楓もみじの錦

■ショートシナリオ


担当:夕凪沙久夜

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月28日〜11月02日

リプレイ公開日:2004年11月01日

●オープニング

 山が真っ赤に燃える
 錦の刺繍のようであり、灯りのようでもあり
 すさまじいまでに燃え上がる赤
 まるで意志があるかのように色を変える楓に人々の胸は高鳴り震える
 晩年の老媼の思いをそこに表したかのような山紅葉
 そこからは積み重ねられた思い、叫びが聞こえてきそうでもある
 そしてその思いをゆっくりと落葉することで沈め、楓は地に還る
 そんな風に人の晩年を重ねてしまいそうな秋を染める見事な赤
 今年も山が真っ赤に燃える


「さぁて、今年もまた紅葉の美しい季節になった訳だが。ちょっとした依頼があるんだが聞いてみる気はあるか?」
 番頭が集まってきていた冒険者達の顔を見渡しながら告げる。
「紅葉の美しい様を『錦繍』等と呼んだりすることは知っているだろう?今回の依頼人である老媼は名の知れた織物師でな、山の燃えるような楓を次の錦に織り込みたいと言っているんだが、本人はもう足が悪くて遠出は出来ず山の紅葉を見ることが出来ない。そこで、色鮮やかに変化した楓を手折って持ってきて欲しいというのが今回の依頼だ。どうだ、ものすごく簡単に思えるだろう?しかしだ、老媼の出してきた依頼はちょっとばかし面倒でな」
 軽い溜息を吐いた番頭は続ける。
「自分はもう余命幾ばくもない。だから最後の作品となるはずの錦にどうしても故郷の山にある楓をいれたいと言うんだ。よって楓を老媼の故郷まで取りに行って貰うことになる。近場ですまそうとしても無駄だそうだ。故郷の楓はどうやらそこら辺にある楓とは違うらしい。命を燃やし尽くすかの如く真っ赤に、そして鮮やかに色を変えていくらしい。それに葉の形もここら辺のものよりも少々小振りのようだ。とにかく故郷の楓を老媼はご所望だ。老媼の故郷はここから二日ばかりいったところにある。どうも最近は山の中に紅葉狩りにきた人々を相手にした山賊どもが出ているらしいから気をつけるんだぞ。昼でも夜でもお構いなしに襲ってくるらしいからな。おまけにご丁寧にも罠も仕掛けられているらしいし、音もなく人々の背後に忍び寄っては金品を強奪するそうだ。山に入る際には気をつけるんだぞ」
 そうそう、と思い出したように番頭は言う。
「忘れるところだったが楓は傷つけないように一枝自然のままに持って帰ってきてくれよ。なるべく枝振りのよいものを見つけてな。錦を飾る楓だ。みすぼらしいのはちょっとな。それと戦闘中にせっかくの楓がぼろぼろになった、なんてことになったらあの老媼も救われねぇ。…最後に最高の仕事をさせてやってくれ」
 そう告げると番頭は初めと同じように冒険者達を見渡したのだった。

