橋がもたらすもの
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■ショートシナリオ
担当:夕凪沙久夜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 81 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月17日〜03月20日
リプレイ公開日:2005年03月20日
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●オープニング
「やーいやーい」
「やめてよ‥‥私何もしてない‥‥」
「馬子にも衣装だよなぁ」
「きゃっ‥‥」
少年に強く手を引かれ美代は転んでしまう。
その声を聞いて新八が拳を振り上げてやってきた。
「何やってんだ、お前らっ!」
「来たぞ、逃げろーっ!」
蜘蛛の子を散らす様に美代を取り囲んでいた子供達は逃げていく。
新八は転んでべそをかいている美代に手を差し出し立たせてやる。
「大丈夫か?」
「うん‥‥でも‥‥」
母が買ってくれた着物を汚してしまった事に気づき、美代は再び泣き出してしまう。
「これ位どうってことない。来いっ」
新八は手を引いて美代を二人の家を繋ぐ橋の傍へとやってくると、自分の手ぬぐいを水に濡らし汚れた美代の着物を拭いてやった。
「汚れちゃう‥‥」
「こんなの洗えば取れる」
「でも‥‥‥ううん、ありがとう」
美代は新八の顔を見て漸く笑顔を見せる。
その笑顔はとても愛らしく、皆から好かれる笑顔だった。
それなのに苛められているのは、美代の性格が引っ込み思案で皆の間に混ざれなかったということと、家が裕福だったという事が関係しているのだろう。
そして美代は器量も良かった。
好きな子ほど苛めたい、という思いも多少混じっていたかもしれない。
しかもそんな美代は隣村の新八にべったりだった。それも同じ村の子供達にとっては面白くない事だったのだろう。
隣村、といっても川を挟んですぐの村だ。
美代の家と新八の家は川を挟んで隣り合わせだった。
家の裏手には橋が架かり、自由に行き来出来るようになっていた。
ある日の事、苛められていた美代が川に流されてしまう。
それを見て慌てて飛び込み助けたのが新八だったのだが、子供達は自分たちが逃げたい一心で全ての罪を新八になすりつけた。
激怒した美代の父は家の裏手にあった橋を壊してしまった。
それが無くなれば村同士の親交がなくなるのは目に見えていたが、自分の娘を危険な目に合わせた人物が行き来するのは耐えられなかったのだ。
美代が、違う、と何度言っても両親がそれに耳を貸す事はなかった。
そうして5年の月日が流れ、美代に縁談が舞い込んできた。
両親はそれを良縁だととても喜んでいたが、美代は日に日に暗くなるばかり。
美代がずっと思い続けてきたのは新八だったのだ。
川を挟んで二人はいつも顔を見合わせる事しかしない。言葉を交わしても二言三言。
大声で話していれば両親に見つかってしまうからだ。
美代は一人思い詰めた。
新八以外の人物とは結婚したくない、と美代が川に身を投げようと草履を脱ぎ、手を合わせていた時だった。
丁度通りかかった男に止められたのは。
「まぁ、そんな訳で助けちまったからには何とかしてやりてぇと思いまして。こちらなら良い策を練ってくれる方もいるかと‥‥」
「その嬢ちゃんの両親の誤解を解き、新八とやらとの結婚を認めてくれるよう説得しろということか?」
「へぇ。そういう事です」
男は頷き、隣で着物の袖で目許を拭く美代に視線を移す。
「最終的には村と村がまた以前のように親交を深めてくれりゃ、行商やってる俺としても大助かりなんですがね。ぐるりと回って山を越えるのは正直きついんで」
それが一番の狙いか、と番頭は心の中で笑いながらも尋ねる。
「そうしたら5年前の事を調べねぇといけねぇだろうな。当時の事を知ってる人間で、証人になりそうな奴はいるのかい?」
美代に番頭が尋ねると、美代はこくりと頷く。
「あの時私を突き落としたのが‥‥‥許嫁の力弥です」
「おいおい、その時新八って奴に助けられなかったら死んでたんだろう、あんた」
「はい。本人は無かった事にしたいようです。でも力弥の横暴ぶりに辟易してる人々がほとんどですから、力弥が証言してくれなくても、あの時現場にいた人達は証言してくれるかもしれません」
村の私と同年代の人はほとんどその場に居ました、と美代は言う。
「分かった。依頼を引き受けてくれる者を探そう」
番頭はそう言って辺りを見渡した。
●リプレイ本文
「橋‥きっともう一度架かるようにがんばりますからね」
