温泉宿に希望と夢を詰め込んで

■ショートシナリオ


担当:夕凪沙久夜

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月19日〜06月24日

リプレイ公開日:2005年06月27日

●オープニング

「はぁ‥‥、ほんまにどうしようかしら」
 女将は亡者に破壊された自分の城とも言える温泉宿を、深い溜息を吐きながら見つめる。
 はらり、と白い頬に一筋の黒髪が影を落とす。気怠そうに煙管をふかしながら、もう一度溜息を吐いて。
「一から作り直すのも、この人数では無理やろうし‥‥」
「そうですね、皆素人ですから」
 女将の隣に立った男が頷く。
 破壊されたのはこの温泉の一番のウリである、露天風呂だった。
 美しいと評されていた岩風呂は見るも無惨な程、原型を留めていない。ただ、破壊されてはいたが温泉そのもの、源泉が無くなってしまった訳ではないからその風呂をどうにかしさえすれば、温泉宿は再び営業を再開する事が出来るだろう。
 また以前のように、大勢の客で賑わうに違いない。
 しかし、従業員も多く失い、この人数で温泉宿を復興されるのは至難の業と思われた。
「女将さん、ここは一つ冒険者ギルドという所に声をかけてみるのはどうですかね」
「あぁ、江戸からたくはん人が来とるという話やったね」
「はい」
「‥‥考えていても埒があかないし‥‥」
 よし、と女将は頷く。
「別に元の岩風呂でも、檜の風呂でもなんでも構へん。人が入れる風呂になっていれば‥‥」
「そうですね。そしてその風呂で満足出来るかどうか、実際に出来上がったものに入って貰って確かめて貰えばいいんじゃないですか?」
「そうやね」
 女将の顔に漸く笑みが見えたのを確認し、男は冒険者ギルドへと向かったのだった。

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea2144 三月 天音(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1258 森山 貴徳(38歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2427 桐生 蒼花(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●元温泉跡到着
 女将の案内で一行は露天風呂があったという場所へ向かっていた。
 向かう途中、ゼルス・ウィンディ(ea1661)が興味津々といった様子で言う。
「私はつい先日ノルマンからジャパンに来たばかりでして。こちらには良い温泉がたくさんあると聞いていたので、一度入ってみたいと思‥‥って、見事に壊されてしまっていますね」
 目の前に広がる惨状にゼルスは口を噤む。他の皆も唖然とした様子で目の前の元は岩風呂があった場所を見つめた。
「此処が岩風呂のあった場所どす。見事なまでに破壊されてしもたけれど」
 溜息混じりの女将の言葉に山本佳澄(eb1528)は、やはり元の岩風呂の方がいいのではないでしょうか、と告げる。元から皆そのつもりで来ていたが、いざ破壊された岩風呂を目にしてやはりその方が良いという結論に達した。目の前の岩風呂は破壊されているがその中には使えそうな岩もまだ大分残っていたからだ。足りない分は切り出しに行かなければならないだろう、と天螺月律吏(ea0085)が言うと、女将が男衆を手伝いに行かせましょうと告げた。大八車等は温泉にあるものを貸し出しするという。
 女将や下男達から元の岩風呂の詳細を聞き出した三月天音(ea2144)は一応それを絵に起こし出来上がり図を想像する。男風呂女風呂共に円形にする事で話がまとまった。
「再利用できる物とできない物を分別するところから始めるか」
 森山貴徳(eb1258)の言葉に頷き、まずは総出で周辺の片づけから始めた。掃除も兼ねて、細かな岩を取り除き大きな岩を集めておく。
「うっ‥‥やはり、結構辛いものがありますね‥‥」
 力のないゼルスはプルプルと腕を振るわせながら軽めのものを運んでいたが、途中で力尽きたのか暫く休んだ後サイコキネシスで岩を運び始めた。
 隣では軽々と律吏が岩を運んでいく。力仕事ならどんと任せてくれ、と言うだけはある。
 そして女将を捕まえて色々と提案しているのは桐生蒼花(eb2427)と天音だ。
「脱衣所なんかも殺風景だと寂しいからお風呂と一緒に修繕出来るかしら? 使いやすい感じに棚を設置して綺麗で暖かい雰囲気に仕上げたいわ」
「そらええ考えどすね」
「それと雨天でも温泉を楽しむ為に屋根を作成してみたいのじゃ。どうじゃろう」
「見晴らしが悪くならへんようであればええ考えやないかしら」
 女将はその提案を嬉しそうに受け入れた。ここ最近の客層は冒険者が多い。冒険者の意見を取り入れた方が、より親しみやすい温泉になるのではないかと女将は思っていたからだった。
 大分片づいた周辺を見渡して、指示をするのは月詠葵(ea0020)だ。
「えっと、大体片づいたみたいだから足りない物を調達に行くのです。んー、岩とか木とか?」
「では私らが案内します」
 ギルドへ依頼を持ってきた男が材料のある場所へ案内すると申し出た。
 そこで男湯と女湯の間の垣根や周りの柵を作るのに御神楽澄華(ea6526)が、蒼花が周りの景色を良いものにしたいと残る事にした。女将と女中も残りそれを手伝う。
 後は皆で材料探しに出た。

