●リプレイ本文
―それらは、人類が粛々と建造した鋼の英雄たち。
―虐げられし万民の泣き声に目覚め、技術者たちの血と汗と涙と夢と希望で鍛えられた四肢をふるい、あらゆる障害を排除する伝説のもの。
8つの義体を封印より叩き起こした『その男』は、つぶっていた目を開いた。慌しく口を動かしているオペレータたちをぐるりと見回し、最後に中央の大型スクリーンに視線を移す。
その先には、8つのカタパルト。
「第1、第2、第3、第4カタパルト、スタンド・バイ」
「第5、第6、第7、‥‥。第8カタパルト、スタンド・バイ」
8つの義体が床と共にせり上がってくる。それぞれが時代錯誤もいいところのファンタジーな服装をしていたが、誰も笑う者はいなかった。
オペレーターを除く司令室の全員が起立し、敬礼する。
「『壁(ザ・ウォール)』、『鉄砲玉(ザ・バレット)』、『三月ウサギ(ザ・ラビットマーチ)』、『侍(ザ・サムライ)』。射出準備完了。」
「『虚(ザ・ホロウ)』、『弓兵(ジ・アーチャー)』、『人形(ザ・ドール)』、『幽霊(ザ・ゴースト)』。射出準備完了。」
8つの義体はそれぞれ床に手をつき、クラウチング・スタートの体勢に入る。
「降下ポイント設定‥‥誤差修正‥完了。進路、オールグリーン」
「‥‥よし」
『その男』はゆっくりと頷くと、歌うような調子で口を開いた。
「作戦名『機械仕掛けの舞踏会』、発動!!」
瞬間、爆音でカタパルトが轟き、司令室全体が振動する。8つの義体は手を、足を前に出して全力疾走し、数秒でトップスピードに突入した。
音速の壁をぶち抜いた事による衝撃波が辺りの床と壁を手当たり次第に引っぺがし、竜巻の如くそれらを巻き込んで荒れ狂う。
義体たちは修理代が請求されたら大変だと苦笑しつつ、死の風吹きすさぶ鉄火場へと文字通り二本の足で飛んでいった。
●荒野の舞踏会
「こちら、『三月ウサギ』。ご来場の皆様、お待たせいたしました。これより舞踏会を開催いたしますわ」
『三月ウサギ』ことカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)ははためく己の銀髪をものともせず、自由落下しながら索敵を開始する。体をひねり広域用レーダーで周囲数十kmの情報を獲得すると、大気圏すれすれを飛ぶ偵察機を通して司令部に直接大量の分析データを送りつけた。
「『三月ウサギ』からのデータを取得。それぞれの網膜に視覚データとして転送します」
「了解」
それと同時に、敵の軍勢も彼らに気がついたのか、ありったけの火力を打ち込んでくる。
「ほっ、危ないのぅ。他の者も当たっておらんと良いのじゃが!」
『壁』、ガフガート・スペラニアス(ea1254)は笑いながらミサイルを叩き割り、弾丸の雨を掻い潜る。
無人で駆動する対空戦車の真上につけると、そのまま着地して戦車を叩き折った。
「‥‥降下に成功しました。まあ、頑張ります」
『幽霊』こと橘 木香(eb3173)は何かのギャグマンガよろしく地面につき刺さった上半身を引っこ抜き、トントンと頭の横を叩いて耳に詰まった土を落とした。
それと同時に津波の如く迫りくる機械兵士群。
「させるかぁッ!!!」
『鉄砲玉』ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)が土煙をまといながら、その群れに突進を仕掛けた。冗談のような勢いで加速していたロックフェラーはそのまま1kmほど快進撃し、ほぼ一撃で数百機の兵器群をスクラップにする。
「まあ、それはありがたいんですが‥‥」
言いつつ、橘は数回腕を振る。
「こういうのも始末してくれると、助かります」
次の瞬間、ステルス迷彩が剥げ落ちて綺麗にスライスされた機械兵士たちの部品が橘の周りに散乱した。
時羅 亮(ea4870)、『侍』と呼ばれる義体は超硬度セラミックナイフを手に、高台に設置された砲台型要塞と対峙していた。
一歩足を踏み出すたびに人を数百人は殺せそうな砲撃を見舞ってくるが、どうという事はない。衝撃を受け流す事に特化した装甲を持つ時羅は面白いように砲撃をいなすと、散歩でもするかのような調子でずんずんとこちらに砲身を向けている砲台へ歩み寄る。
