●リプレイ本文
●行こうよライバル社へ
ざざーん。ざっぷーん。ざっぱーん。
とある浜辺で、熱心に貝拾いをやっている男がいた。片手に熊手、片手にバケツ。輸出品に頼った食材を良しとせず、今夜の夕飯を自給自足に来た白河千里(ea0012)である。
──この時期は蛤が美味いのだ。日本男児たるもの、やはり自給自足で食材を確保せねばな。
彼の同僚は有休の使い方を間違ってると指摘する。
そんな彼の元に、潮風に煽られ七三が見事逆立った男が現れた。マル秘と書かれた紙を渡し、一言。
「その一途な情熱買った!」
「マル秘って何ですか」
千里が熊手片手に困っていた同時刻、営業部フロアでも同様に声をかけられて困っている男がいた。千里の同僚、月代憐慈(ea2630)、大量のクレーム処理を前に『俺が一体何をした』と運命を呪っていた最中の辞令であった。肩に上司の指が食い込む。
「会社を救ってみないか?」
世にも珍しい辞令の言葉であった。
「救うぅ?」
胡散臭げに上司を見上げるのは、開発部奇才のレイン・フィルファニア(ea8878)。狸上司の怪しげな笑みにいぶかしむ。
「救うと言っても簡単だ。我が社の新製品をテストも兼ねて、カリスマ商事の社長室及び複数の会議室へ仕掛けたまえ。受信端末も君に託そう」
「‥‥」
新商品名『どこでも一緒』。世間では盗聴器という。
──クレーム嵐の根元を探れ、か‥‥部長様も中々難しい注文をする。
霧島小夜(ea8703)は高級クラブに入り込むと、目的の人物を探し出す。丁度その人物が酔った足取りのまま前を通り過ぎようとしたのを見つけ、ひょいと足をかけた。
「きゃあっ」
がしっ。と。酔って潤んだ瞳の女性を抱き寄せた。至近距離で近づく顔。小夜は気合を入れて低音ボイスで囁いた。
「美しい人だ」
相手はカリスマ商事幹部。
●捜査はトイレから始まる
「会長の孫を忘れたか?」
千里がふんぞり返って嘯くと、警備員の動きがぴたりと止まる。堂々と入ろうとしたら呼び止められたので言ってみただけが、効果はあった。
「ふ。今度から相手を見て声を掛けるんだな」
どこまでも偉そうに言って入り込むと、トイレに直行する。社交場といえばトイレ。トイレといえば情報交換の場である。
「やっぱ便所からだな‥‥っておわあ!」
天井に何か黒いものが張り付いていた。目をかっぴいて後じさる。
相手も自分の顔を認め、よ、と手を上げた。同僚の里見夏沙(ea2700)であった。
我が社の期待のホープが何でよその会社の天井張り付いてんだつかここは便所だろいやそれよりお前パリにいる筈だろうと言葉が過ぎったが、とりあえず黙った。‥‥これだけ騒いでいるのに一向に開かない個室があるのだ。目を眇めて特殊能力を発揮すると、熱を持つものがじっとしている。
降りてきた夏沙と強引に扉を開けると、ゴロンと何かが転がり出た。
「‥‥何してるんだ同僚」
「あ、あんたら何でそんなに黒いんだ!」
それは全員よその会社に忍んでいるスパイだからである。
「はあ〜、営業課だけで三人もスパイ命令受けてんのか」
個室から出た憐慈は既にバイク便の兄ちゃんの服からスーツに着替えている。聞けば千里は会長の孫を名乗ったというし、夏沙に至っては堂々と営業面して入ったという。営業職の鑑だ。
「で、何してんだあんたは」
憐慈のせっかく結んだネクタイを外し、もそもそ動いている千里は悪びれない。
「いや、少し早いが誕生日プレゼントだ、遠慮なく貰ってくれ‥‥ってなぜ殴る!」
拳に躊躇いはなかった。
「ピンク地にラスカ●の絵柄でスパイが出来るか!」
しかもスーツは黒。合ってない事甚だしい。
「むぅ。一生懸命選んだ結果だが。おお、夏沙にもあるぞ。ほれ、萌え要素の強いお前には萌黄色のラス●ルぐはあっ!」
「千里、随分久しぶりだな? ああ何、俺はこれくらいじゃ怒らないから安心しろ、ほーらお礼にプー●んネクタイだ」
「‥‥絞まってる、絞まってる」
ネクタイで首を絞める夏沙と絞められる千里を生暖かい目で見守りながら、『果たしてこのメンバーで会社を守れるのだろうか』と遠い目をする憐慈であった。
●私は見た
「消化剤を出す機械が誤作動したみたいなのでしばらく出ていて欲しいんだけど‥‥いいわよね?」
もうもうと白い煙が立ち込める中、慌しく会議室から飛び出して来た人達にレインはニッコリ笑って言った。
「全く人騒がせな!」
「すみませーん」
