【吸血鬼キラー/最後の吸血鬼】

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:フリー

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月21日

●オープニング

 時は中世ヨーロッパ。とある都会の協会で、一人の神父は困っていた。
「これは非常事態ですね‥‥」
 目の前の乙女はさめざめと泣いている。服の乱れがなかっただけマシだが、見も知らぬ男に頬を触られ首に手がつたい、腰を抱かれたのは相当ショックだったと思われる。
「神父さま、あたくしもう結婚出来ません!」
「そんな、大袈裟な‥‥」
 フォローしようと思って地雷を踏んだらしい。乙女が泣き濡れた顔でキッと睨み上げる。
「神父さまはこの痕を見てもそんな事を仰るの‥‥!?」
 豊かなブロンドの髪をかき上げると、その下に現れたのは首に残る小さな──ぽつんぽつんと赤い痕が二つ。虫刺されではない。いやある意味虫刺されか?
「吸血鬼‥‥」
 この相談はこれで六件目である。ひょっとしたら恥と思って泣き寝入りしている乙女もいるかもしれない。協会としても放っておくわけにはいかなくなってきた。
「どんな吸血鬼だったんですか? 姿とか体型とか‥‥」
「どっ‥‥どんな吸血鬼でも吸血鬼でしょう!」
 質問したら怒られた。
「とにかく早くあの化け物を殺して下さい! 今すぐに!!」
 でなきゃこの協会潰すぜこのヤロウ、という怨念のこもった目で見られ、神父は溜め息を吐いた。
「有能な協力者がおります。彼らにお願いしましょう」

 ──有能な、吸血鬼キラーに。

●今回の参加者

 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1935 テスタメント・ヘイリグケイト(26歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●夜闇を切り裂くは吸血鬼の断末魔と吸血鬼キラーの笑い声
「あははは、あははははーっ!!」
 吸血鬼騒動のおかげで、深夜フラフラ遊び回る者のいないこの界隈で。騒がしい程に静寂に乱す高笑いと何かを潰す音。
 ──どんっ、ぐしゃあっ、ぎゃあああやめていやああああぶっさー!!
 ──いやあっ、やめてお願い、このままじゃ死んじゃうぅー!!
 自分に向かって伸ばされた手を、ルクス・シュラウヴェル(ea5001)はすげなく剣で払った。
「泣いた女性の分だけ泣け。喚け。誰も助けん」
 ──うあああああーッ!!
「ほぉら君の大好きな女の子のヒールだよ、高いよ、何センチあるかなーっ!?」
 ぶさっ、ぐぅりぐぅりぐぅり。
 狂化したカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)の手、いや足によってどんどんと地面にめり込んでゆく。
 誰か助けて、と視線を巡らせると、自分を見てくっくっくと愉しげに笑っている男と目が合った。
「弱い‥‥弱いな、クックック‥‥」
 テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)、マジで愉しげ。
 ──何が楽し‥‥あっ、やめ、やめて下さいお願い何でもしますからあぁぁー!!
「あ、ホント?」
 にこっ、と。沈められてゆく吸血鬼の傍で、ニコニコ笑っていた男が身を乗り出す。この凄惨な場でよく笑えるな、いやその笑いは演技だ猫だ罠だ騙されるなな警鐘が鳴り響く。
「じゃー、何をしてもらおっかな?」
 里見夏沙(ea2700)の背後の猫が、にゃあと鳴いた。

●回想
「吸血鬼を──倒して下さいますか?」
 街の小さな神父が、光の差し込む礼拝堂で四人の男女を出迎えた。
「お任せ下さい。そのための私達です」
 コツ、と光溢れる神の下に踏み込んだのは、感情の窺えない顔のテスタメントだった。神父の前に黒髪が近づく。
「被害に遭ったのは六人の女性‥‥だったか?」
「女性ばかり狙うなんて、酷いよね」
 夏沙とツヴァイも踏み込んだ。小さな礼拝堂は、数人入っただけで狭く感じられる。
「被害の方は女性ばかりで、しかも今回の事件で傷ついてらっしゃいますから、聴取は注意してお願いします。外聞も気にされる上流階級の方もいらっしゃるので‥‥」
「承知した」
 無理強いしない、と約束したのは紅一点のルクス。女性だが男装し、口調は完全に男のものだった。
「私達が必ず──世間を騒がせる吸血鬼を成敗しよう」

