●リプレイ本文
●冒険屋の顔ぶれ
蒸気の帝国。華やかな宮廷とは離れた一画にある、一軒の酒場。一癖もふた癖もありそうな面々ばかりが出入りする店で、その場には似つかわしくない、小奇麗な身なりの女性が、寄った客に絡まれていた。
「放せ。私は貴様のような下賎の輩に気安く触れられるような者ではない! 放せと言うのがわからんのか!」
怒鳴り散らす彼女は、どうみてもこの辺りにたむろする質の良くない面々ではなく、帝国軍に所属する軍人のようだ。それも、かなり高位の。
「ちょっとお兄さん。俺の獲物に手ぇ出さないでくれるかなぁ」
後ろから声をかけた御仁に、振り返る酔っ払い。と、そこへニヤリと笑った少女めいた顔立ちの若者が一人。見慣れないブーツを履いた彼は、小さな体に似合わず、かなりの跳躍を見せると、問答無用で酔っ払いの側頭部に回し蹴りを叩きこんでいた。その強烈な蹴りに、一撃で沈む酔っ払い。着地した足元からは、白い煙が吹いている。
「さー、お姉様。俺とお付き合いしてもらいますよ☆」
静まり返る周囲。そんな中、その御仁は、うふっと楽しそうな表情で手を取ると、その女性軍人が答えるヒマもなく、手を取って走りだしていた。ブーツで加速された足は、かなり早い。そんな彼が向かったのは、そんな裏通りではなく、表の‥‥まともな店だ。
「まったく。こんな場所に、そんな格好でくるんじゃないよ。狙って下さいと言ってるようなもんじゃないか」
店に入り、一通り注文を頼んだ彼は、グレートジャンボパフェをつつきながら、彼女に文句を付けている。
「交渉に行くのに、気を使わなければならんのか」
「そーじゃなくて‥‥」
堅物らしく、生真面目そうな表情でそう言う彼女に、彼はどっと疲れたようにそう呟くが、気を取りなおして、こう尋ねた。
「まぁいいや。今度から気をつけてよ。で、誰と交渉しに行ってたの?」
「き、貴様には関係ない」
うろたえる彼女。隠し事の下手くそな姿に、彼はにやりと笑って、声を潜めた。
「酷いなぁ。助けたのにお礼もなし? なんなら相談に乗ろうって言ってんだよ。‥‥お金次第では」
「何ぃ?」
女軍人の表情が変わる。
「あんた、フェアレティさんだろ? 皇帝陛下の側近中の側近が、こんな所でなにしてんだよ」
まだ名乗ってもいないのに、ずばりと素性を言い当てられ、顔色を変える彼女‥‥フェアレティ・スカイハート(ea7440)。
「わかった。ついてこい」
なにやら、裏事情のある御仁だと見抜いた彼女は、彼をつれ、とある建物へと向かった。そこは、魔法を教えている大きな大学の一部で、入り口には『黒畑宝石魔法学研究所』と書いてある。
「失礼します。博士、預けていた子の調子はいかがでしょうか?」
「ああ。万全に出来ている。中々良い馬じゃないか」
その中で、フェアレティ嬢が見せたのは、帝国の紋章が輝く半機の馬。蒸気工学と宝石魔法学を駆使して生み出された戦闘馬、スチームホースである。
「へぇ、すごいじゃん。これだけ性能の良さそうなの、久々に見たよ」
「皇帝陛下から直々に賜った愛馬だ。気安く触るな」
興味深そうに覗き込む彼を、遠ざけるフェアレティ。と、彼は「ちぇ、ケチ」とか言いながら、渋々手を引っ込める。
「こちらは?」
「協力してくれるそうです」
そのスチームホースの整備をしていた御仁に、フェアレティはそう言って若者を紹介した。
「マコト・タカナシだ。よろしく」
「ふむ、私は宝石魔法を研究し、極めよと志している黒畑と言うものだ。フェアレティ殿から依頼を受けている。よろしく頼む」
