私はエピタフ

■ショートシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:フリー

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月14日

●オープニング

 それは有よりよほど無にちかい。歌えない金糸雀を縫い込む青銅の鳥籠のよう、空虚なモノ。だのに、それがどうしてそこにあるか、は、みなひとしくそぞろにだけれど了解していたが(教科書どおりをすべて実在だと仮定して社会をいとなむのと、そっくりな理屈)、どうしてそこにありつづけるか、の疑問に答えられるものはいなかった。崩壊のきっかけはこれまでにだってたくさんあったろうに、それは現存をあたりまえに享受している。大きないきものの死骸のようにして、じかの太陽光に日ごと湿分をすいあげられながら、いまだに枯朽のいろもなく、泣き出すまぎわのこどもによく似た傲然なふうをたもちつづける。
 ――かつては内にも底にもおおぜいの学童をかかえていたにちがいない、そのころは小学校だったという、木造の廃校舎。
 そのポイントも、いまでは、廃墟マニアにとってちょっとした名所となっているらしい。もちろん無断の立ち入りは違法行為なのだが、週末ともなると、三つ先よりまだ遠いところのナンバープレートをつけた車が一台か二台、不法駐車しているのは、ごくふつうにみられる光景だった。
 しかし、その日は特別だった。
 いったいどんな不測だろう、それともおぼれるときにたぐる糸がかならず切れているのとおなじで、そんなもの追求するだけむだなんだろうか。とにかく、その日は特別だった。通常よりも倍近くの人々が、その場所に集中したのである。
 むらがるものたちは、ざわめく。音になる。駒のようにうごくし、火のようにあつくなる。意図するしないにかかわらず、そういうのが生きているということだから、どうにもしかたがない。けれど、やっぱりまずいのだ。もはや生きていない彼と彼女は、そういうものを特にきらうのだ。
 木造の廃校舎には悪霊がいるという、噂があった。

 西暦二〇〇五年、摂氏三十二度。
「やだ、でらんない‥‥っ。なんで窓があかないのっ?」
「貸せ! ちくしょう、ガラスも割れやしねぇ!」
「逃げろ、ここから。すぐに‥‥うわああああああ」

 北風に吹かれてはためくデジタライズ。すべてさらわれて、枯渇する。生の価格がどんどん釣り上がってゆく。だまっていてもふところに命数が転がり込んでくる、演算機は愉快なゼロをたたきだしっぱなし。黒服の相場師はにやりと半笑し、見知らぬ文字のエピタフにこしかけた。いちめんのブルースクリーンはきっとすてき。網膜と胸郭をひらく、ルージュ・サンをとりだせば、シャワーになってしたたって。

