●リプレイ本文
●お菓子なぼくら
空の色は、まるでブルーキュラソーを流し込んだような青。
綿菓子雲がぷかぷか流れる下、雲と同じに真っ白の、何処からどう見ても羊にしか見えない物体が執事服を着込み、地図を見ながら銀のスプーンの勇者様ご一行を案内していました。
「というわけで、ルートといたしましてはまず川を渡って牧場と果樹園を通り、そして森で狩りをしてからプリンの塔に行く‥‥という事でよろしゅうございますかな? 申し遅れましたが私めは執事のセバスチャンと申します、どうぞお見知りおきを」
「オッケーだよっ、よろしくね、ひつじさん。あたしはティアイエル・エルトファーム(ea0324)だよ、ティオって呼んでね」
「いえ羊ではなく‥‥」
ティオは羊の執事の言う事はさっくり流して元気良くお返事。ミルクレープの魔法使いは、間に挟んだラズベリーが透けて水玉模様になった幾重にも重なるクレープ生地のドレスをはためかせ、魔法のキャンディステッキを手に、やる気・食べる気、満々です。
「いや、待ってくれ」
全身真っ黒なショコラーデングラズール(つまり上掛けチョコです)で艶光りした魔法使いが、黒ぶちの眼鏡を指でかけ直して言いました。ちなみに、真っ黒だけど、もちろんあの悪い魔法使いではありません。
「俺はエルド・ヴァンシュタイン(ea1583)、火により練られ大理石の上にて成されしザッハトルテの魔術士だ。傍迷惑なファフニールをこの聖なる銀のスプーンで討ち取ってやろう(ファフニールというのは、なんだかふわふわしていそうな名前ですが食べ物ではありません。ずっと昔に別の勇者に食べられてしまった、かわいそうなドラゴンのことです。‥‥おや、やっぱり食べ物なのかも?)。‥‥いやそれはさておき。珈琲は、珈琲はないのか? 甘いものを食べに行くのに甘いものばかり飲むのもどうか」
「はあ‥‥珈琲でございますか」
「まさか、無いのか? ‥‥無いなら俺は帰るぞ」
「いやそれは困ります! 分かりました、多少回り道ですが砂漠も通りましょう」
執事は地図に赤鉛筆で線を引き直しました。
「スプーンはしっかり装備して落とさないようにしないとね♪ 僕はハロウ・ウィン(ea8535)、パンプキンムースの魔法使いだよ。タルトの帽子がチャームポイントさ」
パンプキンシードが飾られた帽子をちょっと持ち上げてハロウが挨拶すると、シェリル・シンクレア(ea7263)もにっこり笑っておじぎをしました。
「私は苺タルトの〜魔法使いなのです〜♪ プリンは大の大好きなんですが〜パイやケーキも負けずの大好きなのですよ〜大の甘党なのです〜♪」
さっくりしたタルト生地にどこかラム酒の香りのするブラウニー生地を載せ、チーズカスタードクリームの上に大粒のイチゴをたっぷり飾りつけた、見るからに甘そうな彼女は、次の瞬間、その場に居たほぼ全員を凍りつかせました。
「なので〜共食い〜仲間食い〜しないように〜努力します〜♪」
ジンジャークッキーの兵隊なんて、持っていたハロウの荷物をびっくりしてぼろぼろ取り落としてしまったくらいです。でも勇者は流石にそこまでびっくりはしません。たとえば麗蒼月(ea1137)は顔色一つ変えませんでした。そればかりでなく、スーッと目を細めて笑ったのです。
「甘いもの、は、食べる‥‥それだけ‥‥そして、下克上‥‥」
そう麗が言うと、水饅頭な麗のお腹で黒い餡がうごめきました。今度は麗の周りからみんなが離れました。
「‥‥俺は隊列のしんがりを勤めよう。何があるか分からないしな」
エルドが何気なく下がったのは、後ろから食べられる事を警戒したからではありません。たぶん。
