●リプレイ本文
●三平
「この私が来たからには勝利の喜びに酔わせてさしあげますョ。モチロン、その後は私が大人の悦びにも‥‥ウフ」
妙に怪しい手つきで三平の肩を揉み、クロウ・ブラッキーノ(ea0176)がニヤリと笑う。
何か別の意味も暗示しているのか、クロウの手つきが艶かしい。
「大人の悦びか‥‥。何だか背筋がムズムズするな。そ、そうだ! お前の凧を作ったぞ!」
クロウの凧を手にしながら、三平が慌てて話題を変えた。
クロウの凧は『若き三平の悩み』とタイトルがつけられており、白い凧の下に赤い凧が隠されているギミック付きの物である。
「おおっ、素晴ラシイッ! この‥‥一皮剥けそうで剥けない‥‥そんな狭間に揺れる青年の葛藤が実にうまく表現できていると思います‥‥。きっと‥‥立派に赤く剥けた時、それはそれは大きな歓声が沸き上がる事でしょうネェ」
何とも言えない表情を浮かべ、クロウが三平の身体を撫で回す。
「ははっ……、そうだな」
複雑な心境に陥りながら、三平が青ざめた表情を浮かべて身を任せる。
「あのぉ……、ひょっとしてお邪魔でしょうか?」
おっとりとした表情を浮かべ、大宗院鳴(ea1569)がニコリと笑う。
ふたりの関係がだんだんディープになってきたため、一緒にいるのが悪いと思い始めたらしい。
「い、いや、そんな事はない。頼むから帰らないでくれ。怖いから……」
服の袖をギュッと掴み、三平が瞳を潤ませた。
このままクロウと一緒にいたら、最後の一線を走り幅跳びで飛び越えてしまいそうなため、すがるような目つきで鳴の顔を見つめている。
「それは構いませんが‥‥、わたくし、喧嘩はあまり好きではありません。このまま凧を使って喧嘩をするおつもりなら、ここで御暇しようと思います」
満面の笑みを浮かべながら、鳴が喧嘩凧を見つめて呟いた。
「いや、喧嘩って言っても、別に殴り合いの喧嘩をするわけじゃねえ! 男のプライドを賭けた勝負ってヤツさ。‥‥分かるだろ」
クロウのメンズな視線に怯えつつ、三平が必死になって鳴の事を引き止める。
「つまり‥‥本当の喧嘩ではない訳ですね。それを聞いて安心しました」
三平の言葉を聞いて納得したのか、鳴がその場にちょこんと座ってお茶を飲む。
「‥‥俺も別の意味で安心した。これで俺の貞操も‥‥って、そんな話をしている場合じゃねえ! 早く決闘の場所に行かなきゃマズイ! えっと‥‥、鳴ちゃんの凧は‥‥そうそう、これだ! いい感じだろ!」
慌てた様子で部屋を漁り、三平が鳴の凧を見つけ出す。
鳴の依頼していた凧は自分の飼っている鷹(矢神)と同じ形をしており、上空にあげたシルエットだけでは本物と見分けがつかないほどだ。
「矢神さん、お友達ですよ」
完成した凧を矢神に見せ、鳴が優しく頭を撫でる。
矢神も友達が出来た事を喜んでいるのか、嬉しそうに喉を鳴らす。
「それじゃ、今から出するぜ! 長次郎のオッサンも俺を待っているからな!」
そう言って三平が荷物を背負う。
いまこそ師匠を超えるため‥‥。
●長次郎
「それじゃ、こっちについたのは俺だけか。こりゃ、気を抜けんな」
屋敷で手厚い歓迎を受けながら、本所銕三郎(ea0567)が困った様子で腕を組む。
長次郎の味方についたのは、銕三郎ただひとり。
勝負の決め手は銕三郎の腕次第。
「‥‥すまん。わしがもっと頑張っていれば‥‥」
大きな溜息をつきながら、長次郎が酒を一気に飲み干した。
「気にするなって! 用は勝ちゃあいいんだろ? 相手が10人だろうと、20人だろうと負けるつもりはないからな」
長次郎の背中を叩き、銕三郎が酒を並々と注ぐ。
「そう言ってもらえると心強い。それで依頼されていた凧じゃが‥‥」
酒をゴクリと飲んだ後、長次郎が凧を出す。
銕三郎の凧は人が乗れるほどの大きさがあり、長次郎が操る事で真の力を発揮できる代物だ。
「おおっ、これか! よく出来ているじゃないか! 気に入った!」
満面の笑みを浮かべながら、銕三郎が長次郎の凧を絶賛する。
銕三郎の預けた大凧は、長次郎の手によって新たな大凧に進化した。
「当たり前じゃ。お前に負けられたら困るしな。わしのすべてをこの凧の中に注ぎ込んである。それじゃ、そろそろ行くとするか」
勝ち誇った様子で拳を握り、長次郎が荷物を背負う。
己の未熟さを弟子に実感させるため、長次郎はあえて鬼になる‥‥。
●対決
「ふふっ‥‥、飛んで火にいる何とやらとは、この事デスネェ〜」
少し遅れてやって来た銕三郎を睨みつけ、クロウが怪しくニヤリと笑う。