ぶつぶつ文句を言う社員達を会議室から一通り追い出すと、会議室の扉を閉める。
そっとスーツのポケットから取り出したもの。それをごそごそ取り付けると、あっさりレインは部屋を出た。人為的に作り出した煙は既にない。
──くす。思いもよらぬ会話が聴けそうで楽しみ楽しみ♪
「霧島さん、悪いけど一緒に会議室のお茶集めてくれる?」
好機は突然やって来た。
就業時間中は黙々と仕事を片し、アフターファイブは標的の愚痴や相談に徹底的に付き合った。短期間で既に甘えるような視線に小夜は薄く微笑みを返す。そろそろいいだろう。
「ホンット助かる、うん。霧島さんがうち来てくれて良かったな」
照れたように言いながら、手早く机の湯呑みを集めている。小夜は背後からそっと近づくと、耳元に唇を寄せた。
「貴女の全て(の情報)が欲しい」
がしゃん、と湯呑みが落ちた。
「役員室はさすがに覗けないか‥‥」
デジカメとボイスレコーダーを隠し持ち、うろうろと社内を歩き回っているのは憐慈。途中で熊手片手にゴミを漁っていた千里を見た気もするが、彼は無視した。欲しいのはカリスマ商事を陥れるだけのスキャンダラスな証拠。同僚の見てはならない姿については言及しない。
「ん?」
給湯室から低い声が聞こえ、こっそり覗き込む。秘書らしい女性が茶を入れていた。本当は自分と同じくスパイ潜入した飛び級の天才、クラム・イルト(ea5147)だが勿論そんな事実は知る筈もなく。
──何だ、別に珍しくもない‥‥光景‥‥。
ではなかった。茶の入った湯呑みに雑巾汁が垂らされている。
「‥‥‥‥」
彼女は一体何をしているのだろうか、と思ったが更なる衝撃に息を呑む。茶請けだろうロールケーキの隙間に小瓶から取り出した粉末を混ぜていた。それはもう楽しそうに。
「ククク・・・・地獄へ落ちろ」
心から言っているようだった。カリスマ商事にも色々事情があるのだろう。憐慈は黙ってその場を離れた。頑張れ、上司。
「‥‥、‥‥っ!」
今度はある会議室の前を通りかかった時、話し声が漏れ聞こえた。そっとデジカメ片手にドアノブに手をかける。そこは男子禁制の世界。
深夜になり、行動を起こし始める者一名。トイレに篭り気配を伺っていた夏沙である。
完全に灯りが落とされた廊下を足音を立てないよう歩く。目指すは社長室。
──っくー、まさにスパイだよな。
このドキドキ感が堪らない。見つかったらヤバイという背徳感と会社を守るという使命感がまるで映画の主役にでもなったかのようだ。
「‥‥ん、ここか」
社長室に忍び込み、そろそろと椅子の後ろの絵画を動かす。幸い警報装置の類は鳴らなかった。が、もちろん鍵も暗証番号も知らない。
「うしっ」
気合を入れ、手に気を集中させる。熱を持った手で金庫に触れると、どろりと溶けた。──ヒートハンド。堅気の人には内緒の特殊能力である。
「さて、帰るか‥‥あん?」
生憎クレーム事件の証拠のようなものは見当たらなかったが、禿げた社長の面白写真を見つけたので頂戴する事に決めた夏沙は、さっさととんずらしようと部屋を出た。が、今度は秘書室に灯りがついてるのが見えた。
──誰だ? 千里か?
そろりと覗くと、千里より体の小さな人間がパソコンに向き合っていた。秘書か、と思ったが、妙な呟きが聞こえた。
「適当に重いデータ出しまくって‥‥と。後は、コイツにお任せ。だ」
社長のお茶に雑巾汁と下剤を盛ったクラム・ウィルト十三歳。自社では『血塗られし漆黒の会社員』と異名を取る。
午後ティーで社長のスケジュールをメチャクチャにしただけに止まらず、カリスマ商事全体のパソコンにトドメを入れていた。明日の始業時間が待ち遠しい。
●イケナイ報告
『‥‥だめ、あたくしは貴女の上司なのに』
『なぜ? 私が女だから? ‥‥それが貴女の悩みなら私は男になろう』
『ああっ‥‥』
ぶちっ。
会議室は微妙な沈黙が支配した。けろりとしているのはスパイ潜入を試みた女性陣だけか。
「まだ途中なのに」
と呟くレインの言葉と頷く小夜はその場にいるほとんどの人間に無視される。
「要約してもらえないか?」
あのヤバげな会話を全て聞く気にはなれず、レコーダーを止めた社長が言った。
「解決って事だと思いますけど」
「何しろライバル社がなくなったからな」
クラムが不敵に笑った。千里・夏沙・憐慈はさっと視線を逸らす。手にしている新聞には、『カリスマ商事、倒産!?』の文字が踊っていた。