お酒の国のアリス

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリー

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2007年04月21日

●オープニング

 ずうっと昔の、遥かな未来。
 どこか遠くの、すぐ近く。
 お菓子の国は何もかもがお菓子で出来ています。
 城も、道も、山や川や生き物も。
 山に降ったパウダーシュガーの雪と、山肌からちょろちょろ湧き出るアイシングの湧き水は、やがて山すそへ下りるに従い、曲がりくねりながら瀬と淵を幾つもこしらえ、やがて大河となってあのきらきらしたゼリーの海へ注ぎ込みます。
 雄大な蜂蜜の湖深くには餅菓子怪獣が済んでいて、ときどきその長い首を出しては住民をびっくりさせるし、よその国から流れてくる川にもいくつか、お菓子の国にとってなくてはならないものがあるのです。
 その一つが、お酒の国から流れてくるリキュール川。
 七色に輝く川の水はお酒で出来ていて、水を汲むたびに違う味になるのです。
 きょうは、このリキュール川の、おはなし。

「けしからん、まことにけしからん」
 お酒の国の王様はたいそう怒っていました。
「なんてことだ。まったく。腹がたって仕方がない。‥‥そうだ。ならばこうしよう。」
 ぱん、ぱん、と手を打って、王様は家来を呼びました。
「今すぐ、リキュール川の水門を止めてしまえ! 今すぐだ!」
 家来はすぐに走って行って、リキュール川の大きな水門のねじを、ぐるぐる回します。
 どーん、と大きな音を立てて、リキュール川の水門は閉じられました。
 王様の側に立っていた黒いフードの魔法使いはそれを見て、下を向いたままニヤリと笑いました。

 さて、リキュール川の水がすっかり干上がってしまうと、そこに住んでいた魚たちはとても困ってしまいました。そこで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、みんなで女王のところへ行きました。
 お菓子の国の女王はアリスという名前で、こんがりと焼けた茶色の髪を三つ編みにした、優しいオレンジマフィンです。
「まあ、なんということでしょう。お酒の国で何があったのか分かりませんが、すぐに行って水門を開くようにお願いしてきなさい」
 女王はそう命じて、使者をお酒の国にやりましたが、ああ、なんということでしょう!
 お酒の国からは使いに出したジンジャークッキーが、ばらばらにされて戻って来たのです。
 あまりのことに女王は顔を覆って泣き出しましたが、ジンジャークッキーの頭はまだどこも壊れておらず、しっかりした調子で女王にこう言いました。
「女王様、泣いている場合ではありません。あの王様は悪い魔法使いにだまされているんです。お菓子の国がお酒の国を侵略しようとしているだなんて、まったくばかげてる! 一番おいしいお菓子、それもお酒を使ったものを食べさせてあげれば、きっと目が覚めるはずですよ。悪い心のものに、おいしいお菓子は作れないのですからね」
 女王は静かに頷きました。
「では、『魔法のお菓子釜』を使うときが来たのですね」
「‥‥ああ、それと、まずは私の体を新しい生地でつないで焼きなおしてもらえませんか。少し色が黒くなってしまいますが、私が道案内をしましょう」
 少し沈んだ顔になった女王を励ますように、頭だけのジンジャークッキーはウィンクをしてみせました。

 それから、女王は国中のお菓子たちを、城に呼び集めました。
「私は、お酒の国に話し合いに行きます。あまりにたくさんのお供がいれば、お酒の王様はきっと私達が攻め込んできたと思うでしょう。だから、10人もいれば十分です。途中、山や川で材料を集め、『一番おいしいお菓子』を作り、お酒の王様に目を覚ましてもらうのです。さあ、誰か、供をしてくれるものはありませんか?」

