【西部劇】4月の決闘
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■ショートシナリオ
担当:恋思川幹
対応レベル:フリー
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2007年04月16日
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●オープニング
1882年。西部開拓時代のアメリカ。
その日、アメリカ西部へと向かう汽車の中は、いつも以上にごった返していた。
「おい、一輌前の客車がガラガラじゃないか。なんでこっちの客車に詰め込まれなきゃいけないんだ?」
大きな鞄を持ったスーツに山高帽のセールスマンらしき男が駅員に食って掛かる。
「前の客車は貸切だ。文句があるんなら、直接交渉して席を買い取るんだな」
「よぉし。俺が一つビシっと言ってやろう!」
駅員に言われて、セールスマン勢い込んで貸切客車へ乗り込んでいく。
「申し訳ございません。こちらの車輌は当家の貸切となっております」
対応に出たのは若いメイドであった。しばらくやりとりしたが、セールスマンは引き下がってくる。
「なんなんだい、ありゃ!」
「イギリスのアキランサス伯爵ご令嬢様ご一行‥‥だそうだよ」
憤慨するセールスマンに、駅員は皮肉を込めた仰々しい口調で答えた。
「まったく今回は銀行の現金輸送車もあるっていうのに、客車が減って偉い迷惑だよ」
「伯爵家のご令嬢、か」
セールスマンはそういって顎を撫でると、すし詰めの客車へと乗り込んだのである。
●
汽車は北米大陸の広大な平原を走り抜けていく。煙を吐き、レールを擦る金属音を響かせながら。
「ねえ、クロエ。さっきの騒ぎはなんだったのぉ?」
伯爵令嬢がメイドのクロエに尋ねる。
「お嬢様のお気を煩わせるものではございません。どうかお忘れ下さい」
クロエは恭しく答える。
「うん‥‥。でもぉ、ルビィが貸し切っちゃって、迷惑してる人もいるかしれないし‥‥」
しまった、とクロエは思った。先ほどセールスマンを追い返した時の会話を聞かれてしまったらしい。
自分のことを名前で呼ぶ、どこか幼い印象を与えるルビィであるが、その高貴な出自に相応しい尊き博愛精神の持ち主であった。しかし、彼女に仕えるクロエにしてみれば、だからこそ高貴な出自に相応しい体面を保って欲しいと願うのである。
客車を貸切にしたのも、クロエの強い提案であった。大英帝国の伯爵令嬢がアメリカなどという田舎の有象無象と同じ客車に乗り込むなど、クロエの“良識”からすればあってならないことなのである。
「お嬢様の慈悲深い思し召しに、このクロエ、心洗われる想いがいたします。ですが、アキランサス伯爵家の格式というものがございます。慈悲をお示しになることと世俗にまみれてしまうこととは別でございます。どうかお聞き届け下さい」
「‥‥うん。いいよぉ、そんなに畏まらなくても。クロエはいつもルビィのことを思ってくれるから‥‥ありがとうね」
ルビィはルビィでクロエの心配りに水を差してしまったことを後悔した。
「もったいないお言葉を‥‥きゃっ!?」
クロエが頭を下げた時、汽車が急ブレーキをかけた。客車は大きく揺れて、足をとられたクロエは倒れて額を打ってしまう。
「クロエ、大丈夫?」
椅子の肘掛にしがみついて踏ん張っていたルビィは、汽車が停車するとクロエのほうへ歩み寄ろうとする。
その時、乾いた銃声が遠くから響く。
「なぁに?」
銃声を聞きなれていないルビィは、それが何かすぐには分からなかった。
さらに連続して銃声が響き、悲鳴があがるのも聞こえる。