●材料調達
「床用になるべく平らな石も欲しいと思うのです」
 葵は周りにある石を眺めながら呟く。その横でゼルスがものは試しとウインドスラッシュで岩を斬るのを試していた。気合いを入れて臨んでみれば案外上手く切れるものだ。ゼルスは楽しそうに真っ平らな石を作っていった。その作られた石を積み上げるのは貴徳と律吏だ。貴徳は大八車の横からミミクリーで手を伸ばしては切られた石を大八車の上へと積み上げていく。
 律吏は楽々と切り出された石を運び、天音と香澄もそれに続いた。
 貴徳によって高く石を積み上げられた大八車はかなりの重量があり、引いている者はフラフラとしている。それを眺め貴徳は次からは加減しようと心に誓った。
「喉乾いた方はどうぞ」
 クリエイトウォーターで湧き水を出現させたゼルス。汗をかいていた者達は、生き返るー、と美味しそうにその水を飲んだ。
 あと少しで必要な石材、そしてその他の材料を運び出せるだろう。
 気合いを入れ直した者達は再び石の切り出しに精を出した。

●温泉制作
 その頃。残った者達はせっせと自分の持ち場の仕事を行っていた。
 澄華は垣根を作りながら模様を織り交ぜていく。気の遠くなるような細かい作業だったが、息苦しさを感じないようにと想いを込めて垣根を作っていた。動物が入ってきても困るし、外から丸見えも困るのだ。ここが腕の見せ所だ。
 その垣根や柵を損なわず、そして更に目を楽しませるような風景を作り上げようと蒼花は必死だ。
 温泉に入っている時に絶景と思わせるような景色にしたいと、温泉から見える場所に思い描いた通りの花や木々を植えようとそれらを女中と共に探しに行った。それらは近くの森ですぐに見つかった。蒼花は女将に確認を頼みながら木や植物を植えていく。なかなか大変な作業だったが女将の、えぇどすなぁ、の一言で疲れが吹き飛ぶようだった。

 戻ってきた材料調達隊は、早速石を洗いながら温泉を作る場所へとそれらを敷き詰め始めた。源泉を塞いでしまわないよう、細心の注意を払っての作業は骨が折れる。湯が漏れてしまわないよう、外からは見えないように木などでも補強していく。
 男湯も女湯も共に円形の温泉は新しい姿となって生まれ変わる。しかし当時の面影はほんの少し残っていた。以前使われていた石材も半分程は使用されているし、潰される事の無かった木々もそこにあった。
 何日もかけてその作業は根気よく行われる。
 脱衣場や屋根を作る作業も同時進行で行われていた。天音が男衆に手伝って貰いながら組み立てていく。
 先に作られた柵にあわせて石垣も作られる。尖った石は取り除き、上手い具合に頑丈に積み重ねていった。
 律吏の案で女風呂の石垣には花を飾る様な小さな場所が設けられる。遠くに花が見え、横を眺めればまたそこに花が、といった細やかな配慮だ。女将もその案には大賛成のようで、やっぱり利用される方からの意見は面白い、と始終笑顔だった。
 天音は女将に温泉の効能を尋ね、看板を作り始める。やはり温泉の事をよく知って貰い、客の興味を惹こうというのだ。最近の風潮に合わせ、冒険に疲れた冒険者にもお勧め、との文句も添えておく。