「そういえばほかの勇者さんはいないの?」
ティオは緑色のドレンチェリーで出来たくりんとした目を羊の執事に向けました。
「うむ、遅うございますな。伝書鳩を飛ばしたのでもうじき合流されるかと存知まするが」
「伝書鳩って、どんな鳩さんなの?」
「さっくり焼き上げた薄焼きサブレの鳩で、頭の先に少しこげ目がある‥‥」
ごそごそと麗が食べかけていた何かを荷物にしまいました。シェリルは目ざとくそれを見つけて麗に聞いてみます。麗は目を合わせずに答えました。
「それは〜、何ですか〜?」
「気にしないで‥‥ただの、マンボウ‥‥だから‥‥」
「まんぼう〜?」
「万引きは泥棒、という意味‥‥(証拠隠滅‥‥完了‥‥)」
麗は口の端に付いたサブレの破片をぺろりと舌なめずりしてぬぐってから、薄く、ミントゼリーのように笑いました。麗の持っているサブレは確かにマンボウに見えました。もし食べてしまった半分に鳩の首が付いていたのでなければ、の話ですが。
●今、そこにあるケーキ(プリンだ)
勇者達は順調に、プリンと一緒に食べるものを集めていきました。ティオはブルーベリー、クランベリー、グースベリー、ラズベリーなどベリーと名のつくものは片っ端から両腕一杯に抱えていました。
シェリルも苺や泉で汲んだばかりの新鮮なミルク、それからキャラメルのレンガもたくさん。キャラメルの都キャラメロットには及ばなくても、美味しいキャラメルはちゃんと手に入るんです。シェリルは苺が手に入ったのでとてもほっとしていました。もし手に入らなかったら自分の苺を食べるつもりでいたからです。
ハロウはグレープフルーツを一房、引きずっていました。ぶどうの一房は片手で持てますが、その一粒がグレープフルーツとなるととても大変です。ときどきころころと落ちて転がってしまうグレープフルーツを、ジンジャークッキーの兵隊が慌てて拾いにいきました。
プリンの塔が立っているブラックキャンデーの森の入口に一行が差し掛かると、どこからか馬の蹄の音が聞こえてきました。音はだんだん近づいてきて、やがて一行の前に馬に乗った勇者が3人、姿を現しました。一人の勇者が高らかに名乗りを上げました。
「やあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、愛馬『麩菓子』に身を預け、腰に帯びし二刀はその名も高き名刀芋けんぴ。瓦せんべいの鎧を纏いて背中に銀のすぷーんを負いし、ずんだ餅志士の村上琴音(ea3657)とは、我の事なるぞ! 未だ武者修行の身にはあれど、銀のすぷーんに導かれ推参仕った。我が友ごま福忍者と共に、助太刀いたす!」
「おいら、ごま福の忍びで蔵王美影(ea1000)だよ♪ ヨロシクねっ♪」
蔵王はひょいと馬から飛び降りると、にこにこしながら挨拶しました。それからもう一人、ちょっと疲れた顔で馬から下りてきたのはディーネ・ノート(ea1542)です。疲れているせいでしょうか、縁なしめがねがずり落ちてしまっています。カリカリのはずのアップルパイの外側も、すこし湿ってしまいました。
「うっかり道に迷っちゃったみたいで‥‥良かったわ、合流できて」
ディーネはこんがりアーモンドの狐を捕まえてありました。大きなスプーンみたいなシナモンの枝も、目がバッテンになった狐と一緒にぐるぐる巻きに縛ってありました。
「狐さんがかわいそうだよ。離してあげて?」
ティオがディーネにお願いすると、ディーネはちょっと困った顔をしました。
「だが、逃がしてしまうとプリンの塔を食べるのが辛くなるぞ? プリンの塔を食べなければ世界は滅んでしまうし、飽きないようにしなければ食べきれないだろう?」
