●リプレイ本文
「‥‥どうやら、この反物屋に贋作が置かれているようですね」
一般の趣味とは掛け離れた絵の贋作が出回っていると噂を聞き、ルーラス・エルミナス(ea0282)が江戸の風紀を正しにむかう。
問題になっている反物屋の主人はとても温厚そうな人で、店の前で笑顔を浮かべてお得意様を見送っている。
「少し興味があって調べてみたんだが、出来はかなりいいらしい」
物影に隠れて様子を窺いながら、壬生天矢(ea0841)がボソリと呟いた。
反物屋の主人は冒険者達の気配に気づかず、そのまま何事もなかったかのように店の中へと戻っていく。
「それじゃ、いまのうちに贋作を燃やせる場所を探しておきますね」
飛び火しても影響のない場所を探すため、ルーラスが仲間達に別れを告げる。
この辺りだと河原で燃やすのが良さそうだ。
「さて、俺達も始めるとするか。ごめんよ、伊達正和ってもんだが店主はいるかい? 清十郎さんの使いで来た。目通りを願う」
堂々とした態度で反物屋の暖簾を潜り、伊達正和(ea0489)が店内に響くほどの大声を上げる。
「し、静かに‥‥」
反物屋の主人は正和の口を慌てて塞ぎ、気まずい様子で人差し指をピンと立てた。
「こちらに御高名な清十郎先生の作品がいくつもあると聞き及び、是非とも拝見したいと思ってやって来ました。それにしても先生の作品を集めるとは、ご主人もお目が高いっ!」
まわりの目を気にして小声でボソボソと囁きながら、デュラン・ハイアット(ea0042)が反物屋の主人を褒めちぎる。
「ほほっ‥‥、お客様も! あれほどの絵は江戸でもなかなか‥‥」
よほど苦労して贋作を手に入れたのか、反物屋の主人がニヤニヤと笑う。
「そこでひとつ相談だ。その絵を譲ってくれないか?」
瞳をキラリと輝かせ、天矢が交渉を持ちかける。
「だ、駄目だっ! これを手に入れるのに一体いくらかかっていると思っている! お前達に払える金額じゃないんだぞ!」
驚いた様子で天矢を睨み、反物屋の主人がソロバンを弾いて見せた。
「う、嘘だろ! 俺達の報酬より高いじゃねえか」
贋作ひとつの値段が自分達の報酬を軽く上回っていたため、天矢が信じられない様子で汗を流す。
清十郎から絵の値段はピンからキリまであると聞いていたのだが、まさかここまで高いとは思っていなかった事もあり、処分するにはかなりの勇気が必要である。
「わ、分かっただろ。頼むから帰ってくれ!」
お客の目を気にしながら、反物屋の主人が視線を逸らす。
「‥‥それが贋作だとしてもか?」
鋭い視線で睨みつけ、デュランが黙って腕を組む。
「な、なんだって!」
店の外まで響くほどの大声を上げ、反物屋の主人がデュランの身体を何度も揺らす。
「とにかく奥の部屋で話をしよう。詳しい話はそこでする」
そしてデュランは反物屋の主人に案内され、贋作の飾られた部屋へとむかうのであった。
「‥‥やはりこれは贋作だ。しかし、これほどまでに凄いとはっ!」
背後に稲妻が走るほどの衝撃を受け、デュランが身体を震わせ贋作を睨む。
偽者の描いた絵はかなり質が高く、ある意味清十郎より絵が上手い。
「悪い。俺もこっちの方がいいや。なんていうか『愛』を感じるし‥‥」
すっかり贋作に心を奪われ、天矢がウットリとした表情を浮かべる。
「わしが大金を出す理由も分かるだろ! これが贋作って言うのなら、本物の絵などいらん!」
大切そうに贋作を抱き締め、反物屋の主人がデュランを睨む。
「「贋作とは言え、出来は中々のもの。処分するには忍びない」
清十郎の絵とは違った魅力を贋作に感じ、デュランが困った様子で溜息をつく。
「この一件、どうやら奥が深そうだな」
険しい表情を浮かべながら、正和が腕を組んで考え込む。
「まずは贋作を描いた絵師の話を聞くしかないか。それまでこの絵を預からせてくれ。もしも処分する事になった時は代わりの絵を渡すから‥‥」
反物屋の主人から承諾を貰い、天矢が贋作を風呂敷に包む。
「‥‥何か悪い事でもあったんですか?」