「お嬢様、銃声です! 頭を低くして下さいっ!」
クロエは額の傷をハンカチで押さえながら、ルビィに伏せているように指示し、自分は状況を確認しようと立ち上がる。
「お目にかかれて光栄です、伯爵令嬢様。わたくし、ゲイリー・ウェインと申します」
「あなたは‥‥」
入ってきた男は前の駅でルビィ達の客車に乗り込もうとしたセールスマンであった。
「伯爵令嬢様におかれましては、長い汽車旅でお疲れのことかと思います。そこで不肖わたくしめが余興を披露しようと参上仕りました」
ゲイリーの手には先ほどの鞄はなく、かわりに腰にガンベルト、そして鈍く輝くゴルト・ピースメイカー。西部開拓時代の傑作銃である。
「ご覧あれ、これが西部名物‥‥」
「「ホールドアップ!!」」
ゲイリーがそういったのと同時に、もう一人の声が同じ言葉を発していた。クロエに銃を向けたゲイリーに、ショットガンの銃口が突きつけられている。
「なるほど。護衛付きでありましたか」
客席の間に隠れていた護衛のガンマンである。ショットガンの男に加えて、もう一人、護衛の男が姿を見せる。こちらは拳銃を構えている。
状況の不利を悟ったゲイリーは銃をゆっくりと上へ向けてデコッキングする。
「‥‥しかし、雇い主を囮にするなんて、とんだ護衛もあったもんだ」
「黙れ。列車強盗なら、とっと金だけ持って失せるんだ」
ゲイリーとショットガンの男が憎まれ口を叩き合う。ゲイリーがそれまでの慇懃な言葉ではないのは、相手が伯爵令嬢から同じ西部のガンマンにかわったからであろう。
「もちろん、金も貰っていくが‥‥伯爵家のご令嬢、なかなかかわいいじゃないか。俺は気にいったぜ」
「口を慎みなさい! 無礼者が!」
クロエが激昂した時、耳をつんざく銃声が轟いた。
頭を撃ち貫かれてショットガンの男が倒れる。
同時にゲイリーが銃を構えなおす。銃声が鳴って、もう一人の護衛も倒れ伏した。
ゲイリーは拳銃を一回転させてガンベルトに戻した。
「今、何が‥‥」
一瞬の間に護衛の二人が殺されて呆然とするクロエは、窓ガラスに穴が開いてヒビ割れているのに気付いた。その遠く向こう側に馬上でライフルを構える鹿革服の男の姿。
「では、伯爵令嬢様、ご同行いただきましょうか」
ゲイリーは恭しく膝をついて、ルビィに向けて手を差し出した。
「無礼なっ! 貴様のような胡乱な輩がお嬢様に‥‥」
激昂したクロエの言葉は、撃鉄をおこす音と突きつけられた銃口に遮られた。
「女性を撃たせないでもらいたい。召使のお嬢さん」
口調は丁寧であったが、ゲイリーの目は恐ろしく冷たかった。
「クロエを撃たないで! ルビィがついていくから」
立ち上がったルビィがゲイリーに申し出た。
「お嬢様っ! いけませんっ!」
「‥‥クロエ、今まで迷惑ばかりかけてごめんね。ルビィがついてくから‥‥クロエや他の人達にこれ以上乱暴しないで」
ルビィはゲイリーの元に歩み寄り、懇願する。
「‥‥よろしいでしょう。あなたの尊き御心のままに」
ゲイリーはルビィの手を恭しくとり、客車から降りていった。
「おじょうさまぁぁっ!!」
クロエも客車を降りて追いかけるが、その時には十騎の人馬が大平原の向こう側へと走り去っていくところであった。
ゲイリーの腕の中には囚われのルビィ‥‥。
●
「『ゲイリーギャング』の仕業だな」
クロエをはじめ、乗客達から話を聞いた保安官は列車強盗の目星をつけた。
「首魁のゲイリー・ウェインは元々は南部の大地主の息子で、南軍の将校をやっていた。南北戦争で没落しちまったが、元が育ちのいい坊ちゃんだ。格式のある嫁が欲しかったんだろうな」
「冗談じゃありません! 例え没落していなくても、たかがアメリカのジェントリ如きにお嬢様を渡せるものですかっ! 助け出す手立てはないのですか?」
