭をポカンと殴り、椿が気まずい様子で背をむける。
いくら義護が親戚といえども、椿はまったく容赦がない。
「‥‥動こう。動いて身体を暖めないと‥‥」
だんだん意識が遠のいてきたため、我斬が寒風吹き荒ぶなか険しい山道を進んでいく。
「うぅぅうぅ、ウインドレスでも覚えておれば楽出来たじゃろうになぁ。ストームでは一瞬しか効果がないぞぇ」
そして奈津は遭難しないようにロープで仲間達の身体をくくりつけ、涙を浮かべて褌職人のいる山頂を目指すのであった。
「‥‥みんな生きておるな?」
ようやく山頂まで辿り着き、奈津がブレスセンサーを使って仲間達の無事を確認する。
かなり山道がきつかった事もあり、ほとんどの者達が無言で、必要以上に動かない。
「ああ、何とかな。それよりも褌職人は、この裏か」
目の前の滝つぼを指差し、義護が疲れた様子で溜息をつく。
ここまで来るのは相当の体力を使ったため、滝の中を通り抜けていく事は自殺行為にも等しい事だ。
「‥‥この中を通らなきゃ逝かんのか? 心頭滅却したって冷たいに決まってるじゃないか、こんなもん。‥‥一気に抜けるしかないよな、これは‥‥」
大きく深呼吸をしながら精神を統一させ、我斬がゴクリと唾を飲み込んだ。
ここからだと滝の裏が空洞になっているのかよく分からないため、相当の気合を入れておかねば途中で挫けてしまいそうになる。
「滝に打たれるなど、修行のようなもの。さあ、職人殿の住まいはすぐそこだ!」
決して弱音を吐く事なく、喪之起が滝つぼを睨んで褌の紐を締め直す。
「このままジッとしていても寒い思いをするだ。‥‥覚悟を決めて行くしかない」
力強い足取りで、椿が滝の中を進んでいく。
滝の水は物凄く冷たいようだが、椿はまったく悲鳴を上げず、ただ前だけを見て進む。
「うおお、まだだ! ‥‥まだ、あの世へはいけん。もっと女子の褌姿を拝むまでは‥‥」
椿の後を追うようにして、馬斗流が滝の裏へと辿り着く。
滝の裏では褌職人らしき40代の男がひとりで焚き火に当たっており、馬斗流達の姿に気づくと警戒した様子でナタを握る。
「俺達がこんな寒い思いをしてここまでやってきたのに‥‥毛皮なんて着やがって‥‥」
突然、怒りがこみ上げてきたため、馬斗流が褌職人を激しく睨む。
別に褌職人に恨みはないのだが、あまりにもヌクヌクとした格好をしていたため、本能的に腹が立ってきたらしい。
「‥‥我慢するんだ。褌をもらうまでは‥‥。‥‥殺しちゃ駄目だ、殺しちゃ駄目だ‥‥」
自分自身にも言い聞かせるようにしながら、我斬が馬斗流の肩を素早く掴む。
出会い頭に蹴り倒そうと思っていたほど、本当はカチンと来ているのだが、ここで褌職人の機嫌を損ねてしまっては、すべてが水の泡になってしまう。
「やはり‥‥賊か」
険しい表情を浮かべながら、褌職人がジリジリと間合いを詰める。
全員褌姿の賊など普通に考えればありえない事だが、一部地域で変態の楽園と化している場所もあるため、斜め45度の考え方を持つ褌職人にとって彼らは危険と感じたらしい。
「別に俺達は怪しい者なんかじゃない。あんたに頼みたい事があって、ここまで来た」
そして涼哉は詳しい事情を話すため、自分達が危険な人物でない事を説明した。
「ふむ‥‥、なるほどな。それでここまで来たわけか」
焚き火に薪をくべながら、褌職人がグツグツと鍋を煮込む。
ここまで来るには何か深いわけがあると思っていたが、まさか師匠が死んだと告げられるのは予想もしていなかったらしく、驚いた様子でお茶をグイッと飲み干した。
「ああ‥‥、そう言う事だ。それにしても、ここは妙に暖かいな。魂の中まで癒される‥‥」