「‥さて、一気に行こうか」
二本のナイフだけで、自分の数倍の大きさはあろうかという砲台を鮮やかな手つきで『解体』していく。砲台を設計した技術者がこの光景を見たら、首をつって自殺しかねない。
「どうです、ここら辺でどちらが速いか試してみるというのは?」
「‥‥‥」
『人形』、凍扇 雪(eb2962)の言葉には答えず、『虚』の紅闇 幻朧(ea6415)は黙々と兵器群を狩ってゆく。
「やれやれ‥。返事ぐらいはして欲しいんですが‥ね!!」
凍扇のヒジについたブースターが加速し、有り得ざる速度で斬撃を放つ。同時に発生した衝撃波が攻撃回数を実質二倍増しにし、鋼鉄の敵をサイコロ状になるまで分割する。
「加速中に口を開くと、舌を噛むんでな」
言いつつ、紅闇は体内の加速装置にスイッチを入れた。地面を踏み砕きながら接近し、立ち塞がる大型機動兵器を仕留めにかかる。
「遅い‥何処を見ている?」
彼の速度についていけという方が無理であった。既に残像さえも残して移動する紅闇に翻弄され、機動兵器は12個のアイカメラを全て沈黙させられた後、原形をとどめないほど無茶苦茶に粉砕された。
「みんな頑張るのはいいけど‥!」
トマホークを振り回す『弓兵』、サラ・ヴォルケイトス(eb0993)が一時後退する。
「上空にも敵がいるってコト、忘れてないよね!?」
否、後退ではない。『投擲姿勢』に入ったのだ。
「弾幕を『弓兵』の周囲に集中。彼女の投擲を援護ですわ」
ナイフを指揮棒代わりに、戦争という名の大演奏の指揮を執っていたカミーユが支援要請を飛ばしつつ、サラに上空のデータを転送する。
「‥‥さあ、『やっちまって』くださいませ」
「おっけーい!」
ニコリと微笑むカミーユに、思わずサラもつられて笑う。
『弓兵』は己の体を弓のように反らし、限界まで肉体を引き絞ると‥‥。
「とまほぉぉぉーく、ぶーめらぁーんッッッッ!!!!」
空を目掛け、渾身の力を込めてトマホークをぶっ放した。
「て、敵超大型爆撃機‥。撃墜‥‥」
皿のように目を丸くしたオペレーターがかろうじて戦況を報告する。そりゃ誰でも驚くだろう。
上空約1万4000mの爆撃機のド真ん中をトマホークが貫通したら。
●VS イージス
「な、なんだあれは‥‥」
いの一番に荒野の異変に気がついたのは、レジスタンスの見張りの男だった。双眼鏡で覗く先には、不可解な光景が広がっている。
機械兵器の群れが『何か』に蹂躙されている。
今まで全く歯が立たなかったあの機械仕掛けの殺人者たちに、あきれるほど勇敢に立ち向かっている『何か』がいる。
閃光、爆音、爆風。3拍子を刻むリズムがそこかしこで繰り返され、その度に機械たちの悲鳴がこだました。
「ひ、人‥‥? 人が戦っているのか!!?」
荒野の喧騒を聞きつけ、アジトの屋上に都市のレジスタンス達が集結し始める。戦局を一方的にかき回しているのは8つの人影。小さくてよく見えないが、紛れもなく人の形をしていた。
ガフガートが必殺の体勢に入る。
「数が多いとて、所詮は機械の射撃タイミングよ。打ち散らすのに苦労は要らぬわッッ!!!」
大地が振動し、上空の雲さえも吹き飛ばす。
「『壁』の一撃により、大地にクレーターが形勢されました。直径およそ2km、深さは120mと推定」
「‥‥地図を修正しないといけないかもな」
指揮をとっていた『その男』は首をコキコキとならして、そんな呑気なコトを呟く。彼の後ろで戦況を見守っていた友軍の有力者たちは、腕を組んだまま後方にのけぞっていた。
「さあ、どうした機械ども? よもや、これで仕舞いか?」
炎渦巻くクレーターの中心でガフガートが仁王立ちする。いつの間にか、炎の中から残り7つの義体たちも蜃気楼のように現れた。
「‥‥‥!!!!」
黒い影たちがゆっくりと前進してくる。その進路を立ちふさがる機械兵士たちは1分ももたずに紙クズのように引き裂かれて破り捨てられた。