挨拶する小鳥遊美琴(ea0392)に答える彼の、胸のネームプレートには、黒畑緑太郎(eb1822)と記されている。おそらく、帝国に雇われた研究者の1人だろう。
「早速だが、あまり時間がない。博士、準備が整っているのなら、早速出発したいのだが」
「ふむ」
フェアレティがそう申し出ると、彼は持っていたレポートを置き、講義を受けていた数名の学生に、こう言った。
「皆、すまんが今日の講義はここまでだ。今言った課題のレポートを、期日までに提出しろ。良いな」
そして、うむを言わさず、外出の支度を始める。残った学生が「あ、ちょっと! 期日っていつまでーー!?」と騒いでいるが、「私が戻ってくるまでだ!」なんぞと、聞く耳を持たない。
「あーあ、行っちゃったよ」
「いつもの事だ。気にするな。私達も行くぞ」
その後を、やや呆れ気味に追いかけるマコトとフェアレティだった。
●装備
3人が向かったのは、フェアレティがとある軍事施設に待機させていた、帝国軍蒸気空挺『スカイハート』だった。
「なるほど、あの綺麗で大きな石がねぇ。ま、報酬は魅力だし、海賊リーダーの顔、拝んで見るのも悪くないかな」
小型ながら、居住空間も確保された空飛ぶ戦艦の中で、事情を聞くと言う名の報酬交渉を済ませたマコト、そりゃあ面白そうだと、依頼を引き受けてくれる。
「今戻った。ユラヴィカ、アジトの位置は特定出来たか?」
「おかえりなのじゃ。うむ、我が宝石魔法は、正確無比ゆえの」
フェアレティが甲板に、2人を連れて戻ると、そのレーダーシステム全般を預かっていたシフールが、姿を見せる。胸のプレートには、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)と書かれていた。
「ほほぅ。中々良い宝石を使っておられますな」
あちこちに、太陽や月星の力を集約する為の、蜂蜜色の宝石があり、それらが軍艦の目や耳として機能している。その姿に、黒畑は目を輝かせた。
「他にも沢山宝石を使いたかったのじゃが、今回はオペレーション任務に必要なものだけにしろと、言われてのぅ」
「気持ちは分かるぞ。私も、機会があれば、宝石魔法を思う存分使いたい」
不服そうに口を尖らせるユラヴィカに、さもあらんと頷く黒畑。勢い、宝石魔法談義に花が咲きそうになる2人に、フェアレティがぴしゃりとこう言った。
「宝石話は、研究所に戻ってからやれ。モニターに出せるか?」
「はいはーい。テレスコープ、エックスレイヴィジョン、パッシブセンサー起動なーのじゃ」
ユラヴィカがそう言って、宝石を操作する。と、モニターにアジトがあるらしき付近の光景がズームアップされ、その中身の姿が透視される。そして、『魔法反応:サーチ中』という表示が映し出された。
「割と山の中だね〜。ちょっと厳しいかも」
「せっかく陛下から、馬を拝領したと言うのに‥‥」
ミコトがそう言うと、フェアレティが残念そうに答えた。この山では、せっかくのスチームホースも、その機能を100%発揮すると言うわけには行かないようだ。
「言われてた予想されるアクシデントを計算してみたのじゃが、まぁ、この辺りに蛮族の集落があって、この辺りに抜け道があると出ておる。うわっ」
宝石をあれこれ操作しながら、状況を説明するユラヴィカ。と、サーチ中だったパッシブセンサーが、警告音を鳴らしてフリーズする。
「どうした」
「魔法感知センサーが反応しただけじゃ。どうやら入り口には、バリアが張ってあるのぅ」
再起動処理を行いながら、フェアレティに報告するユラヴィカ。彼が宝石をいじると、画面に詳細なデータが記され、蛮族の森を越えたあたりで、エラーを起こしたと表示される。
