沈丁花の香り

■ショートシナリオ


担当:夕凪沙久夜

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 97 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月15日〜03月18日

リプレイ公開日:2005年03月21日

●オープニング

「ねぇ、もう沈丁花の花は咲いたかしら」
 床に伏せっていた千代の言葉に平助は、いいや、と首を振る。
 残雪が所々に残ったままになっている村。
 今年は未だ寒さが和らがず、漸く蕗の薹が顔を覗かせた位に留まっている。
 沈丁花に花芽はしっかりと付いているが、まだ咲く気配はない。
「見れないけれど‥‥あの香り、今年も嗅ぐ事が出来るかしらね」
 淋しそうに笑う千代を平助は、見れるとも、と励ます事しかできない。
 病の為、視力を失い、今は寝たきりになっている千代。
 元から体力のない千代は年を越せるか怪しいとまで言われていた。
 それでもまだ千代は自分の隣にいる。
 ただそのことが平助は嬉しかった。
 今までたくさんの笑顔をくれた千代に、いつか喜んで貰えるようにと小袖を買う金も貯めていたが、小袖を買ってやっても『着れない』ということに千代が心を痛める事が分かっていたので買ってやる事も出来なかった。
 このまま自分が何もしてやる事が出来ないままに千代は逝ってしまうのではないか、という考えが平助の頭を過ぎる。
「千代は沈丁花が好きだったな‥‥」
「えぇ、好きよ。とても良い香りで。気持ちが安らぐの」
 平助さんも好きでしょう?、と千代は今にも壊れてしまいそうな儚げな笑みを浮かべた。
「あぁ、好きだ。良い香りだな、あれは」
「私ね、子供の頃に遊んだ山に咲いていた沈丁花が好きだったの。一際香りが良くてね、薄紅の花の色も綺麗なの。一度平助さんにも見せてあげたかった」
「そんなに良い香りだったか」
「えぇ、私あの香りを忘れる事は出来ないわ」

 この村からもっと南にある街の方では、既に沈丁花が咲いているかもしれない。
 しかし、寝たきりの千代を置いて家を空ける訳にはいかなかった。
 それにどうせだったら千代が好きだと言っている沈丁花を家の中に飾ってやりたかった。千代の生まれは此処よりも南だった。
 平助は今まで貯めた金の使用方法を決める。
 千代を驚かせる為に使ってやろうと。
 夜、平助は千代が寝てしまったのを確認してから冒険者ギルドへと走ったのだった。

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3886 レーヴェ・ジェンティアン(21歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea6534 高遠 聖(26歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7116 火澄 八尋(39歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9616 ジェイド・グリーン(32歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb1415 一條 北嵩(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 藤野羽月(ea0348)とリラ・サファト(ea3900)と高遠聖(ea6534)の三人は共に情報収集へと向かう。夫婦である羽月とリラに二人の幼馴染みであり親友でもある聖。三人の間には微妙な三角関係の様な距離感があるのだがリラの笑顔でそれはいつも同じく保たれていた。土蜘蛛と沈丁花についての情報を求めて、千代の家族をまず捜す。それはすぐに見つかり、話を聞く事が出来た。
「そうでしたか。千代は本当に昔から沈丁花が好きで‥」
「沈丁花はもう咲いているのでしょうか」
「えぇ、今が丁度良い頃かもしれません」
 目許に涙を浮かべながら羽月の問いに母親が答えてくれたのは、昔から裏山に咲いている沈丁花の事。しかし土蜘蛛の事を尋ねてもそれについては特に危険視している様子はない。ただ、たまに出てくるとの事だけ。
「本当に出てくるのはたまになんですよ‥それに妖の類も捕らえてくれるので、そんなに危険だとは‥」
 ここでは土蜘蛛は神聖なもののようですね、と聖はリラに耳打ちする。小さく頷きリラは尋ねた。
「あの、その土蜘蛛に出会った場合の対処法などはないのでしょうか」
「対処法としては夜には山には入らない、とか足下をよく見て歩くとか」
 土蜘蛛の巣は変わるから、と言う。
「そうでしたか。ありがとうございました」
 一礼し、三人は沈丁花の花の咲く場所の地図を手にし家を後にしようとしたが、リラが振り返り母親に尋ねる。
「そうだ。忘れてました。千代さんの昔好きだった歌を教えて頂けませんか? 千代さんに届けてあげたいんです」
 そうね、と母親は暫く考えて一つの歌をリラに教えてくれる。それを笑顔で教わりながらリラは母親の温かさを感じていた。

