生徒会秘密任務〜幻のパンを調査せよ〜
|
■ショートシナリオ
担当:青猫格子
対応レベル:フリー
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年04月16日
|
●オープニング
ここは東京郊外にある私立北原学園高校。大学から小学校まである北原学園グループの中でも最も古く、伝統ある高校だ。
生徒数も都会の高校とは思えないほど多く、留学生や同グループの小、中学校からの飛び級も受け入れられているのでとても賑わいがある。
そんな高校の一角に静かな場所がある。生徒会室であった。
白と黒のチェックの床は綺麗に磨かれており、奥の机ではパソコンに向かっている一人の少女がいた。
少女‥‥といったが制服を着ていたから分かるのであって、短く切りそろえた髪と眼鏡の奥に光る厳しい目つきのためか、顔そのものは中性的な印象である。
生徒会長の南原涼子であった。
「会長、新入生歓迎会のタイムスケジュールについて確認したいのですが」
部屋に入ってきたのは副会長の久方塔矢。しかし南原の反応はない。
「会長、またあのBBSを見てるんですか?」
「ひ、久方!? 入ってくるときはノックくらいしなさい!」
パソコンを覗き込まれて初めて副会長の存在に気がついた南原は素っ頓狂な声を上げた。
「‥‥ここは会長の私室じゃありません。」
そう言って副会長はため息を付いた。
南原生徒会長が見ていたのは、この学園についてのさまざまな噂や憶測が投稿されてくるインターネット上の匿名掲示板であった。
生徒会側から見れば、見当違いすぎて笑わずには居られない内容から、一体誰が投稿したのか分からない極秘情報まで様々な情報が流されていた。
「なぁ、久方はこの投稿どう思う?」
南原がパソコンの画面を指した。久方はまたいつもの会長のあれが始まったな、と心の中で思ったのかもしれないがとりあえず画面を覗き込んでみる。
投稿は購買に関する内容だった。
北原学園でもパンの購買が行われている。朝クラスで係の者が注文を集めて、業者が昼休みに届けるというものと、昼休みに業者が食堂前で販売するものの二通りである。
業者とは近所のパン屋である。何でもこの高校ができたときから同じ店が販売しているらしい。
あらかじめ注文しておけば確実にパンは買えるのだが、何でも食堂前での販売の際には注文では手に入らない『幻のパン』が買えるらしい、というのが投稿内容だった。
「私は今までパン注(パンの注文のことをこう略す)も食堂前でパンを買うこともなかったのだが、果たしてこれは本当なのだろうか?」
南原が久方に問うた。彼女の昼食はいつも生徒会室で持参した弁当を食べるというスタイルであった。
「自分で確かめてみればいいでしょう」
「そう思って昨日の昼休み食堂に行ってみたのだが、ものすごい混雑でな。何とかパンを販売している場所に着いたときは何も残ってなかったのだよ」
「もうそこまでしていたのですか‥‥」
久方はため息をついた。どおりで昨日の昼休みに会長を見かけなかったのだ。
会長がそのような行動を取っている間にもBBSには投稿に対する返信が相次ぎ、中には幻のパンを手に入れたという投稿もあった。とはいえこれは必ずしも信用できない。
「そんなに気になるなら直接パン屋に電話でもしてみれば良いでしょう」
久方が言うと南原はポンと手を叩いた。どうやら今まで思いつかなかったらしい。
早速パン屋の電話番号を調べて(注文表に書いてあった)電話をする。
久方は携帯電話を握った会長の様子をしばらく見ていたが、何秒か話すうちに彼女の顔が見る見る青くなっていくのが分かった。
「会長?」
「‥‥パン注は確かにやっているが、食堂前での販売は数年前にやめたとか言っている」
「!?」
これには久方も驚いた。現在でも学園にいる多くの者がパンの販売している場面を目撃しているのである。
それでは今パンを売っているのは一体何者なのか?
