●リプレイ本文
「なんだか妙に静かじゃのぉ‥‥。まるで何事も起こってないようじゃ」
馬に乗って一足先に村を訪れ、馬場奈津(ea3899)が松明をかざす。
村は妙に静まり返っており、梟が不気味に鳴いている。
「‥‥おかしいな? 確かこの村でいいはずだけど‥‥」
足音を立てないように足袋を穿き、弥勒蒼珠(ea4375)が辺りをゆっくりと見回した。
死人憑きが現れた事を証明するかのように、辺りに大量の血が飛び散り家の戸が壊れているのだが、肝心の死人憑きが見当たらない。
「他の村を襲撃に行ったという事はないよね?」
無人になった小屋を覗き、篝火灯(ea3796)が後ろを向いた。
次の瞬間、灯の表情が一瞬にして凍りつく。
「‥‥ん? 一体、何を驚いているの? 俺の顔に何かついているのかい?」
困った様子で灯を見つめ、無天焔威(ea0073)が首を傾げる。
灯の顔色が悪いため、何か嫌な予感がしているようだ。
「う、うしろ‥‥」
消え去るような声で呟きながら、灯が焔威の後ろを指差した。
「‥‥死人憑きか。まさか森に隠れていたとはな」
死人憑きを睨みつけ、奈津が素早く十手をむける。
「俺達だけであの人数と戦うのは自殺行為だろ。早めにトンズラしちまおうぜ」
急いで馬に飛び乗り、蒼珠が大声で叫ぶ。
馬は怯えているものの、逃げる事なら出来そうだ。
「そんな事を言っても、馬が言う事を聞かないよ〜」
暴れる馬をなだめながら、灯が大粒の汗を流す。
死人憑きが現れた事で馬が動揺したため、灯は馬を落ち着かせようと必死なようだ。
「‥‥それは困ったね。このまま戦うわけにも行かないし」
灯が逃げる時間を稼ぐため、焔威が日本刀を握り締める。
死人憑きは空ろな瞳で焔威を見つめ、だらしなく涎をたらす。
「せめて生き残りがいれば、と思ったんじゃがのぉ‥‥」
松明を振り回して死人憑きを牽制し、奈津が馬に飛び乗り逃亡を図る。
「連絡よろしくな。俺達はもうしばらく時間を稼ぐぜ」
履きなれている右近下駄を履き替え、蒼珠が日本刀を構えて死人憑きを睨む。
「ははは、こういうのを好奇心が猫を殺すというのかなぁ〜」
そして焔威は苦笑いを浮かべながら、死人憑きに斬りかかるのであった。
「‥‥もう少しで俺の村だ」
険しい表情を浮かべ、依頼主が馬を走らせる。
全員が馬を持っていないため、それほどスピードは出ていないが、少し焦っているようだ。
「既に死人となった者が蘇る‥‥。其れは世の理に反する事。ならば共に行こう。再び死者を眠りに導く為。そして依頼主の行く末を見届ける為に」
街道の途中で馬を止め、ニライ・カナイ(ea2775)が奈津に気づく。
「何かあったんですか?」
馬から転がるようにして落ちた奈津に駆け寄り、橘雪菜(ea4083)が慌てた様子で問いかける。
「少しマズイ事になったのじゃ。このままだと危険かも知れん」
険しい表情を浮かべ、奈津がその場に膝をつく。
「‥‥分かったわ」
優しく奈津に肩を貸し、安来葉月(ea1672)が村を睨む。
村からは死人憑きの唸り声が響いており、仲間達の剣戟が聞こえてくる。
「‥‥急ぎましょう」
依頼主を守るようにして弓矢を構え、神有鳥春歌(ea1257)がニライと一緒に村にむかう。
「こっちだよっ!」
馬に乗って死人憑きを牽制し、灯が春歌達に大きく手を振った。
最初は灯達の有利に進んでいた戦闘だが、死人憑きは疲れを知らないため、次第に形成を逆転され、森の中まで追い詰められている。
「遅かったじゃねえか。危うく死人憑きのエサになる所だったんだぜ」
