月の雫〜迷いの森の喫茶店〜

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリー

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2006年04月14日

●オープニング

 そこは迷いの森のど真ん中。夜のカーテンが年中引きっぱなしで、ヒカリゴケがちらちら森を照らす、そんな中に小さお店がありました。大きな木をくりぬいて、木のウロの小窓、フクロウが「いらっしゃいませ」の声がけをする、そんなお店。
 小枝に欠けた看板には『月の雫亭』とヒカリゴケを飾って書かれていました。

 お店からはいつもいい紅茶の良い香りが漂ってきます。ふぅっと香る茶の香りに、迷い込んだ旅人がふらりと立ち寄るそんなお店です。

「やぁ、いらっしゃい。歩き疲れたでしょう。すぐにお茶を用意するからね」
 扉をくぐってあなた達を迎えてくれるのが、少しくたびれたバーテンダー姿のお兄さん。長い金髪を背中で一束ね。丸渕の眼鏡をかけて、なんだかおっとりした感じ。柔和な笑顔が、この奇妙な森に迷い込んだ疲れを忘れさせてくれます。

「何にしようか? サルビア? ローズマリー?」
 オーダーを聞いてくれているのでしょうけど、どんな味なのかさっぱり想像が付きません。店内を走るシダにつけられたメニューをみてもさっぱりです。

 そんな様子を見て、あきれた顔で助け船を出してくれたのは、窓際のテーブルを陣取る、タキシード姿のクマさん。少し座る椅子が窮屈そう。
「いきなり言われてもわからんだろう。蜂蜜茶を出してあげなさい。疲れも取れるし、笑顔も浮かぶ、とびきりの蜂蜜茶だ」

「あぁ、それもそうだね。ごめんごめん。それじゃ蜂蜜茶にしようか。‥‥おや」
 バーテンダーのお兄さんは、棚の方を見て、何かに気が付いた模様。
「月の雫がない。使い切っちゃったよ」

「なんてことだ。用意の悪いヤツだなぁ」
 クマさん、またまた呆れた顔。
「それじゃぁ、お客さんに取ってきてもらうしかないね」
「ですね」
 何のことだかさっぱり分からないけれども、何かしなきゃいけないらしい。一人と一匹の視線を受けてあなた達はぼんやり気付きました。

「月をこの壷に収めてお酒みたいに熟成させるか、月を手にとってオレンジみたいに絞るんです。お月様、ちょっと高いところにいますから、おっこちないように気をつけて下さいね」
「なぁに、コツが分かればすぐさ」
 お兄さんとクマさんは交互にそう言って、ニッコリ笑いました。
 差し出されたのは手のひらサイズの小さな壷。

 さて、どうしたものやら?
 お月様はちょっとどころで済まない高さだと思うんですけど?

●今回の参加者

 ea0822 高遠 弓弦(28歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea1641 ラテリカ・ラートベル(16歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9616 ジェイド・グリーン(32歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2235 小 丹(40歳・♂・ファイター・パラ・華仙教大国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●輪になってつながろう(リング・リンク)
 今夜集まっていただいた皆さまはタキシードのクマさんの席で一同会議を始めました。テーブルまでのご案内役は、十野間空(eb2456)。自分も迷ってしまったのに、他の旅人さんを気遣ってくれています。
 ちなみにクマさんのテーブルで会議をすることになったのは、ラテリカ・ラートベル(ea1641)がクマさんのお膝の上を所望されたため。
「お月様を漬けたり、搾ったりですか? 搾るのは少し可哀相な気もしますよね」
 月の雫の採取方法にちょっと首を傾げるシェアト・レフロージュ(ea3869)。痛そうだもの。
 と、すれば後は月の精霊さんにお風呂のごとく浸かってもらうとか。想像はどんどん膨らみます。横でジェイド・グリーン(ea9616)もうんうん頷いてます。
「月を搾るのも瓶漬けにするのも、何だか可哀相だよね。要は月の雫を手に入れれば良いわけだから、他の方法はないかな。」
 お隣の席で、少し具合を悪そうにしている恋人の高遠弓弦(ea0822)の顔を見ながら、ジェイドさんは尋ねました。恋人揃って迷い込むなんて仲がいい証拠。二人の間に卵を置いたら、きっとアツアツのゆで卵ができるかもしれません。
「色々ありますものね」
 でも、色々ありすぎてどうにも考えがまとまりません。珍しいものがたくさんあると厨房や酒棚を眺めていた沖鷹又三郎(ea5928)は、
「拙者、お月様の好物を作って下りてきて貰えるよう頼んでみるでござるよ」
 というし、バーテンダーのお兄さんと三日月茶の交渉をしているどじょう髭の小丹(eb2235)は、
「今日はボウルを借りて水を張るんじゃ」
 と言うし。
「お月様の光をあびて咲くお花の露でしたら、月の雫の代わりになるかもしれませんわ」
 と提案するのはクリステル・シャルダン(eb3862)。ほんと色々案は上がりますが、壺が一個では決めかねてしまいます。だってどの提案も楽しそうなんだもの。
「あ、そだ。その壷、みーんなに、1個ずつ、貸して頂くことは出来るでしょか? 皆が色んな方法で集めた月の雫は、ぜーんぶ、お味が違うかも知れないですもの。ちょっとずつお味の違う蜂蜜茶、飲み比べっこしたいですよー♪」
 ラテリカさんがちょっと期待のこもった目でお兄さんに問いかると、お兄さんは棚から壺をたくさん出してくれました。
「私も飲みたくなってしまいました。皆さんでたくさん採ってきて下さいね」
「わーい♪ やったです! それじゃたくさん採って来るですよ〜」
 ラテリカを始め、みんな大喜び! みんなで飲みあいっこは楽しそうです。どんな味になるでしょう?
 みんな思い思いのところに向かって足を運びます。

