●リプレイ本文
●姉巫女
人食い鬼の生贄になるため、姉巫女が湖のほとりで服を脱ぎ、湖に浸かって身を清める。
妹巫女の身代わりになって生贄になった事は全く後悔していない。
幼い頃から宿命づけられていた事だから‥‥。
「そこに隠れているのは誰ですかっ!」
何者かの気配に気づき、姉巫女が胸元を隠して大声で叫ぶ。
「けひゃひゃひゃ、君が姉君だね〜」
湖を遮るようにして生えていた草叢をかきわけ、トマス・ウェスト(ea8714)がニヤリと笑う。
姉巫女は神聖な湖を穢しにやって来た侵入者を警戒し、悔しそうな表情を浮かべて唇を噛む。
「わ、私達は別に怪しい者じゃありません。あなたを助けに来たんです」
なるべく姉巫女の裸を見ないように視線を逸らし、山本建一(ea3891)が恥かしそうに頬を染める。
「勘違いしないでくれ。我輩達は妹君の依頼でここに来たんだから〜」
大袈裟に首を振りながら、トマスがダラリと汗を流す。
しかし、この状況では単なる言い訳にしか聞こえない。
「信用出来ませんね。何か証拠はあるんですかっ!」
胡散臭そうにトマス達を睨みつけ、姉巫女がだんだん厳しい表情になっていく。
「こ、困りましたね」
まさかこんな結果になるとは予想もしていなかったため、健一が姉巫女を刺激しないように両手を上げる。
「待ってくれ、姉貴っ! こいつらは悪くないんだっ! 連絡が遅れてゴメン!」
草叢を一気に駆け抜け、妹巫女が慌ててふたりの前に立つ。
ここまで走ってきたのか、かなり息が乱れている。
「‥‥驚かさないでください」
妹が現れた事で安心したのか、姉巫女がようやく警戒を解く。
「た、助かった‥‥」
「マジでシャレにならないぜ〜」
崩れるようにしてその場に座り、二人がホッとした様子で溜息をつく。
「それでわたくしに何の用ですか?」
トマス達とは反対側のほとりに立ち、姉巫女が背中を向けて巫女服を纏う。
何故かトマス達とは全く視線を合わさず、クールな表情を浮かべ‥‥。
「あなたは覚悟を決めたのかも知れませんが、残される妹さんの気持ちも考えてください。生贄になったとしても、失うものが多すぎますっ!」
真剣な表情を浮かべながら、健一が姉巫女を見つめて大声で叫ぶ。
説得出来る自信はないが、このまま放っておくわけにもいかない。
「もちろん、覚悟は出来ています」
どこか寂しげな表情を浮かべ、姉巫女が小さくコクンと頷いた。
心配そうな表情を浮かべる妹巫女を気にしながら‥‥。
「つまりは妹君が食われる所を見たくないだけだろ〜。君が旨ければ、次に狙うのは同じ姿をした『餌』だろうからね〜。けひゃひゃひゃ」
ケラケラと笑い声を響かせ、トマスが姉巫女の様子を窺った。
姉巫女の真意を知るために‥‥。
「それがわたくし達の運命ならば‥‥」
今にも泣きそうな表情を浮かべながら、姉巫女がキッパリと答えを返す。
湖を隔てて壁でも出来ているかのように‥‥。
●もういっぴきの鬼
「お、鬼だぁっ! もう一匹、お、鬼が出たぁぁぁ!」
情けない表情を浮かべ、村人が何度も転びそうになりながら、長老に新たな鬼の出現を報告する。
「な、なんじゃと!?」
長老は信じられないといった様子で立ち上がり、険しい表情を浮かべて村人の背後を睨む。
「えっ‥‥。う、うわあああああっ!」
村人は訳も分からず後ろを振り向き、鬼に扮した三笠明信(ea1628)と目が合い腰を抜かす。
「(‥‥何とかウマくいきそうですね)」
明信はここに来る途中でレディス・フォレストロード(ea5794)にミミクリーを使ってもらい、鬼の顔として顔にへばりついてもらっている。
制限時間は6分間。
魔法の効果がなくなれば、すべてが無駄になってしまう。
「そ、そ、そんな馬鹿な! ここには結界が張られているはずだ!?」
姉妹すらも知らない真実‥‥。
多くの犠牲の上に成り立つ結界。
それは巫女達の人柱。
本当に効果があるのかも分からず、命を落とした巫女達の墓標。
「(ひ、酷い‥‥)」