「さすがに、そう簡単には入れてくれんか。く、もう少し人数がいれば、どうにかなるというのに‥‥。皆、この事件を大事だと理解していないのだろうか‥‥」
「そりゃそうだよ。何しろ、頭目が滅多に姿を見せないとか言う、名うての蒸気海賊なわけだし」
悔しげにそう言う彼女に、ミコトはケタケタと笑いながらそう言った。彼が調べた限りでは、その盗賊は神出鬼没。いわば同業ともいえるスチームシーフの彼でさえ、正確な姿は把握していない。もっとも、フリーランスの盗賊をしている彼にとっては、国家の一大事なんぞ、知ったこっちゃないわけで。
「早くグローリーストーンを取り戻さねば‥‥」
「焦りは禁物。これだけの戦艦持ってるんだもの。へーかから何か借りてるんだろ?」
眉間にしわを寄せたままのフェアレティに、ミコトが探りをいれた。と、彼女は気を取りなおしたように、こう告げる。
「う、うむ‥‥。確かに、蒸気バイクから巨兵まで、一通りは揃っているが‥‥。こんな森で、隠密行動が必要だとすると、蒸気バイクは不適切だな‥‥」
「ふふん。そこはスチームシーフにお任せ。こう見えても、色々取り揃えてるものでね」
ブーツのつま先で床をつつきながら、そう言ってのける彼。
「改造してあるのか?」
「ぶっぶー。不正解」
フェアレティが問うと、彼はポケットから透明な宝石と、それを囲む針金細工のようなペンダントを取り出した。中は空洞になっており、ミコトはそれに、「ま、見てなって」なんぞと言いながら、プリズムをはめ込む。
「これは‥‥」
その刹那、ペンダントから蒸気が噴出す。それが全身を包むと、ミコトの姿をあっという間に変えてしまっていた。
「蛮族だって、女の子なら、油断するだろ?」
煙が晴れると、そこにいたのは、どう見ても蛮族の若い女性。
「気を付けていけよ」
「誰にもの言ってんだよ。潜入はシーフの得意技ってね☆」
露出度の格段にアップした彼、そう答えると、蒸気通信機を片手に、森の中へと消えて行くのだった。
●蛮族との交渉
数時間後。
『だいたい配置はそんなものかな。結構、でっかい部族みたいだよ』
通信機ごしに、ミコトが部族の大雑把な戦力を報告してくれていた。
「わかった。ミコト殿は、そのまま待機していろ」
『はいはーい』
相変わらず軽い御仁である。テレスコープでサーチをかけていたユラヴィカが、「どうするんじゃ?」と問うた。
「避けた方が無難だな。こちらは少数。出来るだけ騒ぎを起こさぬ方が良い。出るぞ」
彼が、サーチ系宝石魔法を駆使して得た地図とデータを元に、フェアレティはそう言った。その腰には、皇帝拝領の銃が煌いている。
「あれが、蛮族の部落か‥‥」
「大掛かりな蒸気仕掛けはないようじゃ」
エックスレイビジョンで、中身を透視したユラヴィカがそう言う。まぁ、こんな所に生活拠点を置いているのだ。どちらかと言うと、自給自足の生活をしているのだろう。
「誰だ!」
「わわっ、見付かったのじゃ」
出来るだけ大掛かりな蒸気仕掛けは使わないようにしながら、慎重に進んでいた彼らだったが、地の利が悪かったらしく、その一人に見付かってしまう。
「慌てるな。蛮族とは言え、話しが通じぬわけでもあるまい」
「それもそうじゃなぁ」
警戒して、こちらにスチームボウを向けてはいるが、フェアレティは彼らと争うつもりはないらしく、ユラヴィカと黒畑を後ろに庇いながら、こう言った。
「驚かせてすまない。我らは皇帝陛下の命により、とある品を探している。ここを通過させてもらえはしないだろうか?」
ところが。
「帝国の犬か‥‥。残念だが、我が部族は、あの男の配下になるつもりなどない」
