私立晴紋ゼミナール・春の妖怪合宿

■ショートシナリオ


担当:蜆縮涼鼓丸

対応レベル:フリー

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2007年04月16日

●オープニング

 ちゃお! 初めまして。
 私、安倍芹菜。高校一年生。こう見えても由緒正しい陰陽師の一族なのだ。って、ホントかどうかは知らないけどね。
 でも、普通の人には見えないモノが見えちゃうのは、本当。
 どんなものが見えるかって? う〜ん、そうね‥‥例えば、妖怪とか。
 えっ、やだ、なんで笑うのぉ〜? そうよ、一つ目小僧とかのっぺらぼうとか唐傘お化けとか。ホントにいるんだから!
 それより、キミはどうしてココに来たの?
 え? ゼミナールの春の合宿に招待された?
 あ、そう。
 少女はくるりとターンして、くりくりとした黒い目でまっすぐあなたを見つめる。


「なーんだ、キミも妖怪なのね」


 芹菜と名乗った少女は、アスパラガス色のタンクトップに白のウィンドブレーカーを羽織り、あなたに向かってにこっと微笑みかけた。膝上丈のイエローオーカーのミニスカートの下には黒のショートスパッツという至って活動的な服装だ。
 ‥‥そう、あなたは妖怪。
 普段は人間に混じり人間として生活しているが、妖怪の中には特別な食料を必要としたり、様々な弱点により人間としての日常生活に支障をきたす場合が多々ある。また、狐狸の類であれば人間への変身も容易いが、そうでない固有の姿を持つ妖怪が人間として暮らすにはどうしたらよいかなど、課題は山積みであった。
 現在、日本妖怪協会(NYK)が設立され、最新鋭の科学と、長らく封印されてきた秘術との融合により、やっとほぼ全ての妖怪が人間として暮らすことが可能になった。そこに至るまでの紆余曲折は語りつくすに字数が足りぬ。
 そしてNYKの助けを借りて人間として生活しているあなたに、ある日協会から手紙が届いたのだ。
 新たな試みとして、協会で設立した学習塾の運営に力を貸して欲しいという。
 妖怪の未成年者であれば無料塾生として、成人した年齢ならば塾の講師として、この春の強化合宿に参加できる。もちろん妖怪の年齢は人間とは感覚が違うので、成年・未成年の判断は外見年齢によって行われる。
 この合宿での交流を通し、妖怪に対するイメージをそれとなく高めること。それが今回の協会からの要請だ。

「改めまして、今回のプロジェクトの担当、安倍です。私は人間だけど、そんなわけで妖怪に対する諸々は分かっているつもり。今回の合宿参加は子供・大人があわせて15人。そのうち8名が今回募集した、あなたみたいな妖怪って事になるわね。一般参加者は元気な子、引っ込み思案な子、色んな子が来るけど、色んな場合を想定して、危険のないように見守ってあげてね。それから、他の塾講師は私と同じ協会の人間だから心配しないで」
 ただし、と芹菜は人差し指を立てた。
「自分や仲間が妖怪ってことは極秘事項。絶対ばらしちゃダメよ? 正直な所、まだ妖怪に対する人間の理解は不十分‥‥言わなくても分かるわよね? 中傷、迫害‥‥せっかく築き上げてきたものが、砂の山みたいに崩れちゃうかもしれない。だけどね、私たち、前に進むべきだと思わない?」
 芹菜は真面目な顔からまた朗らかな顔へ、ころころと表情を変えた。
「それから、三泊四日の最終日には肝試しをやります。妖怪としての見せ場だから、がんばってね♪」

●今回の参加者

 eb1795 拍手 阿義流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec1071 阿倍野 貫一(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1110 マリエッタ・ミモザ(33歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec2074 ビルワ(24歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

