お菓子の国のリデル

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリー

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月11日

●オープニング

 ずっと昔の遥かな未来。
 どこか遠くのすぐ近く。
 お菓子の国は何もかもがお菓子で出来ています。
 きらきら光る水飴の雨が綿菓子の雲から降って、ココアシフォンの大地をしっとりと濡らすと、飴細工のバラは透き通った綺麗な赤い花びらを広げ、雨上がりには蜂蜜色のミツバチがぶんぶんと、宝石のような露で飾られた花の周りをかいがいしく飛び回るのです。

 穏やかで平和な日々は突然に壊されました。
 ある日、一匹の真っ赤なドラゴンが、お菓子の国に現れたのです。ドラゴンはそのまがまがしい翼を羽ばたかせ、勢いよくお城の上に飛び降りました。城はドラゴンのしりもちで、あっという間にぺったんこになってしまいました。まるで紙のようになった城を、ドラゴンはぺろりと平らげてしまいました。それから、お腹いっぱいになったドラゴンは、体を丸めて、ぐうぐういびきをかき始めました。
 これは緊急事態です。
 幸いなことに、ドラゴンがどーん、と、城めがけて飛び降りてきたときに、その勢いで城の中の人もたくさん吹き飛ばされ、そのおかげで命拾いした人が何人もいました。ですが、女王様の行方だけはどうしてもわかりませんでした。
 隣の国へ急いで使いが出され、今は隣国の王妃となったお菓子の国の前女王アリスの娘、リデルがお菓子の国に連れてこられました。そして、小さなリデルがとりあえず、この国の女王さまをやることになりました。
 ドラゴンはいつまでもぐうぐう眠ったままでした。お城を作るときに魔法のはちみつでクッキーのレンガをくっつけたので、きっとまぶたがはちみつでくっついてしまったのに違いない、と生き残った人たちは噂しました。
 とても勇敢なジンジャークッキーの兵士が、眠っているドラゴンにそーっと近寄って、ドラゴンのうろこをとってきました。
 エクレア博士は大きな虫眼鏡でひっくり返したり、斜めにしたりしながらうろこを調べました。そこへ小さなリデルがやってきて、うろこをひとかじりしたので、博士はとてもあわてました。うろこはリデルの小さな歯形ぶん欠けてしまいましたが、リデルは、
「これ、とってもあま〜いクッキーの味がするわ」
 と言いました。
 それはとてもへんなことでした。
 というのは、ドラゴンはお菓子の国の生き物ではないので、お菓子では出来ていないはずなのです。もしお菓子で出来たドラゴンがいたとしたら、それは偽者です。
 偽者のドラゴンだったらきっとやっつけられるはずです。人々は喜びましたが、またすぐにがっかりしました。
 ‥‥もしドラゴンが偽者だとしても、あんな大きなものをどうやってやっつければよいのでしょう?
 お菓子の国の人たちは、とても困ってしまいました。
「どうしたらいいのだろう、今度ドラゴンが目を覚ましたらこの国はきっと丸呑みにされてしまう」
 みんなが空を見上げてため息を付いたので、集まったため息がぐるぐる回って、ちいさな竜巻になりました。竜巻は回りながら、どんどん高く飛んでいって、やがてマフィンで出来たお月様にぶつかりました。お月様は端のところが少し欠けて、かけらがきらきら輝きながら国のあちこちに落ちました。それは、金色のスプーンの形をしていました。
 リデルは、昔、銀のスプーンの勇者が悪い魔法使いをやっつけたお話を思い出しました。こんどもきっとそうに違いないと思いました。それで、国中にお触れを出しました。
『金のスプーンを持った勇者は急いでお城へくること』
 さて、勇者たちは無事にドラゴンを退治することが出来るのでしょうか?

