言葉の誘惑
|
■ショートシナリオ
担当:夕凪沙久夜
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜01月30日
リプレイ公開日:2005年02月03日
|
●オープニング
粉雪の舞う夜だった。
寺へと向かう人影。
俯き加減で歩いていく女は一目を気にしながら境内へと足を踏み入れた。
「助かりますように‥‥どうかあの子を助けてください‥‥」
本尊を目の前にし小さく呟き、女は再び参道を目指す。参道へと辿り着くと女は再び本堂を目指した。
お百度参りを行っているのだろう。
女は何度も何度も本尊へと祈りを捧げた。
そしてお百度参りを達成すると、ほんの少しだけ安心した表情を浮かべ女は寺を後にする。
女が参道を通り、山門をくぐり抜けた時だった。
「アンタ、毎日来てるけど御利益はあったか?」
突然雪の積もった草むらの辺りから声が聞こえ、女は怯えたように辺りを見渡すが誰も見あたらない。
「誰なの?」
「アンタを助けてやっても良いと思ってる奴さ。アンタ、自分の娘を助けたいんだろう?」
「なんでそれをっ!」
「あっはっは。そりゃ、俺が神だからなぁ」
女は胸に秘めた願い事をピタリと当てられ動揺していた。本当に聞こえてくる声は神の声なのではないかと。
「娘は不治の病ってやつだったな。でも俺の言うとおりにしたら治す事が出来るんだが‥‥」
「本当? 本当に芽衣は助かるの?」
「あぁ、本当だとも。ただし、俺が言う事を全て実行出来たらだけどな」
下卑た笑い声。しかしそんな事にも女は気付く余裕はなかった。
「あぁぁ、本当に本当? それなら私は何をしてもいい。何を差し出しても良い」
「今の言葉は本当だな?」
「えぇ、誓います。お願いします、芽衣を助けてください」
女は雪の上に手をついて声だけの存在に向かって頼みこむ。
「そこまで言うなら信じよう。まずはだなぁ‥‥」
笑いながら自らを神だと言った者は女に一つの指示を出した。
猫の心臓を取り出せと。
それが薬になるのだと。
「そ‥‥そんなこと‥‥」
「先ほどの言葉は嘘か」
「いいえ、いいえ決して‥‥」
「俺の言葉が信じられないのならやめればいいさ」
「娘が助かるのなら」
そうキッパリと言い放つ女。
「俺はいつも側で見ているからな」
うまくやれよ、と告げるとその声はもう聞こえなくなった。
女はがさがさと声の聞こえた草むらを探してみたが、やはり何者も見あたらなかった。
「助けてくだせぇ。もう俺はどうしたらいいかわかんねぇだ」
冒険者ギルドで青ざめた表情で騒ぎたてる男の話す内容に皆口をつぐんだ。
「こっそり夜中に抜け出してお百度参りに行ってた事は知ってたけども。でも娘を助けたいと願うあいつの思いは俺も同じだったからやりたいようにやらせてただよ。そしたらある日、猫の心臓を鷲掴みにしてうっとりとした表情を浮かべたあいつを見ちまった。そしてそれを娘に食わせてただよ。生のまま。ぞっとした。狂っちまったんでないかと思った。けどもあいつは、神様がこれで芽衣の病気は治るって言ってたの、と言うだよ。そんなことあるはずがねぇと言ったんだけどもあいつは聞く耳を持たねぇ」
そこで水を一気に飲むと男は続けた。
「とりあえず様子を見ようと思ってたら今度は猫じゃなくて隣の赤ん坊のところへ包丁を持って行ったもんだから、俺は慌てて止めに入った。もう少し遅かったら子供の命は無かったかもしれねェ」
頼みます、と男はその場で土下座をする。
「あいつにはなんか憑いてんだ。俺はちらっと見ただよ。あいつが誰かと話してる時、あいつの死角でにたにたと笑ってる犬のようなけむくじゃらの奴が話してんのを。あいつはきっと邪魅だ。そいつが俺の女房をあんな風にしちまったんだ‥‥」
「それでかみさんはどうした?」
「逃げられねぇようにしっかりと繋いできただよ。見張りも頼んできただ。大丈夫だとは思うけども‥‥」
早いほうが良いな、と番頭は冒険者達に視線を移した。
●リプレイ本文
●邪魅?