藤浦沙羅(ea0260)が美代を安心させるような笑顔を浮かべて言う。
「命をかける程の恋は素敵だけど、命を捨てるのはダメ。ボク達も協力するから、美代さんももう一度頑張ってご両親に気持ち伝えてみよ?」
ね?、と火澄真緋呂(ea7136)は片目を瞑って告げる。
「‥よろしくお願い致します。私ももう一度両親に自分の思い告げようと思います」
「美代さんにその気持ちがあるなら大丈夫でございましょう。幼き頃からの想い、絶対に叶えてあげとうございます」
微笑を浮かべた火乃瀬紅葉(ea8917)の言葉に他の面々も頷く。
ありがとうございます、と告げ美代はもう一度頭を下げるのだった。
シェーンハイト・シュメッター(eb0891)は村のあちこちで囁かれる美代についての噂を耳にした。旅人を装い、シェーンハイトは噂話に花を咲かせている女性達に声をかけた。
「近々村の方がご結婚されるのですか?」
「そうよ。私達と同い年の美代って子。とても見目の良い子なの」
「村にやってきたらその話題で持ちきりだったので、そんな花嫁さんを迎える幸せな新郎はどんな方なのか気になりまして‥」
「美代は勿体ないわね。親の力を使って威張りちらしているような奴だから‥」
不快感を露わにした女達に、これは簡単に話を聞き出す事が出来そうだとシェーンハイトは上手く誘導する。
「子供の頃からですか?」
「昔はそんなこと無かったわ。ただ美代の事は昔から気に入ってたみたいで。ほら好きな子程苛めたいっていうのあるでしょ。美代が他の子にべったりだったから面白くなくていつも苛めてたわね」
そこまで話した女は隣の者に手を引かれ、しまった、という顔をする。
「苛めですか? それは一体どういった事を? 詳しく話して頂けませんか?」
とぼけようとする女にシェーンハイトは柔らかい微笑みを見せるが目は笑ってはいない。
「所詮子どもの戯れだった、と仰るかも知れませんが‥話はそれで済む事態ではなくなっています。美代さんのご両親の前で話をしていただけますね?」
にっこりと微笑むシェーンハイトに女は頷くしかなかった。
その頃、雨宮零(ea9527)は力弥の方は他の人物に任せる事にし、当時美代が川に落とされた現場に居た者達を探す。零は丁度目の前に美代と同年代位の暇そうにしている人物を見つけ声をかけた。
「ちょっとお話良いですか?」
あぁ?、と顔を上げた男は見た事のない人物に首を傾げる。
「なんだ?」
「お聞きしたい事がありまして。美代さんについてなのですが」
「あぁ、美代か。あいつは今度嫁にいっちまう。お前も狙ってたクチか?」
俺もだ、とがっくりと肩を落とす男に零は続ける。
「美代さん、昔川に落ちた事があったとか。その主犯が力弥さんだとお聞きしたんですけれど‥」
本当ですか、と続けようとしたのを男は零の口を押さえて黙らせる。
「それは内緒になってんだよ。今更蒸し返す事でもない。美代は生きてるんだからな」
見てたんですね、と零が尋ねると男は渋々と頷く。零は美代の両親の前で証言するよう頼み込む。しかし男は首を縦に振らない。
「隠し事など背負っていても苦しくなるだけ」
美代さんの気持ちを察してあげてください、と零が告げると男は暫く考えるそぶりを見せたが、惚れた弱みか、と苦笑気味に男は証言する事を承諾した。
嵯峨野夕紀(ea2724)と沙羅も美代と同年代の者に声をかけていた。美代から聞き出した行商をやっている男達だ。普段は冷たい印象を与える夕紀だったがこの時ばかりは笑顔で応対する。夕紀と沙羅の笑顔にたむろしていた男達は素直に質問に答え始めた。
「あぁ? 力弥? 最近はもう最悪だな」
「耳にしたのですが、美代様を川へ突き落とした事があるとか‥その時皆様は事件の際にいらしたと思いますが、その時の事お聞かせ下さい」
面々は顔を見合わせ眉間に皺を寄せ話すのを渋る。そして口にした言葉は、あれは事故、だと。
「本当に?」
沙羅の言葉に誰も頷かない。容易に嘘だと分かる。夕紀は質問を変えた。
「このまま橋がないというのは皆様にとって不便な事と存じますが」
「そりゃもう。昔は隣村との橋があったからなぁ」
「その橋もさっきの事件の時に壊されちゃったんだよね?」
そこまで知ってるのか、と仕方ないと当時の事を男達は話し出す。
「美代さんのご両親の前でお話しして頂けますね?」
「美代さんにどうか力を貸してくださいっ」
橋が架かるっていうならな、と言う男に対し沙羅と夕紀は、橋はきっと架かる、と頷いた。
別村の友人を装った真緋呂と色気を滲ませた村娘に変装した楼春珂(ea7830)が、力弥を訪問し夜に川縁で会う約束を取り付けた。
上目遣いで真緋呂が頼むと力弥は快く承諾する。無意識とはいえ、真緋呂は男の扱いを心得ていた。