クロエは激昂して保安官に詰め寄る。あからさまにアメリカを見下すイギリス人の言い草に保安官は嫌な顔をする。
「腕利きのガンマンでも集めることですな。あなたが人材を用意すれば、その連中を保安官助手に任命しましょう」
保安官は自分でクロエに協力する気はないようであった。
●リプレイ本文
トアールの街のサルーン。
スイングドアを勢いよく開けて入ってきたのは、アンドリュー・カールセン(ea5936)である。
「何にする?」
カウンターのバーテンがアンドリューを値踏みしながら聞いた。
「コーヒー」
「はっは、ここはサルーンだぜ、ボーイ!」
コーヒーを注文した歳若いアンドリューを、テーブルに座っていた客が囃し立てる。
「酒は好かない。半年前もそうだったし、追われている今は尚のことだ」
アンドリューは囃し立てられたことに腹を立てた様子もなく、冷静に受け答えする。
腰に拳銃をぶら下げた若僧なんてものは、大抵血気に逸っている連中である。それが挑発に対して落ち着き払って感情を見せないでいる。
そういうのは「怖い」相手である。それで客達の顔に警戒が浮かぶ。
「‥‥てめえ、なにもんだ?」
「アンドリュー・カールセン。ブタ箱から出してもらったんだが、奴さん達、俺の出方が気に入らなかったらしい」
アンドリューはバーテンの出したコーヒーのカップを手にとりながら名乗った。
「‥‥カールセン!?」
「ドッグレンジャーか? 新聞じゃ刑期は‥‥」
アンドリューの名は州内に知れ渡っている。客達の表情が変わった。
「でだ、ミズーリに名高いゲイリー・ギャングに庇ってもらいたくてな」
「‥‥ただ飯食らいはゴメンだな。何が出来る?」
「ボスッ!」
上から声が降ってきた。見上げると吹き抜けの二階通路に紳士然とした男の姿がある。
ゲイリー・ウェインであった。
「ガンも使えるが、得手はライフルだ。残念ながら、嵩張るんで手元にはない」
「ジョン」
「‥‥」
ゲイリーが声をかけると鹿革服のジョン・クーパーが小銃を投げて寄越す。
「テンフィールドライフルか」
「改良型の元込め式だ」
受け取った小銃を言い当てるアンドリュー。南軍が使用していた小銃で、命中精度に定評があったものである。ゲイリーが言ったように改良型である。
「的は?」
「‥‥そうだな、ここのドアを出ると、その先に教会の鐘が見える」
「わかった」
トアールの街に鐘の音が響いた。
トアールの街のサルーン。
スィングドアを勢いよく開けて入ってきたのは、アルスター・キッドことクロウ・ブラックフェザー(ea2562)である。
「ミルク、頼むぜ」
クロウがカウンターで注文した瞬間、他の客席から大きな笑い声があがった。
「はーはっは、アンドリュー! おめえよりも、上手がいたなぁ!」
「ヘイ、ボーイ! こっちに来れば、一緒にコーヒーを飲んでくれる男がいるぞ!」
ゲイリーの手下達が今度はクロウを囃し立てる。
「ひでえなぁ。せめてキッドと呼んでくれよ、アルスター・キッドだ」
クロウはそう名乗った。元々が常に前向きで悩みの少ない性格であるから、この手の野次や囃し立てには最初からどこ吹く風である。
「こっちのテーブルにつくなら、カードの相手にならないか? アルスター・キッド」
「カード? いいじゃん、やろうやろう」
アンドリューが素知らぬ風を装ってカードに誘い、クロウは嬉しそうに応じる。
「よおし、いっちょ稼いでやるぜ」
腕まくりをしてクロウは席についた。
「で、アンドリューさんから貰ってきた情報がこれってわけだ」
サルーンでアンドリューを含むゲイリーギャング達とポーカーに興じてきたクロウはホテルに戻ってきていた。ポーカーの最中に託された紙片を懐から取り出す。