「出て行って下さいまし!!」
 神父に固く約束した直後。四人の吸血鬼キラーは聴取に向かった被害者の女性の家で、泣かれていた。
「あたくしはもうお話ししました! 犯人は吸血鬼! それ以外に何が必要だと言うんですの!?」
 怒りのあまり興奮し、髪は逆立ち真っ赤になった顔のまま、女性は食って掛かる。ブロンドの髪も美しい、妙齢の女性だった。
「いや、しかし吸血鬼の情報を少しでもお聞きしなければ」
 捕まえようがない、と言おうとするテスタメント。しかし女性は吸血鬼の事を聞けば聞くほど動揺した。
「でっ、ですから吸血鬼は吸血鬼、血を吸う化け物ですわーっ!!!」
 ──トラウマなのか何なのか。
 流石に泣かれて困ったテスタメントが二の句を継げずにいると、ルクスがすっと一歩前へ出た。
「失礼──ミス・アニー?」
 それは騎士道精神か。ミス・アニーの足元に跪き、掌にキスをした。まぁ、とミス・アニーと仲間から声が上がる。
「不躾だったかもしれんな。‥‥まだ貴女は傷ついているというのに。せめて吸血鬼から付けられた傷痕を、癒させて欲しい」
 ──聖なる神の慈悲の力を示したまえ。
「まああ‥‥」
 ミス・アニーが首筋に手をやり、完全に凹みの消えた首をさすっている。ルクスを見る目が変わっていた。
「凄いですわ、ありがとう‥‥」
「いや。ああ、それとこれを。美しい貴女によく似合う」
 手渡されたのは、色とりどりの花束。ルクスが自前で用意した花束だった。
「傷ついているところすまないが‥‥せめて吸血鬼が現れた時間帯と場所だけでも教えてもらえぬかな?」
 男装の麗人が微笑む。頬をうっすらと赤らめていただけのミス・アニーが、首筋から赤くなってゆくのを仲間達は目撃した。
「あ、貴方のためなら‥‥」
 ルクス、天然タラシ説浮上。

「時間‥‥場所‥‥は、規則性があるよね」
 うん、とツヴァイが手にしたメモを読む。さてどうするか、とテスタメントが腕を組んだ。
「吸血鬼は若く美しい女が好みとの事。囮を使えば否が応にも引っ張り出す事は出来るんじゃないか?」
「囮‥‥囮ねぇ」
 ルクスの案に、ツヴァイもうんと頷く。となれば四人の中で紅一点のルクスに注目するのが当然というものだが、ルクスはエルフという事もあり、端から自分を数に入れていない。しかもツヴァイの隣には『彼』がいた。
 ぽん、とツヴァイの肩に手が乗った。
「何? 夏」
 沙、最後まで言う事は出来なかった。振り返ると相好を崩した奴がいる。ぞわり、とツヴァイの背が粟立った。
「うんうんうん、そうだよなぁ、こういう場合、やっぱり囮捜査が常套手段だよな!」
 にか、と笑う彼の背後で猫がにやりと笑っている。肩に置かれた手がやたら力が篭り逃げられなくなっていた。
「ってわけで、ツヴァイ。囮は任せた」
「なっ! 何で僕が!?」
 長い髪がぶんぶん左右に振られる。大体体格が同じような夏沙ならばどっちがやっても同じ筈だ。
「安心しろ、衣装の調達は俺がやってやる」
 お前が髪を解けばホラこの通り、立派な女だ! と既に髪を解きにかかっていた。顔が笑ってるよ夏沙!
「うー‥‥別に女装は構わないけど」
 そうなんだ、と納得するテスタメントとルクスに気付かないツヴァイは既に流されかかっている。
「うんうん、名前だってカヤちゃんだし──」
 あ、禁句。と捕まえていた両手が離れ、自ら地雷を踏んだ夏沙は頓挫する。
「聞いたよ夏沙っ! いっけええええ悪即斬!」
 飛ばされる夏沙を放置し、テスタメントは既にルクスと共に打ち合わせを始めている。クールだ、二人共。

 ──暗闇で狂化する、じゃなくって良かったー♪
 ドレス姿でカンテラを下げて歩くのは、一人の貴婦人、もといツヴァイだ。酒場でもない限り起きている人間のいない夜の街中を、ヒールの立てる音だけが響く。長い髪もほどき、面白がる夏沙によって女性へと変貌を遂げた姿はちょっと生まれるの間違えたかなという勢いで美しい。自分でも少し気に入っているため、足取りも軽かったりする。
 ──さって、どの辺で襲われるかな〜?
 背後には三人もの吸血鬼キラー仲間が控えている。魔法も使えるし剣の腕も立つ。余裕だった。
 だった、筈なのだが。
「ああ、何て美しい‥‥長い髪はまるで黒真珠のよう、体の線を見せるドレスから覗く腕はまるで雪のように白い‥‥」
「‥‥‥‥」
 気付けば背後に、何か、いた。
「貴女の瞳は左右違うのですね‥‥うん、いい、貴女にはその色と赤い唇が似合っている‥‥」
 陶酔している台詞は、モロに首筋の所に聞こえている。つまり、迂闊にも、背後を取られたという事で。
「ああ、恥ずかしがらないでレイディ‥‥私が愛でてあげる‥‥」
「ひっ」
 ぺとり。大きな掌が、ドレスの上から腰を撫でた。
 つつーっ。
 指が体の側面をなぞり、冷静な思考が飛ぶ。気付けば思い切り──そう、何の力加減もなく、体の中にある全ての魔法力を使い切るつもりで力を放っていた。

