乙女心は驀進中!!

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリー

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2006年04月14日

●オープニング

 彼の姿を初めて見かけた時から、私のこの眼は彼の姿ばかり追っている。彼を見る事ができるのは体育の時間や部活の時間くらいだけれど、友達らしき人達に囲まれて元気に汗をかいている彼は、とてもかっこよくて、それだけで私の心は彼の虜になっていた。
 高いフェンスに遮られて彼に近づけなくても、鋭い監視に邪魔されて話しかける事すらできなくても。
 ――私はただ、彼にこの気持ちを伝えたくてしかたがなかった。

 ◆

 私立薔薇の宮学園。女子校。
 私立菊の宮学園。男子校。
 隣り合うふたつの学園は兄妹校であり、どちらも下は小学部から上は大学部までであり、全寮制である。
 ただし互いの生徒の交流は皆無に等しい。敷地は3メートルほどのフェンスによって仕切られ、たとえフェンス越しにでも言葉を交わせば、それだけでも下手をすると停学処分となる。行き来などもってのほかだ。
 そしてもちろん、互いの生徒の間での異性交遊は純粋・不純を問わず禁止されている。
 なぜ兄妹校なのにこんなにも厳しく交流を禁じられているのか。今となっては詳しく知る者は教師の中にもほとんどいないが、昔、まだ両校の間にフェンスがなかった頃――生徒間でトラブルが起こったらしい。男女の何とやらが発端だったようだが、いつしか両校全体を揺るがすほどの事態に発展し、当時の学園長らが決断を下して今に至る。
 障害があればあるほど恋愛というものは燃え盛る場合があり、現在でもフェンス越しに異性の姿を見ては憧れを抱く者ばかりである。けれど憧れのまま終わってしまうのは、いざ教師側にばれてしまった時に処罰を受けるだけの覚悟をもつ事が、とても難しいからだ。
 行動にうつしたいと願いながらも行動にうつせないまま、悪戯に時を過ごすのが両校生徒の常だった。

 ◆

「でもね、私はもう我慢できないのっ!!」
 薔薇の宮学園寮内、レクリエーションルーム。その片隅で少女は控えめに声を張り上げた。
 少女の名前は一宮ほのか。14歳、中学二年生。
「我慢できないって言ってもさぁ、声すらかけられないんじゃどうしようもないじゃない」
「そうそう。見つかったら停学なんだよ? て、い、が、く」
 同じテーブルを囲む友人の呆れ顔に、ほのかの頬がぷっくり膨らむ。
「見つからなければいいんでしょ!?」
「いやだからね、それが難しいからみんなやらないんでしょうよ」
「誰だって停学にはなりたくないもの。先生に説明するのも親の機嫌とるもの面倒な事この上ないし」
「それでも!!」
 ばんっ!
 勢いよくテーブルを叩いたので、周囲にある他のテーブルについていた人達が、何事かとこちらを注視してきた。彼らの自分への興味関心をここぞとばかりに使わせてもらおうと、ほのかは部屋を見渡しながら、やはり控えめに声を張り上げた。
「私と一緒に菊の宮の寮に潜入してくれる人大募集っっ!!」

 その後、菊の宮学園寮内では――
「なあなあ、このメモ。フェンス下のわずかな隙間に挟まってたんだけどさ。薔薇の奴がこっちに来たいから見回りの時間と警備の薄い所を教えてくれって」
「マジかよ、すっげぇ‥‥チャレンジャーだな。何しに来んのかな」
「ばーか。目当ての男がいて、そいつに会いに来るって決まってんだろ。ここに小さく書いてあんだよ。『中三、野球部、ユウキと呼ばれてる人の名前と部屋の場所もできれば教えてください』って」
「羨ましいねぇ」
「まったくだな」
「で、どうすんだ」
「協力するに決まってんだろ。たとえ他の野郎目当てでも、女の子を間近で見れるのなら俺は全身全霊を捧げる」
「気が合うな、俺もだ。――行くぞ、賛同者を集めて、潤いを俺達に!!」