ここにきて、都市管理AIは初めて『恐怖』というものを思い知ることになる。デタラメだった。あれらは何かもがデタラメだった。
「緊急事‥‥態! 緊‥急事、態! 拠点、防衛用‥‥攻、性装甲、『イージス』起‥‥動許、可!!」
「‥‥何か、きますよ」
橘は周囲の異変に気付き、展開したワイヤーを手元にたぐりよせた。
大気が震動し、都市の城壁がいびつに変形していく。液体金属で形成されたそれはドーム状に都市をすっぽりと覆い、8つの脅威たちに対してこれでもかと砲身を形成して狙いを定める。
何を思ったか、カミーユが口を開く。
「‥。司令部、ちなみに現在の撃墜数はどのようになっておりますか?」
「『壁(ザ・ウォール)』、1324機撃墜。『鉄砲玉(ザ・バレット)』1425機撃墜。
『三月ウサギ(ザ・ラビットマーチ)』824機撃墜。『侍(ザ・サムライ)』、1020機撃墜。
『虚(ザ・ホロウ)』1247機撃墜。『弓兵(ジ・アーチャー)』1372機撃墜。
『人形(ザ・ドール)』1281機撃墜。『幽霊(ザ・ゴースト)』911機撃墜。エクセレントです」
「だ、そうですわ。あれを壊せばまだまだ伸びますわね」
「‥は?」
思わずオペレーターの声が上ずる。
「らしいね。中のレジスタンスの人たちも心配だ。急ごう」
オペレーターの声は無視し、時羅の声を合図に全員が砲撃を避ける為に散開する。
「‥‥図体だけは、立派なようだな」
一番最初に接敵したのは紅闇だった。イージスの壁にはりつき、重力法則を無視して壁を疾走する。
雨あられのように注がれる弾幕をデコイ機能で全弾回避すると、音速のままブレードを振りぬいて砲身を削ぎ落した。
「『鉄砲玉』さま、あなたの近くに装甲の薄い部分がありますので、そこから先に侵入してくださいませ。
網膜にデータを送って誘導しますわ」
「了解!」
カミーユの指示に従い、ロックフェラーが指定されたポイントを集中攻撃する。イージスはすぐさまそれに気がつき、弾幕を集中させる、が。
「させはせんッ!!」
ガフガートの斬撃がシールドの役目を果たす。
「‥‥よし! 穴が開いた! 急げ!!」
「はいはい、おまかせ下さい」
ロックフェラーとガフガートが塞がろうとする穴を広げつつ、凍扇、橘、サラ、時羅が内部の都市に侵入する。
その後、かく乱を引き受けていた紅闇が遅れて侵入し、続いて残った二人が穴に飛び込んだ。
指示を飛ばしていたカミーユはというと‥‥。
「‥さあ、これで気兼ねなく能力が使えますわね」
リミッターを解除し、精神を集中させる。するとどうだろう、右腕はみるみるうちに変形し、巨大な砲身へと化してしまったではないか。
「こちら『三月ウサギ』。射線上の友軍機は緊急避難してくださいませ」
左腕で砲身となった右腕を支え、狙いを定める。収束するエネルギーで義体の温度は急激に上昇し、カミーユの体から湯気が出る。
「わたくし達と戦争をするのなら、これくらいの火力は必要でしてよ?」
メガ・オーラショット、ファイア。
「大打撃! 大打撃! イージス・コア、消滅しました!!」
司令室で歓声が上がる。カミーユはその声を聞きながら右腕の砲身を手に戻すと、先行した仲間を追って都市への進軍を開始した。
●黄昏の都市の舞踏会
都市戦に入ると、敵の兵器群の様相も変わってきた。AIは自分の都市への被害を抑えるためか、大型兵器の運用を抑え、小型の多脚型や義体たちと同じような人型の兵器をぶつけるようになってきたのだ、だが。
「こんな奴らが、いくら来たところでッ!!」
サラがビルの屋上から投げたトマホークは真っ直ぐに飛び、高層ビルを数棟貫通して手元に戻ってきた。射線にいた兵器群は木っ端微塵になって地面へと叩き落される。
「‥!?」
2射目に入ろうとしたまさにその時、ビル下の道路の異変に気がつく。武器を持って機械と戦う人間達、レジスタンスがアジトから飛び出してきたのだ。
「ダメだって、隠れてなきゃ!」
そのまま屋上から飛び降り、盛大にコンクリートをぶっ壊して道路に着地する。レジスタンス達は咄嗟に武器を構えたが、機械兵器とは似ても似つかない彼女の姿を見てひどく困惑した。
「な‥‥あ?」