●今回の参加者

 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1137 麗 蒼月(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3115 リュミエール・ヴィラ(20歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●ホールのケーキのホール
 お菓子の国の城は、女王アリスの旅支度でてんやわんやでした。
 魔法のお菓子釜は今は小さなバスケットの形になって、アリスの腕にぶら下がっています。
 綿菓子羊の執事は、女王の供となるべく名乗り出たお菓子たちを見回しました。
「あひるのクリス、お召しにより参上でっす♪ 心強い仲間と共に酒の国の王様の心に届くお菓子、用意しますね☆」
 真っ先に名乗りをあげたのはあひる饅頭の吟遊詩人、クリス・ラインハルト(ea2004)。いとこは由緒正しいカステラ饅頭の一族でも特に名高い、あのひよこ饅頭。また、親戚筋にはもみじ饅頭という、やたら赤面症なのもいたりします。卵黄を塗って焼いた体はつやつやと自信に溢れ、満面の笑みをたたえて女王様に会釈をしました。
 後ろからひょっこりと、青林檎色とソーダ色の二人の妖精が顔を出します。シナモンの香りがふんわりと漂うアップルパイの妖精はリデト・ユリースト(ea5913)です。
「お酒はお菓子の大事な材料。特に林檎のリキュールがなければ色んな林檎のお菓子が作れないである。困るである。女王、一緒に行くである」
 薄い青林檎飴の翅をぱたぱた羽ばたかせながら、大真面目に話します。体も頭の中も、林檎がぎっしりと詰まっているようです。
 もう一人の妖精、リュミエール・ヴィラ(ea3115)や他の仲間たちも笑顔で頷いてみせました。
「お支度が整ったようでございます、そろそろご出立を」
 羊の執事に促されて、お菓子の一行はお城を旅立ちました。

●誰がタマゴを盗んだか?
 ピンク色のポップコーンで出来た八重桜の下をくぐって、桜餅の浪人が一行の先頭を歩いてゆきます。倉城響(ea1466)です。桜餅の一族は昔から西と東で姿が違うのですが、倉城は東の一族の出身だったので、つぶつぶの生地で包んでいるのではない、桜色の生地を焼いて巻いた姿をしています。堅い八ツ橋の下駄は、歩けばからころと軽い音を立てました。
 まずは王様の為のお菓子の材料集めをしなくてはいけません。
 最初に立ち寄ったのはタンポポクッキーの草原でした。ミルクやレモンの飴細工の蝶が幾つも飛び交っています。でもお目当ては草原を走り回っているクッキーのニワトリたちです。毎日毎日、ニワトリはゼリーやカスタードなど、色々な卵を生むのです。倉城が欲しかったのは、黄味餡の卵です。
 ブルーベリーチーズタルトの騎士であるルシフェル・クライム(ea0673)も材料にする卵を探しました。これは大きな白いビスキュイのニワトリの巣で見つけて、そーっと取り出しました。
 麗蒼月(ea1137)もルシフェルの手伝いをします。卵を運ぶたびに、水饅頭の体の中、腰のあたりのこしあんがぷるんと動きます。
「ありがとう。‥‥でもつまみ食いは程ほどに」
 笑いながらルシフェルは言って、麗の顔についていたゼリーの欠片を取ってくれました。麗の顔がちょっと赤くなるのと同時に、お腹の餡もぽーっと梅餡色に染まりました。
 実は麗は、この旅を食い倒れの旅だと勘違いしていたのです。だからお菓子を作ることは考えていなかったのですが、その代わりにみんなのお手伝いをとてもよく頑張りました。集めた材料がなぜか段々減っているような気もしましたが、きっと気のせいです。
 それからゼリーの海辺を通り抜け、たくさんのお菓子な動物が住んでいる森を抜け、色々なベリーの赤に染まったベリー・バレーで危ないつり橋を渡ったり、レミオメロンの郷ではレモンとメロンをぶつける激しいお祭りに巻き込まれたり、オレンジ山の大噴火で降ってきた巨大なオレンジに潰されかけたりもしましたが、一行はどうにか無事に蜂蜜の湖、ハニーデュー湖までたどり着いたのでした。

