桜と思い出
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■ショートシナリオ
担当:夕凪沙久夜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 97 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月16日〜04月19日
リプレイ公開日:2005年04月21日
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●オープニング
咲き誇る満開の桜。
毎年、桜の美しいこの時期は、花を肴にし皆楽しげな声を上げていた。
昼夜問わずあちこちで宴会が行われ、笑い声が絶えなかった。もちろん、酔いの回った人々が暴れる事もあったがそれは春の恒例行事のようなもの。皆慣れたものだった。
しかし、今年は桜を見ても笑う者もいない。
今年18になる沙由理はただ一人、暗闇の中に浮かび上がる桜を見上げていた。
悔しそうに唇を噛みしめながら。
南からの亡者達の侵略により、近隣の村は襲われ、そして沙由理の住む村も襲われた。
亡者達が村に与えた打撃は大きく、人々の心までも打ち砕いてしまった。
大切な者を、春の喜ばしい便りを聞いた瞬間に奪い去った。
なんとか生き延びた者達も、今年は桜だ、春だと浮かれ騒ぐ気力もなく、ただ静かに日々を過ごしている。
再び襲われるのではないかと怯えながらひっそりと。
村には活気がなく、ただ機械的に日々の作業をこなしていくのみだ。
「いつもと同じようにこんなに綺麗に咲いているのに‥‥」
沙由理がそう呟いた時だった。
目の前の桜の幹に違和感を感じたのは。
ずるずると幹の上の方から何かが降りてくる。
ただの蛇のようにも見えたが鱗の色が尋常ではない。
一匹また一匹とゆっくりとそれらは幹を伝い降りてくる。
沙由理はその蛇のような物体を知っていた。
神の落ちぶれた姿と伝えられている夜刀神だと。持つ能力により鱗の色が違うのだという。
今沙由理の目の前にいるのは一色ではなかった。様々な色をしている。
沙由理の足が竦む。
ただ桜を見ていただけだというのに、どうしてこのようなものに出会わなければならないのだろうかと混乱し、足が動かない。
逃げ出さなくては、と思うものの、その行動を起こす為の回路が繋がらない。
「あっ‥‥あっ‥‥」
口にした言葉は、喉のあたりで止まってしまう。
沙由理はからからになった喉をひゅうと鳴らせ、一度大きく息を吐き出すと必死の思いで地に張り付いた足を上げ、その場を逃げ出した。
怖くて振り返る事も出来ない。
一心不乱に走り、途中で草履が脱げた事にも気付かずに走り続けた。
村にある神社に駆け込み必死に祈りを捧げる。
そして身体の震えが収まった頃に漸く沙由理は後ろを振り返った。
何も追ってきていない事に安堵し、再び祈りを捧げると沙由理はその足で村長の家へと向かう。
もちろん夜刀神の事を話す為だ。
沙由理は今回の事で沢山亡くなった人を見た。
血に染まった人々を見た。
たくさん思い出の詰まった桜まで汚されて、これ以上の犠牲が村から出るのが沙由理には許せなかったのだ。
夜刀神は田畑を荒らす位しかしないが、それでも全てを失ったに等しい人々にはかなりの痛手になる。
村長はきっと自分の気持ちを分かってくれると沙由理は思った。
そして村長に沙由理の願いは聞き届けられ、冒険者ギルドへ依頼が来た。
夜刀神を滅ぼして欲しいと。
●リプレイ本文
村に向かう途中、香辰沙(ea6967)は街道の脇にある桜を見上げ呟く。丁度花は今が見頃だ。
「ジャパンの桜は、神宿る木‥らしいどすなぁ。桜いう名に、神の御座所いう意味があるとか」
「はい。でも‥」
顔を曇らせた辿樟院瑞月(ea4453)を見つめ辰沙は告げた。
「その神様は豊穣の神‥けして滅びを齎す夜刀神や‥ありまへん。村の願いは夜刀神の退治。ほなら、うちは力を尽くすのみどす。全ては御仏の導きのままに‥」
「そうね。以前辰沙さんは江戸で出会った事があるのよね? 祟り神で、魔法を使い人語を解す蛇だったかしら?」
鷹神紫由莉(eb0524)の言葉に頷く辰沙。
「この満開の桜を前にして嘆くことしか出来ぬとは、余りに不憫」
「本当だな。せっかく桜綺麗に咲いてるんだ。これ以上桜に宿る思い出を汚されたくはないだろう」
