冬の蛍

■ショートシナリオ


担当:夕凪沙久夜

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月21日〜12月26日

リプレイ公開日:2004年12月30日

●オープニング

「兄ちゃん‥‥」
 隣に寝ていた兄を揺さぶって起こすのは3才になったばかりの少年だった。
 んー‥‥、と眠い目を擦り兄はぼーっとした様子で弟を眺める。
 いつものように用を足しに一人で外に行くのが怖くて弟は兄を起こしたのだろう。
 兄の方は5才になる。夜中に目が覚めても怖いことなどない。
 眠かったが弟に付き合って外に行くことにし家を出た。

 冷え切った空気に二人は身を震わせる。
「ほら、さっさと行ってこい」
「うんっ」
 引き戸の前で兄は弟が出てくるのを待っていた。
 吐いた白い息が夜空に溶ける。
 よっぽど暗い便所が怖いのか慌てた様子で出てくる弟の様子に笑いながら、兄は手を差し出す。
 ほらいくぞ、と。
 洗った手を一生懸命振ってから兄の手を取る弟。
 二人はとても仲の良い兄弟だった。
 家に戻ろうとした時、弟が空を指差し声を上げた。
「兄ちゃん‥‥あれ‥‥」
 弟が指差すのは、夜空に揺らめく光る玉だった。ちらちらと数体飛んでいる。
「なんだ、あれ‥‥」
 兄も何度も目を擦りそれを眺める。
「あれ、おとうかな?」
「まさか‥‥だっておとうは‥」
 兄は口ごもる。
 二人の父は半年前に事故で亡くなっていたからだ。
「だって婆ちゃんが言ってた。死んだ人の魂は蛍になるんだって。あれ、蛍だ!」
「お前馬鹿だろ。蛍は夏にしか出ないんだ。こんな寒い日に出る訳ない」
「違う、やっぱおとうだよ。あの中にきっとおとうは居るよ。おとうが呼んでるんだ、きっとなんかあるんだよ」
 そんな訳ねぇ、と兄は弟に告げるが弟は聞く耳を持たない。
 暗闇が怖いというのに幽霊は怖くないというのだろうか。それとも幽霊は幽霊でも父ならば良いというのか。
「いっちまう。早く追いかけないと」
 ぐいぐいと、空を舞う光の中に父はいるのだと信じ弟は兄の手を引き走り始める。
 兄はそんなことは絶対にないと信じながらも、やはり心の奥底では父に会いたいという想いがあったからか、弟の手を振り払うことはせずに手を引かれるままに光を追った。
 二人はふいに地面が揺らぐのを兄は感じた。揺らいだのは地面ではなく自分たちだった。
 上ばかり向いていて気付かなかったが、気をつけろと言われていた穴に落ちたのだ。
 そのまま二人は穴に転げ落ち気を失った。


 兄弟が居ないことに気付いたのは朝方に目を覚ました母親だった。
 慌てて近くを探し回った所、弟の草履が大きな穴の近くで見つかった。
 真っ青になった母親は村人と更に捜索したが、子供達からの返答はない。
 穴の底は見えず子供達が無事かどうかすら分からなかった。
 その穴が何処に繋がっているのかも分からない。
 どうしようも無くなった母親はギルドへと依頼を持ち込んだのだった。
「あの子達がいなくなってしまったら‥‥もう私は生きている意味がないも同然。お願いします、あの子達を助けてください」
 深々と母親は頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0252 縁 雪截(33歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6967 香 辰沙(29歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea8562 風森 充(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8861 リーファ・アリスン(27歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea8903 イワーノ・ホルメル(37歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9704 狩野 天青(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●村へ
 取り乱している母親の姿を見て、縁雪截(ea0252)はそっと声を掛ける。
「たとえ、深い穴の底にいても慈尊が二人をお護りくださっています」
 はっ、と顔を上げた母親に微笑みかけながら雪截は告げた。
「必ず連れ戻りますから、母君は囲炉裏と暖かな夕餉の用意をしてあげてください」
「俺ぁも手を貸すだぁ。子供達助けたら急いでおっかぁのところへ連れて行ってやるだよぉ」
 ハーフエルフであることを隠しつつ横から口を出すのはイワーノ・ホルメル(ea8903)だ。
「俺達も手を貸しますよ。必ず見つけてくるから」
 狩野柘榴(ea9460)と狩野天青(ea9704)はそう声を掛けて、母親の肩をぽんと叩いた。小さく頷く母親に雪截は尋ねる。
「子の草履が落ちていたそうですが落ちた穴の場所はどちらでしょうか」
「はい、村の東の端にある穴に落ちたのだと思います。草木が生い茂り見つけにくくなってますが」
「穴の場所は分かったけど、子供達の名前はなんて言うのかな?」
「兄は紫郎、弟は小太郎です。ありがとうございます。どうかよろしくお願い致します」
 頭を下げる母親に、首を振るのはリーファ・アリスン(ea8861)と香辰沙(ea6967)だ。
「人の想いは強いもんどすけど、御子を案じます母様の想いは‥とりわけやと思うん」
「大事な人を亡くす悲しみの数は少ない方が良いと思うの。お二人を連れて戻ってきますから」
 その言葉に何度も頷く母親。
「話もまとまった所で行くか」
 風森充(ea8562)が集まった皆に声を掛け二人の子供を助け出すべく急いで村へと向かった。