「これは調査の必要があるな!」
会長が言った。とはいえ表情はむしろ嬉しそうであった。
「調査ですか‥‥?」
「学園内で何者かが勝手にパンを販売しているんだぞ! 生徒会としては一体どういうことなのかきちんと把握しておかなくてはならないだろう?」
「そりゃそうですが‥‥」
「ついでに幻のパンが本当かどうかも気になるしな」
どちらかというと、本当はそっちのほうが本命ではないか? と久方は思ったが口には出さなかった。
「というわけだ、久方。すぐに調査に必要な人員を集めてほしい。生徒が望ましいが、教員などに協力してもらっても構わん! 速やかに事の真相を確かめてほしい」
「了解しました〜」
久方は気の抜けた返事をした。大体このような展開になることは予想していた。
彼はこの調査に適していそうな人物を頭の中でリストアップすると、即座に生徒会室を飛び出して行った。
「あれ、そういえば何で会長のところに行ったんだっけ‥‥?」
思い出してからでいいか。そう考えながら彼は廊下を駆けていった。
●リプレイ本文
保健室。体調不良を訴える生徒がやってくる施設である。北原学園の保健室にはちょっとした名物保険医がいることで有名だ。
保険医のエリー・エル(ea5970)は、教師でありながら童顔なため生徒とほとんど同じくらいに見えた。おまけによく制服で校内をうろついていることがある。
「ねぇちょっと小耳に挟んだのだけどぉ、食堂前で『幻のパン』って言うのが売っているらしいじゃない?」
「あー、確かにそんな話がありますねぇ。いつも自分の昼メシ確保に必死でどんなパンが売ってるかまで気が回りませんでしたけど」
エリーと話しているのは体育の時間に転んだという男子生徒。エリーは擦り傷の消毒をしながら話を続ける。
「私、一度幻のパンを食べてみたいなぁん。買ってきてくれないかしらぁ」
「えー‥‥でも」
「買ってきてくれたらぁ、お礼はちゃんと出すわよ」
「お、お礼、ってなんですか」
緊張した面持ちで生徒は尋ねる。しかしその瞬間、天井から何かが音を立てて落ちてきた。
「あらぁ、透くん。一体何してたの」
エリーは驚きもせず落ちてきた何かに話しかける。
透くんと呼ばれたのはこの学園の生徒である大宗院 透(ea0050)。エリーとは親子関係であるが一緒に暮らしていない。大宗院が言うところによると、母は昔、自分を捨てて海外へ行ってしまったのだという。
「生徒をたぶらかして、恥ずかしくないのですか‥‥」
そう言って大宗院は母親をにらんだ。
「うーん、そういうことはぁ、自分のカッコを見てから言った方がいいかなぁ」
エリーは動揺することなく、「息子」に言い放った。現在の彼は女性用の制服を着ており、どこから見ても男性には見えない。
「いや、これは忍びとして世を忍ぶための仮の姿であり‥‥」
うろたえる大宗院。
「じゃ、じゃあそろそろ3限始まりますんで‥‥」
男子生徒は二人の間にいるのが怖くなって保健室から飛び出した。
「よーし、じゃあ私も情報収集を頑張ろうっと」
リリーはそう言って白衣を脱いだ。中はもちろん制服姿である。
「恥ずかしい格好をしないでください‥‥」
大宗院はそう言うが、彼も人のことは言えない格好である。仕方なく彼も仕事に戻ることにした。
さてその日の食堂も相変わらず込んでいた。
草薙 北斗(ea5414)は普段は弁当派なレミナ・エスマール(ea4090)が食堂の様子を見ておきたいと言ったので案内することにした。
ただでさえ病弱なレミナは人ごみの多い食堂の中であまり気分が良くなかった。
「ここで食券を買うんだよ。お勧めは三色ラーメン!」
しかし草薙はレミナの状況に気付かないまま、楽しそうに食堂を案内している。
「あら、あそこにいるのは‥‥」