贋作を燃やす場所を見つけ出し、ルーラスが天矢達と合流した。
「い、いや、そういう訳じゃないんだが‥‥」
気まずい様子で贋作を隠し、天矢が苦笑いを浮かべて答えを返す。
「しばらく様子を見る事にしたんだ。贋作を描いた絵師にも、何か理由がありそうだからな」
険しい表情を浮かべながら、デュランが風呂敷を解いて贋作を見せる。
「なるほど、確かに理由がありそうですね。‥‥分かりました。もう少しだけ待ちましょう。それまで大事に持っていてください」
そしてルーラスは贋作を反物屋の主人に返し、小さくコクンと頷いた。
「ここが問題の長屋か。表札にも堂々と清十郎って書いてあるな」
贋作絵師が作業場にしている屋敷を見つめ、陸堂明士郎(eb0712)が表札の名前を確認する。
近所の人達の話では最近若い男が引っ越してきたらしく、毎日のように少女を連れ込んでいるらしい。
「それにしても贋作はいいけど、女の人がダメって‥‥基準がよく分からないね。‥‥しかも漢を連れ込んで如何わしい事をした事があるのを威張るのもなんだか‥‥あう、なんか最近こんなばっかりだよ‥‥。男の人ってやっぱり変な人しかいないのかな‥‥」
大粒の汗を浮かべながら、野村小鳥(ea0547)が疲れた様子で溜息をつく。
最近マトモな男性と会っていない事もあり、だんだん悪い印象を持ち始めているらしい。
「まぁ、いいじゃない。別に変な事をされる訳じゃないんだから‥‥」
モデルとして贋作絵師と会うため、白井鈴(ea4026)が屋敷の戸を叩く。
事前に連絡をしていないためか、清十郎の反応はかなり鈍い。
「一体どんな人が出てくるんだろ。恐い人だったら嫌だなぁ」
物凄い足音が聞こえてきたため、アゲハ・キサラギ(ea1011)が明士郎の腕にしがみつく。
アゲハは悲しいくらいの貧乳だが、胸元を強調している踊り子服を着ているため、密かに身の危険を感じているらしい。
「そのために自分がいるんだろ。何かあったら助けるさ」
アゲハの肩を優しく抱き寄せ、明士郎がクスリと笑って戸を睨む。
それと同時に戸が外れ、贋作絵師が顔を出す。
「モデル志望で来たのじゃな! 待っておったぜ! ささっ、中へ!」
瞳をギラギラと輝かせ、贋作絵師がニカリと笑う。
贋作絵師はとてもガタイのいい男で、突き抜けるほど陽気である。
「わわっ‥‥、出たぁ‥‥」
テンションの高さについていけず、アゲハが腰を抜かして驚いた。
「何をそんなに怯えておるのじゃ! わしは別に如何わしい事をする気はない! おぬしらの裸を描きたいだけなんじゃ!」
瞳にメラメラと炎を燃やしながら、贋作絵師がアゲハの肩をムンズと掴む。
「うひゃあ!? へ、変態だぁ!!」
悲鳴を上げて後ずさり、アゲハが怯えた様子で首を振る。
「‥‥アゲハに手を出したら俺が許さん!」
すぐさま贋作絵師の手を弾き、明士郎が霞刀に手を掛けた。
「おりょ!? おぬしらモデルで来たんじゃろ?」
驚いた様子で目を丸くさせ、贋作絵師が首を傾げる。
「あ、はい‥‥。一応、モデルをやるために来たんですが‥‥」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、小鳥がボソリと呟いた。
「なら、こっちじゃ!」
小鳥達を屋敷の中に案内し、贋作絵師が絵の準備をし始める。
(「わっ‥‥、さっそくリストを発見〜♪」)
机の上に置かれたリストを見つけ、鈴が気づかれないように懐にしまう。
「少しでも変な事をしたら承知しないからね!」
恥かしそうに頬を染め、アゲハがするりと服を脱ぐ。
「はははっ‥‥、大丈夫じゃ! わしゃ、裸を見るのは好きじゃが、触るのは苦手じゃ!」
豪快な笑みを浮かべながら、贋作絵師が座布団に座って筆を持つ。
「え〜っと‥‥どんな格好すればいいですか?」
胸元を隠した状態で、小鳥が不安そうに呟いた。
「真っ直ぐ立っていてくれればいい。後からポーズは注文する。それと兄ちゃんは後ろを向いていてくれないか。娘っ子達が恥かしがって集中できん」