ようやく身体を暖める事が出来たため、我斬が仏のような表情を浮かべて答えを返す。
今まで寒い思いをしたためか、褌職人の作った雑煮が有り難い。
「この酒も最高だな。‥‥凍えた身体に染みわたる」
褌職人のサインを自分の褌に書いてもらい、馬斗流が上機嫌な様子で酒を飲む。
「お前の持ってきた酒もかなりうまい。山の生活が長いと、酒もなかなか手に入らなくてな。お前達には感謝せねばならん」
豪快な笑みを浮かべながら酒を飲み、褌職人が馬斗流の肩を抱いてニヤリと笑う。
「‥‥それにしても、褌の材料などはどうやって調達しておるのかのぅ?」
洞窟の中に飾られている褌を見つめ、奈津が不思議そうな表情を浮かべて呟いた。
頂上までの道程はかなり険しい事もあり、褌の材料を手に入れるのも難しそうだ。
「まさか材料を持ってこなかったのか?」
驚いた様子で奈津を見つめ、褌職人が大粒の汗を流す。
「‥‥残念ながら、持ってきていない。何とかならないのか?」
気まずい様子で首を振り、義護がボソリと呟いた。
てっきり材料が用意してあると思ったため、義護のショックはかなりデカイ。
「さすがに山を往復する気分にはならんしな」
一気に身体の力が抜けたのか、椿がその場にへたり込む。
「まぁ、譲ってやらん事もない。褌ならここに飾っているモノがあるからな。ただし、お前達にその資格があればだが‥‥」
含みのある笑みを浮かべ、褌職人が椿の身体をジロリと睨む。
「‥‥死にたいのか」
すぐさま拳を振り上げ、椿が褌職人の傍まで駆け寄った。
「勘違いするな。俺の興味があるのは褌だけだ! お前達の熱い思いを語ってくれ」
決して動じる事なく、褌商人がキッパリと言い放つ。
「褌に対する思いか? ‥‥そうだな。俺がひいきにしてる店で『若葉屋』という店がある。もちろん、ただの褌屋ぢゃねぇ。褌が似合う漢達が集うこだわりの店だ。こだわりのある褌はこだわりのある漢がはく事に意義がある。職人魂を揺さぶるのは、使う奴のこだわりなのよ。どんなにいい褌だって、誰も穿いてくれる奴がいなきゃ可哀想だろ。だからここにある褌を譲ってくれ。もちろん、店で売るつもりはねぇ。地蔵さんにはいてもらうためだ」
自分がひいきにしている店の名前を出しながら、涼哉が褌に対する熱い思いを語っていく。
後半に行くに連れ話題は地蔵の話になり、村人達の思いを絡めて説明した。
「‥‥なるほどな。確かに褌は飾っておくものじゃない。だが、これは俺にとっても大事なもの。そう簡単には譲れんな。‥‥ところでそっちのヤツが穿いている褌は何処のものだ? まったく見た事がないのだが‥‥」
喪之起の穿いている褌に興味を持ち、褌職人がむっくりと立ち上がる。
「‥‥この褌は、見てのとおり異国の品だ。拙僧は故あって昨年まで十年程大陸を流浪していたのだが、これを入手するまでは褌の調達には常に難儀しておったものだ。良い布があった時はまだ良かったが、思い余って麻袋で代用した時などは‥‥」
その時の状況を思い出し、喪之起がホロリと涙を流す。
褌職人の興味は彼の穿いている褌だけだが、喪之起はまったく気づかず褌の話を続けていく。
「‥‥ともかく、お地蔵様を拙僧と同じ目にあわせるのは忍びない。貴殿の作られた褌、我らに預けてはくださらぬだろうか」
話の途中で褌職人の様子に気づき、喪之起が話を切り上げ頭を下げる。
「残念だがここにある褌はやれん。だが、お前達の穿いている褌を見て、一度山を降りてみたくなった。もし良かったらその村に案内してくれないか? 異国の地で作られた褌とやらも見てみたいからな」
そして褌職人は喪之起達に毛皮を渡し、満面の笑みを浮かべるのであった。