●お月様がいっぱい(フルムーン)
 まず、高遠さん、小さんと十野間さんとが湖のところまで足を運びます。湖は森よりも明るく輝いていました。湖は森の色を反映して澄んだ碧色。ヒカリゴケの代わりに輝く鱗粉を持った妖精達がひらひらと踊り、湖からひょっこり頭を覗かせる水晶の岩に腰掛けていたり。喫茶店より賑やかそうです。
「今日はボウルを借りて水を張るんじゃ」
 と言うのは、常連さんの小さん。よく迷いの森にいらっしゃっているようです。
「水面に映ったお月様をぱっと採ったら即座に壺に絞るんじゃ。素早くやらんとするりと落ちて、また水面に戻ってしまうからのう」
「水盆に月を写して月を捕らえると言う話ですね」
 十野間さんがにっこり微笑みます。高遠さんもにっこりと微笑んで同意を示しました。
「この壷の中に、月を映してゆらゆらと、揺らしていきたいと思います」
 高遠さんが、そーっと湖の水を入れます。壷の水鏡はとっても綺麗で、空の星空とお月様を一緒に映し出します。
 ゆらゆら、揺れる月、月が映る面‥‥。まるで、蜜で出来たお月様のようです。
 さて、隣では小さんがボウルで月を掬っています。
「そりゃっ! ゆくぞっ。なんのっ、ぇぃゃっ!!」
 上手くすくえてないです。
 ボウルでそぉっとすくうのですが、水と一緒にツルンとすべるお月様。卵の黄身のようにもみえなくもないですけど。
 お隣で同じように掬っている十野間さんですけれど、小さんのボウル掬いが波紋になって広がってくるため、なかなか上手くとれません。十野間さんは他の方法も試してみたいからと小さんの様子を見ています。
「あの。私の壷にある雫を使いますか?」
「いーゃ。わしはあきらめぬのぢゃ!!」
 ちょっと常連の意地にかける小さん。
 今日はどじょう髭だから、どじょう掬い踊りにみえるような気がするのは、内緒です。