「んー、ご苦労さまー。これ、読む限り事前の作戦通りでいけそうだねー」
ホテルの部屋でクロウを迎えたのは、シスターであるノリア・カサンドラ(ea1558)であった。
「じゃあ、あたしはみんなのいるキャンプに戻って詳細を相談するから、こっちのことはよろしくね。気をつけるんだよ?」
「心配無用、危険は俺の相棒だぜ」
ノリアの言葉に、クロウは力強く頷いた。
「じゃあ、もう一度、お互いの時計の時間確認しておこうか?」
ノリアは懐中時計を取り出して、表蓋を開く。オルゴールになっているのか、静かに音楽が流れ出す。
「これ? こういうのってさ、子供達が喜ぶからねー」
二人は時計を確認すると、ノリアはホテルを出て、他の仲間達が待つキャンプへと戻っていったのである。
翌日。
「さて、はじめるか」
胸元にブリキの星を付けた天風誠志郎(ea8191)がサルーンの裏手に潜んで表の様子を探りながら、一人呟く。
「へえ、落ちぶれた南部地主が鼻持ちならないイングランド貴族を嫁にして、貴族ごっこか? 笑える冗談じゃん」
表からクロウの声が聞こえてくる。それをきっかけに、表が騒がしくなる。巧く挑発しているようだ。
「囚われの姫君は助けるものだ」
誠志郎が手を振って合図したのを見て、霧島小夜(ea8703)が酒樽やら何やらを足場にして二階へと登っていく。その胸元にもブリキの星が光る。
その間に誠志郎は馬を取りに行く。ルビィを連れ出したら、すばやく退散する為の用意である。だが、アクシデントが起こる。
「‥‥くそっ! 奴ら、どこの手のもんだ? ん?」
ゲイリーの部下の一人が退路を確保する為に裏口に姿を現したのである。その手にはヴィンチェスターライフル。
「ちっ!」
警戒していた分、誠志郎のほうが一瞬早く動いた。腰のゴルトSAAに手が伸びる。
「あまり音は出したくなかったが‥‥」
精確な狙いがゲイリーの部下を撃ちぬいていた。
しかし、速射性に優れるヴィンチェスターと距離のある撃ち合いは避けたいのも事実であった。
「‥‥だあれ?」
小夜が軽く窓を叩いた音に気付いたルビィはそう問いかけた。見慣れないアジア人に脅えている。
「保安官です。ルビィ嬢をお迎えに上がりました」
小夜はその大きな胸に輝く星を見せる。群保安官補の身分を示すものである。
「それと依頼人から手紙がある」
ルビィを安心させる為に持っていって欲しいと託されたメイドのクロエからのメッセージを窓の隙間から差し込んだ。
「‥‥クロエの字だね」
メッセージを見て安心したのか、ルビィは窓を開けて小夜と向き合う。
「さ、おはやく。今、味方が表で陽動を仕掛けてくれている。もたもたしてはいられない」
その時、下で銃声が響いた。
「む、アクシデントか」
誠志郎がヴィンチェスターの男を撃った銃声であった。
「さっ、はやく!」
「‥‥う、うん」
小夜は近づいてきたルビィを肩をつかみ、抱き寄せる。
「みゃあっ!?」
抱き寄せられたルビィの顔が小夜の胸に埋もれた。それが故意であったのは、誠志郎の
「またか。ほどほどにしとけよ、小夜」
という言葉に表れていたのかもしれない。
ルビィの救出が行われていた頃、サルーンのホールでは激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
クロウの挑発でゲイリーギャング達を集めて時間を稼いているうちに、表に乗りつけた馬車から残りの面々が突入したのである。
「保安官です! ゲイリーギャング、強盗殺人、伯爵令嬢誘拐の容疑で逮捕します!」
とれすいくす虎真(ea1322)がスイングドアを開けて飛び込んだ。