「AIはあたし達が何とかするから、逃げて! ここにいられちゃ‥‥ッ!?」
けたたましいエンジン音と共に、自動制御の戦車が交差点の先から現れる。
「しま‥‥!!」
砲撃音。しかし。
「よっ‥、と」
他の兵器の始末を終えた凍扇が戦車を三分割する。発射された砲弾は格子状に張り巡らされたワイヤーに命中して爆裂した。
「と、まあ、こんな感じで‥。生身の人間では死ぬだけですので。帰って寝た方がいいと思います」
廃ビルの窓から橘が姿を現す。
レジスタンス達はしばらく呆けていたが、状況を理解するとすごすごと戻っていった。
「これが管理センターか‥‥」
ロックフェラーが見上げる先に、それはあった。見るからに頑丈そうな素材で造られた建造物。それこそまさに、この都市を支配するAIがいる管理センターである。
「‥‥人の出入りを完全に禁止しているようだな。出入り口はおろか、窓の一つさえもない」
「入り口がないなら、作れば良いだけの話じゃ」
周囲の様子を伺う紅闇を横に、ガフガートが前に出る。
「それはかまわないけど‥‥。ビルごとフッ飛ばさないでくれよ?」
「わかっとるわい。全力でやったら、街にいるレジスタンスごと吹き飛ばしてしまうからのう」
苦笑する時羅にガフガートは答える。
義体たちはとうとう、かの者の本拠地へと乗り込んだ。
●VS ファイナルガード
「侵‥入者! 侵入‥者!! 警戒レベルを5に移行! ファイナルガード、起動、許、可‥‥!!」
センター内にサイレン音が鳴り響く。
4つの義体たちは床をぶち壊しながら地下へ向けて直進していたが、やがて足を止めざるを得ない状況へと追い込まれた。
「‥‥」
紅闇は目を細め、武器を構える。その先には、二つの人影。
「‥侵入者、発見。排除、開始‥‥」
それは西洋の板金鎧をまとった、騎士のようないでたちの兵器だった。超硬度セラミック製の大剣を携えた、絶対なる防衛者。
「!!」
無人の幹線道路を突き進むカミーユが見たのは、管理センター内部から吹き飛ばされる仲間たちの姿だった。
「あれは‥そんな!!」
視覚の倍率を上げ、敵と思しき防衛兵器の分析を行う。
2体の機械騎士は背に翼でもあるかのように宙を跳んでビル屋上に着地する。
「オーラシステム‥‥、そんな、どうして?」
味方の中でも一部の者にしか搭載されていない、特殊兵装オーラシステム。2体の機械騎士たちは義体たちのそれよりも遥かに高性能なものであるようだった。
「『壁』、生きてるか!!?」
受身を取ってすぐに立ち上がったロックフェラーが声をあげる。
「むぅ‥右腕を持っていかれたわい‥‥! 気をつけろ、そやつら、今までのとは桁が違うぞ!!」
もぎ取られてなくなった右腕の部分を庇いつつ、ガフガートがそれに答える。既に痛覚機能はカットしたが、これでは非常に戦いにくい。
「こいつを使わないと駄目か‥。最後の最後で、とんでもないのが出てきたな」
時羅は己のオーラシステムを起動し、機械騎士たちに対抗する。紅闇はステルス機能を起動して辺りの景色へととろけるように溶け込んでいく。
「はあぁぁぁぁッッ!!!!」
衝撃波と共に間合いをコンマ数秒で詰める。両手に持ったナイフによる2点同時攻撃。機械騎士は大剣を振りぬき、腕力でそれをいなす。
「‥‥‥ッ!! まだまだぁ!!」
異常な力による激突。空気さえも吹き飛ばし、真空に近い空間で互いに得物をふるう。
「‥‥ッ!」
その隙を狙って仕留めようとした紅闇に、もう1体の機械騎士が襲い掛かる。
この相手にステルスは意味がないらしい、ブレードで攻撃を受け止め、そのままつばぜり合いの体勢に入る。
「もらったあぁぁぁッ!!」
つばぜり合いで相手が膠着したその瞬間、ロックフェラーがロングロッドで敵の脳天に強烈な一撃をお見舞いする。
「!!!!!!?」
機械騎士は床にめり込み、そのまま大地へと落下していく。
「オオオオオオッッッ!!!!!」
だが、それだけの攻撃を喰らっても奴は健在であった。瓦礫の山を吹き飛ばして立ち上がり、獣のような咆哮をあげる。
「あんたの相手は、このあたしよっ!!!」