●出発
 バスの中は至って順調に、騒がしくなっていった。
 責任者のはずの少女は運転手のすぐ後ろの席で居眠りを決め込んでいる。少女を始め、今回の参加者のうちスタッフはNYKの三文字が刺繍された緑色の腕章を付けているのですぐわかる。
 バスの中ほどの席で小説を読みふけっている阿倍野貫一(ec1071)も腕章をはめた一人だ。
「先生、それ、何の本ですか?」
 髪の長い女の子に声を掛けられ、阿倍野は顔を上げる。
「新撰組、って分かるがなぁ? 江戸時代が終わって日本は文明開化という大波に揺さぶられたんです。‥‥読んでみますか?」
 握りたての温かいおにぎりみたいな訛りを交えた誘いに、大人びた顔立ちの少女はうーんとしばらく考えてから、あとで、と答え、ぺこりと頭を下げてまた席に戻る。
 その途中、バスが揺れて転びそうになる少女をさっと伸びた手が支え、少女は頬を染めて会釈した。
「どういたしまして」
 そう言って笑う青年の腕にも緑色の腕章がある。拍手阿義流(eb1795)は伊達めがねを指で押し上げ、微笑んだ。
「気をつけてね」
 少女が席に座るまで見届けてから、さらにその奥に目を向ける。最後部の席を占領して寝そべっているのは阿義流と瓜二つの顔をした、だが革ジャンにドクロTシャツという至ってラフな格好をした男。阿義流とは双子の弟にあたる、拍手阿邪流(eb1798)だ。
 阿邪流が寝そべる少し前の席ではマリエッタ・ミモザ(ec1110)とビルワ(ec2074)達が他の生徒と一緒に仲良くおしゃべりに励んでいる。本来の身長は50cmもの差でビルワの方が小さいものの、今はマリエッタが「ちま術」を使い、ビルワが一般の人間に見えるように姿を変えているので、身長差はほぼ逆転している。
 参加者はこのほかに大人スタッフが2人、子供が8人。
 楽しい声を載せて、バスは目的地に到着した。

●勉強と休憩
 一時間半を一コマとして、小中高の三クラスに分かれ、朝から昼まで二コマの授業を行う。昼近くになると集中力が途切れ、だれ気味になる子も出てくる。
 阿倍野はふわあ、という誰かの欠伸を聞いて教本を閉じる。欠伸の主がやべえと呟いて小さくなった。
「ちょっと息抜きを‥‥いぎぬきさすんべぇな?」
 急に飛び出すお国言葉に、子供達から笑いが起きた。
「『まんじゅうこわい』という話を、知っていますか?」
 顔を見合わせたり、首を振る子供達を見て阿倍野は話し始める。
 とある廃屋に妖怪が一匹棲み付く。噂が噂を読んで、度胸試しに来る人間が続々と訪れ、片っ端から妖怪に脅されて逃げ帰っていく。そんな中、一人の肝の据わった男が俺には怖いものなどないと豪語する。妖怪は人が怖がる蛇やら虫やらを男の前に出したり、あげくには自ら妖怪の本性を出して目の前ですごんでみたりもしたが、一向に怖がる気配がない。とうとう降参して一体何が怖いのだと尋ねると
「饅頭がこわい」
と返した。妖怪は上手く聞き出したと思って、次の日男の家に山ほど饅頭を放り込み、怖がっている様子を見てやろうとするが‥‥と、そんな話である。
 子供達は目を輝かせて聞き入り、丁度話が終わった所で時計のアラームが授業の終了を告げた。
 午後は自由時間。
 隣接の遊園地に行くもの、ホテル内の温泉施設を使うものと様々に羽を伸ばす。
 子供達は流石に遊園地組が多いようで、マリエッタやビルワも子供達と一緒に遊びに出る。
「いずみちゃん、次フライングカーペット乗ろっ!」
 清水いずみの名前で通しているビルワ、女の子にそう誘われ、高い場所は苦手なので一瞬即答を躊躇うが、考えながら
「(でもこんな機会、もう無いかもしれないし、頑張ろっ)うん、行こう! ほら、まりえちゃんも」
 マリエッタもビルワ同様に木花まりえという偽名を使っていた。手を引かれて移動しながらも、人気のない森にずっと住んでいた彼女、きょろきょろと見回しながら色々な人間の観察に余念がない。その中でふと、見知った姿を見つけた。
「あれ? 一馬君と月子ちゃん?」
 マリエッタの声に他の子もそちらを見ると、メリーゴーランドの前で男の子が髪の長い女の子を泣かせている。
「ちょっと、泣かせちゃダメでしょ!」
 ビルワが声を掛けると男子の方はさっと逃げて行った。
 遊園地組とは対照的に、ホテルに残っていた面々は主に男子が多かった。その筆頭が拍手(弟)である。品行方正を絶賛逆走中の彼は男子生徒をかき集め、
「お前ら。合宿といえば覗きだ。憲法にも書いてあるんだ、間違いねえ。そしてたった今、スタイルグンバツの柳先生が浴場へ向かった。立てよ少年、少年よ立て。つー訳でテメーら行くぞ」
「阿邪流。全く子供達を集めて何をしているのかと思えば、覗きだなんて‥‥まったく何やってるんですか」
 拍手(兄)、弟の犯罪の匂いをかぎつけてきたらしい。だが阿邪流の方は既にこの事態は予測済みだったらしく、焦りの色も見せない。
「よお兄貴。丁度良いところに来たな。実は伝言を頼まれてたんだ、ビルワが判らないところがあるんで質問したいって、ロビーで待ってるらしいぜ。じゃあ確かに伝えたからな、あまり待たせるなよ?」
 一息にそれだけ言ってのけ、反論の余地を与えないので、阿義流の方もつい流されてしまった。
「え、ああ‥‥とにかく、覗きなんてことはやめるんですよ?」
 念押しして阿義流が立ち去るのを見届けると、勿論そんな諌めに耳を貸さない阿邪流は意気揚々と子分どもを引きつれ男湯へ向かった。既に覗きポイントは確認済みだ。
「そこだ、もうちょっと‥‥うおっ」
『おーい。そこの軽犯罪法第1条23項違反者!』
「ぬおっ?!」
 覗きに励んでいる真っ最中、阿邪流の頭の中に飛び込んできたのは芹菜の声。姿は見えない。
『妖怪のイメージダウンに努めろと言った覚えは無いけどね? あ、あと柳先生もそっちのお仲間だから。見惚れてると魂、取られちゃうよ?』
『はぁ?! 聞いてねぇよ!』
『とりあえず今すぐやめないと‥‥名前、消すよ?』
 要するにNYKの保護対象リストから消す、ということだ。流石に拙いと判断して、覗きを中止する。
『後でボクが入るときも覗いたら許さないからね』
『誰がお前みてーなガキなんぞ覗くかっつー‥‥すっ、すいませんっ』
 後で芹菜の前で土下座させられて、阿邪流は一命を取り留めたのだった。