右近下駄をカランと鳴らし、蒼珠が死人憑きめがけてブラインドアタックを叩き込む。
蒼珠の表情には疲れが見えてはいるものの、ここで退くわけには行かないようだ。
「‥‥いけるか?」
心配した様子で冒険者達を見つめ、依頼主がボソリと呟いた。
「今はとにかく経験を積まんとな。‥‥事を成すにも、理想を掲げるにも‥‥力が無いと話にならん‥‥」
拳をゆっくりと握り締め、麻生空弥(ea1059)が辺りを睨む。
死人憑きは辺りを徘徊しているため、依頼主をひとりで戦わせるわけには行かない。
「‥‥私の教えた事を忘れずに」
自分自身にグットラックをかけておき、葉月が依頼主を守って後を追う。
行く手には2体の死人憑きが立っており、依頼主にむかって襲い掛かる。
「こないだダチから教わった方法が役に立ちそうだな!」
投擲用の武器を使って死人憑きの両足を絡めとり、木賊崔軌(ea0592)が素早くオーラソードを叩き込む。
しかし死人憑きの身体は夏場のために腐っており、腐汁を垂らして両足の骨を晒しながら、這うようにして崔軌に足にしがみつく。
「うわっ‥‥、なんかヌルヌルしているぞ」
吐き気を催すような異臭から顔を背け、崔軌が死人憑きの頭を力任せに踏み潰す。
「死体系である以上、攻撃パターンは単調です。よく見て、避けながら一撃を叩き込む。これを死人憑きが動かなくなるまで繰り返すしかありません。決して目を逸らさない事と、躊躇しない事。この二つを出来る事が最低条件になります」
死人憑きの攻撃を避けながら、葉月が崔軌にアドバイスする。
「だったら焼くのが一番かも知れんのぉ」
十手を使って死人憑きの攻撃を受け止め、奈津が松明を突きつけ火をつけた。
死人憑きの身体は勢いよく燃えながら、辺りに凄まじい刺激臭を漂わせた。
「‥‥物凄い匂いだね。有効的な攻撃だけど、息を止めていられる自信がないなぁ」
魔法の戒めから逃れた死人憑きを相手にしながら、エドゥワルト・ヴェルネ(ea3402)が険しい表情を浮かべて後ろに下がる。
死人憑きの動きは一瞬だけ衰えたものの、痛みを感じないためヴェルネにむかって倒れこむ。
「死体系の怪物は、大体が知性と俊敏さを持たない代わりに、非常識なまでの怪力と体力、頑丈さを持っています。一度死んでいる存在ですから、これ以上死ぬ事もありません。死人憑きを倒そうというなら、浄化するか、身体を動かなくなるまで破壊するかのどちらかです」
口元を布で覆って風下から遠ざかり、葉月が六尺棒を構えて死人憑きを牽制した。
「動かなくすればいいのね」
長弓を使って遠距離から死人憑きの身体を射抜き、春歌が近寄ってきた敵に対してアイスコフィンを使用する。
「喰らえっ!」
刀を納めた状態で相手の懐へ飛び込み、カマイタチの如く素早い抜刀で死人憑きを斬り裂いた。
「安らかなる眠りにつかん事を‥‥」
死人憑きめがけてホーリーを唱え、ニライが小柄を振り下すと、ピュアリファイを使って浄化する。
「これで‥‥終わりです‥‥」
迫り来る死人憑きを前にして、雪菜がサイコキネシスを使って手頃な岩を操り、死人憑きを次々と潰す。
「‥‥前に出過ぎです! 一体、何を焦っているのですか?」
突然走り出そうとした依頼主に驚き、葉月が慌てた様子で肩を掴む。
「俺達の仕事は護衛だけど、そうやって無茶して俺達を死なすわけ? ‥‥あんたの友人みたいに」
死人憑きにダブルアタックを浴びせて依頼主を守り、焔威がカウンターアタックで背後の敵を仕留める。
「残念だが友が死んだ原因は俺じゃない。間接的には関係あるかもしれないが‥‥」