●甘党ティーパーティ
 蜂蜜色の湖面はきらきらと降り注ぐ光を抱きとめて輝きます。向こう岸が見えないほど広い湖の岸辺にはさらさらとしたグラニュー糖の白い砂浜が広がっています。その向こうに見えるもう少し黄色い砂浜は、小麦粉で出来ていました。柔らかな砂浜に足を踏み入れれば、すぐめり込んでしまうでしょう。
 ここでも皆は砂糖や小麦粉を袋に詰めるのに大忙しです。でも麗だけは皆と離れ、湖の味見をしていました。人差し指をスプーンがわりに、蜂蜜にそっとひたして、口元へ運ぶと、少し花の香りがする甘さがぱあっと広がりました。麗は目を細めます。
「甘くて、美味しい‥‥でも」
 蜂蜜酒だったら良かったのに、と麗はちょっぴりがっかりしたのでした。
 袋にたっぷり砂糖や粉を詰めて、さあ帰ろう、とした矢先です。
 湖面がざわざわと大きく波打って、浜にいたお菓子たちは危うく流されそうになりました。そして、黄金のしぶきの中から、つやつやした白茶色の大きくて首の長い生き物が現れて、
「ゆべっしぃぃぃぃぃ!!」
 と吠えました。
 これが湖に住む餅菓子怪獣、ユベッシーです。でもユベッシーの様子はどこかおかしくて、長い首をぶんぶん振り回しながら、岸辺のお菓子たちめがけて突っ込んできました。慌てて皆は砂糖や粉が入った袋を抱えて逃げ出します。ところが、いちばん水際にいた麗は逃げ遅れてしまいました。ルシフェルがあわてて持っていた材料を手放して、麗を助けに走ります。けれど、間に合いません。ユベッシーは大きな声で吠えながらまっしぐらに麗のほうへやってきました。
 麗は慌てませんでした。ユベッシーの尻尾のほうへ回りこみ、そのままユベッシーの尻尾にかぶりつきます。
 がぶり。
「ゆべしぃぃぃぃ!!」
 痛かったのでしょう、ユベッシーは今度は悲鳴のような鳴き声を上げました。麗がかじりついたところから、尻尾はぽきんととれてしまいました。でも、その途端にユベッシーはなぜか大人しくなりました。麗が尻尾をもぐもぐと食べながら調べてみると、とれた尻尾の先に、痛そうなだんご串が突き刺さっていました。
「きっと‥‥これが痛くて‥‥暴れていたのね」
 最後のひとかけらを飲み込んで、麗は呟きました。

●ぽん酒のプール
 一行は湖を後にして、さらに進みます。
「御酒の川に落ちても、御酒を吸いつつ、ぷかぷか浮かぶ〜」
 のんびりと歌っているのはマシュマロ忍者の玄間北斗(eb2905)です。玄関は、ココアを絡めたマシュマロをパン生地で包んで焼いた、タヌキの形のマシュマロパンでした。ほっぺたのあたりがほわんとたれています。玄関が探しているのは、タヌキ忍者に代々伝わる『ぽん酒』というお酒の流れ落ちる『正宗の滝』でした。
「酒饅頭を作るのだ。飲兵衛も大好きな酒饅頭は、御酒とお菓子の仲良しの証の一つなのだ」
 その滝は薄荷の葉が生い茂る山へ踏み入った先にありました。その秘密の名瀑は、決して大きな滝ではありません。でも、高い高い山の天辺から、薄荷のひんやりとした気を浴びて落ちてくるぽん酒の流れは、落ちてゆく内に凍るのです。
 滝つぼの周囲は青白く凍りついた雪に覆われていました。滝つぼに湛えられたぽん酒には、六花の形に凍ったぽん酒が絶え間なく降り注いで、水に触れるとみぞれになって、静かに滝つぼの底へ下りてゆきます。
 倉城は滝つぼに手を伸ばしてみました。指先が触れただけで、ぴりぴり来るほどの冷たさです。それでもお酒の大好きな倉城はみぞれ酒を手ですくって飲んでみました。白いしゃりしゃりしたみぞれが口の中で融けて、透明な雫になって喉を流れ落ちてゆくと、口から鼻に白百合に付いた朝露のようなえもいわれぬ香りが通り抜けました。口の中に残る味はもぎたての瑞々しい果物のようで、どこかひんやりと薄荷の気配がしました。
 お菓子たちは小さな樽に、一番良く冷えた薄荷の葉と一緒に滝の周りに積もったぽん酒の雪を詰め込みました。
 滝の流れをどんどんさかのぼっていけば、その流れはリキュール川にたどり着きます。そのまま、一行はリキュール川をさかのぼる様に川べりを歩いていきました。
 やがて、リキュール川のしっかり閉じられた水門が見えてきます。アリスは悲しそうにそれを見ながら通り過ぎました。お酒の国のお城はすぐそこです。