 ディーネ・ノート(ea1542)は村に着くと早速情報収集と、近くを歩く男に尋ねる。
「土蜘蛛? 子供達の方が知ってるかもしれねぇなぁ」
 子供?、と首を傾げるディーネに男は言う。
「あぁ、山で遊んでるのは子供達だからな。子供の方が土蜘蛛の住処知ってるだろう」
「‥土蜘蛛は危険じゃないの?」
 思わず口から出る言葉。普通土蜘蛛は畏怖の対象であるのではないかと。しかし男は首を左右に振る。
「妖怪の類の奴らを喰ってくれるからな。あいつらの方がよっぽど質が悪い」
「そうなの。あ、あとは沈丁花の自生地の場所なんだけれど」
 地図があったら嬉しい、というディーネに男は親切に地面に地図を描いてくれる。それをしっかりと頭の中に叩き込むが、ディーネは方向音痴だった。一応図はしっかりと頭に入っているが、方向を示せとなると別問題だ。
 しかしディーネは男に礼を言うと、子供達でも探してみよう、と再び情報収集へと歩き出した。

 千代と同年代の人物であれば、千代が遊び親しんだ沈丁花の咲く場所を知っているだろう、と火澄八尋(ea7116)は畑仕事をしていた者に声をかけた。
「昔この村にいた千代殿を知っておられるか」
「あぁ、千代は私の友達だよ。あんたは?」
 尋ねられ事のいきさつを話すとその女は、千代は良い旦那を持ったね、としみじみと呟いた。そして沈丁花の花の場所を事細かに教えてくれた。
「今でもそこに咲いているのだろうか」
「あぁ、もちろん。今年も綺麗に花を咲かせてる。‥あの、悪いんだけど千代に言伝を頼んでも良いかい? 千代の所に行ければ良いんだけれど、うちは小さいのが居て‥」
 申し訳なさそうに告げる女に八尋は、承った、と頷いた。元から千代の元にたくさんの思い出や歌を届けてやるつもりだったのだ。女からの言伝をしっかりと胸に刻み、八尋は礼を述べて踵を返した。その時、女が思い出したように声を上げた。
「あぁ、そうそう。山には土蜘蛛が出るんだけれどね、うちの村では遭遇率が低いからほとんど対策とかしてないんだよ。村の子供達の方が土蜘蛛の住処については詳しいから聞いてみると良い」
 八尋は女に会釈をしその場を後にした。

 愛想を振りまくジェイド・グリーン(ea9616)とぼーっとしているレーヴェ・ジェンティアン(ea3886)は土蜘蛛の事などについての情報を集める。昔千代の友達だったという者から沈丁花の花の群生地と昔よく唄っていた童謡を教えて貰いジェイドが口ずさんでみるがたまに音がずれてしまう。しかしそれも愛嬌の一つだ。その歌の伴奏を三味線でし出すレーヴェ。楽器を手にすると途端に生き生きとしてくるから不思議だ。
 一度聞いてこれだけ唄えれば十分だろう。教えていた女も手を叩いて二人の演奏を褒めていた。
 二人は更に土蜘蛛についても尋ねてみるが、誰に聞いても同じ答えが返ってくる。土蜘蛛はたまにしか出てこないと。そのたまにが今回だと困るんだけどな、と苦笑するジェイドだったが村では土蜘蛛は畏怖の対象ではないようだった。それならば無理に退治する事はないとレーヴェも思う。戦闘はなるべく回避する方向で行きたいね、とジェイドは呟き、皆と合流するべく歩き始めた。
 そんな二人の前に辺りを見渡しているディーネの姿が映る。何かを探しているようだった。
「何かお探しかな?」
「子供探してたらちょっと迷子に‥皆の事を探してて‥あ」
 しっかりと迷子になっていたディーネはジェイドとレーヴェに発見され、事なきを得た。