 死んじゃえ。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea0176 クロウ・ブラッキーノ(45歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea0555 大空 昴(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0789 朝宮 連十郎(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2984 緋霞 深識(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9805 狩野 琥珀(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0821 カルナ・デーラ(20歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 いまだ蚊飛白がひろがる、残暑のころに。ビーカーの底辺の下化冥闇、水銀流したよな空間曲線。精密作業の進行は遅れる程度の煮え切らない暗がり。
「なんで俺がこんなめに‥‥」
「まぁ、まぁ。愚痴をこぼしてもはじまりません」
 緋霞深識(ea2984)、長鋏帰らんか、高槻笙(ea2751)がとりなしても不平はじくのをやめやしない。笙の照らすペンライトの、猫の目よりかぼそい光、ピッキングツールを旋回するが‥‥あたりなし。深識のぼやき、とうとう、具象を切り分けるにいたる。
「あーあ。先生がネタ探して来いと言わなければ‥‥」
 深識、漫画家アシスタント。対して笙は某国立大文学研究科の学者の卵、ときにたのまれて、旅行記から事件記事まで幅広くこなすフリーの文士。いずれにせよ、似たもの同士。
「退屈してたのはたしかだけどさ」
「でしょうね」
 と、笙、いわゆる『ピッキング法案』の一部をそらんじる。
 第三条 何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、特殊開錠用具を所持してはならない。
「‥‥特殊開錠用具ってそれですね」
「あーあー聞こえなーい。‥‥チクんなよ」
「それどころじゃないから。出せー」
 携帯電話もむなしくて、液晶画面は波打ち際の貝殻のようなまっさら。狩野琥珀(ea9805)、心意気ばかりはかっかと血気盛ん。深識がかなわなかった閉塞、サンダル履きでしたたかに蹴りつけた。
「俺と、俺の息子のあかるい未来のために、だせー」
「天青くんですか。お父さんが帰ってこなくて心配してるんじゃないですか?」
「そうそう。笙くん、聴いてくれる?!」
 笙とはこんなこと以前からの、御近所の家族まとめてお付き合い。琥珀ががばりと笙に抱きつくと、暑気がそこだけ湿分といっしょにきわまる。
「いっしょにみてたテレビ番組で紹介されたケーキがさ、うまそーうまそー、天青が云ってたからさ。俺びっくりさせたくって。この裏だって話だから、近道しようとしたらこんなんなってさ」
「それなら私もみてました。生クリームと梅干しとハバネロのとりあわせが、すばらしく斬新でしたね」
「ちょっと待て。俺はみてないが、そのケーキのどこがうまそうなのか、さっぱり分からん」
 逢莉笛鈴那(ea6065)、いたんだよ、最初からずっといたんだよ、けれどどことなく影が薄い。それはべつに彼女の先天ではなく、男どもの120パーセント濃厚な交流にくわわらず、ぼんやり物思いにひたっていたからにある。いろいろ考えてたの。
「この状況。逢莉笛鈴那、17歳、かわいいさかり。対して男性は3名。乙女ゲームみたいなシチュエーション、鈴那ちょっとピンチかもー、告白したりされたりのタイミングいつー?ってゆうか」
 うん?
「初めてなの優しくしてね。はっ、こんなことなら勝負ものとっておきをつけてくるんだった。やっぱり白のレースが王道? でも、くまさんだってかわいいし、いちごだってフルーティよっ、とか考えてたんだけど」
 ‥‥うん、
「考えてたんですけれどぉ」
 鈴那の視線、先とがらせて冷たくなって、こんな↓↓↓かんじの三名、射抜く。
「うぅ。ケーキも結局買ってねぇし、連絡もできないし、俺、天青にあきられちまうかも。そんなの、やだぁぁぁ」
「天青くんは優しい子ですから、そんな簡単にお父さんを見捨てたりはしませんよ」
「‥‥年頃の息子は、ふつう、駄々捏ねてる親父はきらいだとおもうが」
 考えるだけ、おおいにムダだった、と。
「そうなのー。もう、こうなったら!」
 女は度胸、男は愛嬌、乙女は特攻。
 笙の一言がとどめになって、おんおん泣きじゃくる琥珀、もはや恐怖よりは錯乱といったほうがいい精神で、叫ぶ、爛熟する闇は慟哭をてあつく懐抱した。
「俺にゃあどうしても今日中に帰らなきゃいけない理由があるんだ! 2日がかりで煮込んだカレー、今日が食べ頃。帰って天青といっしょに食べるんだ。俺がいなかったら天青がひとりでカレーを全部食べて、腹壊して入院しちゃうかも‥‥うわああ、そんなことになったら、俺、オレ」
「じゃあ、いますぐ、ここでつくろうよ!」
 どこにいこうとしてるだか分からない琥珀の七転八倒をとめたのは鈴那の一喝でって、はい?
「カレーがないならつくればいいの! 私、材料持ってるよ!」
 さて、ここで註釈をば。鈴那がこんなところにいる理由を。
 彼女、この近くの高校の家庭科部の所属する。「闇鍋はやっぱほんものの暗いところで食べなきゃよね」な事情で、ここで闇鍋大会することになり、いや闇なもんばっかでもいけないなってまじめな材料もちゃんと持って調理器具もって、準備のために訪れた次第。ちらっとセクシーにスカートの裾をめくると、17歳(うん、そうしとこう)の年回りの体のどこにあったのか、どやどやどやと物理を超越した体積の固体が、床に幾つも墜落した。
「ほらね! 肉じゃがだって作れちゃうよ」
「‥‥カレーも肉じゃがはきらいじゃないんですけど」
 男だったら、お袋の味をきらうやつはそうおるまい。が、作るのか? 喰うのか? ここで? 笙と深識、常識的な反応、ちょっとげっそりしてみせる。しかし、約一名は別だった。
「俺は今モーレツに感動した!」
 悲哀の血涙は感激の滝涙にかたちを変えて、琥珀、すこやかに復活のきざし。前よか熱いくらい。
「そうだよな、ここでくじけちゃそれこそ負けだ。状況は俺たちの手で変えてかなきゃいけないんだ!」
「そうよ。とにかく腹ごしらえしよ! 腹が減っては戦はできぬってね」
 ‥‥他人の感無量に水さす趣味は、笙にも深識にもない。だから彼らは茫然と、噛み合っていないのになぜか気の合う二人を見やるのみ。そのあと、お互い、いいようのないアイコンタクトを交わしあう。
「なぁ。俺たち二人だけで、違うとこから出口を探してみるってのはどうだ?」
「そうしましょうか」
 置いてった。