レミナがふと食堂を見渡すと、家庭科教師のノリア・カサンドラ(ea1558)が何人かの生徒と一緒に食事をしている。
彼女もどうやら「幻のパン」についての情報を集めているらしい。
「‥‥‥‥」
ノリアが生徒に向かって何か尋ねている。しかし生徒達は皆首を横に振った。
バキッと音をたててノリアの持っていた割り箸が折れた。彼女が片手で折ったのである。
恐れを抱いた生徒達は口々にごちそうさまと言って席を離れた。
「何してるんですか、先生」
草薙たちはノリアのところまでやってきて尋ねた。
「わざわざ昼食をおごってやったのに、彼ら幻のパンについて何も知らないというんだ」
「そうですか‥‥どうもここには手がかりがなさそうですね」
レミナはそう考えて、今度はクラスに戻って聞き込みをしてみると言った。
「そうか。あたしも何か手がかりがないか探してみるよ。なんてったって幻のパンを食べてみたいからね」
幻のパンを想像しているのか、ノリアはうっとりとした表情で言った。
次の日の4限目。
鶴来 五郎太(eb1755)は学校の屋上で授業をサボって考え事をしていた。彼はいわゆる「番長」と呼ばれる類の不良生徒であり、こんな風に授業をさぼることも珍しくない。
「伝説のパンか‥‥まあ食ってみたいのは山々だが‥‥」
彼も昨日、久方から調査を依頼されたのであった。協力するともしないとも言わないうちに、体育教師の夜神 十夜(ea2160)によって生徒会室まで引きずられてきてしまったのである。
生徒会室にはノリア、大宗院といった生徒会に調査を依頼された人々が集まっており、それまで各自に調べてきた情報を元にどうやって幻のパンを手に入れるか話し合っていた。
「夜神先生、ちょっと‥‥」
鶴来が話し合いの最中に質問しようとしたが、当の夜神は居眠りをしていた。
相手が夜神以外であったら蹴ってでも起こすところだが、どういうわけか彼に限ってはそのような態度をとることはできなかった。
「幻のパンは販売が始まるとすぐに売切れてしまうそうです。あらかじめ食堂の近くで待っていた方がいいですね」
レミナは調べてきた情報を元にして言った。
「なるほど、あたしは授業を終わらせてからダッシュで行こうと思う」
教師であるノリアは授業をさぼるつもりは全くない。しかし居眠りしている夜神はおそらくさぼる気満々だろう。本人が眠っているのではっきりしたことは分からないが。
時間は再び元に戻り、学校の屋上から鶴来は校庭の様子を見ていた。
夜神はやはり授業に出ていなかった。生徒達は校舎の周りをずっとぐるぐる走り続けていた。体育なのに自習らしい。
するとそのとき、屋上のスピーカーから校内放送が響いた。
「鶴来 五郎太君、夜神先生が呼んでます。至急食堂前に来てください」
一体何をするつもりなのだろう。鶴来は不安に思ったが相手が夜神では逆らえない。
鶴来は食堂へと向かった。
「よし、よく来てくれた」
食堂前にやってきた夜神が鶴来を見て言った。たった今昼休みになったばかりで、生徒が続々と食堂へ向かっている。
「‥‥で、結局俺は何をしなきゃいけないんだ?」
鶴来はおそるおそる夜神に尋ねた。そんなやり取りをしている間にも食堂前は生徒でごった返しになっている。
本当に幻のパンは販売しているのだろうか。
ふと鶴来はダダダダという駆け足の音に気がつき、後ろを振り返った。
「おっ、ノリア先生もやってきたな。じゃあとりあえず掃除を頼んだぞ」
「え、一体‥‥」
鶴来が言い終わらないうちに夜神は自分よりも身長のある彼を引っつかんで生徒の群がりに思いっきり投げ飛ばした。
「うわあぁっ!?」
まともに鶴来にぶつかった何人かの生徒が倒れた。ただこの事自体に気付いていないものも多く、倒れた生徒達とともに鶴来も生徒の波に踏みつけられる結果となった。