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3542 サリュ・エーシア(23歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●集合
「というわけでよろしくお願いします!」
 頭を下げた一宮ほのかの前には、三人の先輩と一人の後輩がいる。ほのかの部屋は四人部屋ではあるがルームメイトのベッドや机を占領するわけにもいかず、窮屈だが仕方がない。同じ部活に所属する者でもないのに、小中高大に渡る者達がレクリエーションルームで固まっていては悪目立ちする。
「なんだか冒険みたい‥‥わくわくしますねっ」
 高等部2年生のリラ・サファト(ea3900)は楽しくて仕方がないという思いを躊躇わず表に出しながら、隣で女の子座りをしている級友サリュ・エーシア(ea3542)に同意を求めた。サリュも小さくガッツポーズをして、可愛い後輩の為にも頑張ると意思表示した。
「絶対雄基さんに会いましょうね! お顔を見られるの楽しみです!」
「‥‥リラさん、本音が出ちゃってますよ」
「サリュさんだって、さっき『人生、スリルが無いとおもしろくないわよね』って言ってましたよね」
「あ、あれは‥‥っ」
 仲のよい二人を温かく見守るのは、彼女達よりも更に先輩の大学部3年生、榊清芳(ea6433)だ。一見すると少年のような服装を好む事とそれに似合う風貌の持ち主である事から、ひそかにファンクラブが結成されているとかいないとか。
 そんな彼女がなぜほのかの無謀な行動を補佐しようと決めたのかというと、誰かを恋い慕う気持ちを知っているからだ。内緒なのだが清芳には交際相手がいる。会いたいと願うその心情が理解できるし、叶えてあげたいとも思う。
「一宮先輩、先輩の心わかる‥‥わかるよっ。私も素敵な恋したいもん!」
 興奮しきりに、小学部6年生のティズ・ティン(ea7694)がほのかの手をがっちり掴む。恋に恋する夢見る乙女な彼女は、ほのかの恋を素敵なものであり叶うべきものと信じて疑わない。まるでほのかの恋が実れば未来の自分の恋も実るかのように意気込んでいる。
「これで全員だったっかな?」
 ティズに引きずられて更にテンションが上がったほのかを見て、場を収めようと清芳が発言したが、ティズは左右に首を振る。
「ううん、あともうひとり私と同じ小等部の人がいるはずなんだけど」
 誰だっけと皆が記憶を掘り起こそうとしたその時。無遠慮に扉が開かれた。
「ごきげんよう、皆さん‥‥どなたかしら? 小等部などと言ったのは?」
 にこやかに微笑んではいるものの、地雷だったようだ。背丈は低く容貌も幼けれど、遅れてやってきたその少女はれっきとした大学部1年生、カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)。貴族の末裔だという彼女は人脈を利用して、薔薇の宮と菊の宮が断絶した原因を探りに行っていたとの事。アクティブなお嬢様である。しかし結局原因はわからずじまい‥‥あまり表沙汰にはできない事件だったのだろう。

●団結
 薔薇の宮から女子が来る。この情報は瞬く間にE棟の全生徒へ広まっていた。
 規律を大きく破る事になる為、受け入れるか否かで賛否両論を生んだ。生みはしたが、どうしたって優勢なのは賛成派である。日頃異性と触れ合う機会のない彼らにとって、今回の事は降って湧いた絶好のチャンスなのだ。
「面々が賑わうのも結構だけれど‥‥寮監にばれたらどうするのだ」
「‥‥危ないからやめとけ‥‥って言うべきだけど‥‥一生懸命な女の子を見殺しにするのもな‥‥」
 今時珍しい和服が目を引く高等部3年生の藤野羽月(ea0348)と、淡々としているようでどこか温かみのある大学部4年生のウリエル・セグンド(ea1662)。彼ら二人を含む男子一同が集合しているのは菊の宮寮のレクリエーションルームである。薔薇の宮と違って悪巧みの多い菊の宮では、この部屋の入口に見張りがつき、中では顔を寄せ合い作戦会議が行われるなど日常茶飯事で、寮監達もあまり押さえつけて暴動でも起きてはと生暖かく見守っている次第なのだ。
 もうすぐ女子が‥‥そう考えただけで思春期真っ只中の男子は心震えて沸き立つ。椅子に座る者も床で胡坐をかく者も机に寄りかかる者も、部屋が揺れるほどに歓声を上げる。
 だがそんな中、ウリエルは静かに立ち上がった。独特の雰囲気を持つ最上級生として一目置かれている彼、その彼が何を言おうというのか。全員の注目が彼に集まる。
「手伝うのは賛成だが‥‥無茶な方法だけは駄目。お前達が‥‥停学とかになる方が‥‥俺は嫌だ。とりあえず、協力するって奴は‥‥皆、連絡するから携帯‥‥教えてくれ」
 一時の静寂。
 その後、この優しい命令に、男子は沸いた。
「カッコイイっすよ、ウリエルさーんっ!」
「さすがだぜ、さすがウリエルさんだ! 俺、一生ウリエルさんについてきます!」
「それは‥‥ちょっと‥‥そんな事より、携帯‥‥」
 ウリエルは自分の携帯を取り出したものの、周りは大フィーバー中で、自分も携帯を取り出そうとする者など皆無。ウリエルが子犬のように困る様子を見て、更なる盛り上がりすら見せる。
 そんな中、口元に手を添えつつ羽月が考えているのは違う事。
「出来うる限り、寮監に対して防衛をはかれたら良いのだが‥‥上手には上手が居るだろうからな」
 あくまでも冷静に。事態を見据えていた。