●肝試し
 肝試しの会場は、遊園地内のお化け屋敷をそのまま借り切って行うことと為った。機械仕掛けのお化け屋敷とは違い、生きている脅かし役は人の油断を見計らって現れることが出来る。‥‥しかも、今回はそれが『本物』なのだ。子供達は二人一組になって肝試しを行う。一番手はマリエッタとビルワ。もちろん、先に妖怪の姿になって待ち伏せる為だ。
 予め、阿義流が『魔よけのおまじない』を教えたり、阿倍野が怪談を聞かせたり、仕込みも十分。
 子供達は暗い森の風景の書き割りの中を、おっかなびっくり歩いていた。書き割りのはずなのに、湿った空気や獣の声などが妙に生々しく感じられるのは、芹菜の術の所為だろう。
 そろりそろりと近づいてくる足音を、狐の耳がピクンと跳ねて聞きつける。
 子供達は不意にまぶしい光に包まれ、慌てふためいた。
「えっ、何、何これっ!?」
 光の向こうにはふさふさとした尻尾を揺らしている狐の姿が浮かび上がっている。ただの狐ではないと知れるのは、その尾が二本であるためだ。
 いつの間にか、青白い狐火がぽっ、ぽっと、妖しく明滅を繰り返しながら周囲に浮かんでいた。
 子供達は悲鳴を上げて次のエリアに逃げていく。
 別の場所では水辺の風景が広がっていた。薄暗いさびしげな様子に、子供達の足も止まる。
 板を渡しただけの細い橋が一本、水面からほんの少し上に頼りなく建っている。そこを渡れば先にいけるものの、墨を流したような薄気味悪い水面の底から、今にも何かが出てきそうだ。
「あんた男でしょ、いつも偉そうにしてるんだから先行きなさいよ」
 小声でもう一人に急かされ、しぶしぶと少年が橋へ歩みを進めた。ぎしぎしと木をきしませながら橋の中ほどにたどり着いた時。
 ぺた、と何か濡れたものが足に触った。顔を引きつらせながら目を落とすと、自分の足首を水かきの付いた白い手が握っている。単衣の着物を纏った手の主は水の中でスーッと目を細め、少年は恐怖に悲鳴を上げながら逃げようとして、派手な水音を立てて落ちた。
 別の二人組はあばら家の中に居た。障子に、ろうそくの揺れる炎に照らされた人影が写る。しゃーっ、しゃーっと不思議な音が漏れる立て付けの悪い障子の隙間を見るとも無しに見れば、白髪を振り乱した山姥が包丁を研いでいた。まるで見られているのを知っているかのように、ぴた、と包丁を研ぐ手が止まる。ゆっくりと振り返り、
「おや、おいしそうな子供だねえ」
 にやりと笑うが、そのとき既に子供はこけつまろびつしながら全速力で逃げている。
 逃げた先には阿倍野が居た。
「先生〜! ここのお化け屋敷、なんかおかしいよ、絶対本物だって!」
「ははは、そんなわけが」
「さっきも怖い顔した山姥が」
「怖い顔というと‥‥こんな顔ですか?」
 つるりとのっぺらぼうの顔が現れた。実を言えば先に阿倍野が子供らに聞かせていたのもこの話。その時は濡れティッシュでそれらしく扮装しただけだった。
「またあ、先生こんな所でやらなくって‥‥も‥‥」
 冗談だと思っていた子供が、阿倍野の顔にあるはずのティッシュを剥がそうとして、その凹凸のない肌に触れ、顔色を変えた。
「ぎゃあああああああああああ」
 けたたましい悲鳴がまた上がる。
 おかしな位に長い道を走り続け、やっと出口が見えてきた辺りで、子供達はほっとした表情を浮かべる。
 そこに駄目押しの狼男が登場するのだ。毛並みが気持ち良さそうだったり色が淡かったりもするが、誰がなんと言っても、あくまでも狐ではなく狼男なのだった。
「グルルルルル‥‥コーン! うおっと」
 慌てて口を塞いでいたりするが、あくまでも(略)狼男なのだった。
「ソースのごはんはワカメのみそしる!」
 恐怖に駆られながらも子供の一人が阿義流の教えたおまじないを叫ぶ。が、効かない。狼男っぽい何かはじりじり迫ってくる。
「あ、違うよ、『僧都の御難は我が身のみぞ知る』だよ!」
 もう一人が正しいおまじないの文句をやっと思い出す。が、やはり効かない。
 あわや狼男に食べられる、という距離になったとき、狼男は後頭部を殴られた。
「痛でっ!」
「そ・う・ず・の・ご・な・ん・は・わ・が・み・の・み・ぞ・し・る!」
 兄登場。語気とその目は『おまじない言ったら撤退って、約束しましたよね、阿邪流?』と語っている。
「‥‥ぎゃーっ目がーっ目がーっ!!」
 やや棒読みっぽい悲鳴を上げてあ(略)狼男は退散した。
「ありがとう先生っ!」
 小さな少女にぎゅっとしがみつかれ、阿義流は微笑んで少女の頭を撫でてやった。

