社内恋愛禁止令
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:フリー
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年04月14日
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●オープニング
男と女。この世に性別がある限り、『それ』は必ず問題となる──。
始まりはとある商社の社長室。
社長と部下が、最近まとまる取り引きについて会議を終えたところであった。
「──ではこの商談はこのまま進めます」
「ああ、後は任せた」
ふう、とネクタイに指をかけて戒めを緩めると、そうだ、と思い出して部下に告げる。
「加藤くんに一任した件なんだが──」
「いません」
は? と社長の目が点になる。
「だから、いません」
「おいおい、いないって事はないだろう、彼は西欧市場担当の期待の」
「‥‥不祥事を起こしたので、彼は四日市市の工場に飛ばされました」
「──マジで?」
「マジです」
不祥事、と聞いただけで以心伝心、部下と社長は溜め息を吐いた。
期待の若手ばかりが5人連続で飛ばされた事を知る部下は、若いからって勘弁してくれよと遠い目をする。
まだ同じ部署の女の子3人に同時に手をつけて社内報にでかでかと書かれたなんてのは可愛らしい。
加藤くんは上司の娘と母親同時に手をつけて興信所まで雇われて証拠を押さえられた兵である。彼の実力は惜しかったが、四日市市に飛んでもらった。
他にもとてもじゃないが社長に詳しく言ったら卒倒するだろう揉め事(しかも恋愛沙汰ばかり)社内で続出している。社員の上に立つ者として、頭が痛い。
「‥‥決めた」
社長の目を見ると、かなり眼光鋭く部下を見つめている。──何だろうか?
「社内恋愛を禁止する」
「ええっ!?」
自由な社風が有名であり自慢だった筈である。
「愛社精神のある社員を8人用意しろ。必ず成功させられるよう、万全を期して人選するんだ」
「そ、そんな」
「やれ」
ドスの効いた声で命じられ、部下は思わずこくりと頷いた。
‥‥社内恋愛自由で入社してきた者も多いというのに、果たしてこんな無謀な命令が社員に受け入れられるのだろうか?
だが、だが。人選しなければならない。失敗すれば、加藤くんと同じにどこかへ飛ばされそうな気がした。
「そうだな、仮にプロジェクトXとつけておこう」
──プロジェクトX、失敗したら8名諸共どこかへ飛ばされる危険極まりない仕事である。
●リプレイ本文
●気がつけば担当者
「嫌ですっ!!」
営業部のフロアにムンクの叫びが上がる。部下の取り乱した声を聞き、ピンと眉を跳ね上げたのは金髪の一見若そうな女性。名をアミィ・エル(ea6592)という。
「わたくしに反抗するんですの?」
冷え切った声音にも部下はめげない。例え毒舌と名高い女王様、もとい営業部長のお言葉でも、素直に首を縦には振れなかった。
「そんな恨みを買うプロジェクト、失敗するに決まってるじゃないですかあ〜」
これが四大出た成人男性の台詞かと罵ってやりたくなったが、そういえばコイツを入社させたのはアイツかと思い当たり、余計気分が悪くなる。それが天邪鬼に火をつけた。
「ならばわたくしがやります! 確実に社内恋愛禁止令を行き渡らせてみせますわ!」
アミィが営業部のフロアで声高に宣言した時、人事部長の淋麗(ea7509)はほうと溜め息をついていた。
手には会社から命じられた面倒なプロジェクト依頼書。生憎この時期は人事部の繁忙期だというのに、部下を提供しろという。麗は困ったように手を頬に添えた。
──仕方ありませんね、私が参加するとしましょう。
「社内恋愛禁止プロジェクト‥‥ですか?」
ラシェル・カルセドニー(eb1248)は高速で打ち込んでいたデータ入力を中断し、上司の言葉に首を傾げる。
ちょっと思案した後、ラシェルはにっこり微笑んだ。
「清く正しい明るい会社でイチャイチャと恋愛だなんて、妬まし‥‥いいえ、汚らわしいですものね」
台詞に本音が混じったが、上司は追究しなかった。ぐ、と握り拳で宣言する。
「会社のため。私は今日から、この会社の井●頭弁天にならせて頂きます!」
某公園のボートに乗ると、カップルは必ず別れる破目になるという。
では、頼む。
アッサリ言い渡されぽんと肩を叩かれた社長秘書、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)はしばらく廊下で立ち尽くしていた。
「何かこの歌ピッタリだな」
某ドキュメンタリー番組の主題歌を思わず口ずさんでいたらしい。我に返って感想を述べてしまった。
‥‥うん、でもまぁ。僕は社長秘書なんだし? 社長秘書といえば社内の華、社内の華といえば孤高の人なんだから(多分)、他人の恨みなんて知ったこっちゃないよね?