 期間内で終わるか危ぶまれたが、材料の半分は以前のまま使えた為手間が省けた。これが一から作り直しだったらとても期間内に制作は出来なかっただろう。
 出来上がってきた風景を眺め、皆感嘆の溜息を吐く。
 ちゃんと見た目は温泉になっていた。それも自分たちの想像通りの。
 これに湯を張り、あとはその気持ちよさを肌で感じるだけだ。
 ここ数日の疲れを癒す為に、どうぞゆっくり堪能して下さい、と女将が笑顔で皆を温泉へと送り出した。
 そして、こらほんの気持ちどす、と女将は湯桶の中にお銚子とお猪口を乗せて湯に浮かべた。皆で飲んで欲しいとの事だった。

●男湯
「ふぃー、気持ちいいのですー」
 まったりと湯に浸かり至福の笑顔を浮かべる葵。
 ぱしゃり、と心地よい音が響いた。
 かけ湯をしてから中に入った貴徳の目の前には、湯桶に入った酒がある。
「コレ。一度やってみたかったんだよな」
 にまー、と貴徳は笑いお猪口をぐいっと傾けた。
「うまいっ! やっぱ働いた後の風呂は気持ち良い。生き返るな。それに加えてこの酒」
「温泉ではこうしてお酒を頂くのですね。でも、はぁ‥‥気持ちいいですねぇ‥‥。ええっと、こういう時、ジャパンでは何か言う言葉があったような‥‥」
 小首を傾げてみせるゼルスを前に、葵と貴徳は、あぁあれだ、と声を上げる。そしてどうやらゼルスも記憶の片隅に転がっていた言葉を拾い上げたようだ。
 ほぼ同時に同じ言葉を呟く三人。
「極楽、極楽〜」
 やっぱりまったり気分でこれ言わないとですー、と葵がほわわんと柔らかな笑みを浮かべると、その場に和やかな雰囲気が漂った。
「ゆったりと今日くらいは温泉でのんびり過ごすのも悪くないですね」
 ゼルスはゆっくりと空を見上げ月を眺める。月は柔らかな光を世界へ投げかけていた。

●女湯
「やはり温泉はいいですね、こう、疲れが抜けて体が弛緩していくような」
 澄華が温泉の中で身体を伸ばしながら告げると、天音も笑う。
「月も綺麗じゃな」
 先ほど女将が寄越した湯桶がぷかぷかと温泉に数個浮いていた。そのうちの一つを取り、お猪口を傾けながら律吏が小さく呟く。
「今度は‥‥一緒に来れるといいな‥‥」
 そうして恋人の事を思いながら空に浮かぶ月を眺めた。

 そうそう、と何かを思いだしたように蒼花が声を上げる。
「思いついたんだけれど、季節のお花やみかん等の柑橘類を浮かべても良いのではないかしら」
 蒼花の提案に皆が同意する。女将に後で提案したらすんなり通るかもしれない、と。どうやらそういった意見を楽しむ節があるのだ、この温泉の女将は。楽しいと思った事は全て取り入れるに違いない。
「お風呂作りも大変でしたけど、こうしてたまにのんびりするのも悪くないですね」
 香澄も湯の感触を楽しみながら酒を煽った。

 空には美しい月がかかり、露天風呂からは目を楽しませる景色が広がっている。
 そんな光景に皆笑顔を浮かべたのだった。