●終点
 バスが止まると、8人の子供達がステップを下りた。解散場所の駅前ロータリーには既に子供達の親が迎えに来ている。子供らは目を輝かせながらどんなに今回の合宿が楽しかったかをまくしたて、親たちは今回の指導員たちにぺこぺこと頭を下げた。バスに向かって子供達が手を振り、車内から腕章を付けたスタッフ達と、親が迎えに来ないためという名目でNYK本部へ戻るマリエッタとビルワの二人が手を振り返す。
 車が走り出すとすぐに人影は小さく、見えなくなった。
「あの子供達が大きくなって大人になったら、もう遊べないけど。あの子供達が子を作ったとき、その子達と遊べたらいいわね」
 少ししんみりとビルワが呟く。手にはすべすべの川の石。同じような綺麗な石を、仲良くなった子供にも渡した。
「そうですね。きっとそんな風になりますよ。‥‥ところで、私の本を知りませんか?」
「ごめんなさい阿倍野先生、お借りしてた本、返します」
 出し抜けに後ろの席から声を掛けられ、阿倍野がふり返ると、髪の長い少女が阿倍野の愛読書を差し出した。
「すごく面白かったです、ありがとうございました」
「そういえば貸していましたね。いいえ、どういたしまして」
 本を手に席に座りなおしてから、そういえば子供達は皆もう降りたはず、はっと気がつき、もう一度後ろを見たが、そこには誰も居なかった。