●今回の参加者

 ea0012 白河 千里(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0221 エレオノール・ブラキリア(22歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1000 蔵王 美影(21歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea1542 ディーネ・ノート(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●いきなりクライマックス?
 朝日は清しい金色の光でお菓子の国を包み、砂糖細工の丘にはミルク色の朝もやがたなびきました。
 さくさくと音を立てて勇者の一行は進みます。プレッツェルの馬や羊羹のボーダーコリーを連れた勇者たちがどんどん進むと、身体をびりびり震えさせるほどの大きないびきが、だんだんと近づいてきました。コリアンダーの茂みをかき分けると、大きなドラゴンの頭のまん前に出ました。ドラゴンはいびきをかくたびに、鼻の穴を開いたり閉じたりしていました。
 勇者たちはドラゴンを起こさないようそーっと近づいて、お互いに目で合図をしました。
 最初に、ヨーグルトムースの吟遊詩人、エレオノール・ブラキリア(ea0221)が眠りの魔法をドラゴンにかけました。ドラゴンのいびきはいっそうひどくなりました。
 耳を押さえながら、勇者たちはドラゴンに近づきます。
「大丈夫、寝ているのならこちらが襲われる心配は無い。さ、今のうちに食べてしまおう」
 チーズケーキの騎士、つまりチーズ系騎士のルシフェル・クライム(ea0673)が言いました。ルシフェルは、まずドラゴンの手や足をもいでしまおうとしました。手足がなくなってしまえば、ドラゴンは飛んだり暴れたり出来なくなると考えたのです。
 同じように、クレリックのリデト・ユリースト(ea5913)はパタパタ飛びながら、まずドラゴンの耳のところに行きました。リデトは妖精の一族なので、薄切りのメロンで出来た羽で飛ぶことが出来たのです。だけどリデトはアップルタルトの妖精でしたから、自分の羽がメロンじゃなくてリンゴだったらもっといいのに、といつも思っていました。
 リデトはなるべくドラゴンに触らないで済むように、耳の上まで行くとくるりとひっくり返って、耳の端を一口かじりました。ドラゴンの耳はぴくんと動きましたが、エレオノールの魔法が良く効いているのか、目を覚ます気配はありません。
 ドラゴンは丸くなって寝ていたので、ルシフェルが食べようとしていたドラゴンの手は、体の下にありました。ルシフェルがそっとドラゴンの手を引っ張ると、手は途中で何かに引っかかりました。ルシフェルが力任せに引っ張ると、ぽきんという音がして、手と一緒に、引っかかっていたもの──一枚の真っ赤なうろこがはがれました。
 ドラゴンのいびきが止まりました。そしてドラゴンの大きくて真っ赤なドレンチェリーの目玉がぱっちりと開いて、ぎろりとルシフェルをにらみつけました。いきなりドラゴンが起き上がったので、耳をちまちまとかじっていたリデトは
「わぁーーーーー」
 と叫びながら、あっけなく遠くに弾き飛ばされてしまいました。
 ルシフェルは蛇ににらまれた蛙のように、動くことが出来ません。ドラゴンはまっすぐルシフェルのほうに向き直ると、大きな口をあけ、中からごーっと真っ赤な炎を吐きました。たちまちルシフェルの姿は炎に飲み込まれて見えなくなってしまいました。