見下したように蛮族にそう言われ、フェアレティの短い導火線に火がつく。
「な、なんだとっ! 貴様、陛下を愚弄するつもりか!」
「落ち着くのじゃ、フェアレティ殿〜」
真面目な性格の彼女、仕える帝国を馬鹿にされた気がしたのだろう。しかし、ここで銃をぬいてしまっては、元も子もない。慌てて押さえるユラヴィカに、彼女ははっと我に返る。
「すまん。私では、彼らと平和的に交渉できるか自信がない‥‥。頼む‥‥」
「仕方がないのぅ」
性格の都合上、低姿勢に話すと言う行為が出来ない事を知っているユラヴィカは、体格の良いその御仁に、ふよふよと飛んでいき、こう申し出た。
「のぅ、我らは別に貴殿らに、配下になって欲しいわけではないのじゃ。ただ山の向こうへ行きたいだけなのじゃ」
「山の向こうだと‥‥?」
ユラヴィカ達が目指そうとする場所に、盗賊達のアジトがあるらしき事は、彼も知っているらしい。どうやら、敵意を抱いているわけではないと知った彼、スチームボウを降ろしてくれる。
「貴殿らの縄張りである事は重々承知しておるし、荒すつもりもない。もし、通してもらえるなら、上に頼んで、何か便宜を図ってもらえるようにするし、今困っている事にも、手を貸したいと思っておるのじゃが、だめかのぅ?」
ここぞとばかりに、そう畳み掛けるユラヴィカ。と、彼の反対側に、蛮族の女が現れ、こう言った。
「いいんじゃないの? 女とシフールとひょろいのだけみたいだしぃ」
無論、ミコトの変装である。そんな彼にしなだれかかられ、少々頬を赤く染めたその蛮族の青年は、頷きながら条件を出した。
「わかった。ただし、そのでかいのは置いていけ。動物達が驚いて、狩が出来なくなってしまう」
彼が『でかいの』と言ったのは、戦艦や、それに搭載されている蒸気巨兵達の事だ。確かに、そんな大掛かりな蒸気機器を持ち込んだら、驚いた動物達が逃げ出してしまうだろう。彼は、それを危惧しているらしい。
「しかし‥‥」
「大丈夫だ。こんな事もあろうかと、貴殿の巨兵には、召喚機能を付与しておいた。これが起動用の宝石だ」
もし、何かあったら困ると言いたげなフェアレティに、黒畑が赤い宝石を手渡した。じっと見つめると、その中に獣の牙らしき紋章が浮かび上がる。
「わかった。従おう。確かに、この辺りに隠しておいたほうが良いかもしれんしな」
交渉成立と言う奴である。その蛮族が、仏頂面のままながらも、安全なルートを教えてくれた所を見ると、それほど悪い連中ではなさそうだ。
「ま、こんなもんかな。蛮族とキスしなくてラッキーって所だね」
ミコトも満足げにそう言って、変装を解き、蒸気ブーツで加速しながら、後を追うのであった。
●奪う者と奪われる者
蛮族の青年が教えてくれたルートを元に、一行は安全と思しき場所で、キャンプを張っていた。
「なんとか、動物達はやり過ごせたな」
「我が宝石魔法の星読みシステムを使えば、この程度は朝飯前だ」
フェアレティのセリフに、自慢げに胸を張る黒畑。宝石魔法を研究する過程で、占星術を使用したサーチシステムを完成させていた彼は、それによってこのキャンプ地を決めていた。
「わしの動物知識が、かなりのウェイトを占めてると思うがの」
「う、うむ‥‥」
もっとも、その星読みシステムのデータには、ユラヴィカの動物知識と、サーチ能力による土地感が、かなり重要な役割を担っていたのだが、まぁそれは言わないお約束だ。
「と、ともかく。明日はアジトだ。なんとしても、グローリーストーンを取り戻さねば!」
「落ち着け、フェアレティ殿。夜は長い。そうだな、1つ我が演奏でも」