ツヴァイは歩き出す。プロジェクト成功策を練りながら。
「かー●ーのーなー●ーのーすー●るー」
他人の不幸は蜜の味っていうもんね♪
●恋愛してるのはだあれ?
「うう‥‥確かこの辺の筈っ」
リーラル・ラーン(ea9412)は足場の悪い倉庫内に侵入し、中の様子を懸命に伺う。
「きゃわっ」
足元のダンボール箱にけつまづき、思いきり派手に転んだ。普段使われていないだけに埃まみれである。逢引には最適かもしれないが、どうせならおっちょこちょいの自分が入り込んでも大丈夫な所にして欲しかった。
転んだ耳に微かな囁きが聞こえ、溜め息を吐く。
──本当はこんな事したくないんですよ?
内心で詫びつつ深く息を吸い込んだ。これも会社のためです、仕方ないんです、ごめんなさいっ。
「就業中に何をやっておるか!」
めいっぱいの低い声で怒鳴った。直後、倉庫の奥でガターン! と何かが倒れる音がし、女の悲鳴が上がる。慌てふためく気配がして、なぜか自分も転んでいた。
「たたた大変ですっ」
人事部フロア、麗の元に取り乱した部下が駆けつけてきた。さりげなく部下に探りを入れていた麗は一時中断をする。
「今社内恋愛禁止活動が水面下で動いてるらしくって」
「まぁ」
実は目の前の上司こそが担当者なのだが、部下は自分も身に覚えがあるのかどんどん口を滑らせていく。
「それも担当者が営業のアミィ・エル部長だそうでっ」
麗の眉間に皺が寄った。性格は180度違う麗とアミィ、社内で知らない人間がいないほど仲が悪いのである。
麗の表情に気づいていない部下は本っ当に身に覚えがあるらしく、ひたすらおたおたしている。
「ああっ、どうしましょう、噂では隠れててもひっ捕まえて別れさせられるらしくて」
──どんな取締りを行っているのだろう、あの営業部長は。
のんびり考えてから部下をひたと見据えた。
「ところで、吉田さん。貴方も社内に恋人がいるんでしょうか?」
「何か騒がしいな‥‥」
社内の騒ぎを感じたツヴァイは小首を傾げつつ、頓着せずにミニサイズの『それ』を生花に取り付ける。
──ホンット最近の科学の発展は目覚しいよね。
実は監視カメラだったりする『それ』をあちこちに設置しつつ、下準備をする。勿論経費として扱うための領収書も抜かりなかったりするのだから、さすがは社長秘書と言ったところか。
「さて、誰が恋愛中なのかな?」
ツヴァイが面白そうにくすくすと笑った。
「汚れた道、かもしれませんが‥‥」
ラシェルの目の端でカップルがいちゃつく姿が目に入った。ピクピクッと感度のいい耳が動く。
どうやらデートの約束を取り付けているようだ。同じ課の同期男性なら、泣き落としで残業もきくだろう。口元に不穏な笑みが浮かんだ。
──私の保身のため、ではなく、会社の未来のために、お覚悟願います★
笑顔ですすすと近寄った。
「わ・た・く・しの目を見ておっしゃい。貴女だって主婦になって彼を家庭から支えてあげた方がよろしいと思うわよね?」
壁に背をつけた女子社員には逃げ場がない。その彼女に向かってアミィは満面の笑顔でにじり寄っていた。
廊下で営業部長が女子社員を襲っている──わけではない。
「ね?」
問答無用の笑顔を向けると涙を浮かべながら頷いた。‥‥これで彼女は寿退社、社内恋愛から足抜けである。