ノリア、三笠明信(ea1628)、ラスティ・セイバー(ec1132)がそれに続く。
彼らの胸に輝くのは星。(F)
「身の程知らずな奴らだ! やれ!」
二階にいるゲイリーが部下に命令すると、両者は互いにテーブルを蹴り倒してバリケードを作り上げる。
ホールの中に銃声が響き渡る。互いにバリケードの陰から撃ちあって、状況は膠着した。
しかし、ギャングの中には速射性に優れるヴィンチェスターを使う男達が複数いる。
「風未さん、このままじゃジリ貧です。二人で敵の懐に飛び込めませんか」
テーブルの陰に隠れる虎真は明信を偽名で呼びかける。
「よし、任せて下さい! 援護を願います」
「任せて。アルスターキッド、ラスティさん、二人の援護よろしくー」
「タイミングはノリアに任せるぞ」
ラスティが弾丸を込めなおしながら言う。
「それじゃ、さん、にー、いち‥‥ゴーッ!」
ノリアの掛け声で、三人のガンマン達が手持ちの拳銃を撃ちまくる。
ゲイリーギャング達がすかさず物陰に隠れる。
「うおおおぉぉ!!」
明信は力任せにテーブルの脚を掴み、それをそのまま盾にして突進する。
「私は負けない!」
突進の勢いで正面の男にテーブルを放り投げる。男がテーブルを避けてバリケードから飛び出したところを一刀の元に斬り伏せる。
「くそぉ! このデカブツめ!」
「させませんよ!」
ノリア達の弾切れの隙に、ギャングの一人が明信の背後へ回りこもうと立ち上がるが、そこへ虎真がH&Dモデル1を乱射しながら突撃する。
「調子に乗るなっ!」
その虎真を狙って二階にいる敵がヴィンチェスターを撃ちながら、階段を下りてくる。
「ノリアボンバーその1:『業火に吠える赤い狼』!」
ノリアが叫んで、ヴィンチェスターの男の足元を狙い撃つ。
「うおっ!?」
「まだまだー!」
「うおっ、うおっ?! うわぁああっ!!」
ノリアが立て続けに足元を狙ってファニング連射の妙技を見せたので、男はタタラを踏んで階段を踏み外した。
その隙に羽織袴をはためかせて突撃した虎真が男の拳銃を斬り落とした。
「私は!ワイアット・アープと引き分け、ビリー・ザ・キッドに勝った男だ!!」
敵の意気を挫こうと、大法螺を吹いてみせた。
虎真と明信はそのまま、ゲイリーギャング達の懐で遮蔽物に身を隠す。味方からの援護があれば、再び敵を斬り込み敢行できる距離である。
ノリアはアゲイントン・ニューモデルアーミーのシリンダー弾倉をまるごと交換し、次に備えている。
「これで敵の防衛線に穴が開きましたね。いい流れです」
明信は状況が好転したと考えた。
その時、裏手から銃声が聞こえた。
「しまった! こっちは陽動か!?」
ゲイリーがルビィの奪還部隊が別にいることに気付いた。
「ここを頼むぞ!」
ホールの攻防を部下に任せて、ゲイリーとジョンが踵を返して、二階の奥へと消える。
「雑魚は任せて『ぼす』を追いかけて!」
虎真が入り口近くの仲間に呼びかける。
「身を隠せるもののない表では、私達は役に立てないかもしれませんからね」
明信も手にした日本刀、ポケットに忍ばせたデリンジャーを確かめて言った。
「ここなら狭さを利用して、接近戦にも持ち込めます」
明信は力強く請け負った。
「行かせるな! ここに釘付けにしてやれ!」
残っているギャング達が銃で入り口付近を狙って牽制する。迂闊に飛び出せば狙い撃ちにされる。
「と言って、こちらへの注意が疎かになるようでは!」
「私達の刀の錆びになりたいようですね!」」
明信が階段を駆け上り、虎真が一階の敵に突撃する。同時にクロウ達が入り口に向かって飛び出す。
ギャング達は咄嗟にどこを攻撃するべきか判断に迷い、銃口を彷徨わせる。
「遅いよ!」