●今回の参加者

 ea4453 辿樟院 瑞月(25歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6419 マコト・ヴァンフェート(32歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea7514 天羽 朽葉(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7830 楼 春珂(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●楓を求めて
 老媼の依頼を受けた四人は老媼の故郷へと向かっていた。辺りの木々は色づき始め微妙な色の風合いを醸し出している。それを眺めながらの道のりは辛くはなくむしろ楽しいものであった。
「良い季節ですよね」
 ぽつりと呟いた辿樟院瑞月(ea4453)の言葉に全員が頷く。背に手折った楓を入れるための大きな籠を背負った瑞月はそれを見て嬉しそうに微笑んだ。
 瑞月様は位の高いお人ですので失礼のないよう、と楼春珂(ea7830)は初めに皆に告げていたが数日も一緒に過ごしていればうち解けてしまう。それは瑞月の周りを和ますような雰囲気も関係しているのかもしれない。道中は終始穏やかな雰囲気が漂っていた。
「最後の錦に故郷の楓を‥‥かぁ。それは最高に綺麗な楓を届けたいわよね。無残な枝でガッカリさせるのも、その所為で自分が後悔するのも嫌。だから満足して貰えるよう頑張りましょ」
 微笑したマコト・ヴァンフェート(ea6419)に元気よく応えるのは瑞月だ。
「はいっ! 楓の選別は皆さんでまったりと出来ると良いですね。紅葉狩りの感覚で‥‥。他にもイチョウなども綺麗なものがあれば持ち帰ってもよいかと思います」
「そうだな。‥‥余裕があれば食事を取りながらというのも良いかもしれぬ」
 天羽朽葉(ea7514)もその提案に賛同した。もちろん瑞月の提案に春珂が逆らうはずもなく。紅葉狩りを楽しみながらの依頼遂行に皆同意したのだった。
 そして老媼の故郷へとやってきた一行はその村で山賊の噂を耳にする。
 山賊が出るという山は村のすぐ裏手にあり、老媼の言葉通り命を燃やし尽くすかの如く真っ赤な紅葉が本当に見事だった。
「燃えるような赤とは良く言ったものね」
 仰ぎ見るようにして山を見上げたマコトはその景色を見つめる。
 激しくもあり、儚くもあり。強い感情を持ってその色を燃やしているようにも見える山の木々。
「本当に」
 朽葉も山を見つめ目を細めた。誰の目にも美しく見える紅葉。あの中から老媼に届ける楓を探さなければならないのだ。土地勘のある者に場所は聞いた方が良いであろう、と朽葉は馬をその村に預け余計な物は全てそこに置いていくことにし、情報収集を開始した。
 その間にマコトと瑞月は楓の持ち運びについてを再確認する。
「籠の中には風呂敷を敷いて落ち葉などを詰めるんですよね。そして楓を風呂敷で包み中に入れる‥‥と」
「えぇ、それだと楓も傷つかなくて済むんじゃないかしら」
 にっこりと笑みを浮かべてマコトが言うと瑞月も大きく頷いて笑った。しかしすぐに瞳を伏せ恥ずかしそうに呟く。
「あ、あと‥‥ボク、たまに何もないところで躓いて転んでしまう時がありますので、その時は起こしていただけると、嬉しいです‥‥」
 頬を赤らめながらの瑞月の言葉を側に控えて聞いていた春珂。いつものように思考が大暴走し始める。まずは何もないところで転ぶ瑞月が脳裏に浮かび真っ青になった。山道で転がりでもしたら栗のいがで怪我をするかもしれない、背中に背負っている籠の中身をぶちまけてしまい依頼は失敗、そして目の前には傷だらけの瑞月。もうそんなことにでもなりでもしたら護衛として失格だと、首を括るしかないと。申し訳ありません、と心の中で呟きつつ目の前にある丁度良い枝に縄を掛けた所でマコトに声をかけられ我に返る。
「春珂さん? 大丈夫?」
 縄をかけてどうするの?、と尋ねられて気まずそうに春珂は微妙な笑みを浮かべる。
「‥‥私、先に行って罠の解除の方を行っております。どうかその間、瑞月様のことよろしくお願い致します」
「えぇ、任せて頂戴。罠の解除はよろしくね」
 頷いて春珂は先に山の方へと向かってしまう。
 春珂が去った後、程なくして情報を収集してきた朽葉が合流し三人も山へと向かうことにした。

●紅葉狩り
 紅葉の美しさを眺めながら、春珂は地面に仕掛けられた罠を解除して歩く。
 盛り上がった地面、見えないように張られた縄など本当にあちこちに仕掛けられている。
 よくこんなに仕掛ける暇があったものだ、と春珂は妙なところで感心しながら瑞月のため、そして仲間のために罠を探し出す。
 周りの気配にも気を配り歩を進めるが、すとん、と微かな音が背後で聞こえたのを春珂は逃さなかった。
 瞬時に振り返り、気配を感じた部分に手裏剣を投げようとしたが人影が春珂の前方に現れるのが早かった。手裏剣では間に合わず刀で応戦する。がちり、と鈍い音が響き春珂はそのまま後方に飛んだ。春珂が薙いだ場所に相手の姿はない。
 そしてそのまま気配は消え去った。
 その後、山賊は春珂を襲ってくることはなかった。見つけることの出来た罠を全て解除すると春珂は密やかに瑞月達に合流した。