「どこに行きます?」
「図画工作室とか技術室とか。そのへんなら、もっとしっかりした道具があるかもしれない」
「私はてっきり、学校の怪談七不思議めぐりツアーに出るのかと思ってたのですが」
「なにが悲しゅうて、野郎とふたりで、秘境を探検せないかんのだ」
 しかし、地図もなけりゃ案内板の有場所も不明、だから未踏のダンジョン行進するようにてのひら壁に添わせてすすんでいると、うすっぺらな感覚が指をすべる。
 張り紙だ。水性マジックのいいかげんなPOP、カレンダーの裏とおぼしき紙質。

> ★悪『零』募集★

「深識さん。ネタがありましたよ」
「うん。‥‥悪『零』ってなんだろうな?」
「ゼロ連続の悪夢ではないでしょうか。テストはいつも0点なようなお子さんをもとめてるんですね」
「つまり学習塾の生徒募集か? 剛毅だな。そんなに経営状態がわるいのか?」
 なんで、誤字の可能性に思いいたらんのだ。つか、そもそも、こんなところに張り紙してあることの矛盾に気がつかんのだ。ともあれ前進をすすめようとすると。
 ななめうえ。視界からちょうどはずれたところ。降ってくる、気配、音声。雑巾しぼったよな冷たさと、ドライアイスのよなスモーク。
「それはクロウたんのちょっとおちゃめな一面デース!」
 ――‥‥今、クロウたんって一人称だった。「たん」って。見えない喉仏がひくひくしてるのが脳裏に浮かびそな、やる気に充ち満ちたじつに低音のどっしりした声音で。
「その下の注意書きをしっかり読んでくださいね。我が所は優良企業ですよーーっ」

> 冷たく暗い世界の中で生者を思いっきり追い回してみませんか?
> 殺気に満ちた楽しい職場です。
> キャンペーン中の今なら高級車を支給!
> 女性はダイエットにも効果的だヨ☆