●ああっ勇者さまっ
 そんなピンチに駆けつけたのは、二人の饅頭の勇者でした。
 一人は紅白に塗り分けられたハートマークのついた陣羽織を着て、腰には黒文字の刀と黒蜜の入った徳利を提げています。
 もう一人はそんな恥ずかしい格好はしておらず、ただ太刀の鍔に『紅』の文字が、ハートマークに囲まれてちょこんとありました。
 二人の勇者、つまり白河千里(ea0012)と天螺月律吏(ea0085)は、息もぴったりに叫びました。
「白饅頭志士、白河千里!」
「紅饅頭侍、天螺月律吏!」
「宇宙を駆ける紅白饅頭の二人には!」
「スイートワールド・甘いお菓子が待っている!」
 手にはそれぞれ金色のスプーンを持ち、台詞ごとにポーズを変えながら、最後に背中合わせに立ちながら、しゃきーん、とスプーンを持った手をクロスさせると、背にした太陽の光が後光のように二人のシルエットを浮かび上がらせて、とてもかっこいい感じです。
 ちなみに、あくまでも二人は勇者であって夫婦漫才ではありません。
 そして二人が決めポーズを取っている間にもルシフェルはドラゴンの炎でこんがりと焼かれていました。ルシフェルだけでなく、森で拉致されたアーモンドの狐まで、とばっちりを食らってローストされてしまいました。
「ああ、アーモンドがこんがり焼けるいい匂い‥‥じゃなくてっ! しっかりして狐さん! なんてひどいことを!」
 目にうっすら涙をためて叫んだのはリンツァートルテの魔道士、ディーネ・ノート(ea1542)でした。そういう彼女の服にもたくさんアーモンドを薄切りにした飾りがついているのですが、そのことは触れないほうがよさそうです。
 同じリンツァートルテの仲間には、ラズベリーが入っているものやリンゴが入っているものなども居ましたが、彼女の中身は甘酸っぱいブルーベリーでした。甘いだけのお菓子だと思ったら大間違いなのです。
 ディーネはすかさず魔法の呪文を唱え始めました。
 勇者の一人で寒氷の忍者、蔵王美影(ea1000)は、ディーネよりももっと早くから両手を組んで詠唱を始め、忍術を完成させていました。
「みじん粉隠れの術!」
 どーん、と蔵王の周りで爆発が起きて、粉がもうもうと立ち上りました。もしこの粉を集めることが出来たら、干菓子が山ほど出来たことでしょう。
 煙の中、姿が見えなくなったと思ったら、蔵王はドラゴンの首にいつの間にかしがみついていました。そのままドラゴンの首をきゅーっと締め上げます。ドラゴンは苦しがって暴れました。
 がおーっ、とドラゴンが吠えたとき、その大きく空いた口の中に、もし火を吹かれたら自分のワインゼリーの体が解けてしまうのではないかと緊張しながら、南雲紫(eb2483)が小さなつぼを投げ入れました。
 それは、かつてこの場所にお城が作られたときに、レンガを固めるのに使われた、魔法のはちみつの最後のひと壷でした。
 ごっくんと壷を飲み込むと、ドラゴンはなんだかふらふらし始めました。魔法のはちみつの効果が現れたのです。でも、そこまででした。はちみつはほんの少ししか残っていなかったので、ドラゴンを再び眠らせることは出来ませんでした。
 ドラゴンは眠気と戦っているようにふらふらしながらも、まだ戦う気まんまんの目をぎらりと光らせて、勇者たちをにらみつけました。
 そこへ、ディーネが呪文を唱え終わって、ドラゴンにアイスコフィンの魔法をかかりました。
 青い光がドラゴンめがけて走ったかと思うと、ドラゴンの口の中に大きなアイスクリームの塊が現れて、ドラゴンの口をふさいでしまいました。色からすると、どうやらコーヒー味のアイスクリームのようでした。
「今だレッド!」
「‥‥レッド?」
「お前のことだ律吏。紅白饅頭は白だけでも紅だけでも、只の小麦饅頭でしかありえぬ。つまり、息を合わせねば本領発揮出来ぬのだ。さあ、心を一つにして、叫ぶのだっ! ホワイト饅頭ーっ!」
 目が点になっていた天螺月も、覚悟を決めたようでした。勇者モード全開で、白河と一緒に叫びます。時々手の中の銀色のフォークに目をやりますが、別にカンニングペーパーが仕込んであるなんて事はありません。たぶん。
「れ、レッド饅頭ーっ!」
「紅白の美しき饅頭が」
「邪悪なドラゴンを食べつくす!」
「紅白饅頭あ・たーく!」
 二人ががっしりと手をつなぎ、ドラゴンに向かって走り──そして天螺月は力いっぱい白河を投げたのでした。白河の悲鳴が響きます。
「あっちょっと待てこの攻撃は二人一緒に突っ込むわざあぁぁぁぁぁぁ‥‥」
 ぽきん。
 ドラゴンの首は熱い饅頭魂を背負った勇者の体当たりでもろくも折れたのでした。