●穴の中
 リーファが母親の声色を真似しながら兄弟の名を呼ぶ。
 草履が落ちていたと言われた付近に、茂みに隠されるように空いた穴を見つけた。下の方は暗くて月が辺りを照らしてはいるがよく見えない。
 雪截と辰沙が灯りを点したが、それでも穴の中は木の根が飛び出していたりその部分に木の葉が積もっていたりと見通しが悪い。
 辰沙がデティクライフフォースで兄弟の生存を確かめ、リーファがエックスレイビジョンで穴の中の様子を探った。子供達は返事は無いが生きているようだ。二人固まって手を繋いでいるのが見えた。特に危険なものは無いようだった。
 それを確認してから辰沙はミミクリーで暗所でも目の利く猫に変化し穴の中へと飛び込んだ。
 穴の中で瘤のように出ている木の根を足場にし器用に降りていく。その後をむささびの術を使い天青が続き、柘榴が軽い身のこなしで下へと降りていく。
 充はイワーノと一緒に縄梯子を下に降ろし、それで慎重に穴を降りていく。イワーノは縄を結んで灯りを下の方へと下ろした。途中、邪魔になっていた木の葉や木の根を排除しながら充はイワーノの降ろした灯りを頼りに作業を進めていく。上の方で排除したものは雪截が受け取り、穴の中から出した。下に落として怪我でもされてはしようがない。
 リーファは子供達を受け取る準備をしていた。毛布を広げて地面に敷き、更に毛布をその場に積み上げる。すぐに暖めてあげられるようにと。
 上で受け取る準備は万端だった。

 先に大きな猫になって兄弟の元へと向かった辰沙が穴の底でしっかりと手を繋いだ兄弟を発見する。かたかたと震えた兄弟は突然現れた大きな猫に目を見開くが、にゃぁ、と可愛らしく鳴いた辰沙が近寄って二人の体を温めた時、二人はほっとした溜息を吐いた。逆にすり寄ってその体温を貪る。よぽど寒かったのだろう。暖かい温もりに包まれて二人は漸く声を発することが出来るようになる。
「猫さん‥‥助けに来てくれたの?」
 にゃぁ、と返事をする辰沙。そこへ上から更に救援がやってくる。
「あ、紫郎君と小太郎君でしょ? もう大丈夫、怖くないよ」
 天青がそう言葉をかけると二人の表情は明るくなる。怪我の具合を見てみるが擦り傷やねんざ位で大きな怪我は無いようだった。
「よし、無事だな」
 毛布で二人を包みながら柘榴が微笑みかける。充から受け取っていたロープまで使いしっかりと自分の体に毛布でくるんだ小太郎を背負う。天青が紫郎の方を背負った。その手伝いを充はしながら安心させるように頭を子供達のぽんと叩いてやる。
 縄梯子を使って柘榴と天青は上へと上がっていく。それを辰沙と充は落下に備えて見守っていた。
 不安そうに振り返ろうとする小太郎に天青は、お兄ちゃんもスグ後ろにいるから安心していいよ、と明るく励ます。
 そうして落下することなく無事に上へと辿り着いたのを見て、充と辰沙は安堵の溜息を吐く。
「風森さーん、無事到着です」
 上から天青の声が聞こえ、二人はそれぞれ上へと上がっていった。

 上で待っていた三人は柘榴が無事だった、と背負っていた毛布にくるまった紫郎を受け取り用意していた毛布で更にくるむ。
 雪截は持参してきた経をしたためた紙を入れたお守りが良かったか、とそっと思いながらリカバーをかけてやる。
「ここに来る前、慈尊にお願いして父君とお話をさせて貰ったよ。紫郎と小太郎が元気であるようにと、そう願っていらっしゃった。その気持ちを、私はこの袋に詰めてきたよ」
 お守り袋をそれぞれに手渡してやる。
「父君の声は耳では聞けないよ。心の中にとてもとても小さな声で話しかけてくる。目を閉じてごらんなさい」
 促されるままに二人はそっと瞳を閉じる。
 先ほどイワーノに飲ませられた薄めた酒の効果もあり、身体が温かくて安心して気が抜けたのだろうか。それから子供達はうとうととし始める。
 しかし穴を上り終えた辰沙が人間の姿に戻ったのを見て、目を見開いた。
「猫さん!」
 おっとりと笑った辰沙が、無事で何よりやわ、と頬を染めながら言うと釣られて子供達は笑った。
「とりあえず家に送り届けよう」
 柘榴の言葉に頷いて皆子供達を母親の元へと届けることにした。