二人が力弥と別れた後。今度は紅葉が力弥の説得に向かった。真実を語って欲しい、と優しい声と笑顔で説得を試みていたが、余りにも横暴な力弥の物言いについ本気になってしまう。紅葉は先ほどと変わらぬ笑顔のまま力弥の横にマグナブローを叩き込んだのだ。ごぉっ、と自分の脇に立ち上った火柱に力弥は慌てふためく。
「力に訴えとうはありませぬが、これも恋する乙女の為。この紅葉、喜んで泥を被るつもりにございます。死人に口なしとは申せ、少なくとも縁談はご破算に出来まするゆえ」
優しすぎる笑顔が恐ろしい。その裏ではふつふつと怒りが沸き上がっているのだが、それは力弥にも伝わっているだろう。
「わ、わかった‥」
「さようでございますか。よろしくお願い致しまする」
笑顔で紅葉はその場を去った。
その後、力弥は怯えつつも真緋呂と春珂との約束の場所に向かったのだが、ここでも力弥は度肝を抜かされた。
春珂は力弥の背後に回り込み、真緋呂が力弥の目の前でファイヤーコントロールを使い行灯の火を操り川岸へ追詰める。
「川に流されるのは怖いよね?美代さんもそうだったと思う。‥ねえ力弥さん、美代さんは身投げしようとしたんだよ?」
そのことに力弥は青ざめる。
「本当に?」
こんなこと嘘でも言いたくないよ、と真緋呂が表情を曇らせる。春珂も背後から厳しい目つきで力弥を捕らえ告げた。
「力で手に入れようとするものが、幸せになれるとお思いですか? 気持ちを殺してしまう美代殿の内心を、貴方は解ってはあげられぬのですか?」
「美代‥」
そんな力弥の手を取って真緋呂が言う。
「キミは本当に美代さんのこと好きなんだと思うの。だったら不幸にしちゃダメだよ‥ね?」
力弥はがっくりと膝をつき、証言する事を承諾した。
狩野柘榴(ea9460)はどうにか隣村の新八と連絡が取れないものかと、以前橋が架かっていた場所に来ていた。両川岸には大きな桜が立っており、その幹を伝い跳躍を上げればどうにか向こう岸まで届きそうだった。
出来る事はやってみよう、と柘榴は術をかけ折れるぎりぎりの所まで進むとそのまま向こう岸へと跳躍した。あと一歩で川に落ちる所だったが反対側にもある桜の枝に捕まりそれは免れる。
そして近くにいた人物に新八の事を尋ねるとそれが新八本人だった。事の次第を話し美代の両親へ文をしたためて貰う。
それを持って無事に柘榴は美代の村に戻り仲間の元へと走った。
証人を連れ皆は美代の両親の元を訪れる。
「私、力弥さんとは結婚出来ません。私が好きなのは新八さんですから。新八さんと結婚出来ないのなら死んでも良いと思いました」
しっかりとそう告げる美代に両親は激怒した。
「こんなにも追いつめられている実の娘のお話も、聞いてあげられないのですか?」
零がそう言うと、証人が一人一人五年前の事件を語り始め、最後に力弥が両手をついて両親に謝罪する。その頃には両親は何も言えなくなっていた。
「これが五年前の真実にございます‥親が子を思う気持ちゆえの事とは思いまするが、美代さんを大切に思うあまり、美代さんにとって本当に大切な事を見落としていたのではありませぬか?‥今一度、美代さんの声に良く耳を傾け、橋のかけ直しをご再考くださいませ。そして、出来るなら新八さんとの仲も認めてやってくださいませね、紅葉のお願いにございます」
「それとその新八さんからの手紙を預かってきました」
美代は手紙を差し出した柘榴を振り返る。そして震える手でそれを受け取り中を読み始めた。みるみるうちに涙が溢れ始める。そして両親にその手紙を差し出した。
「私はやはり新八さん以外に嫁ぎたくはありません。そして昔と同じように隣村との交流をお願いしたいのです」
「美代さんの幸せを親として本当に願うならば、どうか美代さんの言葉を真剣に受け止めて信じてあげてください」
「橋は壊れたものを繋ぐもの。五年前に橋を壊した時に、おじさん達は自分と美代さんの心を繋ぐ橋まで壊しちゃったんじゃないかな‥。今からでも遅くないよ。もう一度橋を架けて、きちんと心を繋ご」
沙羅と真緋呂が美代に加勢する。
新八からの手紙に目を通した両親はその手紙を握りしめる。冤罪をきせていたのか、と呟いた父親は美代に頭を下げた。悪かった、と橋を架けようと。
それを聞き春珂は、諦めないでいた二人に祝福の笑みを向ける。しかしその笑みは何処か淋しげだった。自分と重なる何かがあるに違いない。
柘榴は屋敷を出て川の向こうで心配そうにうろうろしている新八に向かって手を振る。
橋は架かった、と。
人の心の橋は架け直すのは難しいけれど過ちを認めて正す心があれば、いつだって修復は可能なんだと思うよ、と呟く柘榴の言葉はまだ少し早い春の空へと溶けていった。