「おやおや。楽しそうですねぇ」
 菊の宮寮の構造上、レクリエーションルームの窓を遠目からうかがう事のできる部屋がある。そして現在、この部屋の主は数学教師兼寮監補助、伊庭馨(eb1565)である。
「噂ってのは黙しているつもりでも、聞こえてくる物です」
 手に持って棚引かせているのは拾った紙切れ。今宵の規則破りについて相談するメモ。
「というわけで、目一杯邪魔させて頂きますよ‥‥ふふっ」
 きらり煌めく眼鏡。――こうして戦いの火蓋は切って落とされた。 

●決行
 時計は21時を指すよりほんの少し前。
「せぇぇぇぇいっっ!!」
 ぐわっしゃああああああんっっっ
 小さい体で振るわれる大きな槌が、薔薇と菊を隔てるフェンスに綻びを作る。振るった少女は一仕事を終えた大工の如き清らかな汗を拭うと、体裁を整え、音を聞きつけてすっ飛んできた教師や寮監に向き直った。
「すいませーん♪ 花壇を作りたかったんですけどー、よろけちゃってー♪」
 子供らしい(そう言うと怒るが)笑顔を振りまくと、先生方は米神を引きつらせながら彼女を連れて行った。
 ――ありがとう、ティズちゃん‥‥。
 心中で礼を述べながら、潜入班は窓から木へと危なっかしく飛び移る。枝の強度は昼間のうちにリラが確認してあるので、どうにか降りていく。まず清芳が地面に降り立ち、他の者を一人ずつ抱きとめる。小柄な他の三人と違い、長身で体力のあるのが役立った。
 しかしフェンスに開いた穴を通るには、逆に妨げとなった。針金のむき出しになった部分をリラとサリュが両側から思い切り引っ張ってようやく、清芳が通れるだけの穴を作る事ができた。先生方がもし戻ってきても怪しまれないよう、元の大きさに戻す事も忘れずに。

 徐々に近付いてくるノックの音にカミーユは姿勢を正す。別に顔を合わすわけではないが、彼女なりのこだわりだ。
「カミーユ・ド・シェンバッハ、ちゃんとここにおりますわ」
 自分の点呼を終えるなりすっくと立ち上がって、ルームメイトに後を頼む。窓を開けベランダに出て、身軽さを活かして衝立をひょいひょい越えていく。そうして到着したのはほのかの部屋。突然開いた窓に住人達の注目を浴びて、彼女はにこやかに挨拶する。
「うふふ、ちょっとしたスリルでしたわ。ごきげんよう、後輩の皆さん」
 その時、寮監が扉を叩くのが聞こえてきた。順に住人の名が呼ばれ、最後にほのかの名が呼ばれる。
「一宮ほのか、います」
「あら‥‥一宮さん、声が少しおかしいわね」
「風邪を引いたみたいで、マスクをしているんです」
 菊の宮に行っているほのかの代わりにカミーユが返事をする。わざわざ口を押さえ、くぐもった声を出して。
「熱が出るようだったら薬をもらいに来なさい。お大事にね」
「はい、先生」
 足音が遠ざかっていく。ひとまずの危機は去ったようだ。
 そのままほのかが戻るまで居座ることにしたカミーユは、携えてきたお茶とお菓子を振舞いながら、昔々の恋物語を話し始めるのだった。

「えっと、あちらにまわれば裏口があるみたいです」
 フェンス越しにメモをやり取りして得た菊の宮敷地内の地図を見て、サリュが進行方向の指示を出す。
 裏口の前に立つとタイミングよく、ぶーっと振動音がして、一同は冷や汗をかく。リラの携帯だった。メール本文の最後に差出人の名がある。E棟代表ウリエル・セグンド。
「何でリラ先輩の携帯に菊の宮の人からメールが来るの!?」
「連絡に役立つかと思って、私のアドレスを書いたお手紙を渡しておいたの」
 菊の宮の21時点呼も終了したとの事、潜入するなら今が最大のチャンス。重たい鉄の扉をなるべくゆっくり静かに開き、足をそっと、踏み入れた。