 湖から少し奥に入れば喫茶店のガーデンテラスです。こちらでは、シェアトさんとジェイドさん、クリステルさんが庭に植わった植物を見回っています。
「フクロウさん。こんばんは。いい夜ね」
「今日はお客さんがたくさんいらっしゃったからね。特別楽しく美しい夜だよ。ホゥ」
 お店のある、ブナの木に腰掛けるフクロウは眼鏡をくりくり上げ下げしながら、クリステルにご挨拶を返しました。
「ねぇ、こちらにいるシェアトさんがレモンを探しているんだけど、ご存じないかしら?」
「レモンの木なら、ほら。夏夜の庭の真反対。リンゴの隣に立ってるよ。初冬の果物だもの。ホゥホゥ」
「ありがとう」
 クリステルさんはフクロウさんの言うとおりに探すと淡い紫色の花を咲かせる木が見つかりました。
「あら、お花が咲いていますね。まだ実にならないのでしょうか」
「夜露をいただけばいいんじゃないかしら。お月様の光をあびて咲くお花の露でしたら、月の雫の代わりになるかもしれませんわ」
「月の雫って、夜露の事だと俺も思っていたんだ。月の涙が地上に降りて露になるって聞いたことがあるよ」
 クリステルさんの言葉にうんうんと頷いて、彼女達の反対方向のあたりを探しているジェイドさん。
「それが集まった物が葡萄だって聞いた事があるよ。夜色の表皮に満月みたいな丸い実が詰まっているもんね」
 すぐに彼は葡萄の房を見つけると、弓矢をとって葡萄の軸をねらい打ちます。小さな細い軸を見事射抜いて、大きな粒の葡萄を手に入れました。
「ほら、これ一つで、まるで夜空みたいだ」
 彼の言うとおり、葡萄は月の夜空の光を受けて、その実をキラキラ彩っていました。
「お月様の光の様な美しいお花さん、夜露を少しだけ分けていただけませんでしょうか?」
 軽く会釈するクリステルさんに見習うかのように、レモンのお花も頭を垂れると、お花に溜まっていた雫が、したたり落ちてきます。
「あら」
「まぁ」
 クリステルさんとシェアトさんの声が重なります。落ちた雫を壷で受けるとそれはみるみる膨らんで、レモンの実になってしまいました。丸まるとしていてほんとにお月様の様。
 これなら、シェアトさんが考えていたとおり月光を祝福を受けることができます。
 シェアトさんはレモンと月を重なるように翳すと、詩人特有の美しいソプラノで歌い始めます。
「旅人の足元を 密やかなる人の想いを優しく照らす 遥けき月よ。
今一度の恵みをどうか 小さな果実にお分けください」
 お月様がそんな歌声に反応したのか、レモンをキラキラと輝かせます。
 三人がそれぞれに期待を膨らませていると、喫茶店の入り口が鼻腔をくすぐる甘い香りが漂ってきます。みれば沖鷹さんがミトンをつけて湯気の立つお鍋をそしてお皿などもその上に乗せて運んできています。
「拙者、お月様の好物を作って下りてきて貰えるよう頼んでみるつもりでござる。何が好物がわからぬ故に色々作ってみたでござるよ」
 お鍋の中身は、オムレツ、オムレツ、オムレツ。玉子焼き。ポケットの袋からは月型星形のクッキーがいーっぱい。切り株のテーブルの上は、夜空に負けないくらい賑やかです。今すぐ食べたいくらいに。
「なるほど。お月様を招待するのは良い考えかもしれませんね」
 ジェイドの言葉にも励まされて沖鷹さんはお空の月に向かって大声で呼びかけました。
「お月様、お茶をご馳走するゆえ、降りてきて欲しいでござる」
 しかし、お月様からは返答はありません。
「うむむ。やはりここからでは遠いようでござるな。近くにまで寄って声を掛けられれば失礼にもならんと思うのでござるが、料理はまだ人数分揃えておらぬし‥‥」
 うーん、と悩む沖鷹さんに、ぽんっとシェアトさんが手を打ち鳴らしました。
「テラリカさんが、お月様を直接会いに行くっておっしゃっていました。ラテリカさんにお願いしてみましょう」
 決まれば早い。シェアトさんは落ちたときの為のクッションをいっぱい持って、ラテリカさんの後を追うのでありました。

 ひょーい、ひよん。ほわん、まふん、ひよよーん。
 ラテリカさんは雲から雲へ、そして風に乗って進み、また近づいてきた雲に飛び乗ってお月様の元に向かっていました。雲は真夜中だけど乾したてのベッドみたいで、とっても温か。
「あ、お月様。こんばんはです〜」
 ようやくお月様のところにたどり着きました。お月様きまん丸だと思っていましたが、少しびっくり。真横から見ると半月でした。おや、と思って下から覗くと三日月。見る方角によって形が全然違います。
「やぁ、こんばんは。こんなところまで人が来るとは思わなかったな」
 きょろきょろと見て回るラテリカに声が帰ってきました。男の人のような女の人のような、不思議な声。それがお月様だとわかるまでほんの少し時間がかかりました。
「あ、初めまして。ラテリカいいます。今ですね、下の喫茶店で月の雫が無くて困ってるです。もしよければ、ちょっとだけ、お月様を千切らせて貰えないでしょか? 一緒に迷子になった沖鷹さんが料理を作って待っていて下ってますし」
 ラテリカの言葉に、月はそれはいいと笑ってゆーっくりと降りて行きました。ラテリカさんもお月様に飛び乗って、一緒に下っていきます。
 流れ星ならぬ、流れ月。思ったよりそれは早くてラテリカは振り飛ばされてしまいました。
「ひゃぁぁぁっ、お、お月様〜!!」
 地面に激突するっ!!! と思った瞬間、柔らかい物に包まれて、ラテリカは地面に着地しました。見ればクッションの山。どうもシェアトさんのお気遣いが無駄にならずに済んだようです。