「今から高級車の実物をお目にかけましょう! 凍傷第一部上場号発進!」
 ぱっぱらぱーぱらぱっぱらぱっぱらぱっぱっぱー♪
 国際救助に出かけそうな音楽がどこからともなく流れて、ゴンドラが、そんなとこ予算つかうなって、ヴァイオレットの電光しょってうかびあがる。
 それに乗せられたのは、人一人よりまだ大きい茄子に、これまた巨大で野太いわりばしを数本さして、牛馬のかたちにしあげた物体。盆会の精霊流しによくみられるような、ああいうやつ。それにまたがった、みょーに暑苦しい人影。魔王っぽいマントはおってるよー? ってか、それしか着てないから、見えすぎちゃって困るよー?
「皆さん就職活動ガンバッテますか? 就活は夏が勝負、今のうちからライバルに差をつけちゃいまショウ。あ、ワタクシ悪『霊』(こっちが正解)紹介所所長のクロウと申します」
 ウフ、と不気味なウィンクひとつくれてながして、これが名刺です、と渡された紙切れは、プ○クラ貼ってある、なにハートのフレームに自分をおさめてやがりますか。記された名はクロウ・ブラッキーノ(ea0176)。
「‥‥深識さん、ネタが」
「俺はなにも見なかった」
 くるぅり反転、深識、じつに賢明な選択である。笙もまったく異存はない。おなじように去ろうとすると、クロウ、というより変態魔王とお呼びしたい、が、ゴンドラがたぴししながら呼び掛けることに、
「車だけではものたりない? しかたない、とっておきをお目に掛けましょう、美人秘書カモン!」
 美人秘書 →→→ 『わんわん(しっぽふりふり)』
 犬だ。柴犬さん、2匹。うん、たしかな器量よし。
「いいや。そっちじゃなくって、もそっと、上」
「だれがだれの秘書じゃあ!」
 美人はべつにいいらしい。「美人」は。
 柴犬をしたがえていた銀髪眼帯の人型が、日本刀をさくっとクロウの頭にめりこませる。まるで水を分けるようなもので刀刃はたしかにクロウの前頭葉をふたつに割ったが、それは刹那の張り子、斬り筋ひとつなくクロウの頭は元にもどっている。斬った方の朝宮連十郎(ea0789)、美人、べつにそれを異常とかんじるふしはない。斬られても斬られないのは、彼もおなじだったから。
「俺とてめぇは先祖代々子々孫々無関係つっとーろーが! 俺と俺のめんこい相棒を、勝手に部下にしたてあげるな!」
「HAHAHA! なに小さいこといってますか。悪霊同士手に手をとって、新人をスカウトしましょうよヨ」
「俺は俺ひとりでやる! おまえの人生――じゃなかった、人死、なんかおかしいけどまぁいいか――に他人、いや他霊を巻き込むんじゃねぇ!」
「‥‥悪霊同士の内輪もめですよ。深識さん、あれはネタに」
「じゃなくって! 逃げるんだよ!」
 深識は笙の腕をひっぱってダッシュする! 積み木細工で組み上げたような、リアリティの欠けた直線通路をもと来た側に溯行する、深識は脇目もふらず、笙はときおり見返りなにごとか口ずさむ、連十郎は丹紅の衣服をはだけて、陰影は落とさず、自分自身が中空の陰影であるかのよう体とお供(「わんわん♪」)をいっぱいにつかってひろがり、三者は逆回転映像のようなすさまじいスピードで駆けていった。
 クロウ?
「チョベリバー? 死んでまでガンガンいくのってホワイトキックぅ?」
 百年前のギャルげなあやしげなことばづかい(現代語万能←嘘)駆使しながら、クロウ、車と云いきる大きな茄子にまたがって、どこぞの経済系新聞をひろげる。
「美人秘書、がんばってくださいネー」
「だああ、俺は秘書じゃねえってんだろ!」
 だから美人はかまわないのか、美人は。
 人と人ならざるもののはじめの邂逅は、すばらしく真剣み抜きではじまったが、それからのおっかけっこもたいしてふんいきはかわりゃしない。命、かかってるはずなんだけどなぁ。
「深識さん、ストップ!」
 しかし、笙の短い一言が、切っ先を空間につきたてる。笙は言質をおのれから履行した。自身は踵のブレーキで急停止して、片方の下肢を深識の横になげだして‥‥深識はたしかに停留した、頭から床へ激突するという段階をふまえたのちに。
「あぶないところでしたね。あんなところにバナナの皮が落ちてます」
「どっちかとゆうと、笙のせいで怪我おってるような気がするんだが‥‥」
 額のどまんなかから、流血なだれる深識を置いて、笙は振り返り、笙はピシィっと竹拍つように連十郎を指さした。
「そこの空気が嘆いてました。『銀髪の男が腐ったバナナなんか置いてくものだから、私こんなに穢れてしまって。もうお嫁に行けない!』と」