血気盛んな彼女に、黒畑はそう言って、荷物の中から横笛を取り出した。黒漆塗りで、月の銀象眼が施してあるそれは、かなり高価そうな代物だ。
「しかしだな‥‥。私は陛下の命を‥‥」
「あわてるばかりが能ではない。落ち着いて考える事も、時には必要だ」
私なぞ、精神を統一させる時は、いつも笛を吹く。と、そう言いながら、彼はその笛を奏でてみせた。腕はプロ並とは言わないまでも、割と良い音色を響かせている。
「よし、わしも踊りを披露してみるかの」
「そう言えば、しばらく陛下と踊っていないな‥‥」
ユラヴィカがそう言って、得意の民族舞踊を舞ってみせる。その姿を、ぼんやり見つめていたフェアレティ、残してきた幼い皇帝を思い起こす。
「好きなのかい?」
「違う。私には騎士道がすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない」
ミコトが尋ねると、彼女はきっぱりと否定した。ただの忠誠心と言いたいらしい。と、そんな彼女の態度に、拍手を送る者がいた。
「誰だ!」
「失礼。笛の音が聞こえたものだから。仲間に入れて貰えないかな?」
フェアレティが鋭い声で小枝を投げる。と、低木の向こうから姿を見せたのは、長い金髪を束ねた、碧眼の青年だった。
(「こいつ‥‥、俺に気配を感じさせなかった‥‥」)
盗賊を生業にしているミコトが、気付かないほど、気配を消していた御仁。同じ様に、フェアレティも警戒しているようだ。と、彼はその口元に笑みを浮かべながら、2人へと近付く。
「そんな怖い顔をしないでくれよ。僕はただ、道に迷っただけでね。それとも、凍えて迷う子羊を、君は火にさえ当たらせてくれないと言うのかな? そこの可愛いお嬢さんは☆」
「何かむかつく」
いきなり馴れ馴れしく彼女の手を取り、その甲に口付ける青年。慣れていないのか、戸惑う彼女の横で、何故か面白くない感覚に捕らわれるミコト。と、そんな彼にその青年は、こう言った。
「焼き餅はみっともないよ。そうだな、仲間に入れてくれたら、さっき見つけた古い扉の事を教えてあげよう。なんだか、奥の方まで続いているみたいだったけど」
「良いだろう。体があったまったら、さっさと案内しろ」
フェアレティが彼の手を振り払いつつ、そっぽを向く。と、彼は「ありがとう」と言いながら、今度は不機嫌なミコトの隣へと座った。
「おや、君も竪琴を持っているんだね。弾かないのかな?」
「余計なお世話だ」
彼が持っていた数本の弦を張ったそれに、青年はそう尋ねるもの、ミコトは答えない。まるで、年頃の女性を扱うような仕草に、残りの3名、ぼそぼそと額をつき合わせてこう言った。
「ミコト殿は間違いなく殿方だったよーな気がするのじゃが‥‥」
「まぁ、分かり難い外見をしているからな」
「きっと間違えてるだけだっ。そうに決まってるっ」
まるで、スキャンダルを目撃した井戸端会議のメンバーのようである。青年が不思議そうに「何か?」と問うと、声を揃えて「「「いえ、何も!」」」、と首を横に振る3人。
「そうだな。扉の場所まで案内して上げるけど、もう1つ条件を追加して良いかな」
「なんだよ」
全く気にせず、ミコトにお願い事をする青年。彼が、仏頂面のまま、内容を問うと、青年はその頬をつつきながら、こう申し出た。
「‥‥君のその演奏と歌、聞いてみたい」
「ちょ、ちょっとだけだからなっ」
顔を真っ赤にして、三味線を爪弾き始めるミコト。外野3人は再びぼそぼそと噂する。
「何を赤くなってるんじゃ? あやつ」
「相手が綺麗な奴だからだろう」
「ぼ、冒険屋と言うのは、そ、そういう性癖なのかっ!?」