エルドも珈琲、ブラウンシュガー、ミルクの三点セットをしっかり抱えたまま、静かにティオに言い聞かせました。そのとき狐が目を覚まして、言いました。
「なんだ、また食べられちゃうんだ。せっかく生焼け尻尾がこんがりになったばかりなのに、仕方ないなあ、もう。縄、解いてよ。逃げないからさ。あーあ、また尻尾がはえてくるまで待たなくちゃ」
縄を解いてもらった狐はあくびをしてからティオと一緒にくっついてきました。
お菓子の国の生き物は死にません。死ぬ、というのはただからだが材料に戻るというだけのことなのです。お菓子で出来た世界にあるお菓子は、世界そのものなのです。ただドラゴンだけはこの世界の生き物ではなかったので、ドラゴンに食べられてしまうと、もうお菓子ではなくなってしまうのです。どうなってしまうのか、誰も知りません。
いつのまにか、銀のスプーンの勇者達はもう、プリンの塔の目の前に来ていました。
●やんごとなきソナタ
猛烈な勢いで。涙ちょちょぎれる勢いで。
刀も槍も何一つ通らなかったプリンの塔の壁は銀のスプーンにあっさり掬われて、一さじごとにぷるんと震えました。
蔵王はチョコレートをふりかけ、ミルクで喉を潤しながら食べています。ほっぺたがチョコとプリンで汚れていますが、誰も気にしません。
村上は生クリームとキャラメルソースをポタポタ垂らしながら食べています。
「悪い魔法使いよ(はぐはぐ)これが年貢の納め時(もぐもぐ)貴様の野望は我らが(あむあむ)喰らい尽くしてくれるのじゃ!(ごっくん)」
しゃべりながら食べていたので少しむせてしまい、村上は緑茶を飲み干しました。
「プリン完全制覇〜正面から食べつくすのみですよ〜♪ ああ〜大好物のプティングが山のよう〜〜〜し〜あ〜わ〜せ〜です〜〜〜♪♪」
シェリルはうっとりと銀のスプーンを口に運びます。口の中で黄色いやわらかな塊がとろりととろけました。そのまま、しばらく口の中で余韻を味わってから、ひたすら夢中で食べ続けました。
ハロウはちょっぴり理論派でした。アーモンド狐もマシュマロ兎もハロウは恐くて食べられませんでした。鶏なんて想像しただけでぞーっとしました。もしかしてハロウになる前に鶏だったのかもしれません。だからハロウも、生クリームとほろ苦いカラメルだけでプリンを食べていました。片方ずつ使ってみたり、両方いっぺんに使ったり、それに飽きると今度はグレープフルーツで口直しをしました。
休憩中のティオは、胸元の大きなリボンを揺らしながら、尻尾を取られた狐や兎にオカリナを聞かせてあげていました。
兎を捕まえたのは麗で、ティオに止められて頭から丸かじり出来なかったので、ティオの周りの兎を未練がましくしばらく見ていましたが、そのうち吹っ切れたのか、大きなコーンアイスの鷹で上から塔を食べる荒業を始めました。
ディーネとエルドは共同戦線を張っていました。エルドがプリンを魔法で焼いて焼きプリンを作ると、ディーネは魔法で冷やしてきーんと冷えた冷やしプリンを作り、半分こして仲よく食べました。
食べても食べても、なかなかプリンの塔は減りません。崩れる様子も一向にありません。ただ、鷹に乗って上から見ていた麗だけは、だんだんと塔が低くなっていくのが分かりました。お陽さまは空の真ん中を過ぎて、だんだんと空の色が赤くさくらんぼ色に染まってゆきました。
勇者達はどんどん食べ続けて、とうとう最後の一口を食べ終わると、塔の天辺の赤い三角屋根がばりんと割れて、中からびっくりした顔の悪い魔法使いと、椅子に縛られたままの女王さまが出てきました。