 辺りは一面真っ赤。楓しかないという訳ではないのだが、楓に引きずられているかのように他の木々も赤く染まっている。
「頭上には蕭条たり錦繍の林‥‥。こんな綺麗な山で荒事だなんて、やれやれ風情のない人達」
 はぁ、と溜息を吐きつつマコトはブレスセンサーで辺りを確認する。
 今のところ近くに忍び寄る者達は居ないようだった。
 村人の話では山の中には罠がいくつも仕掛けられているということで、朽葉が仕入れてきた詳しい情報によると落とし穴に始まり、数々の罠が至る所に掛けられているとのことだ。村人達は山賊が出始めてからというもの、村から紅葉を楽しむことにし山には入っていないとのことだった。
 朽葉は地に這わせられた縄などが無いか、地面の落ち葉が急に増えていることは無いか、と確認しつつ慎重に歩を進める。春珂が解除をしているとは思ったが、用心に越したことはない。
 解除はしてあるのだろうが罠だと思われるものを発見し、朽葉はその場所に一つずつ徴をつけていった。帰り道で誤って踏んでしまわないようにとの目印だ。
「ねぇ、村の人が山に入ってないっていうことは大勢集まってたらそれは山賊ってことよね?」
 マコトの言葉に朽葉は頷く。
「そうであろうな」
「それじゃ、遠慮無くライトニングサンダーボルトを撃っても良いって事かしら」
 木を傷つける行為は避けたいけれど、とマコトは呟いて空を覆ってしまうような楓を仰ぎ見る。
 その時、突然マコトの隣にいた瑞月の体がよろめいた。
 マコトは慌てて手を差し伸べ瑞月の体を支える。
 瑞月の足を地中から掴んだ者が居たのだ。
「何奴っ!」
 朽葉がすぐにその地中から伸びた手を斬り付ける。それと同時にその手に向かい手裏剣が飛ぶが地に刺さる。
「春珂殿」
 主の危機に舞い戻った春珂は地中に潜った人物を引きずり出そうとしたが、すでに別の場所から姿を現した人物はそのまま姿を消してしまった。
「はぁ、びっくりしました‥‥また何もないところで転んでしまったのかと‥‥」
 あたふたと大きな身振りで驚きを表現した瑞月に三人は、ほっ、と溜息を吐く。
「まさか地中に潜んでいるとは」
 迂闊でした、と春珂は皆に詫びる。
「罠という罠は解除したのですが‥‥」
「それだけでも十分よ。それにほら、丁度ここら辺はさっき調べてきて貰った村人お勧めの場所みたいだし」
 先ほどよりももっと深い赤に染まった楓がそこにはあった。
 見渡す限り地にも空にも赤色がある。
「今のところ周りに危険はないみたいだし、ここでお昼にしましょ」
「そうですね、今のうちに紅葉狩りを楽しみつつ素敵な楓を見つけましょう」
 瑞月が微笑み空の青に浮かぶ楓を見つめる。
 本当に美しい風情ある景色だった。

 山の紅葉を愛でながら四人は昼食をとり、あの枝振りはどうだ、あの色合いはいいんじゃないか、と様々な意見を交わす。
「この景色、しっかり心に焼き付けて‥‥その話もお婆さんへの御土産にしましょ?」
 それがいい、と朽葉も落ち葉を踏みしめながら思う。朽ちた葉という自分の名は幼き頃は余り好むところではなかったが、朽ちるもまた次の季節への標。この赤が散ってもまた来年も再来年も美しく燃ゆることであろうと。燃ゆるが一瞬であっても、連綿と続く。永遠のように。この景色を目に焼き付けて見たありのままの姿を伝えてやろうと。
 そうして四人は最終的に一枝を選び出した。
「この時期の落葉樹は冬への備え中で結構頑丈なの。分岐あたりから頂きましょう。‥‥お婆さんの為に一枝だけ分けてね?」
 マコトは楓に一言告げて、枝振りの良いところを選んで手折った。
 それから瑞月の背負っていた籠に布を敷きその上に落ち葉を敷いてやり、布に包んだ枝をそっと乗せる。
 綺麗な楓以外の落ち葉ももちろん籠の中に大事にしまい込む。
 四人は思いを込め、大切に老媼へと届けるための準備を行った。

 籠を背負った瑞月を護るように四人は山を下りる。
 その途中、ブレスセンサーで一斉に押し寄せてきた山賊の位置を確認したマコトは、先ほどのお返しとばかりにライトニングサンダーボルトを放ち威嚇しておく。
 もう少しで村まで下りることが出来るという所まで来ていた。これで帰りの道は安全だろう。
 くすくすと笑いながら四人は帰途についたのだった。

●老媼の錦
「あぁ、そうだよ。この色だ。この形だ‥‥」
 ありがとう、と何度老媼は四人に告げただろう。
 そして四人はその見事なまでに山を染め上げていた楓の土産話をしてやる。
 あの美しさを。そして心に残った儚さを。
 その話を聞きながら老媼は人生最後の錦を織る。
 その過程を四人はじっと見つめていた。
 織られていく自分たちの手折ってきた楓。
 その様は老媼の錦にかける最後の執念とも呼べるべきものも一緒に編み込まれているようだった。
 凄まじい集中力で老媼は錦を織り続ける。
 やがて出来上がった錦は見事な輝きを見せていた。
「私の織った今までで最高の錦だ。あんたたちのおかげだ」
 柔らかく穏やかな笑みを浮かべた老媼は澄んだ瞳で四人を見つめもう一度、ありがとう、と感謝の言葉を告げたのだった。