●善哉、神の仕業なり(Go(o)d Job!!)
「おーいしぃ!!!」
 それは一体誰の言葉だったのか、もう分かりません。でもみんな同じ事を思っているのだから、誰かと気にする必要ありません。可愛いリボン付きのテーブルクロスの上に沖鷹さんが作ってくれた料理を並べて、みんなでガーデンティーパーティーです。真新しい大きな椅子に腰掛けるクマさんもバーテンダーのお兄さんも一緒になって楽しんでいます。
 みんなが取ってきた月の雫は、お兄さんが蜂蜜と和茶や洋茶にブレンドして丁寧に一つずつお茶にしてくれました。みんなでとった月の雫、どんな味がするのでしょう?
「ふふふ、おいしいじゃろう。苦労して捕ったかいがあったのじゃ」
 そう言うのは小さん。まろやかで深みのある味がします。蜂蜜と重なってとろーりとした感触がなんともいえません。
「私はムーンアローを壷にいれてみたんですが、ちょっとぴりっとしますね」
 元は攻撃用のものだったせいかもしれません。スパイスみたいにぴりっと舌を刺激しますが、それがすぐに蜂蜜で癒してくれて、クセになります。
「ジェイドさんはどんなお茶になりました。私のはすっと飲めるわ。ね、飲んでみて」
「俺のは葡萄から取ったからね。グレープティー、なのかな。熱いから気をつけてね」
 二人とも二人のことを気遣いながら、優しい気持ちで会話をしているのは高遠さんとジェイドさん。高遠さんのお茶は蜂蜜の濃い甘みも月の雫でさっぱりとして、喉に絡む感じもありません。とても飲みやすい良いお茶です。ジェイドさんのは芳醇な香りが楽しめるお茶です。でも夜空の星を映した葡萄は深みがあって、粒の数だけ味がいくつも感じられそう。
「おいしいですわ、月の雫ってとっても甘いんですのね」
 銀色に輝くお茶をいただくのはクリステルさん。さっぱりとした甘みがありますが、舌にレモンの花の香りと蜂蜜の柔らかな味が飲んだ後もしっとり続きます。みんなでおしゃべりしながら飲むには最適です。
「料理も普段とは違った物ばかりでござるし、桜茶もまったり良い感じでござるな」
 桜茶にお願いした沖鷹さんのお茶は隠し味に塩が。それが甘さをより引き立てて、とても美味しく仕上がっています。口の中でふわっと溶ける口溶け感は勢い何口でも飲んでしまいそう。
「私のお茶はなんだかうきうきしてくるような感じよ。ラテリカさんのはどうかしら?」
「テラリカのお茶はほわほわするですっ」
 レモンが元のシェアトさんのお茶はクリステルさんと同じですが、月光に翳した分だけ、少しさっぱり感が立っています。ミルクも足して口の中が軽くなるようなそんな感じ。ラテリカさんのお茶は泡泡です。みんなとちょっと違いますけど、泡にも味があってちょっと楽しいお茶です。
「はっはっは。みんな楽しんでくれて何よりだよ」
 お月様はあごひげを生やした男爵様もこのお茶会に参加です。こんな色々な味を楽しめるのはこのお月様のおかげなのですから。
「‥‥もしかすると、それぞれが創意工夫して見出した答え〜知恵の結晶〜こそが、月の雫なのかもしれませんね」
 十野間さんは色んなお茶をいただいたりして、にこりと笑ってそういいました。
「そうですね。雫を集めたその人だけの幸せの味かもしれません。ね、ラテリカさん 一緒に歌いませんか?」
 こんな雰囲気にはやっぱり歌わなきゃ! ラテリカさんもにっこり笑ってOKサイン。高遠さんも手を叩いて喜んでいます。

『天で輝くあなたを迎えに行こう 零れた光を手に掬おう
きらり雫を一滴 カップに落とせば ふわり笑顔 望月の幸せ♪』


●ここで終わり(ExiThere)
 映写機をカラカラ回せば扉の明かりが浮かんでくる。キノコをまたいでさよなら。またね。
「ご来店ありがとうございました」
 バーテンダーのお兄さんがにこにこ見送ってくれます。
「思い出したらまた来なさい。いつでも待っているからね」
 タキシードのクマさんも一緒に手を振っています。
 そして幻灯機に照らされた扉が開かれて、強い光が差し込みます。


 ご馳走様でした。楽しかったよ。
 また来てね‥‥。