 皆が情報を収集し集まりだした頃、一條北嵩(eb1415)は竹とんぼで遊びながら子供達と戯れていた。
 そんな北嵩が始めに向かったのは村長の所だった。そこで千代の話をし、沈丁花の花を欲している事を告げると、村長は快くそれを承諾してくれる。北嵩の伝えた平助の頼みを聞いて平助の事を褒めちぎる村長。村長は千代の事を孫のように可愛がっていたのだという。
「この村の民芸品とかって、何かありますか? 突然来た上に不躾で申し訳ないのですが、この村の花だという証として添えられたら‥と」
「民芸品‥櫛じゃろうか‥あぁ、そうじゃ」
  北嵩の申し出に、ぽん、と手を叩いた村長は奥から小さな箱を持ってきた。
「これを千代に。いつか渡そうと思ってたこの村で作られた櫛じゃ」
「ありがとうございます。こちら、必ず千代さんにお渡ししましょう」
 その櫛を仕舞い、村長宅を後にした北嵩は目の前で遊ぶ子供達に声をかけ今に至る。子供達しか知らぬ道があるはずだと。山々を駆け巡る子供達の方が、大人よりも秘密の抜け道を知っている事が多い。まずは仲良くなってから、と北嵩は懐から竹とんぼを出し子供達を誘うようにくるくると回した。
 子供達を周りに集め、北嵩は地面にこんな花を知っているかな?、と絵を描き尋ねる。子供達は口々に声を上げた。知っていると。
「お兄さん、その花を見てみたくて此処に来たんだけどね、裏の山にはこわーいモニョモニョしたものがいるって言うじゃないか。でね? モニョモニョと会わなくてもそこまで行ける方法知ってるかなーって」
 うん、とあっけらかんとした表情で頷く子供達。
「あのね、案内してあげるよ」
 ねー、と子供達は顔を見合わせる。
 そこへ子供達に話しを聞こうと集まってきた皆に、この子達が案内してくれるそうだ、と北嵩は笑って告げた。

 何時の時代でも子供達の方が遊び場を見つける天才だ。危険だと言われている場所でも子供達は平気で入っていき、安全な道を見つけ出す。この村で土蜘蛛が余り恐れられていないのはそのせいもあるのだろう。子供の頃から、無意識のうちに安全な道を見つけ出し山々を駆けめぐっているから、大人になってもその恐怖はほとんどない。
 子供達の案内で無事に沈丁花へと辿り着いた面々は、その場所で一際香りの良い一枝を丁寧に手折る。
 花を傷ませないように、水筒や水を浸した手ぬぐいを持参してきていたジェイドがその一枝を包んだ。
 そして一行は再び子供達が案内する道を辿り山を下りたのだった。
 ジェイドは手折った沈丁花の枝を八尋に手渡す。
「一刻も早く花をという皆の暖かな想い、しかと承った」
「八尋さんの馬さんお預かり致します」
 ニッコリと微笑んだリラが自分の白馬を八尋に貸し、八尋の馬の手綱を受け取る。駿馬である白馬を八尋に貸し一足先に花を届けて貰うことにしていたのだ。花は活きが良ければ良い方がよい。
 そうして八尋は先に平助と千代の元へと向かった。

 先に着いた八尋が平助の元へと向かう。
「沈丁花を」
 沈丁花を手にした平助はその香りに目を細める。これが千代の大好きな花の香りかと。
 礼を述べた平助は早速部屋へと沈丁花を持ち帰った。それを八尋は目で追いながら、村で聞いた童謡を笛でそっと奏でる。
 瞳に花は見えずとも香りで、音で千代殿の心には幼き日に見た花が映る事だろうと八尋はその想いを音に乗せた。

 暫く経つと皆が到着する。それぞれに千代に持ち帰ったものをどうしようかと考えて居た時、気配に気付いてか平助が顔を覗かせ皆に中に入るよう告げた。
 皆は促されるままに中へと入る。
「皆さん、ありがとうございました。直接御礼が言いたくて。香りで分かります。私の大好きな沈丁花です。土蜘蛛もいるのに‥」
「その点は大丈夫。子供達が秘密の道を案内してくれましたから。それとこれは村長から」
 櫛を手渡す北嵩。ジェイドは拾ってきた綺麗な花弁を千代の上に花の雨として降らせてやる。千代は自分を囲む様な花の香りに久々に穏やかな笑顔を見せた。それを見て平助は本当に嬉しそうに微笑む。
 寄り添うように座る平助と千代と隣に立つリラと羽月の姿に重ね合わせ、聖は優しくその様子を見つめた。
 歌を教わってきたリラとジェイドが歌を披露し、その伴奏をレーヴェは三味線で行う。
 八尋が千代の友達から預かってきた言伝を伝えてやると、今まで我慢していたのだろうか。千代は嬉しさの余り涙を零した。それを平助がそっと拭ってやる。
「ありがとうございました。沈丁花の香り。私の傍には平助さんが‥こんなに嬉しい事はありません」
 幸せです、と極上の笑みを千代は浮かべた。