●暖かな家
 母親は雪截達に言われていたとおり、暖かな夕餉を用意して待っていた。もちろん皆の分もしっかりと作られている。
 がたっ、と扉が音を立てた瞬間、母親は振り返り二人に駆け寄る。
「あぁっ! 無事だったのね‥‥」
 子供達を包み込むのは何よりも暖かな母親の温もり。
「ごめんなさい‥ごめんなさい」
 子供達は泣きじゃくる。
「空を飛ぶ光が‥父ちゃんだって思って‥それで‥」
「‥光が父様やったら、紫郎様や小太郎様をこない危ない目に合わせたりせえへん‥思うの」
 辰沙が声をかけると小太郎が振り返った。
「おとうじゃなかったのかな‥」
「光の玉は‥ん‥お父様じゃなくて太陽の分身だったんじゃないかと。神様が夜の間もああやって見回りをしてくれてるのかも」
「そうだよね‥おとうじゃ‥ないよね‥」
 リーファの言葉に俯いた小太郎にイワーノが言う。
「おとうに会いたいだか? 会いたいべなぁ」
 頷く紫郎と小太郎。
「したら目ェ閉じて、おとうの顔を思い出してみれ。いつでもおとうと会えるだよ」
 ぎゅっ、とイワーノは二人を抱きしめてやる。
「でもな、おめぇたちがおっかぁを心配さしたら、おとうは哀しい顔でしか会ってくれん。笑ったおとうと会いたかったら、おめぇたちもおっかあぁも笑っとらんとダメだぁ」
 分かっただか?、と尋ねるイワーノに二人は大きく頷いた。
「本当にお母さん心配してたからね。二人が居なければお母さんも幸せになれないんだよ。皆、二人のことを探してたんだ。小太郎君を一番側で護ることが出来るのは紫郎君だから、これからは紫郎君が小太郎君のお父さんの代わり‥って云うのはちょっと大変かな? 紫郎君が寂しい時は、お母さんと思い出話をするんだよ。そうすると、いっつも心の中に居るお父さんが一杯笑ってくれると思うんだ」
 頭を撫でてやりながら天青が言うと紫郎は母親を振り返ってそれから頷いた。
 あぁそうだ、と子供達に視線をあわせて柘榴が言う。
「雪が仄白く闇を照らすことを雪明かりと言うんだよ。チラリと天から降る小さな灯り。まるで冬の蛍だね」
 こくこくと二人は頷く。
「雪は積もり春に融け水となって紫郎と小太郎を潤してくれる。二人の心と身体に、生きるんだよ。手の届かない処に旅立ってしまった父上だけど、思い出と共にいつも側にあることを忘れないで欲しいんだ」
 お母さんにとびきりの笑顔を見せてあげようね、と柘榴は小指を差し出す。
 きょとん、としている二人に、指切り、と言うと二人は笑顔で指を絡めた。
「約束だよ」
 二人には柘榴が兄のように見えたに違いない。そんな二人に南天の実を一粒ずつ手渡し、辰沙にも一粒渡す。南天の実は難を転じて福と成す実だった。お守りにでもなればよいと柘榴は思う。

「先ほど、言ったことを覚えているかい? 瞳を閉じて、心の中に聞こえる声がある。きっと、聞こえるよ。あなた達の名前を呼ぶ声が。どこへも行っていない。紫郎と小太郎の心に住んでいるんだよ」
 素直な子供達に微笑みかけ雪截が言うと、二人は胸の辺りの服をきゅっと掴む。
「おとうはここにいるんだよね」
「そうだよ」
「だったら寂しくない」
 紫郎がきっぱりと言った。
「そうね、だからお父様の代わりにお母様を護ってあげて」
 紫郎の両手をとってリーファが告げると、頷き返した紫郎は小太郎と顔を合わせ笑った。
「そうやね。そうしたらきっと天からキラキラと輝いて御二人を、いや母様と三人を見てはるわ」
 にっこりと微笑んだ辰沙が言う。
「空からも心の中からもおとうは見ててくれるんだね」
「そうだな。よし、二人にいいものをやろう。まだ練習中なんだが、俺のとっておきを吹いてやるよ」
 充が笛を懐から取り出すと唇に当てる。
 すると澄んだ音色が辺りに満ちた。物静かでそして心に染みわたるような悲しい曲。けれど、それがすんなりと人々の心に入っていくのは奏でられる音に心が込められているからだろう。
 二人は音をしっかりと胸に刻んで、皆に、ありがとう、と告げたのだった。

●ピンナップ

狩野 柘榴(ea9460


バレンタイン・恋人達のピンナップ2005
Illusted by 水峰ケイ