「空気ってお嫁に行けるのか? つか、この現代社会で、笙はなにやってたんだ?」
 あたりまえの深識の疑問、あたりまえにスルーされる。
 ちぃっと歯を咬み鳴らす連十郎に、笙はさらに追い打ちを掛けた。
「いまどき、こんな子どもだましの罠にひっかかるのは、よっぽどの慌てんぼうか、ドジっ娘メイドさんぐらい――」
 なものでしょう、と云いさす笙の台詞を途中でさえぎるのは、笙たちの行こうとしていた方角の先のほうからの、
「きゃああ!」グラララドンガラガシャンバタッ「だ、だいじょうぶだべか?! ふわ」グシャバシャドサドドドドッ‥‥
「なぁ。どっかで、きれいにかかってるみたいだぞ」
「‥‥ですね。メイドさんに会いに行ってみましょうか」
 メイドで決定かよ。なにげにショックを受けている柴犬付きの悪霊「メイドさん俺の心にメイドさん‥‥い、いや、俺には柴犬とあろう人とゆうかずばり犬が!」やっぱメイドか、に放置プレイかまして、彼らは先すすむ。
「う、うわ。なんですかっ?!」
「おちつくだべ、今度は人間みたいだぁ」
 女の子ふたり‥‥のまえに、彼らがめぐったのは、出刃包丁である。加速度がおまけに付いているもの、もちろん刃を先にして、子犬のように突撃してくる。
「え、人間? やだ、すいません。私てっきりお化けがここまでやってきたかと思って、つい投げつけちゃって‥‥だいじょうぶですか?」
「私は、だいじょうぶです」
 笙は。「楯受けできないときは、とりあえず、そこらの人間投げ出しておけ」とのじっちゃん(誰だよ)の教えにしたがい、深識を直前にかまえたので。百分の一以下の奇蹟によって、人差し指と中指でたばさむことに成功した、深識。
「お、俺は悪霊のまえに、ぜったいに笙に殺される」
「この人の云うことは聞かないでいいですよ。どうしたのですか、こんなところで」
 包丁を投げつけたほうの「私、じょうぶですから」な少女は大空昴(ea0555)。そして、もうひとり、柴犬、これはさっきとちがってちゃんとした実物を連れた少女の名は、田之上志乃(ea3044)。彼女たちも笙らと似たような状況にあったらしい。もちろんふたりともメイドではない。
 ええと、私は‥‥。昴はおぼろな履歴を、なんとか思い返す。
「そう、蜂蜜を探して森に入って、熊さんと追いかけっこをしていたら、たまたま尻尾を踏んづけた野犬の群れまで付いてきて、もてもてだなぁと思ったら崖から足を踏み外し、ボロボロになっていた所に見えた校舎に何とかたどり着いたと思ったらそこで力尽き‥‥」
「気絶してたところをおらが助けたんだべ。権兵衛が見つけたんだべな、なー権兵衛?」
 野犬を蹴散らしたのも、権兵衛だ。権兵衛、そうだよ、というように飼い主を見上げる。吠えてはいけない、と分かっているのか、権兵衛はくぅんくぅんと鼻だけ鳴らして、飼い主に鼻をすりつけた。
「道具は見つけらんなかったけど、お仲間はできたようだな。どうだ1回もとのところにもどってみるか、笙?」
「そうですね。カレーもできあがったころでしょうし」
「カレー?」
 云うがはやいか、腹の虫、昴の下腹部でくぅと鳴いて自己を主張する。
「あ、あははははは。す、すいません。みっともないところ、お見せしてしまって。蜂蜜もみつかってないんです」
「蜂蜜は、養蜂農家をたずねたほうがはやいと思いますが。‥‥それにしても、どうしましょうか。このまま逆転しても、さっきの悪霊と鉢合わせするだけでしょうし」
「なーに、ぜんぜん心配することねぇべ」
 志乃、ばんばんと両腕を振り回して、床の木板をたたく。
「こうゆうところって秘密の地下道があるもんだべさ。だからこういうとこのどこかに、入り口が」
 止めるいとまが、あらばこそ。志乃、恐怖に震える――いやあんまり震えてないや――むしろ犬さんのほうが事態を的確に把握してるような――14歳の少女のどこにそんな力が残っていたのか、あっというまにめきめきと床板をはがし、ちょ、それは入り口じゃなくってこじあけてるし、しかもできたばかりの裂け目から出水したような大量のねずみがほとばしり、彼らと彼女ら、十数分間ものぐらくてなまあたたかい濁流にとじこめた。
「うひゃあ。たまげただぁ、やっぱ古い建物にはいるもんだべなぁ」
 この二人をいっしょにこのままにしておいては、校舎どころか、世界がほろびかねない。そう信じた笙と深識は、彼女らをつれての帰還を断固誓う「なんに誓う?」「‥‥カレーしかないでしょ、このさい」のだ。
「ところで、おふたり、いまからメイドに転向する気はありませんか?」