明士郎の背中をバンバンと叩き、贋作絵師が絵を描き始める。
「ところで貴様はどうして清十郎の名を語っている。これほどまでの絵が描けるのなら、わざわざ清十郎の名を語る必要がないだろ!」
既にリストは手に入れたため、明士郎が核心を突いた。
贋作絵師の絵はとても上手く、清十郎の名前を語る必要はない。
「ありゃ、バレとったんか!? どんなに絵が良くても、知名度がなくちゃ高く売れんのじゃ。そこで清十郎殿の名前を拝借した訳じゃが、本人は怒っているのかのぉ‥‥」
まったく悪びれた様子もなく、贋作絵師が豪快に笑う。
「うん、物凄く怒っているよ」
贋作絵師が反省していない様子だったため、小鳥がキツめにツッコミを入れる。
「そりゃ、マズイ‥‥。すぐに謝りにいくか‥‥」
ようやく事態の深刻さを理解し、贋作絵師が大粒の汗を流す。
「大丈夫だよ、この身体なら‥‥」
そして鈴は贋作絵師の肩を叩き、含みのある笑みを浮かべるのであった。
「こんな場所にいたら息が詰まる。早く漢を抱かせてくれっ!」
あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべ、清十郎がブツブツと文句をいいながら酒を飲む。
贋作が出回った事を理由にして清十郎が逃げてしまう可能性が高いため、冒険者達が四六時中清十郎の事を見張っている。
「そんな無茶な‥‥。もう少しの辛抱ですよ」
いまにも暴れだしそうな清十郎を宥めながら、リュカ・リィズ(ea0957)が苦笑いを浮かべて呟いた。
「俺は漢を抱かないと絵が描けん。‥‥分かるだろ?」
マグナ・アドミラル(ea4868)の肩を抱き、清十郎がニヤリと笑って胸を触る。
「悪いがそっちの趣味はない。まぁ、モデルなら構わんがな」
反射的に清十郎をブン殴り、マグナが視線で彼を威圧する。
「じゃあ、どうしろって言うんだ。ここで猿になれって言うのか?」
瞳をわずかに潤ませながら、清十郎が辺りの物を蹴り飛ばす。
どうやら色々な意味で爆発寸前になっているらしい。
「まあまあ、落ち着いて。その絵が完成したら、好きなだけ遊びに行ってもいいからさ」
清十郎の杯に並々と酒を注ぎ、羽雪嶺(ea2478)が苦笑いを浮かべて距離をおく。
「その代わり実費でな」
苦笑いを浮かべながら、南天輝(ea2557)が清十郎の背中を叩く。
「おおっ、もちろんだとも! こうなったら掘って掘って掘りまくってやる!」
拳をギュッと握り締め、清十郎が新たなる野望に心を躍らせ大声で叫ぶ。
「だから今まで以上に素敵な絵を描いてくださいね♪」
欲望の権化と化した清十郎の顔を見つめ、リュカが新品の筆を手渡した。
「おう、任せておけ!」
妙に爽やかな笑みを浮かべ、清十郎がマグナをモデルに絵を描き始める。
「す、凄まじい気迫だな。これが清十郎の実力なのか。それとも、まさか‥‥‥‥発情しているんじゃあるまいな?」
清十郎の身体から発せられる気迫に驚き、マグナが身の危険を感じて汗を流す。
「しばらくジッとしていてくれ! ここで集中が途切れたら、お前を押し倒すかも知れん」
訳も分からない理由を呟きながら、清十郎が鮮やかに筆を走らせる。
「才能と下半身が連動しているって事かな? どちらにしても凄いけど‥‥」
清十郎の絵がマグナの特徴をガッチリと捉えていたため、雪嶺が複雑な心境に陥り溜息をつく。
「ある意味、欲求不満にさせておいた方が効率いいんじゃないか。もう一枚出来ているぞ」
清十郎の魂と欲望の結晶である絵を見つめ、輝が乾いた笑いを響かせる。
「た、確かに‥‥。でも脱走しない事はいい事ですね♪」
清十郎の絵を描く手伝いをしながら、リュカがクスクスと笑う。
「‥‥あとは贋作絵師が捕まるだけか。作戦がうまく行くといいんだが‥‥」
そしてマグナはゆっくりと目を閉じ、贋作絵師が捕まる事を心から願うのであった。
‥‥贋作絵師が色々な意味で危険な目に遭うとも知らぬまま‥‥。