そこへ放たれるサラのトマホーク。機械騎士は咄嗟に飛び跳ね、それを回避する。
「‥‥かかったね」
だが、それこそが彼女の狙いなのだ。
「半径50mワイヤーワーク‥‥。もう、逃がしません」
橘の仕掛けたトラップにまんまと騎士は引っ掛かる。無数のワイヤーが鎧に絡みつき、機械騎士の行動を阻害する。
「これで詰み、ですね‥!!」
凍扇がビルの壁を蹴って飛翔し、蜘蛛の糸に絡まった蝶のようにあがく機械騎士に接近する。しとめた。
誰もがそう思ったまさにその時だ。
「オオオオオォォォッッ!!!!!」
機械騎士が唯一自由である右腕でワイヤーを掴み、強引に引っ張る。
「なッ!!?」
瞬間、橘の体が浮き上がる。そして‥‥。
「排除‥排除排除排除排除ォォッッ!!!!」
彼女を振り子のおもりのように扱うと、そのまま橘を凍扇に叩きつけた。
「!!!!」
空中でぶつかり、地面に叩きつけられそうになる2人をサラがキャッチする。ビルの壁を数枚クッションにした後、足から煙を出しながらもなんとか受け止めた。
「な、なんつー馬鹿力!」
「ええ、まったくですわね」
悪態をつくサラの隣に、カミーユが立っている。どうやら追いついたようだ。機械騎士は体に絡まったワイヤーを振り解くと、大剣を片手に一直線に突き進んできた。
「かかってきなさい。人類最後の希望達がお相手する」
●エピローグ
「おい‥、全員、生きてる、か‥‥?」
口からごぼりと大量の人工血液を吐き出しながら、ロックフェラーは仲間達に呼びかける。
「なんとか、な‥‥。満身創痍も、いいところだが‥‥」
答える紅闇の両足は既にズタズタになっていた。過度の加速により両足がバーストしたのだ。
その横では右胸ごと相手にごっそりと持っていかれた時羅が、残った左手をあげて微笑んでいる。会話機能が一部壊れた為か、話すのは困難そうである。
「まったく‥最後にこれだけの大玉が控えていたとは、な」
ガフガートは足でコツンと、動かなくなった機械騎士たちの頭を小突く。
「さてさて‥。それではお願いしますよ、『三月ウサギ』さん?」
焼ききれた両腕をだらりと下げた凍扇が、笑いながらカミーユに後のことを託す。
サラ、橘もそれに異論はないらしく、管理センターの芝生の上でひどい負傷をした体を横たえて静かにしていた。
「ええ、勿論です。もうAIは戦力を保有しておりません。わたくしだけで十分ですわ」
カミーユは先の激戦で吹き飛んだ左足の代わりである杖をつきながら、こっくりこっくりと建物の中へと消えていく。
「緊急事態! 緊急事態! 緊急事態緊急事態緊急事態!」
「さあ、いい子ですわね。大人しく、しなさい」
「『三月ウサギ』、都市管理AIとの接触に成功」
「AI消去プログラムを転送してやれ。彼女の作業を補佐しろ」
「了解」
司令室のメインCPUをカミーユの補佐に回す。司令室は最低限の機能を残し、その機能の大半を停止させた。
「攻性防壁突破。新種の反撃ウィルスをブロック。解析開始‥ワクチンソフト投下」
「AIの消去を開始。作業工程‥‥10%、20%、30%」
「緊急事態緊急事t‥‥aogi‥‥s!!!! awhthrsahaf!!!!!!!!!」
悲鳴を上げるAIに下される、鉄槌。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「都市管理AI、沈黙。消去完了。作戦は成功です。おめでとうございます」
司令室の全員が立ち上がり、拍手と歓声をあげる。
「ご苦労だった、諸君。作戦は成功した」
『あの男』の声が8つの義体の頭の中に届く。
「君たちの活躍は、少なくとも向こう百年は語り継がれるだろう。本当にご苦労だった」
「ええ、まあ‥‥今日は、少し疲れました」
橘が口を開く。しかし目は閉じたまま。他の仲間もそうだった。全員が目を閉じ、横たわっている。
「ありがとう。この都市の人間達は救われた。ありがとう。
君たちの役目は終わった。ゆっくりと、休みたまえ」
「‥‥もう、寝ます。おやす‥みな‥‥さい‥‥」
―我等の英雄。全機、活動を停止しました。