●いっつ・くーる!
 ここに来るまでに勇者たちはしっかりと口直しとなるものを用意してありました。その量はとても多かったので、ドラゴンと口直しのアイテムと、いったいどちらが本当の口直しなのか分からなくなるほどでした。でも、勇者の持っている金色のスプーンには不思議な力があって、食べ続けようと思えば決してお腹いっぱいにはならないのです。だから勇者たちは安心してドラゴンの身体をやっつけ始めたのでした。
 まずはうろこ剥がしです。ドラゴンのうろこはクッキーで出来ていましたが、頭から尻尾まで、虹のような七色になっていました。
 南雲が首の辺りの赤いうろこを剥がして食べました。イチゴの味がしました。
 飛ばされたリデトがパタパタと戻ってきて、オレンジのうろこを剥がしました。かぼちゃの味がしました。
 ディーネは黄色のうろこを口に運びました。レモンのさわやかな味でした。
 蔵王はひょいひょいと身軽にドラゴンの背中に駆け上がり、緑色のうろこを取りました。抹茶のほろ苦い味でした。
 ルシフェルはドラゴンの炎に焼かれて少し焦げ目の多いベイクドチーズケーキの騎士にレベルアップしていました。彼が手にした水色のアイシングで覆われたクッキーは、ペパーミントの味がしました。
 エレオノールはあまり力が無かったので、うろこを一枚剥がすだけでも骨折りでしたが、手にしたクッキーは、ブルーチーズの塩の効いた味で、生地の甘さとのバランスは絶妙でした。
 尻尾の先から、天螺月もうろこクッキーを一枚剥ぎ取って食べました。それは紫色をしていましたが、紫いもの鮮やかな色と自然な甘さが上品につりあっていました。
 飲み物も泉や川、湖から汲んだも緑茶に紅茶に甘酒、コーヒー椰子の実にストローを突き刺して飲むコーヒーなど、選り取りみどりでした。
 ディーネは飲み物をキンキンに冷やす魔法を、他の勇者たちのために使ってあげました。
 ルシフェル同様、彼のドライバナナの剣もドラゴンの炎に炙られてよりカリカリになってしまいましたし、チェダーチーズの盾なんて、とろ〜りと溶けてしまいました。溶けたチーズはルシフェルのビスケットの鎧にくっついてしまったので、ルシフェルは鎧を脱いでほとんど裸になって食べました。女性陣からはちょっぴり生暖かい視線で見られていたかもしれませんが、ドラゴンを食べるのに夢中だったので、ルシフェルはそのことにまったく気が付きませんでした。
「ひとつ気になっていることがあるんである」
 うろこを8割がた勇者たちが食べてしまった頃、しごくまじめな顔でリデトが手を上げました。
「前の女王様はどこへ行ったんであるかな? まさかドラゴンの中にいるんであるか? 食べながら探すべきなんである」
「その必要はないわよ」
 金平糖のようなかわいらしい声に勇者たちが振り向くと、小さなリデル女王が微笑んでいました。
「ドラゴンをやっつけてくれたのね。さすがは伝説の勇者たち。ところでまだ姿をあらわさないところを見ると、前の女王様は多分、新しい国を探しに行ったのだと思うわ」
「そうなんであるか? リデトとリデルは一文字違い、親近感を感じるリデルのために、私はがんばってドラゴン退治をしたのである!」
「ええ、ありがとう」
 胸を張るアップルタルトの妖精と女王は握手をしました。
「ねえ、ドラゴンの頭って食べられるのかしら?」
 ディーネが素朴な疑問をぶつけると、女王はうーんと首を傾げました。
「ちょっと待ってね」
 そういうと女王はドラゴンの頭にぱくりとかじりつきました。そしてもぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み下すと、
「とっても美味しい!」
 と元気良く答えました。
「甘いものは別腹って言うけど、これは別腹に収まるかどうか‥‥?」
 エレオノールはため息混じりにつぶやきましたが、そのときにはドラゴンの分解作業も、もうあらかた片付いてしまっていたので、杞憂に終わりました。

●えぴろーぐ
 偽のドラゴンはこうして勇者たちの手によって、勇者の胃袋に封印されたのでした。
 結局この偽のドラゴンがどうして生まれたのか、そしてどこからやってきたのかはわからないままでした。
 でも、勇者とスプーンがある限り、お菓子の国は滅びることは無いでしょう。
 ドラゴンが片付けられた後に、またその同じ場所に新しいお城が建てられ、女王リデルが住まうことになりました。
 そして、リデルが大きくなった頃、お菓子の国に大きな危機が訪れることになるのですが、それはまた、今度お話しましょう。