●吸血鬼キラーは吸血鬼を倒すのが使命
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ゴーン、ゴーン、ゴーン。
 日付の変わる鐘の音が、不気味な静寂を破り鳴り響く。ツヴァイは肩で息をしていた。
「あー‥‥とにかく、無事で良かったな?」
 一部始終を見ていたものの、気色の悪い台詞にどこから助けに入ろうか悩んでいた夏沙が笑う。当事者以外は笑える台詞だった。
「これが吸血鬼──か」
 案外簡単に殺れたな、とルクスがカンテラを地盤沈下した地面に向ける。吸血鬼はひび割れた地面の中心にいた。
「‥‥丸いが」
 冷静にコメントするテスタメント。彼の目には黒い紳士服を来た丸いボールが見えている。
「うっ‥‥酷いな、レイディ」
 むくり、と。顔面から血を流したソレが起き上がる。丸くて黒いそれは、顔も丸かった。
「‥‥‥‥吸血鬼?」
 四人の吸血鬼キラーの視線が突き刺さる。明らかに『嘘言ってんじゃねぇよ』な視線だった。
「ああ、バレてしまった‥‥フフ、吸血鬼といえど日中は普通の人間だからね。君たちは幸せだよ、こんな美しい私に出会えぎゃひっ」
 どすっ。びしびしびしっ。ボーッ。
 ルクスの剣がテスタメントのブラックホーリーが夏沙のファイヤーバードがたった一人の吸血鬼に向かって放たれた。
「うわあああっ! ひ、酷いな何をするんだい!? ハッ、分かった私の美しさを妬んでうわあああんっ」
 どすっ、どすっ、どすっ。ぐりぐりぐりり〜。
「だ・れ・が、美しい私? えっ!?」
 ツヴァイのハイヒールが丸い吸血鬼の顔面を突き刺した。
「ひっ、ひどっ、今この街に残った吸血鬼一族は私だけきゃあいやあああっ」
「ほお。貴様が最後。それはいい」
 陰に生きし邪なるものよ‥‥その身をもって裁きを受けよ受けよ受けよおおっ!
 呪いの言葉のように呪文を吐き出したテスタメントが容赦なく丸い腹を蹴る。
「やっ、やめろ私が食べたのは必要最低限で自分に見合った美しい女性の血を頂いただけでっ」
「‥‥あいにくだな、私は吸血鬼全般に恨みがあるのでな。遠慮なくやらせてもらう」
 べしべしべしべし。
 ルクスは情け容赦なく連続高速コアギュレイトを放ち続ける。血を吹いて倒れた。
「うっ、美しい私にこんな事をするなんて、お前達はもしやっ」
「美しい言うな」
 どげし。夏沙の踵落とし炸裂。丸い物体が地面と再びお友達になる。
「はー‥‥道理でお嬢さん達が嫌がる筈だよな。美形の吸血鬼ならともかく、よりによってこんな丸い物体に吸われたんじゃ」
 ショックどころか屈辱といったところだろう。化け物と言いたい気持ちは分かる。
「うっ、げほごほっ」
 度重なる容赦ない攻撃に、丸いそれは地面に転がっている。
「ううう、不細工な吸血鬼キラーめええええっ」
 血反吐と共に吐かれたその台詞は、悔し紛れの最後の台詞だったに違いない。だが、今夜の吸血鬼キラーは一味違った。ひょっとした、他の吸血鬼なら‥‥対応がまた違ったのかもしれないが。
「あ、僕ちょっと狂化しちゃったかもーっ♪ あははははは!!」
 げしげしげしげし。
 ツヴァイのハイヒールが丸い物体を貫く。
「くっくっく‥‥夜はまだ始まったばかりだ。容赦なく相手してやろう」
 先ほどより随分大きくなった詠唱が夜闇に轟くテスタメント。
「吸血鬼は美貌の持ち主ばかりと聞いていたが‥‥認識を改めねばならんようだ」
 おもむろに抜刀するルクス。さくっとやってしまえば良いのだ。
「この街唯一の吸血鬼ねぇ‥‥そんじゃ」
 にこぱ、と埋められてゆく吸血鬼に向かって笑顔の夏沙。
「最後の吸血鬼にしてやるよ」
 俺達がな。

●教会にて
「どうしましょうねぇ‥‥」
 神父は小さな教会で困っていた。
「ねぇ神父様ぁ〜」
 自分の周りには甘い声でお願いする妙齢の女性達。そして、
「神父様、これはきっと怪奇現象です、どうかお力を!」
 町の一角が損壊した状態に右往左往する役人達。しかも一番酷いと思われる地面には多量の血痕が残っていた。なのに死体や怪我人はどこにもいない。立派なホラーだ。
「ねぇ、神父様ったらぁ! あのお方の連絡先を教えて下さいまし!」
 そうですわそうですわ、と美しい女性六人が騒ぐ。
「小娘、邪魔をするな、これは町の重大事件で」
「まぁ、国の僕ともあろう人達が何ですの!? 私達は人生を賭けた大事な事をお聞きしているのですわ、恋ですの愛ですのあの方に会わねばこの胸の動悸は止まりませんっ!!」
 ぎゃあぎゃあ、わあわあ。
 四方八方から服を捕まれる神父は、窓から見える空を見つめる。
「どうしてくれるんでしょうねぇ、本当に‥‥」

 ──とりあえず吸血鬼はこの街から居なくなったという話だ。