──ふふん、わたくしにかかれば社内恋愛なんていくらでも撲滅できますわ♪
気分よく次のターゲットを捜し歩く。その時だ。
『その人』が目に入り、よろりとアミィは壁に縋った。
「なんて‥‥なんて素敵な人‥‥!」
プロジェクトと目の前の人物が秤に乗った。
「だって好きなんです! 同じ会社に勤めてるってだけで、好きなのに別れなくちゃならないんですか!? そんなのおかしいですっ‥‥!!」
特殊能力を活かさなくてもわかる。‥‥涙を浮かべたこの目は本気だ。
麗は黙って肩を落とす。
──やはり、恋愛は拘束するものではないです。
潤んだ目で俯く二人の部下を前に、麗はそれ以上言う事は出来なかった。
「あうっ!」
スッテーン! と派手に非常階段ですっ転ぶ。障害はなかった筈なのに、不思議なものだ。
「う〜‥‥痛いです」
涙が滲んだ目でさすさす膝を擦っていると、反響する非常階段でぼそぼそ声が響いてきた。ここより2〜3階上の方だろうか?
──本当に、恋愛とお仕事の両立が出来たら良いのに‥‥。
恋を未だ経験した事のないリーラルには、無理やり別れさせられるカップルの心境が分からなかった。‥‥いつか、自分も分かる日が来るのだろうけど。
ピリピリピー♪
普段は使われない一室で僅かな逢瀬を楽しんでいた社員は、その高い笛の音に文字通り飛び上がる。慌てて体を引き離すと問答無用で扉が開いた──閉めた筈なのに。
「違反者発見。社長室に連行します♪」
それはそれは見事な‥‥華のある、ツヴァイの笑顔であった。
●飛ぼうよ皆で
「確かに社内恋愛は志気を低下するかもしれませんが、会社が心を束縛することはしてはいけないことだと思います」
「この様なものは社員の志気が低下します」
「‥‥‥‥」
しーん、と。社長室に沈黙が満ちた。
同席しているのはプロジェクトに参加したラシェル・リーラル・ツヴァイ、そして社長に進言した麗とアミィである。
ラシェルとリーラルは『積極的にアミィ部長が取り締まっている』『アミィ部長が部下を泣かした』『アミィ部長が部下を脅した』等など聞いていたので、互いに目を見交わす。
──噂と違いませんか?
──違いますね‥‥。
むしろ全力で拒否している。
その直談判の僅か15分後。アミィと麗が満面の笑顔で社長室を退出していた。背後について行くラシェルとリーラルはぐったり疲れている。
「今回はありがとうございます」
「‥‥今回だけは、気があいましたわね」
がっしり握手する二人を前に、一般社員二人は固まった。
──あの、悪魔のエル部長が‥‥。
──あの、菩薩の淋部長が‥‥。
怖すぎる。
固まる二人の更に後ろから、社長がドアから出て声をかけた。
「ああ、君達。来月から能登半島に出向だから」
「‥‥は?」
「のと‥‥?」
四人の女性が固まる。社長の隣に立つツヴァイの微笑みも固まっていた。
「うん。能登」
じゃ、よろしく。
そう言って社長室は閉められた。
「な、な、な‥‥」
アミィが絶句し、麗は『プロジェクト遂行出来ませんでしたから‥‥』と遠い目をした。
リーラルとラシェルは『能登半島に支部があるなんて聞いてない』と青ざめ、社長室のツヴァイは『まだ国内で良かったかもしれないよね、アハハ』と笑っている。
「わたくしとあの方の社内恋愛があ〜〜〜っっっ!!!」
アミィの悲痛な叫び声が木霊した。