危うく口に出しそうになりながら、レディスが長老に対して怒りを感じる。
きっと村のまわりを取り囲むようにして立っていた石碑の中に巫女達は眠っているのだろう。
掟の言う名の狂気に縛られ‥‥。
「(‥‥この村の闇は思ったよりも深そうですね)」
ここで怒る気にもなれず、明信がしばらく言葉を失った。
巫女達を村の呪縛から解放する事が出来るまで‥‥。
‥‥決して涙は流せない。
「な、何故じゃ! 何故、この村にっ!」
未だに信じる事が出来ないのか、長老が怯えた様子で明信を睨む。
村人達もあまりの恐怖に黙ってその場に立ち尽くす。
「‥‥愚かな。百年桜の下にいる鬼は単なる偽者。本物はわしじゃ!」
普段は使った事のないような口調で喋り、明信が長老を威嚇するようにして地面を金棒でつく。
長老はほとんど視線を合わさず、両手を合わせて念仏を唱える。
「聞けっ! 愚かな者達よっ! これから出す条件を飲まねば、お前達に未来はない。すぐにでも我が同胞が、この村を恐怖で支配するだろう。もちろん、すぐには殺さん。祖先の恨みを晴らすまで‥‥」
レディスが身体を動かして鬼が邪悪な笑みを見せたようにしながら、明信が頭に浮かんだ言葉を次々と口に出していく。
まるで亡くなった巫女達の言葉を代弁するかのように‥‥。
「今後どんな事があっても生贄を捧げたりするな! そんな事よりも巫女達に舞を踊らせろ。百年桜の下で宴を開き、わしを楽しませるために‥‥」
誰にも反論する機会を与えず、明信が厳しい表情を浮かべて長老を睨む。
これ以上、悲しむ巫女が増えないように‥‥。
●巫女姉妹
「しかし、驚いたな。あの長老を丸め込んじまうなんてさ」
明信の肩を抱きながら、妹巫女が豪快に笑う。
姉妹にとって長老は頭の固い人物のため、余所者の説得には応じないと思っていたらしい。
「‥‥本当に生贄にならなくていいんですか?」
驚いた様子で明信を見つめ、姉巫女が何度も確認した。
別に明信達を疑っているわけではないが、未だに信じる事が出来ないようだ。
「わたくし達が嘘をついて何か利益はありますか?」
鬼の変装を解いて姉巫女達の前に立ち、明信が爽やかな笑みを浮かべる。
「確かにそうですが‥‥。あの長老が、まさか‥‥」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、姉巫女が返答に困って視線を逸らす。
「ご安心ください。きつく灸をすえておきましたから♪ しばらくトラウマになるかも知れませんが‥‥」
長老達の顔を思い出し、レディスがクスクスと笑う。
鬼に変装している間、明信の身体にへばりついていたため、少し恥かしい思いをしたのだが、長老が考えを改めてくれたのだから、レディス達の得たものは大きいだろう。
「とにかく後の事は俺達に任せてくれ! 悪いようにはしないからさ!」
巫女装束を纏って姉巫女に扮し、巴渓(ea0167)が自分の胸をポンと叩く。
百年桜の下で酒を飲む人食い鬼を倒すため‥‥。
●人食い鬼
「‥‥アイツが噂の人食い鬼か」
三つ編の髪を解き、巴が鬼の面を被って舞台にむかう。
人食い鬼は杯を持ってままジロリと睨み、持っていた金棒をギュッと握り締める。
「‥‥たくっ、のんきに酒なんか飲みやがって」
人食い鬼の警戒を解くため、巴が懐から神酒『鬼毒酒』をチラつかす。
しかし、人食い鬼は唸り声を上げ、不機嫌そうに立ち上がる。
「交渉の余地なしか。だったらやってやろうじゃねぇか!」
すぐさま鬼面を勢いよく放り投げ、巴がナックルをはめてニヤリと笑う。
それを合図にゲレイ・メージ(ea6177)が錬金術で作った五色の煙が出る玉を地面にむかって叩きつけ、人食い鬼がパニックに陥っている間にまわりを素早く囲む。
「‥‥しばらく後ろに下がっていろ。ここで怪我をされても困るからな」
怯えた様子の姉妹にむかって声をかけ、ゲレイが人食い鬼の見た目を確認する。
目の前にいる鬼は上位種のようだが、それほど知能は高くないらしい。
悪いがてめぇには消えてもらうぜ!