●お酒とお菓子
 お酒の国のお城はとても静かに一行を迎え入れました。静かに、そして冷ややかに。とても嫌な空気でした。
 王様の前に出ると、アリスは女王らしいお辞儀をして、お菓子の国はお酒の国を攻めようなんて思っていないこと、その証拠にお菓子を作って見せるから食べて欲しいことを話しました。
 お酒の王様は疑いの目で見ます。
「そんな事を言って、毒を食べさせようというつもりだな? そんな手にのるものか!」
 くるり、背中を向けて立ち去ろうとする王様に、玄関が叫びました。
「待ってほしいのだ!」
 玄関は自分のマシュマロ尻尾をいきなり引きちぎりました。お菓子には血はありません。でも、壊れる時はやっぱり痛いのです。そしてその痛みは誰かが食べてくれなければ、止まりません。
 痛みをこらえて、玄関はその尻尾にブランデーをふりかけ、火遁の忍術で一瞬だけ火を浴びせました。お酒の国の兵隊はびっくりして、色めきたって玄関を捕まえます。だって、自分たちが燃えてしまっては大変ですから。
 はがいじめにされた玄関はそれでも
「お願いなのだ。口にしてくれれば、気持ちはきっと伝わるのだ」
 と、王様の目をじっと見ました。
 ぷーっとふくれた焼きマシュマロは、香ばしい匂いを漂わせます。王様は鼻をピクピクさせて、
「ふん。一口だけだ」
 と、マシュマロに手を伸ばしました。
 ぱくり。
 もぐもぐ、と王様は口を動かして、そのままじっと動かなくなってしまいました。お菓子たちはどきどきしながら王様を見ています。
まるで幾日も過ぎたのではないかと思うほど長い時間が経ってから、王様はゆっくり口の中のものを飲み込んで言いました。
「これは、うまい」
 アリスがほっとした表情で手に持ったバスケットに呪文を唱えると、バスケットはたちまち大きなお菓子釜になりました。
 大忙しで、お菓子たちは材料をお菓子釜にどんどん放り込んでゆきます。お菓子釜もどんどんおいしいお菓子を吐き出します。
 王様だけでなく、お酒のお城の人たちも、皆が笑顔でお菓子を食べました。宝石箱のようなフルーツタルトショコラ、黄味餡とみぞれ酒の朧月、甘いベリーがたくさん載った鹿の子、妖精の作ったリンゴ飴や、リンゴ菓子の数々。タヌキの顔をした酒饅頭もあります。
「そうだ、魔法使いにも食べさせるである。食べて改心させるであるよ」
 真面目な顔でリデトが言うと、そういえば姿が見えない、とお酒の王様はきょろきょろしました。さっきリキュール川の水門の方に行ったのを見た、と誰かが言うので、お酒の王様とお菓子たちは、お菓子釜をバスケットにして、水門に足を運びました。
 ところが、水門についてみると、とても驚いたことに、そこにいるのは魔法使いではなくて大きなウワバミでした。うわばみはリキュール川のリキュールをたらふく飲んで、酔いつぶれて眠っていました。
「なんてことだ、まったく。だまされていたのはわしの方だったとは」
 王様は呆然と呟きました。お菓子たちはうわばみを起こさないようにそーっとお菓子釜のなかに入れて蓋を閉めました。アリスが呪文を唱えると、ぽん、と煙が出て、大きな大きなヘビのケーキ、トルチリオーネができました。
 大きなトルチリオーネをお城に運び、お菓子とお酒は仲良く一緒に食べました。