「まぁ少なくとも幻のパン完売までの時間が少し遅くなっただろう。そう思いたい」
夜神がそんな事を言っているうちにノリアが到着した。
「準備はいいか?」
「あぁ、いつでもオッケーだ」
夜神が答えるとノリアは彼を担ぎ上げ、
「いってこーい!」
と上空めがけて彼を投げた。
空中で華麗に一回転した夜神は最前列にいた男子生徒にドロップキックを喰らわせてそのまま着地した。
「うおっ!?」
パンを販売していた人物は突然の乱入者に驚いた。帽子を深くかぶっており、その顔ははっきりとは見えない。
「幻の焼きそばパン一つ!」
並んでいた生徒達を弾き飛ばしながらやってきたノリアが叫んだ。どうやら勝手に焼きそばパンだと思い込んでいるらしい。
「は、はぁ‥‥」
「先生、せっかく私達が並んでいたのに酷いじゃないですかー」
「まぁまぁ、落ち着いて」
騒ぎ立てる生徒達の群れを夜神が押し返す。さりげなく女子生徒の胸にタッチしていた気がしなくもない。
「あれ?‥‥もしかして、校長先生?」
近くで待機していたレミナが販売人を見て問いかけた。帽子でよくわからなかったが、確かに良く見るとパンを売っているのはこの学園の校長であった。
「校長先生!? 一体こんなところで何をしているんですか?」
ノリアと夜神は驚いた。
「‥‥自分で作ったパンを売っていたんだ」
校長はうろたえながらそう答えた。
校長の説明によると、彼はこの学校ができる前から以前パンを販売していたパン屋と親しかったそうだ。
何か新しい趣味を見つけたいと考えていた当時の校長は、そのパン屋にパンの作り方を教えて欲しいと頼んだのであった。
それからはときどきパン屋に作り方を教えてもらいながら、自分の朝食や弁当用にパンを作るようになっていた。
「しかし数年前に彼は腕の具合が悪くなってしまってね。パン屋は息子夫婦が続けているけど学園で販売するパンまで手が回らなくなってしまったんだ」
「それで、校長がパンを作って売っていたのか」
夜神に言われて、校長はああ、と頷いた。
「早朝にこっそり家庭科室の器材を借りてね。ただ本職のパン屋のように沢山は作れないかった。数か少ないせいで『幻のパン』などと呼ばれるようになっていたのかもしれないな」
「それで、パンですが‥‥」
ノリアが小さい声で校長に尋ねた。
「ああ、もちろん差し上げます。ノリア先生は焼きそばパンですね。はい、どうぞ」
と言うわけで、何人かの者は無事にパンを買うことができた。
「いただきまーす‥‥うーん、おいしい! こう、ソースのコクが‥‥」
ノリアはその場で色々講釈を述べながらパンを食べ始めた。
とにかくこれで謎のパン販売人の真実が明らかになったのであった。
次の日の生徒会室。
「そうか、パンを売っていたのは校長か‥‥これは生徒会がどうこうと言う問題ではなさそうだな」
南原生徒会長はレミナの提出した報告書を読みながらため息をついた。
「だが無断でパンを売っていたのに変わりはないからな。近いうちに職員会議でどうするか決めるらしい」
夜神が言った。
「いいんじゃなぁい、美味しいしぃ、そのまま販売しててもぉ」
エリーはそう答えた。そしてこの意見がどうやら職員の意見の大多数らしい。
つまりこのまま行けば、また今までどうり校長がパンを販売できるということだ。のんきな学園であるといえば、そうかもしれない。
「そうか、それは良かった」
南原はそう言ってにっこり笑った。と言うのも彼女はまだ校長のパンを食べていないからである。
「そういえば、ノリア先生はどうしたのです?」
久方が教師陣に尋ねた。
「何でも校長の手伝いとして、一緒にパンを作りたいと頼みに行ったそうだ」
「なるほど」
そう遠くないうちに、幻のパンが幻でなくなる日が来るかもしれない。