 その頃、メイドの呪いからようやく解放された「美人」秘書は、
「権兵衛たんらぶりー。連れて行きたぁいっ。しかぁし、人間は殺しても柴犬は殺してもいいものか。あぁっ、悪霊ならではの苦悩、いますぐ美人相談室に駆け込みたいっ!」
 あたらしく柴犬の呪いを開発していたらしい。‥‥さりげに美人認めてるけど。



 一方、食料班(命名)。簡易コンロにかけたアルミ鍋から胃腑をとろかすこうばしい香りが、ただよいはじめる頃合い、たまねぎはちゃんと炒めて、人参は一口大、煮くずれやすいじゃがいもは最後に入れる。隠し味になる調味料がものたりないのはしかたがないけれど、
「いっけない。ごはんがないんだ」
 それだ! 主食がない、これはかなりの一大事。
「どうしよう」
「そりゃあたいへんだな、ごはんぬきのカレーは邪道だ!」
「‥‥探しに行けば‥‥いいと思います‥‥」
 ん? 今、鈴那でも琥珀でもないはかない声が、彼らの横合いから助言した。ふっと目線うごかせば、いつのまにたたずんでいたのだろう、線の細い小柄な少年が溶けかけた氷のようにさみしくそこにいる。ツートーンの配色。彼の身につけるパンツとベストは夜中きりとってきたように漆黒で、ただ縦襟のブラウスのホワイトはみがいたばかりの銀食器のようにつやつやしていた。総じて、おとなしく行儀の良いふうな印象をうける。鈴那と琥珀が知るよしもなかったが、彼の名はカルナ・デーラ(eb0821)、彼の正体は――。
「‥‥これだけの古い建物だから‥‥野生の稲がどこかに成長してるかもしれませんし‥‥早稲だったらそろそろ食べ頃です‥‥」
 いや、それは普通ないだろう。だいいち精米とか、どうすんだ。が、
「あったまいいぜ、少年!」
「自然の御飯もいいねっ。わー、私、わくわくしてきた」
 ツッコミ属性がどこにもないコンビネーションだった。このまま鍋を火に掛けたままにしておいても危ないから、手近なところから捜索したほうがいい、といっけんまともな少年の忠告をこれまたそのまま聞き入れてしまう、琥珀たち。すぐそばの引き戸――普通の教室よりも少々大きめな部屋の入り口、に手を掛けると、
「こねこちゃん、いらっしゃいませなのですー」
 いた。出た、のほうが適切かも。
 稲じゃなけりゃ麦でもない。植物はいらっしゃいなどとは云わない。
 そこは音楽室だった。ぽぅん、ぽぅん、とピアノの鍵盤がはねてきちんとした和音と旋律をかなでている。油の足りないペダルがときどきキィキィちょっかいをかけるが、それもおおむね、楽曲の効果に添っていた。曲目は、なんだか不似合いにあかるくたのしい童謡『いぬのおまわりさん』迷子になった仔猫を犬の警察官がもてあますおはなし。
 迷子ってだれだろう?
 それより、ピアノを弾いているのはだれだろう? フォルテやピアノを使い分ける伎倆はそれなりに高そうにおもえたが、なんせ姿がみえないのだから判断しづらい。古城に忘れ去られたピアノーラのよう。綿埃によく似たふわふわした影法師がたくさん、おぼつかなくピアノを取り囲んでまわっている。それがピアノの止むのと同時に、いっせいに鈴那たちへ向かってくる。
「琥珀さん、ここ、あぶないよ」
「逃げろ!」
「だめでーす、シャラとちょっとだけあそんでくださいです」
 スイッチを切ったように、ふ、と帷が降りる。インディゴのぼんやりした世界が、まばたきするほどのあいまで、昨日も明日もない黒海に変転する。
「うわ、ライター。懐中電灯!」
「ダメですよー。シャラのシャドゥフィールドは、それくらいじゃとけないでーす」
 瞳を閉じるより、なお、黄昏れる闇。――は、あまり継続しなかった。きっかり6分、しかしあんまりにも変容がはげしいので、琥珀と鈴那は視界をとりもどしたことにすぐに気が付くことはできない。あ、見えてる、と分かったときには、まっしろい髪と碧の瞳のシャラ・ルーシャラ(ea0062)が琥珀の肩にのっかっていた。
「こんにちはです」
「あ、こんちは。お嬢ちゃん、迷子?」
「ちがいます。いただきます、しにきたです」
 いただきます、の意味を琥珀が問おうとすると、それは実行でしめされる。かぷ。首筋がすっとする、みょうに愛らしい刺激だった。
「うわっ、たったったったっ」
「おいしいです、お兄さん」
「お兄さん? お嬢ちゃん、俺、おじちゃんじゃなくお兄ちゃんにみえる?」
「なに、でれーっとしてんの!」
 どこかで見たような光景をもう一度、今度は鈴那が琥珀をひっぱる。よく考えたら、今、ふたりっきりではないか。乙女ゲー再来、ではなく、一刻もはやくここを離れて笙たちと合流せねば。精気を吸われたから、というわけだけでなく、なんだかぽーっとした琥珀をひっぱって、こけつまろびつ的勢い、鈴那たちは出て行く。
 のこされたのは、なんだかぽんやり系の、悪霊が2人‥‥2人だ。音楽室に誘導したカルナも、当然、悪霊の1人だった。
「自分‥‥これでも、生者のみなさんを応援してるんですけれど」
 いちおう、御飯の場所なんか教示してみたり、それくらいには、ね。でも、やっぱ悪霊っておどかすのがお仕事ですし? ということは、おどかす相手がいなくなったらひまになっちゃいますし? とりのこされて2人、寂しい以上に悲しくなってくる。
「‥‥行っちゃいましたね」
「です」
「僕‥‥追いかけてみます。なんだか、おもしろくなってきちゃいました」
「あー。シャラもいきます。精気かえさないと、おなかがこわれるのです。ぷちあくりょうさんたちもいっしょにいきましょう」