男の話を聞いて集まった面々は、女性の心の隙に入り込み悪の道へと引きずり込もうとしている者が何者であるのかを考える。
男の言葉を信じるのならば『邪魅』ということになるのだろう。
『犬のようなけむくじゃらの奴』が人間であるとは考えにくい。
ましてや神などという者であるはずがない。
「母の情 我が子愛しや 鬼と成す
…まだまだだな。我が子を助けたいと思う親の気持ちは判るが、他の子供を殺めようとするのは如何なものだろう。少し考えれば判る物だろうがそこまで追い詰められていると言う事か」
橘蒼司(ea8526)の呟きに松藤屋さくら(ea9136)が口を開く。
「私聞いた事があります。その犬のような姿をした者の話を」
これぐらいの大きさで、と大きな身振り手振りで語り出すさくらの話に耳を傾ける一同。
「心の隙を持った人物を狙って声をかけるんだそうです。そして自分が力を貸す事を約束しその人の弱みを盾に堕落と悪の道へと誘うのだそうです」
「悪の道‥‥ですか」
少し瞳を伏せたルナ・フィリース(ea2139)の言葉に、小さな溜息を吐く和泉琴音(eb0059)。
「人の心は脆く儚いものです。けれど確固たる強さも持ち合せております。子を想う母の弱さにつけこみ強さを利用する邪魅…私も同じ母親として許し難く思います。芽衣様に残された限り在る時を幸せで満たす為にも、悪しき存在は退けましょう」
「犬風情が人間を謀ろうとはな」
はっ、とウィルマ・ハートマン(ea8545)は鼻で笑う。
「それは簡単に倒せるもんやろか」
緒方仁三郎(eb0792)の問いかけにさくらが答える。
「言葉巧みに操るということしか聞いた事がないですけど、私の予想だと口先だけの妖怪ではないかと思います」
「体力はさほど無かったはずだな」
捕らえるにしても手加減しろってことか、と高町恭華(eb0494)は言う。
「なんにせよ、母親を放って後を追うしかないな」
鬼刃響(eb0028)の言葉に頷き、それぞれが用意をし終えると男の案内で皆縛られている母親の元へと向かったのだった。
●追跡
男に女性を縛る縄を解かせる前に、皆それぞれに家の付近で身構えていた。
暫くすると女性は家から出てくる。そしてまるで操られるかのようにフラフラと歩き出した。
その後を隠密行動の得意な響を先頭に追う。響は先ほどの格好とは打って変わり鬼面の面当てと忍び装束に身を包んでいた。
女性は足取りは覚束ないが、迷うことなく道を進んでいく。
しかしその足が漸く止まる。
響は女に気取られないよううまく反対側へと身を隠した。
女性が何事か話し始める。母親の姿しか見えないというのに、聞こえてくるのは二人分の声。
皆ゆっくりと回りを包囲し始める。
ウィルマは邪魅が逃げ出しそうな位置を予測し罠をしかけた。あとはそこへうまく誘導すればよい。
ふふふ、と陰鬱な笑みを浮かべウィルマは身を隠した。
前衛の様子を窺いつつ普通の攻撃では効かないかもしれないと思ったルナと琴音は用心し、オーラパワーを付加した武器を握る。
蒼司もクリスタルソードを唱えられるようにしながら待ちかまえる。
「もう少しうまくやらないと怪しまれるだろうが」
「はい‥‥あの、本当に‥‥助かるんですね」
「お前がしっかりと信じるならな」
信じます、と女性が答える前に響が動いた。
女性の側にある茂みから犬のような顔が覗いている。
それは女性との会話を楽しそうに続けていた。
距離を測り、響は背後から一気に邪魅へと近づくと刀で斬り付けた。鋭い一振りに邪魅は避けきる事が出来ずに傷を負う。
「な、な、な、な‥! 人間の分際で‥‥こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「オレは人ではない。鬼だ」
そう告げた響は更に邪魅に刀を向け迫る。
「鬼? ははっ。人間のくせに鬼か。ならオレとそうかわらんだろう。なぁ、手を組まないか」
「断る。鬼に人の心はない。ただ貴様の死、それだけが望みだ」
「はぁ?」
それが本気であると気付いた邪魅は大慌てて逃げ出す。
それを包囲している人々が取り囲んだ。
その時、ストン、と邪魅の鼻先にウィルマの放った矢が刺さる。飛んで逃げた所を丁度後ろにつけていた仁三郎に斬り付けられた。
ギャッ、と叫んで邪魅は走り出すがウィルマの狙った矢が行く先々を襲う。
「ノロマな野郎だ。豚の方がまだましってもんだ!」
ウィルマの声が響く。
それから逃げるように進むとルナと蒼司に前方を阻まれた。後方からさくらがグッドラックをかける。
「神と偽り、母親の心を惑わした貴様の所行‥‥許しません」
ルナに邪魅は語りかける。
「なぁ、もっと強くなりたいだろう?」
「人の心を弄ぶ貴様の言葉など聞く耳を持ちません!」
くるりと振り返り、今度は蒼司へと語りかける邪魅。
「アンタももっと名声が欲しいだろう? 人々の話題に上りたいだろう?」