「近寄るな! 近寄るとアリス女王の命は無いぞ!」
悪い魔法使いは怒鳴りました。でも、誰もそんな言葉を聞いていませんでした。
ハロウは魔法を使って、悪い魔法使いを転ばせました。麗が悪い魔法使いの胸倉を掴み上げて、
「‥‥プリンが、足りない‥‥」
と言って殴り飛ばしました。
そしてエルドとディーネは顔を見合わせて頷くと、
「行くぞディーネ!」
「ラジャー、エルドさん!」
「「ダブル・スゥィート・ナックルゥーッ!!!」」
二人の力を合わせた魔法で、悪い魔法使いはあっという間に吹き飛んで、見えなくなってしまいました。おーぼえーてろー、という声がかすかに聞こえました。
●紅茶の王様のお誕生日祝い
アリス女王は魔法使いに眼鏡を壊されてしまって、前が良く見えなかったので、森を出るまではエルドが抱きかかえてあげました。それから羊の執事が呼んでおいた馬車に乗って、もう夜だったけれど、紅茶の国に向かったのです。
プリッツェルの馬は華奢な足で風のように早く走り、あまりに早く走るので、馬車に乗っていた勇者達は馬の足が折れてしまうのではないかと心配するほどでした。馬はぐんぐんと走って、真夜中に近い頃、紅茶の国に着きました。
紅茶の国のお城では、紅茶の王様が出迎えてくれました。女王さまが馬車から降りようとして転んでしまったのを見て、女王さまが眼鏡をかけていないことに気づいた王様は、とてもびっくりして、何が起きたのか尋ねました。女王様は一部始終を話しました。
「そんな事があったのか。そうとも知らず、私はてっきり嫌われてしまったのかと‥‥そうだ、あれを渡さなくては」
王様は侍従に囁いて、バラの花の模様の箱を持ってこさせました。王様に箱を手渡され、女王様が恐る恐る蓋を開けると、中には新しい眼鏡が入っていました。王様は女王様の顔にそっと新しい眼鏡をかけてあげました。急に見えるようになって、すぐ近くに王様の顔があるのに気づくと、女王様は頬を赤らめました。
「もう一つ、受け取って欲しいものがあるんだ」
王様はポケットからもっと小さな箱を出して渡しました。女王様がまた蓋を開けて見ると、今度は大きなダイヤモンドの指輪がキラキラと輝いていました。
「これから誕生日には朝から晩まで離れず一緒にいられるように、結婚しよう、アリス」
お菓子の国の女王、アリスは返事が出来ませんでした。ただ何も言わないで紅茶の王様の胸に飛び込むと、王様はアリスを優しく抱きしめ、アリスの目から真珠のようなアラザンの涙が幾粒もこぼれたのでした。
すぐにパーティが始まりました。
お誕生日のパーティではなく、アリスと紅茶の王様の婚約パーティです。
パーティが始まるとエルドは幸せな二人の手の甲に祝福のキスをしました。
「おめでとう‥‥あら、贈り物を‥‥忘れた、わね。‥‥私で、良ければ‥‥あげても‥‥いいわ、よ? ‥‥冗談、だけど」
真顔で麗が言いました。
シェリルは銀のスプーンでパーティのご馳走を端からきれいに平らげます。村上も食べてはいましたが甘いものは口にしませんでした。
「甘味をこれだけ口にしては、わが身が甘くなりすぎてしまうからのぅ。甘味は控えさせてもらうのじゃ。和菓子の心(甘すぎない)を守るためにものぅ」
ディーネとエルドの二人の魔法使いは紅茶の王様に紅茶の国の宮廷魔術師になるように勧められました。どうしようか考えていると、お祝いの花火が始まり、空一杯にあらゆる色が輝きました。
それから、アリスは女王様を辞めて紅茶のお后様になり、お菓子の国には新しい女王が生まれました。その女王様は水饅頭で出来ていたという噂もありますが、それはまた、別のお話。