 めぐりあい、ふたたび。
「どこまで行ってたんだよ、笙くん。増えてるし。もう、かーいらしいの拾っちゃって」
「それはこっちの台詞です、琥珀さん。カレー鍋を火に掛けたままほうったらかしてなにをしていたんですか。焦げかけてましたよ」
 さっと笙がさしだしたのは、くつくつと泡をところどころで吹く、パステルの茶色に煮立った中身のお鍋。志乃はのぞきこもうとして、指、鍋のふちにのせてしまった。あちち、と指をみみたぶにもってきながら、再度つまさきだち。
「ひゃあ、うまそうだべな」
「でも、ごはんがないんだよ‥‥」
 琥珀、さも無念そうに訴える。ここに来ていちばんのシリアスの表情、校舎から出られないと知ったときだって、こんな顔はしていなかったはず。そんなんどうでもいい、と言いつのろうとした深識を、またまた鈴那がさえぎる。
「屋上に行きましょう!」
 なんで?
「だって」
 鈴那、ふくふくしい胸をせいいっぱい反らせる。
「ラスボスは高いところにいるものだもの。ごはんだっていちばん高いところで待ってるよ、きっと」
 ‥‥すげえ。
 すげえ、ここまで八方やぶれかぶれなのに全軍圧倒的な説得力、はじめてみたよ。しかも、やっぱり懐柔されてるお歴々。
「そっか、さすが鈴那ちゃん!」
「えへん。じつは私、忍者の末裔なんです」←このさい関係ない
「なにをぅ。縄抜け・鍵開け・綱渡り何でもござれの保育士、狩野琥珀たぁ俺のことさ。奇人? 変人? だから何」
「はいはい。私なんか野犬に押し倒されかけたうえに、そこでメイドにスカウトされちゃいました!」
「オラもオラも、メイドになってみねぇべ、云われただぁ。でもメイドはお姫さまにつかえるもんだべ、お姫さまといっしょにはなれねし。困っただなぁ」
「‥‥笙。この団体、責任持って引率しろ」
「すみません、深識さん。できません」
 とか、怒濤の集団漫才やってるあいまにも、だ。
「や、やっと見つけたぜ。権兵衛たん!」
 生者も死者もバラエティ豊かな面子のなかでも、権兵衛をたん付けするような輩はひとりしかいなかった。連十郎。連十郎眼(優良視力達人)からは生者は逃れられない、ってか、たんに柴犬追っかけてきただけだが。彼だけでない、
「あー、みつけたですー。ぷちさんたちがさみしいっていってるですー、あそびましょうですー」
「ふふふ、逃がしはしませんよ。‥‥あ、自分、やっと悪霊らしい台詞を云えた気がします」
 そろいぶみしたとしても、やっぱり緊張感のたりない人外ども。え、いちばん緊張感をぶっちぎった人ですか?
「ふむ、某ハリケーンの影響は深刻ですネ‥‥。自然の驚異はあなどれないとゆうことデスかー?」
 と新聞たたみながらつぶやいてるが、おそろしい&有害なのは、あんたの存在そのものだ、とその場にいた誰もがおなじふうの感想をもった。
「やぁ、褒めてもらってドウモですよ」
「なんで地の文、つか、心を読むっ?!」
「それはっ。私が魔王ですから! 魔王らしく、命令のひとつもしましょう! みなさん、はりきって生者の方々を刈りましょう、特に、レッツ美人秘書!」
「ちーがーうーっちゅーにーー!」
 美人だけは受け入れるけど、と、連十郎小声でぼそりと(でもみんな聞いてる)、日本刀暴風のようにたたきこめば、シャラとカルナもおもしろがって真似をする。はさみうちだ。
「ここは、ほんとに階段のぼってみるしかないようだな」
 笙に逃げられたので、けっきょく深識が判断をくだす。あつらえたようにそばに昇りの階段、これだって罠かもしれないけれど、身近な恐怖よりは何倍もマシなはず。走る。胴体が原動機にでもなったように、心臓、筋肉、どかどかと熱くさせながら駆け上がる。建築上の見かけからはたった4階分、1階分だってせいぜい13段ぐらいしかなかったはずの段差のつらなり、それはまるで宇宙のあなぐらにでもおちこみそうなぐらい、長く遠く続いている。
「う〜ら〜め〜し〜や〜」
「きゃあ、れんじゅーろーさんかっこいいです。シャラもまねっこするのですー」
 うしろからの白い手、それぞれの思いでふりきりながら。
 そしてついにたどりつく場所、観音開きの扉、
「開かない?!」
「貸してください!」
 鈴那の力ではびくともしなかったのに、昴が手を掛けると、ヨーグルトのようにとろけながらあっさり開く。
 空に近いところは、青ざめていた。銀鏡があまりに嘘つきだったから。月の代わりに照り輝いていたのは、山ともりあげられた、白くほっこり一粒一粒がたっている、
「ごはん!」
「やったあ、もうおなかぺこぺこです」
「なぁ、スプーンまで用意されてるってできすぎじゃないか?」
「気にすることないべさ。食べたもん勝ちだぁ!」
 かもしれない。ここまで来たら、食べずにいかないほうがむだってもの。だから、彼らはスプーンをもって御飯のなかへつきこんだ!
 すると御飯はその奥深くから、生まれるときに見た光を、だれもが帰りたがるあの明るみを発して――‥‥。