「戯れ言はあの世で言うがいい」
容赦なく蒼司の刃が邪魅を襲う。逃げ出した邪魅の腕をそれは掠める。
しかし逃げた先には琴音と恭華が待ちかまえていた。
「おぉ、アンタには子供は居ないか? その子達には特別な力があったら良いと思うだろう? さっきの女だってそうなんだ」
「やはりその手できましたか。私が奥様と同じ立場となったなら…和泉の者は私の醜態を見るより生きる事を拒みましょう。
お前にはそんな人の想いなど分からぬでしょうね」
容赦なく斬り付けられる刃。
逃げた邪魅の背に恭華の刀の切っ先が軽く刺さる。
「手加減してやればいいんだな」
「アンタ、助けてくれたら願いを聞いてやるよ。だからその刃をさ‥‥」
「冗談」
はっ、と笑い飛ばし恭華は邪魅を死なない程度に傷つけると女性の前にその邪魅の身体を差し出した。
●邪魅の最後
「あの‥‥‥これ‥‥」
邪魅を見た途端、半狂乱になった女性だったがさくらと仁三郎のおかげで漸く落ち着きを取り戻す。
邪魅が目に入らない位置に移動して女は皆の声を聞く。
「形で判断する事は愚かかもしれませんが、これは断じて神ではありません。人の刃に倒れる弱き輩が芽衣様の命を救えましょうか?」
「あぁ、神じゃないよ。だからオレも悪ふざけが過ぎたって言ったじゃないか。オレを助けてくれよ。ここにいる全員の願いを叶えて‥‥ぎゃっ!」
ぶすり、とウィルマの矢が邪魅の足に突き刺さる。
「誰が口を開いていいと言った?ぁあ!?」
そしてそのままウィルマの蹴りが入り、邪魅は手足を縛られたまま苦痛に耐える。
「さっき此処へ来る前にちょこっとだけ情報収集してきたんですわ。そしたら他にも悪さぎょうさんしてるって噂をね‥‥」
仁三郎の言葉を聞いてウィルマがじろりと邪魅を見ると、ぶんぶんとかぶりをふった。よほど怖いのだろう。
「今、あなたのすべきことは子供の側にいてやることだ」
恭華の言葉に賛同し琴音が言う。
「天命というには哀しい事ですが、どうぞ一国でも長く芽衣様のお傍に。それが母として子に出来る一番の事ではないでしょうか‥‥」
「娘さん、きっと待ってますよ」
ルナが優しい笑みを浮かべて告げると、そうでしょうか、と女性が呟いた。
「こんな‥‥こんなことをした私を母と認め‥‥傍にいる事を許してくれるでしょうか‥‥」
「貴女が苦しんでいるように芽衣殿も母親と離れ寂しい思いをしているだろう。子を思うのならば貴女がしっかりしなければいけない」
「私が‥‥しっかりと‥‥」
「現実から逃げるばかりで子はどうなる‥‥最後の一時まで愛してやれ、それが母の勤めだ」
響の言葉に皆が頷いたのを見て女性ははらはらと涙を流した。
さくらがそんな女性の手を取って山を下りるよう告げる。
「オレの言うとおりにすれば‥‥本当に‥‥」
歩き出した女性達の姿を見て響は刀を握る。
「もう喋るな‥‥そして滅せよ」
ざっくりと撥ねた首は草むらの何処かへ飛んでいった。
もう女性に誘惑の言葉を囁きかける者は居ない。
ただ、静けさだけがそこにはあった。
●娘
家に戻ると家の前で待っていた男が駆けてきた。
「お前‥無事か? もう大丈夫か?」
「私が‥心の弱さを見せたばかりに‥‥ごめんなさい‥ごめんなさい」
「それはもういい。芽衣がお前を待ってるぞ」
いそいそと男は女性を中へと押し込み、そして皆を振り返った。
本当にありがとうございました、と告げ温かい食事を用意しましたから、と皆も中へと誘う。
囲炉裏の傍で母子の会話を聞いていたさくらは告げる。
「人というものは、仏によって定められた運命の中で生き死にするものであり、その定めは不変のものであるけれど。あなたと娘さんが、輪廻転生の輪の中で偶然母と娘という出会い方をしたのだからそれを喜び、そして笑顔で過ごすのが一番だと思うんです。私の母と父もそうだったから」
「私、お母さんの笑顔大好き。笑っていてくれるととても幸せ‥」
芽衣がそう告げると母親は泣き笑いの笑みを浮かべる。
そこへ蒼司が呼んでいた医者がやってきた。
賃金を払おうとするのを手で制し、医者は母親へと告げる。
「手の空いてる時は嬢ちゃんの為に寄ってやるからの。前にこんなジジィと楽しく話をしてくれたからな」
「えっ‥それは‥」
いいんじゃよ、と心ばかりだがと薬を置いて芽衣と話し始める。
その様子を見て男は心底安心したような表情を浮かべていた。
琴音は心穏やかであれと願いを込め、子守歌を奏でる。
優しく響く声とそして漂う優しい時間が家族の宝となるようにと。
後日、娘が亡くなったことをたまたま見かけた男から聞いて、さくらは女性を訪ねた。
落ち込んでいるかと思えばそうではなく穏やかな笑みを浮かべていた女性。
共に墓参りに出かけそしてほんの少し照れながら女性と手を繋ぐ。
大きな身振り手振りで会話する様子は母と子のように回りからは見えるに違いない。
優しい穏やかな時間が流れる日差しの中で。