三平側の準備はすでに整っているため、後は長次郎達が大凧の準備をするだけだ。
「‥‥言ってろ。後で後悔するぞ」
大凧に乗って具合を確かめ、銕三郎がクロウを睨む。
数でむこうに負けているのは確かだが、そのぶん凧が大きいため、作戦次第で勝ち目がある。
「あのぉ‥‥、落ちたら痛くありませんか?」
心配した表情を浮かべ、鳴がボソリと呟いた。
「‥‥落ちたらな。だが、簡単に落ちるつもりはない。風を読み、凧と一体になれた者が勝つ! だったよな‥‥確か?」
サジマ(馬)とサワダ(犬)の顔を見ながら、銕三郎がダラリと汗を流す。
2匹とも気まずい様子で視線をそらしているようだが、銕三郎は何事もなかった様子で咳をすると長次郎を見つめて頷いた。
「それじゃ、勝負を始めるぞ。お互い恨みっこなしだ!」
凧をあげるのに十分な風が来た事を確認し、長次郎が三平にむかって合図を送る。
「当たり前だろ。俺が勝つんだから‥‥」
冗談まじりに微笑みながら、三平がクロウと鳴に合図を出した。
「‥‥いい風だっ! これなら俺にも勝ち目がある。‥‥行くぞ!」
大凧を器用に操り鳴を狙い、銕三郎が必殺の一撃を食らわせる。
鳴の凧は一瞬バランスを崩したものの、すぐに体勢を立て直し銕三郎の凧に体当たりを食らわせた。
「おっと、私の存在を忘れていたりしませんかぁ」
まるで穢れを知らない少年を愛でるように糸を操り、クロウが銕三郎の意表をついて背後にまわる。
「ぬおっ‥‥、やるな! だが、この大凧をナメるなよっ!」
大凧を器用に操りクロウを狙い、銕三郎が再び必殺の一撃を放つ。
クロウは銕三郎の動きを察知したのか、赤い凧をヒラリと出して攻撃を避ける。
「す、素晴らしい。こんなに美しくむけるとは‥‥、お祝いしないといけませんね」
感動した様子で凧を見つめ、クロウが瞳を輝かす。
その光景があまりにも感動的だったため、心の中のアルバムが一瞬にして埋め尽くされる。
「ま、負けるか!」
悔しそうな表情を浮かべ、銕三郎が長次郎にむかって合図を出す。
長次郎は紐を緩めたりしながら、銕三郎が落ちないようにバランスをとる。
「残念ですがわたくし達も手を抜くつもりはありません」
銕三郎の大凧に必殺の一撃を食らわせ、鳴が険しい表情を浮かべて汗を流す。
「ぐおっ!」
それと同時にクロウの凧が大凧とぶつかり、銕三郎が真っ逆さまになって落ちていく。
まるで流れ星のようにして‥‥。
●凧
「悪いがこれで勝負は決まったな。オッサンもこれを気に引退したらどうなんだ?」
勝ち誇った様子で笑みを浮かべ、三平が長次郎を見下ろし呟いた。
「馬鹿を言え! まぐれで勝っただけじゃろ。わしはまだまだ引退せん!」
納得がいかない様子で愚痴をこぼし、長次郎が不機嫌そうに三平を睨む。
「おふたりとも、これで仲直りデス。ホラ、喧嘩するほど仲が良いトカ言うじゃアリマセンカ。
そして師弟愛は禁断の愛へ‥‥」
むりやりふたりに握手をさせ、クロウが妄想の中で悦に浸る。
「ば、馬鹿! そんなんじゃねえよ」
恥ずかしそうに頬を染め、三平がクロウに対して抗議した。
「お前まさか、そっちのケが‥‥」
以前から疑惑を持っていたのか、長次郎が警戒した様子で後ろに下がる。
「オッサンまで誤解するんじゃねぇ! 俺の恋人は凧だけさ」
激しく首を横に振りながら、三平が長次郎をジト目で睨む。
「わたくしは凧より蛸の方が好きですね」
凧の糸を手繰り寄せ、鳴がボソリと呟いた。
一瞬の沈黙。
その間に銕三郎が帰ってきた。
「たくっ‥‥、酷い目に遭ったな。まさかあのまま川に落ちるとは‥‥」
ずぶ濡れになった状態のまま、銕三郎が疲れた様子でその場に座る。
危ないところでサジマ(馬)とサワダ(犬)に助けられたのか、大量に飲んだ水を吐き捨て溜息をつく。
「お帰りなさいませ」
満面の笑みを浮かべながら、鳴が深々と頭を下げた。
「水も滴る何とやら‥‥デスネ」
手拭いを放り投げ、クロウがクスリと笑う。
長次郎と三平も銕三郎を心配してか、毛布を片手に駆け寄った。
「まぁ、そんなトコだ。それにしても良かったな。仲直りが出来たようで‥‥。これからはふたりで凧を作ってみないか。‥‥昔みたいにさ」
ふたりの肩を抱きながら、銕三郎が提案する。
「昔みたいに‥‥か」
昔を懐かしむような表情を浮かべ、長次郎が三平の顔を見つめてクスリと笑う。
「考えてやってもいいぜ。いまのオッサンだったらさ」
恥ずかしそうに頬をかき、三平が長次郎と握手をかわす。
こうしてふたりは新たな第一歩を踏み出した。
より良い凧を作るため‥‥。