それでなくても辛いのに、と鷹見沢桐(eb1484)の言葉に続けて発言した森山貴徳(eb1258)が桜を見つめた。
キク・アイレポーク(eb1537)は皆を振り返りながら告げる。
「何もしなければ其の存在を許しただろう。だが、何かしたのであれば話は別だ。この世界を汚す存在を許しはしない、其の存在の一片に至るまで全て破壊してくれる」
「おっと、夜刀神に戦う前に聞きたい事があるんだ。ちょっとだけで良い。俺に時間くれないか?」
ただ憶測で悪と決め付けるのも危険かな、と片桐弥助(eb1516)が告げると香山宗光(eb1599)は静かに頷く。確かに即座に悪だ決めてしまうのもどうかと思う。
「ま、どうだか分からないけどな」
そして弥助が再び村へと歩き出したのを見て、皆も歩を進める。
やがて辿り着いた村の入り口には、今か今かと一行の到着を待ち望んでいるように見える人影があった。
「沙由理さんどすか?」
軽く首を傾げながら辰沙が尋ねると頷いた女性は、お待ちしておりました、と頭を下げる。そこへ村長らしき男がやってきて皆に声をかけた。
「よくおいでくださいました。あの骸骨共が来て村は荒らされ、今は夜刀神によって村の田畑は荒らされております」
「田畑を荒らすのでござるか。しかしあの者達はいったい‥この村にも襲われるとは‥」
独り言のように宗光は呟く。その胸中には不安が過ぎった。ぐっ、と拳を握った瑞月は周りの仲間を見遣り、村長達に向かう。
「以前のような活気を取り戻すには時間が必要かもしれません。それでも僕は‥少しでも皆さんのお役に立ちたい。村の方々の度重なる不安の一つでも取り除けるよう、出来る限り頑張ります」
「その夜刀神が居るって桜には村の大切な思い出が詰まっているんだろ?」
貴徳の言葉に沙由理は頷く。辰沙が沙由理にその桜の場所を尋ねた。
「その場所へは私がご案内致します」
初めからそのつもりで村の入り口で待っていたのだろう。
桜の木へと向かう道すがら、自分が見た夜刀神の姿を沙由理は語り始めた。
「今日のように月の美しい晩でした。私が見た夜刀神は6体。桜の木から下りてきた夜刀神の鱗は様々な色をしていました。色によって個々の能力が違うと聞きます。同じ色だったのは2体ずついました。だから多分、4つの能力を持っているのでしょう」
きゅっ、と強く手を握る沙由理。そんな沙由理に弥助が声をかける。
「その桜にはどんな思い出があったのか。なんでもいい‥聞かせてくれないか?」
「毎年その桜の下に村人達が集まり、春の夜は賑やかでした。それとこの村では染め物が収入源の一つなのですが、まだ栄養を蓄えている時期の桜の皮を使って、美しい桜色に糸を染め上げるのです。そしてその糸を使って布を織る。村はいつもこの桜と共にありました」
桜が村の神様みたいですね、と沙由理が小さく笑う。
「神様か。そうだ。夜刀神に村の守り神にならないか、と聞こうと思ってる。どうだろう?」
「夜刀神をっ!? 田畑を荒らした輩を神と祀れと?」
目を大きく見開いた沙由理の反応は弥助の想像の範囲内だった。
「沙由理ちゃんがそう思うのは判る、ただ憶測で悪と決め付けるのも危険かな。気持ちが落込んでるから全て悪になるだけかも」
「そうでしょうか‥でも村に危害を加えないと言うのなら‥。この村と共に桜を守ってくれるのならば‥」
そんな話をしている間に問題の桜の木の付近へと辿りついた。
見事に枝を広げ美しい花を咲かせているその桜を見上げ、桐が声を上げる。夜空に浮かび上がる桜の花。
「なんと見事な桜だ。この満開雄姿の前に笑う顔が一つとして無いとは、不憫な‥‥」
紫由莉とキクも頷き桜を見遣る。本当にそこに集う笑顔が無いのが勿体ない位、見事な桜だった。
沙由理に村に戻るように告げ、皆は気を引き締めて桜の木へと近づいていく。
そしてデティクトライフフォースを使い、辰沙が夜刀神の存在を桜の木に探す。桐もすぐにインフラビジョンを使い夜刀神を探索した。二人に感じられる夜刀神の数は沙由理が言っていた数と合っていた。皆の気配を察知してか、目の前の木からズルズルと引きずるような音が聞こえ、月の光に鱗を輝かせながら夜刀神達が姿を現した。
地上へと降りる夜刀神に向かって弥助は告げる。祀れば村の守り神にならないか、と。
「もう‥此処‥神‥祀られてる」
「人間‥五月蠅い‥嫌い」
「今年‥静か‥良い」