じーっと突き刺さる視線に、今度はミコトが目付きを剣呑にしながら、「何か言った?」と問うてくる。再び声を揃えて「「「いえ、何も!!」」」と、首を横に振る3人。
「じゃ、じゃあ‥‥。少しだけだからな」
そう言うと、ミコトはその三味線に、歌を乗せた。普段、流しの三味線引きを隠れ蓑にしているだけあって、割と綺麗な声である。
「良い声だ」
「こ、こんなもんで良いだろう! さっさと案内しろ!」
一曲歌い終わったミコトは、余韻に浸っている青年に詰め寄り、そう言った。と、それを聞いた彼は。
「まぁそう焦るな。どっちみち、中には行くつもりなんだろう? スチームシーフのミコトくん」
「何ッ! 貴様、どうしてそれを!」
驚いたのはミコトばかりではない。遠巻きに様子を見守っていたフェアレティもである。
「蛇の道は蛇。泥棒の事は、泥棒が一番良く分かると言うものだよ」
彼は、そう言って持っていたスイッチを押した。と、ほどなくして上空から轟音が響く。
「あれは!!」
「アジト自体が巨大蒸気空挺だったのか! どおりで場所がつかめないわけだ‥‥」
驚くフェアレティとミコト。そこに現れたのは、スカイハートよりかなり大きな蒸気空挺。黒く塗られたその翼には、月を意匠化した紋章がペイントされていた。
「その通り。ようこそ帝国の尖兵達。我が移動要塞へ」
「まさか、貴様は!」
フェアレティがそう言うと、彼の姿が煙に包まれた。そして直後、今までの旅芸人めいた姿から、軍服に身を包んだ、それ相応の姿へと変わる。ミコトが蛮族に潜入した時の様に。
「子猫達の顔を見に来ただけさ。まさか、こんな可愛い子だとは思わなかったがね」
「ふざけるな!」
みれば、彼の首もとにも、ミコトと同じペンダントがある。おそらく、それで変装していたのだろう。十八番を真似されて怒る彼に青年はこう言った。
「怒るとお肌に良くないよ、少年。そうだな‥‥、じゃあちょっと招待状でも渡しておこうか」
そして、やおらミコトを抱き寄せると、まるで大事なものにそうするかのように、口付ける。
「‥‥‥‥!!!!」
凍りつくミコト達。
「ははは! 待っているぞ。お前達が来るのをな!」
ショックで崩れる彼をよそに、青年はそう言い残すと、蒸気空挺へと乗り込んでしまう。
「ミコト殿、大丈夫か?」
「‥‥あの野郎。覚えてろよ! 俺が奪われたモノの借りは、必ず返してやるからなぁ!!」
黒畑が助け起こすと、飛び去って行く空挺に、彼はリベンジを誓うのだった。
●蒸気巨兵、出撃
戻ったその青年を出迎えたのは、背中に黒い翼を携えた、異形の女性だった。制服なのだろう。彼と同じ様な衣装に身を包み、忙しく宝石を叩いている。
「薫はん、遊びが過ぎるで。そないにあの坊やが気に入ったんかいな」
独特の言い回しで、青年‥‥薫を責める彼女。
「そう怒るな、ヴェリオール。中々見所のある連中じゃないか」
「まぁ、ボスがそないに言うならええけどなー。ん?」
と、そう言ったヴェリオールの手元で、今度は侵入者を告げる警告音が鳴り響く。
「やはり追って来たか」
「そのようやで。おまいの可愛い小鳥ちゃん、見張りをぶっ倒して、こっちに来とる最中や。あーあ、気の毒に。泡ふいとるで」
楽しげにそう言う薫に、彼女はその侵入者を、モニターにうつした。みれば、見張りを捕まえては気絶させ、中へと入り込んでいる4人の姿が見える。
「後でそれなりに労っておけ。どれくらいで乗り込んでくる?」
「そやなー。ざっと30分ってところや」
位置と速度を計算した彼女は、そう報告した。と、彼は「ルシフェルを出撃できる様にしておけ」と言いながら、そのモニターが見渡せる位置に設えられたシートへと座る。その中では、ユラヴィカが宝石を片手に、ルートを検索中だった。