虎真が吼えたように、逡巡は致命的であった。至近距離に入り込んでしまえば、銃よりも刀が圧倒するのは事実である。
「戦いの目的はしっかり定めるべきです。戦術においても、思想においても」
明信はそう語った。
「はぁっ! やぁっ!」
誠志郎と小夜が馬を走らせて街から離れていく。誠志郎の腕の中にはルビィがいる。
と、銃声が響いた。
「うわぁっ!」
「いゃあーっ!」
誠志郎とルビィを乗せた馬がもんどりうって倒れた。
「誠志郎、ルビィ嬢、無事か?」
小夜が馬首を返して二人に近づく。
「気をつけろ、狙撃された!」
ルビィを庇いながら、馬の死体を盾にするように伏せる誠志郎。
「くっ、もう追撃がきたのか!? 皆は無事なのか?」
馬を下りて姿勢を低くしながら小夜が街のほうへ視線を向けると一騎の人馬が駆けてくる。ゲイリーである。
「いや、その後ろ、仲間の馬車が追ってきている」
誠志郎が見つけた馬車はクロウが全力疾走させ、砂埃を舞い上げていた。
「まっずいよ、二人とも足止めくらってる!」
クロウはジョンに狙われて迂闊に動けない二人を見て焦りを感じた。
「一人を殺すには一発の銃弾でよく、一つのギャングを殺すにも一発の銃弾で十分だ」
誠志郎達の撤退を援護する為、サルーンの乱戦の最中に抜け出したアンドリューである。
アンドリューの使うのは北軍が主力武器に使っていたストリングフィールド小銃、その銃口の先にジョンを捉えていた。
「お前のテンフィールドと俺のストリングフィールド、どちらが上か‥‥」
アンドリューは「暗夜に霜が降るが如く」引金を落とした。
「ジョン?」
鳴り響いた銃声に、長年の戦友の最期を感じたゲイリーは誰に言うとでもなしに呟いた。
「さあ、どうする? 後はあんただけだぜ」
クロウが問いかける。
ゲイリーはすっかり取り囲まれていた。誠志郎と小夜の二人はジョンの狙撃から身を庇いつつも、ゲイリーに必死の応戦をしていた。
ゲイリーが攻めあぐねた結果、背後のクロウ、ラスティ、ノリアに追いつかれる格好となったのである。
「戦争ですべてを失ったあんたの気持ちはわからんでもないさ。だけどさ、そろそろ罪を清算してもいい頃なんじゃねーの?」
クロウのシャープスライフルは単発銃であるが、それだけに精度の高く射程が長い。ゲイリーが逃げ出そうとしても、クロウが狙いを外すことはないだろう。
「待て‥‥。ゲイリー・ウェイン。あんたに決闘を申し込む」
「ラスティ?」
「‥‥あんたが列車強盗の時に殺した二人‥‥金に汚いし馬鹿で間抜けな野郎共だったが、少なくとも奴等と呑む酒は旨かった。払って貰うぞ、お前の命で」
ラスティは45口径のSAAを弾を込め、指で回転させてガンベルトに戻した。
「敵討ち、というわけか」
まともに撃ちあっても、道連れを数人増やすだけのことである。
ゲイリーもガンベルトに銃をおさめ、決闘を承諾した。
「合図をっ」
「んー、この決闘、どっちにとっても試練だね。いいよ、あたし達が見届けるよ」
ノリアは懐から懐中時計を取り出すと、表蓋を開いた。
「この曲が鳴り終わったら、互いに撃つこと」
「『ジェシー・ジェームズ』か‥‥よい曲だ」
ノリアの懐中時計が奏でるオルゴールの音はどこか物寂しい色合いがあるように思われた‥‥。
銃声――
ラスティが大地に膝をついた。
「ふっ‥‥」
ゲイリーは笑顔を作り、拳銃をホルスターに納める。
――強い風が吹きぬける。
山高帽が風に巻き上げられ、ゲイリーの体がゆっくりと大地に崩れ落ちた。
「‥‥やつの狙いが精確でなければ、倒れていたのは俺だったさ」
風に吹かれたマントがめくれ上がると、ラスティの胸元にはストーブ板がぶら下がっていた。
かくて伯爵令嬢誘拐事件は解決したのであった。