刀についた肉塊を払い、依頼主が何処か寂しげな表情を浮かべて前を睨む。
「‥‥あれは」
そこには鎧を纏った男が立っており、怪しく身体をユラユラと揺らしている。
首だけになった恋人の頭を右手にぶら下げて‥‥。
「‥‥御自分でケリをつけるんでしたよね?」
真剣な表情を浮かべ、空弥が依頼主に短刀を渡す。
「いや、これでいい‥‥」
愛用の刀を握り締め、依頼主がコクンと頷いた。
「あんまり無茶はしないでね。これ以上、無茶をされたら、俺達だって守り切れる自信はないから‥‥」
依頼主の前に立ってアグラベイションを発動し、ヴェルネがプラントコントロールを使って死人憑きの動きを封じ込める。
「御仏に仕える白の僧としては、貴方がけじめをつける事を手助けできても、貴方が死ぬ事を見過ごせません。もしもの場合は‥‥あの方を、浄化します」
依頼主の様子が尋常ではないため、葉月が警告まじりに呟いた。
「‥‥分かっているさ。だが、その前に俺自身でケリをつけなくちゃならん」
小さくコクンと頷きながら、依頼主の男がクスリと笑う。
自らの過去と向き合うため、ここで逃げるわけには行かないようだ。
「‥‥どうもあの依頼人殿。もう失うものは何もないと思いこんでおるせいか、死人憑きと刺し違えるつもりのように見える。想い人の安否を絶望視しておるのが原因のようじゃが‥‥」
依頼主の背中を見つめ、奈津がボソリと呟いた。
「‥‥漢がこうと決めた事に口を挟むのは‥‥無粋な気がしてな‥‥。まぁどう動くか判らんが‥‥即動けるよう身構えといて危なくなったら助けに入るさ‥‥」
そう言って空弥が警戒した様子で依頼主を睨む。
「‥‥同情しないよ。自分で決めた事だろうし‥‥」
ゆっくりと刀をしまい、焔威が疲れた様子で溜息をつく。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
依頼主は雄たけびをあげると、一心不乱に日本刀を振り下ろす。
友人だった死人憑きの身体は肉塊を撒き散らし、力なくその場に崩れ落ちる。
それでも依頼主は刀を止めず、狂ったように大声で叫ぶ。
「やめてくださいっ! これ以上は‥‥。あなたまで壊れてしまったら、誰がこの悲劇を‥‥あの子の生きた証を伝えられるのですか? 時は移ろい、何時か忘れ去られしまう‥‥。でも、あなたなら‥‥伝える続ける事が出来る筈です。死ぬ事は何時でも、誰でも出来ます。でも、あなたにしか出来ない事がここにあります。‥‥お願い、生きて下さい。自分の為に、彼女の為に、‥‥友達の為に‥‥」
瞳から溢れるほどの涙を浮かべ、雪菜が依頼主にむかって抱きついた。
「お、俺は‥‥」
驚いた様子で両手を見つめ、依頼主がガクリと膝を落とす。
「‥‥自分には何も残ってない、ではなく残った自分に何が出来る、かが大事だろ。……彼女にとっても、お前のためにもな」
地面に落ちた日本刀を拾い上げ、崔軌が呆れた様子で溜息をつく。
「‥‥あなたの心を救いたい。でも、これは私の仕事ではありませんね」
昔の自分と重ね合わせ、雪菜が黙って立ち上がる。
「しばらく‥‥ひとりにしてくれないか‥‥」
彼女の首を布で包み、依頼主が声を殺して涙を流す。
(「きっと‥‥あなたに何かを残しているはずです。自分を忘れないで‥‥」)
依頼主の背中を見つめ、雪菜がそっと涙を拭う。
「結果はどうであれみんなと死んじまった村人達の供養をしてやろうぜ。知らない奴にでも供養されないよりはマシだろうしさ‥‥」
そして蒼珠は何処か寂しげな表情を浮かべると、黙って雪菜の肩を叩くのだった。