「‥‥いっちゃったですね‥‥さみしいな‥‥ひとりぼっちはいやなのに」
「しかたないです。シャラがいますよ、さみしくないですよ?」
「権兵衛たんフォーエバー(しくしく)」
「なさけないですネ、美人秘書。柴犬に目がくらんで、とりにがしてしまうとは。罰として墓場で反省会、3ヶ月の減俸デス」
「そんなん最初からもらったおぼえないっちゅーに!」



「あれ、深識さん。そんなところでなにしてるんです?」
「俺? えっと、笙に突き飛ばされて、うっかりスプーンつかみそこねて。昴‥‥だったよな? おまえこそ何してるんだ。ここどこ?」
「だって、スプーンを置いておいたのは私だから」
 息継ぎ、生きてないのに、息をしていないのに、彼女は鳥のように体を変えて、
「あれが鍵だったんです。いいえ、魂と肉体をつなぐかすがいかな? ‥‥スプーンをつかめなかったってことは、深識さん、悲しいけれど戻れませんよ。次のスプーンを持ってくる人を私といっしょに待ちましょうか」



 雑草だけの露地へ乱暴に投げ出される。俺は荷物じゃねぇ、と叫びかけて、琥珀、知った。草。ということは、ここは念願の外だ。
「俺たち、脱出してるぞ? 携帯電話‥‥お、バリバリ通じてる」
「ほんとうだぁ‥‥。出られたみたい‥‥だべな」
 手、足、鼻、髪、ぜんぶ平気みたい。志乃は確認する。おっと、最後にもちろん口も。ハンバーグを食べるにはこれがなきゃね。鈴那は周囲をみわたした。
「あ、でも、人数足りないよ? 一人、二人。深識さんと昴さんだ」
「もしかして最後の最後でつかまったのでしょうか」
 笙は悲しく、首をふる。白く細い指、カメラをにぎるための指には、悪夢からもちだしたスプーンが2本。
「せめて、このスプーンだけでも深識さんの実家におとどけしましょう」
 と暁にかざすと、それはともしく、誰かをきずつけたばかりのナイフのように濡れて、光った。