「サンワードシステムのナビゲートによれば、グローリーストーンは、この先にあるそうじゃ」
説明しよう! サンワードシステムと言うのは、太陽光を利用して、目的物を検索する、便利な宝石魔法である。それと、エックスレイヴィジョンで透視した結果により、ユラヴィカはグローリーストーンが、甲板にある事を突き止めていた。
「よし、突破するぞ」
「簡単に言うない。エックスレイヴィジョンで見た所、防御システムはてんこ盛りじゃぞ」
フェアレティの命に、首を横に振るユラヴィカ。彼の宝石にも、そこかしこに散らばる警備システムが映し出されている。
「抜け道はないのか?」
「そうじゃなぁ。通路は縦横無尽に走っておるようじゃから、回りこめるかもしれんの。黒畑殿、マコト殿に連絡をとって欲しいのじゃが」
映し出されたそれから、通路を使わずに甲板に出れるルートを見つけ出したユラヴィカは、持ち逃げされる事を危惧し、黒畑にそう頼見込む。
「わかった」
魔法を使う機会は逃したくない黒畑、そう言うと、宝石魔法でテレパシーを使った。蒸気妨害を受けることのないそれは、ほどなくして、ミコトの元に届く。
「言われなくてもそうしてるよ! まったく‥‥。心配しなくても、俺はもうここにいるっての」
それを受け取った時、既に彼は甲板のすぐ側にいた。そして、蒸気ブーツのパワーにものを言わせて、見張りを張り倒すと、その制服を奪って、中へと入り込んだのだが。
「おや、早かったね。ミコト」
「‥‥ど、どうして!」
顔をあわせた途端、薫にそう言われ、絶句する彼。念の為に言っておくと、ミコトはプリズムを稼動させている。顔も姿も違うのに、どうして見抜かれたのだろう。
「君からは、花の香りがするから、すぐに分かるよ。どんなに姿形を変えていてもね」
そう言うと、彼は再び指を鳴らした。とたん、天井からレーザーが延びてきて、プリズムを外してしまう。元の姿に戻ったミコトは、確信めいた表情でこう尋ねた。
「あんたが空賊のボスだったのか‥‥」
「そうなるかな」
私としては、レジスタンスや冒険屋のつもりなんだけどね。と、続ける彼。その仕草は、とても絵になっており、ミコトは思わず頬を染めてしまう。
「お、俺の変装を見破るとは、さすがだよ」
「お褒めに預かり恐悦至極」
やや芝居がかった仕草で、一礼する薫。しかし、その刹那、ミコトは隠し持っていた銃を、窓へと向けていた。
「だけど、グローリーストーンは返してもらうよ!」
叫ぶや否や、信号弾を打ち上げる。窓を砕き、しゅるるるるっと飛んで行ったそれは、空中で赤く弾けていた。
「合図じゃ! 黒畑殿、ありったけ打ち込んでしまうのじゃ!」
「ふっふっふ。こんな事もあろうかと、強化魔法はてんこ盛りに用意してある!」
それを機に、黒畑が、甲板に向かってムーンアローを放つ。本当ならシャドゥボムでも使いたい所だが、下手に使うと、味方まで巻き込んでしまいそうだ。
「甘いでぇ。その程度じゃ、ウチのバリアは敗れへん。せっかくボスがデート中なんやから、邪魔せんといてや☆」
「うわぁっ」
ヴェリオールも黙ってはいない。自慢げにそう言うと、クリスタルを使った。その刹那、黒畑に向かって、クリスタルブリッドが飛んで来る。
「黒畑殿、バラバラにやっても、バリアは破壊出来ん! パワーを一点に収束させるのじゃ!」
「ムーンバリアを壊すのと同じ要領だな。心得た!」
下手に応戦すれば、味方を巻き込んでしまう。距離は取るものの、攻撃を仕掛けあぐねている彼に、ユラヴィカがそう言った。