地を這いながら夜刀神がたどたどしい言葉を発する。その言葉を聞く限りでは友好的関係は結べそうにない。
なんとか説得を試みようとする弥助だったが夜刀神は聞く耳を持たず、鎌首をもたげ皆を威嚇するような姿勢を見せた。
此処までか、と弥助も諦め皆と同様に武器を構える。
「皆様‥準備はよろしおすか? ほな‥いきますえ」
辰沙の言葉に頷き、紫由莉が瑞月と辰沙を庇うように前へ出る。そして宗光がキクの護衛をする為前へ出た。
瑞月と辰沙とキクの3人は魔法の詠唱を開始し、紫由莉が魔法詠唱を始めた夜刀神へと攻撃を加える。
「何ゆえ迷い出てきましたか? 神ならばこの村の窮状を思い、大人しく立ち去りなさい」
「刀を振るうしか芸の無い身なればこそ、一切の躊躇無く切り込める。往くぞ、夜刀神」
紫由莉の攻撃を喰らい後退する夜刀神を追撃するのは桐だ。日本刀と短刀を手にし、スマッシュでとどめを刺す。
ことごとく物理攻撃によって詠唱を邪魔される夜刀神は魔法を発動出来ない。
その間に辰沙がブラックホーリーを、瑞月がホーリーを放ち夜刀神を襲う。
「聖なる力に苦しむいうことは‥邪悪な存在に他ならしまへん。情けは無用どす」
きっぱりと言い放つ辰沙。魔法攻撃を瑞月とキクに任せビカムワースを打ち前衛を援護する。
そんな中、紫由莉を背後から狙う夜刀神が居た。それに気付いた貴徳はミミクリーで腕を伸ばし、夜刀神を背後から斬る。先ほどから夜刀神の注意を引きつける為に貴徳も奮戦していた。
「心とその身に傷を負った村人に追い討ちを掛けるようなお前達の出現は許せぬ。一匹残らず退治するでござる。」
「大いなる父よ、かの偽神を滅する力をっ」
キクはディストロイを放ち続け、その援護を宗光がうまい具合に夜刀神からの攻撃を避けながら行っている。
やがて全ての夜刀神が動きを止める。
その時、桜の木には傷一つ付いていなかった。
「‥騒がしゅうして、堪忍なぁ‥」
「お前達は戦いに負けた、愚かな者だ。だが同時に哀れな者だ。新世界で生きては行けぬがせめてあの桜の元にて安らかに眠れ。 其の願いも思いも私が背負って生きるから‥」
辰沙の読経とキクの聖書を読みあげる声が静かになって地に響き渡る。想う神が違えども死者へ祈りを捧げる気持ちは同じだ。響き渡る声で血に染まったその地が浄化されていくようだった。
激しい音が収まったからか、村人達が様子を窺うように桜の周りに集まってくる。
さわさわと音をたてて桜の花びらが舞う。
まるで地を柔らかい色で染め上げるかのように降り積もる花びら。
瑞月が柔らかい笑みを浮かべて辰沙に告げる。
「僕のこの笛と‥辰沙さんの舞で、少しでも多くの方が救われますように‥道を間違えないように‥」
「そうどすな。華国では桜は‥己の命を犠牲に大切なお人らを救うた娘さんに纏わる花‥なんどすわ。亡くならはった村のお人らも、皆様を護りたかったんやないやろか‥。きっと、天よりこの花を‥見てはると、思います」
瑞月の笛が鎮魂の曲を奏で、辰沙が桜の花びらが舞う中ゆらりと舞いを披露する。ゆらゆらと揺れて落ちる花びらと辰沙の舞いは幻想的に夜空に浮かび上がる。
「花は咲き、そして散ります。ですがまた来年は綺麗な花を咲かせるでしょう。‥亡くなられた方々もきっと」
風に揺れる髪を押さえながら紫由莉が桜を見上げ呟く。紫由莉のかつて修行を共にしていた志士の仲間もこの黄泉兵の戦いで亡くなっていたのだった。その祈りは天へと届くだろうか。
「‥哀しい、春‥だな」
「でも桜は無事だったし。思い出も守られただろ?」
ね、と軽く片目を瞑って貴徳は桜を見上げる。思い出の詰まった桜はまだここに存在している。
「せっかく綺麗に桜が咲いているんだ、見て思い出してやろうじゃないか」
弥助の言葉に沙由理もキクも頷く。
「散っていく様もまた美しい。世界はまだ汚されてはいない」
「えぇ、私‥この桜があればまた元のように村が生き返るような気がします」
沙由理がキクの言葉に同意しながらほんのり頬を染めて桜をもう一度見上げた。
「日本人ならば桜には特別な思いがあるはず。沙由理殿の気持はわかるつもりでござる。もう安心でござる」
花を散らせる桜の美しさを目の当たりにし、宗光は大きく頷きながら告げる。
「はい。皆の分まで‥‥私はこの今年の桜を目に焼き付けておこうと思います」
沙由理は目の端に浮かんだ涙をゆっくりと拭う。
闇に浮かびあがるのは桜の花。
耳に残るは鎮魂の笛の音と残された者の死者への祈り。