そう言って鷹見仁(ea0204)が二本の刀を振り下ろす。
人食い鬼は金棒を横にして高々と掲げ、仁の攻撃を受け止め蹴りを放つ。
「‥‥かかったな」
そのまま地面に尻餅をつき、仁が口元から流れる血を拭う。
「喰らえっ!」
次の瞬間、人食い鬼の背後からマグナ・アドミラル(ea4868)が現れ、スマッシュEXで背中を斬りつけニヤリと笑う。
「グルルルルッ‥‥」
人食い鬼はバランスを崩して膝をつき、悔しそうな表情を浮かべて金棒を掴む。
「‥‥来いよ。今度は本気で相手をしてやるからさ」
日本刀を両手に構え、仁が人食い鬼を挑発する。
人食い鬼は金棒をブンブンと振り回し、次第に仁を追い詰めていく。
「流石に他の鬼とは違うな。実力だけなら上位種とほぼ同じって訳か」
なかなか反撃に移る事が出来ないため、仁がダラリと汗を流す。
今まで戦った事のある、どの鬼よりも強いため、仁も少し戸惑っている。
「面白いじゃねぇか! やってやるよ!」
巫女装束の袖をまくり、巴がニヤリと笑って攻撃を仕掛けた。
人食い鬼は金棒を横に払い、巴の身体をふっ飛ばす。
「き、効いたぁ‥‥」
地面を滑るようにして膝をつき、巴が激痛のあまり腹を押さえる。
人食い鬼は巴にトドメをさすため、唸り声を上げて金棒を振り下ろす。
「だ、大丈夫か。‥‥まだ死ぬなよ」
ライトシールドで金棒を受け止め、マグナが巴を守ってボソリと呟く。
「こんな所で死んでたまるか!」
不機嫌そうな表情を浮かべ、巴がふらりと立ち上がる。
「私に魔法を使わせろー! あんなヤツ、私が捻り潰してやる!」
舞台に被害が出たらマズイため、ずっと我慢していたのだが、とうとう限界が来たのか、ゲレイが拳を震わせた。
「こいつは今までの鬼とは違う。あんまり前に出過ぎるなよ」
ゲレイを守るようにして前に立ち、仁が人食い鬼を威嚇する。
人食い鬼はダラダラと涎を流し、仁達の中から一番肉の柔らかそうなやつを選ぶ。
「フッフッフッ‥‥、ようやく魔法を使う事が出来るのか」
瞳をキラリと輝かせ、ゲレイがウォーターボムを放つ。
ゲレイの攻撃を寸前でかわし、人食い鬼がすぐさま反撃に出る。
「は、速いっ!」
人食い鬼の攻撃を避ける事が出来なかったため、ゲレイが身を伏せるようにしてアイスブリザードを叩き込む。
「グア‥‥ゴォ‥‥」
いきなり扇状に吹雪が出たため、人食い鬼が驚き仰け反った。
「伏せろっ!」
邪魔なライトシールドを放り投げ、マグナが斬馬刀を構えて走り出す。
ゲレイはマグナの掛け声に気づき、その場に素早く身を伏せる。
人食い鬼は金棒を振り上げ、マグナの事を迎え撃つ。
「‥‥あの世で姉妹に詫びるのだな」
次の瞬間、マグナが斬馬刀を振り下ろし、人食い鬼を真っ二つに切り裂いた。
百年桜の見守る中で‥‥。
●戦いが終わり‥‥
人食い鬼が退治され、村に一時の平和が戻る。
あの日以来、長老は家に閉じこもったまま塞ぎ込み、姉妹と視線を合わす事もない。
「そのまま動かないでくれよ。可愛く描いてやるからさ」
百年桜をバックに姉妹を立たせ、仁が上質な紙を使って絵を描く。
仁の描く絵はとても美しく、姉妹の特徴をよく掴んでいる。
「なんだか恥かしいですね」
「本当に可愛く描いてくれるんだろうな?」
姉巫女が控えめな笑みを浮かべ、妹巫女が恥かしそうに頬を掻く。
「おっ! やってるな! せっかくだから俺も一緒に描いてくれよ! 3姉妹って絵になるだろ?」
姉妹の肩をガシィッと掴み、巴がニンマリと笑う。
「3姉妹!?」
驚いた様子で巴を見つめ、姉妹が揃って声を上げる。
「おらっ! 勝手に割り込むんじゃねぇ!」
不機嫌そうな表情を浮かべ、仁が巴にむかって文句を言う。
上質な紙を使っているため、いまさら描き直す事は出来ない。
「もしもの場合は巴君に請求すればいいんじゃないか?」
けだるい表情を浮かべ、トマスがケタケタと笑う。
「ははっ、そりゃあいいな」
ガッシリと両腕を組みながら、マグナが一緒になって笑い出す。
「マ、マジか!?」
予想外の反応に驚き、巴が目を丸くする。
「‥‥桜が綺麗ですね」
少し離れた場所で茶をすすり、健一がホッと溜息をつく。
辺りには村人達の笑い声が聞こえており、今までの出来事がまるで夢のようである。
「そう言えばふたりの名前が決まったそうですね」
姉妹のまわりを飛び回り、レディスがニコリと微笑んだ。
「えっと‥‥」
モジモジとした様子で頬を染め、姉巫女が妹巫女の袖を引く。
「‥‥ん? あたし達の名前か?」
物凄く上機嫌な表情を浮かべ、妹巫女が名付け親のトマスを見つめてニヤリと笑う。
「『愛』と『舞』‥‥。どちらもイギリスの言葉で『自分』を意味する言葉らしい」
ようやく手に入れた姉妹の安らぎ‥‥。
今まで『自分』を失っていた姉妹にとって相応しい名前であった。