●アリスの証言
 お酒の国からお菓子の国に戻る道は、リキュール川をバナナの船で下り、行く時の何倍も早く時が過ぎるようでした。あっという間にお菓子のお城が見えてきます。皆は船から下りました。
 そのとき、急にお菓子釜が恐ろしい声で唸り始めました。皆は立ち止まりました。
『はらが、へった。くわせろ、くわせろ』
 そう叫んで、お菓子釜は勝手にバスケットから元の姿に戻ってしまいました。こうなってしまっては運べません。
 アリスは少しだけ悲しそうな顔をして、それから、笑顔を浮かべて、それから。
 お菓子釜の中に飛び込みました。くちゃくちゃ、ごくんと音がして、お菓子釜はバスケットの姿にまた戻り、辺りはしーんと静まり返りました。
「‥‥どういうこと?」
 クリスは震える声で尋ねます。
「知らなかったのかい? 魔法のお菓子釜はお菓子を食べるんだ」
 ジンジャークッキーの兵隊は後ろを向いたまま答えました。
「だから今までずっと魔法でバスケットにされていたのさ。確かにこいつは何でも作れるが、その代わり、お菓子釜の姿のときは誰かを喰わずには居られない。一度食べてしまえば当分は大人しくしているが、満足しなければ暴れ続ける。それもオレみたいなありきたりのジンジャークッキーなんかじゃダメで、例えば‥‥」
 その先を続けることは出来ず、ジンジャークッキーはうなだれます。
「そうなの‥‥だったら、話は‥‥簡単、ね」
 麗の言葉に、皆が振り向きました。
「もう一度‥‥アリスを作れば良いじゃない‥‥」
 女王の代わりに、ジンジャークッキーが呪文でお菓子釜を大きくすると、麗はつかつかと魔法のお菓子釜に近寄って、水筒の蜂蜜を惜しげもなく注ぎました。
 それを見て、仲間たちも次々に材料をお菓子釜に入れていきます。
 ルシフェルは森で手に入れたチョコレートラの牙を。
 倉城は頭に差していたかんざしから、美しい飴細工の桜の花を。
 クリスは七色に輝く求肥のオーロラを。
 リュミエールはカルヴァドスを、リデトはやっぱりリンゴを。
 玄間は自分のマシュマロ尻尾の残りをぷちんとちぎって、釜の中に入れました。
 ジンジャークッキーもポケットの中から小さなハート形のオレンジピールを取り出して、両手で大事そうに釜の中におきました。
 粉に、ミルクに、バターに卵。
 おいしく、おいしく、おいしくなあれ。おいしくなって、女王様になあれ!
 声を合わせて唱えると、ぽふん、と釜の中から新しい女王様が出てきました。
 それは、七色のエプロンドレスを着た、デコレーションケーキの女王様でした。
 チョコレート色の髪に桜の花の髪飾りをつけ、蜂蜜のきらめく冠を被っています。焼きたてのふんわりとしたスポンジの体にはカルヴァドスがよく染みて香りたち、スポンジの間にぎっしりと挟まっているのは、甘く煮たやわらかなリンゴ。そして、丸く可愛らしい、マシュマロで出来た兎の尻尾が生えていました。
 そして、それは姿は全く違うけれど、やっぱりアリスでした。
 新しい女王アリスは、
「ありがとう、あなたたちは世界で一番素敵なお菓子だわ」
 と言って、とても嬉しそうに他のお菓子たちをぎゅっと抱きしめました。

 それから、リキュール川の水門は二度と閉じることはありませんでしたとさ。