「こんな事もあろうかと、フェアレティ殿から、ブルーダイヤを借りていたのじゃ!」
その手には、大きな蒼い宝石が煌いている。
「サンパワー充填100%完了!」
陽光を収束して使うため、日中にしか使用出来ないが、威力は低くない。光がダイヤへと集まり、熱を帯び始める。
「狙うはあの宝石! 発射ぁ!」
黒畑がそう叫ぶと、黒曜石を躍らせた。黒光りするそれは、ヴェリオールの足元の影を爆発させる。
「きゃあっ。何すんねーーーん!!」
吹っ飛ばされる彼女。その余波で、バリアが消えうせる。
「今だ!」
「了解!!」
無防備になったそこへ、フェアレティが宝石を掲げた。とたん、森で盛大な蒸気が上がり、気品漂うナイトレッドに染め上げられた、帝国仕様の蒸気巨兵が起動する。
「返してもらうぞ! 陛下の為に!」
そう言うと、巨兵を体当たりさせるフェアレティ。衝撃で、ミコトから逃げられた薫は、面白くなさそうにこう言う。
「まったく。逢瀬を邪魔するとは、しつけのなっていないレディだね」
「ほざけ! 来い! 我が蒸気巨兵ブラックバード!」
巨兵同士の戦いの最中、天を見上げ、そう叫ぶミコト。現れたのは、普通の蒸気巨兵の半分サイズの、小型の機体だ。だが、その背中には翼があり、蒸気噴射で空中を舞っている。おまけに、ステルス能力を示すかのように、漆黒に塗られていた。
「こいつは頂いて行くよ!」
そして、薫の腕を潜り抜けるようにして、グローリーストーンを奪い取り、そのまま空中へと躍り出る。
「ああっ! お宝、奪われてまったで〜!」
ヴェリオールがそう叫んだ。見れば、落ちて言ったミコトは、召喚された蒸気巨兵に着地し、中へと乗り込んでいる所だ。
「追いかけっこと言うわけか。ヴェリ、ルシを出せ」
「ほいほい。まったく、人使いの荒いボスやなぁ」
それを見た薫、待機させておいた専用蒸気巨兵を起動させる。空挺から現れたのは、堕天使の王が異名の通り、6枚の翼を持つ、大型の蒸気巨兵だった。
「そうはさせるか! エスキスエルウィンの牙が威力、思い知るが良い!」
「無粋な‥‥。そう言うのは良くないぞ!」
ミコトを追いかけようとする薫の前に立ちはだかるフェアレティ。いつの間にか、搭乗してしまっている。
「くっ。ここで引き下がってなるものか! 意地でも引き止めさせてもらうぞ!」
「援護する。撃ち放題だしな!」
そう叫ぶと、黒畑はムーンアローを乱打する。巨兵相手にどれほど効果があるかは分からなかったが、遠慮なく撃てると言うのは、黒畑にとって好都合だ。
「良いだろう。ダンスの相手が気丈な女軍人と言うのも、悪くはあるまい!」
そう言うと、彼は六枚の翼を大きく広げ、風を起こした。
「「うわぁっ」」
暴風に吹き飛ばされるエスキスエルウィンの牙と、黒畑。どれほどの威力があるのか、戦慄さえ走った直後だった。
「フェアレティ殿〜!」
ユラヴィカの声と共に、2つの機体の間に、大口径のサンレーザーが打ち込まれる。見れば、フェアレティと黒畑を援護するように、スカイハートが姿を見せている。
『薫はーん、そこまでにしといたらええんちゃう? 小鳥ちゃん、逃げてまったで』
「‥‥蒸気空挺を持ってきたか。そうだな、今回は大人しく引き下がってやろう」
わざわざ続ける必要のなくなった薫は、ヴェリオールの報告に、その翼を納め、引き上げて行く。
「ふふふ、漁夫の利を頂くのが、盗賊の流儀ってね!」
その姿に、ミコトは、愛機ブラックバードの中で、蒼い宝石を胸元に納め、満足げに笑う。
一行が、ミコトがグローリーストーンを持ち逃げした事に気付いたのは、それから程なくしての事だった。