●E棟
「なんで要所要所に寮監やら教師やらいるんだよ、いつもは今頃酒盛り始めてるくせによ!」
「そんなのどっかから情報が漏れたからに決まってんだろ!」
 E棟で暮らす寮監と教師が総動員での大捕り物が始まっており、上を下への大騒ぎになっていた。そこかしこにバリケードが張られ、様々な運動部による様々なボールで攻撃が行われている。
 私物のバットで打ち返す体育教師もいる中、馨が名簿を携えて進み出た。煌めく眼鏡と笑顔に恐怖を感じてか、ボールの一斉射撃がぴたりと止む。
「あなたとあなたとあなた。私の授業に出ていますよね。大人しく投降しないのであれば、今度の試験は自動的に赤点にします」
「ひでぇっ!」
「職権乱用だろ!」
「教師だからって生徒なめてんじゃねぇぞっ」
 馨の宣告はとても酷なものだった。指名された生徒が思わずバリケードから身を乗り出すほどに。
 しかしそれもまた作戦のうちである。馨はますます笑顔を輝かせた。
「たった今の発言により、教師に反抗的な態度をとったとしてあなた方を処罰対象とします。――全員捕縛!!」
 呆気にとられる生徒達。バリケードの向こう側に教師と寮監がなだれ込む。特に高い地位にあるわけでもない馨だが、次から次へと指示を飛ばすので、同僚の皆さんは疑念を抱く暇もなく従っているのだ。
「全員学習室に連れて行ってください。問題集一冊すべて解くまで部屋には帰さないように」
 生徒達は馨の事を鬼教師と呼びつけながら連行されていく。彼らは馨の真意を知らない。馨がこの菊の宮の卒業生である事も。落ち着いたら学習室の見張りを一手に引き受け、せいぜい反省文くらいで済ませるつもりである事も。
 そこへ颯爽と走り過ぎる羽月。馨の戦法を他の生徒に伝えに行くつもりなのだろう。舌打ちして追いかけようとした馨だが、胸ポケットで携帯が一通のメールを受信した。

 馨の携帯が震えるよりも数分前。
 ちゃんと会えたかな――携帯の時刻表示を確認して、そんな事を考える。裏口で待つ清芳は、白く浮かぶ月を見上げて目を細めた。
 禁じられた相手への恋心を抱くほのかの姿に自分を重ねていた。
 ――もしかしたら、私も逢えないかな。
「うん、そうだ、逢いに行こう。そのほうが見回りに行かない寮監がひとり減るしっ」
 もしかしたら彼女自身を納得させるための独り言だったのかもしれない。早速想い人の携帯へメールを送る。文面は至極簡単で、だからこそ篭る熱も伝わるものだった。‥‥今裏口にいる、逢いたい。
「ごめん、やっぱりちょっと行ってくる」
 急に立ち上がった清芳に、こちらも考え事をしていたリラが我に返る。実はリラにも気になる人がいて、E棟にいるかもしれなくて、名前も知らないのに会えるかもしれないと希望を抱かずにはいられなかった。
「私も行きます、清芳先輩」
 少々悩んだ後に出た結論。リラは清芳と共に鉄の扉をくぐった。

●そして
 めでたく婚約者の馨と出会えた清芳は彼の部屋に連れ込まれている。帽子をとった途端こぼれた髪へ口付けされて、次はどこへ触れるのかと想像してしまい、真っ赤になって俯くばかり。そんな愛しい人の愛しい様子に、馨が抱いたのはちょっとした悪戯心。清芳のシャツのボタンをひとつ、外した。
「ちょっ――」
「騒ぐと誰かが飛んできますよ?」
 拒否しきれないとわかっているくせに。幸せそうに眼鏡を外す馨へ、清芳は悔し紛れに抱きついた。

 リラの前には息を切らした羽月が立っている。会いたいと願っていたリラは驚きのあまりぽかんと口を開け、羽月は羽月で偶然会ったほのかから共に来た者の話を聞いて飛んできた次第。互いにいくら相手を見ても満足できず、視線を逸らせずにいる。
「あの!」
「あっ、あの‥‥」
 強張る喉を諌めて声を出したのは二人同時の事だった。それだけで照れくさくなってしまい、場を再び沈黙が支配する。
「‥‥あの、以前、学園祭でお会いしましたよね‥‥」
 胸元で自らの手を握り締めながらリラが言う。覚えてもらっていた事への驚きと喜びを噛みしめつつ、羽月は何とか頷いた。そう、まずは自分の名を告げるために。

「‥‥あなたが‥‥ほのかさん‥‥?」
 戦場と化したE棟を女子二人が駆け抜けるのは困難だった。階段下に身を潜め、先程知ったウリエルの携帯へ連絡を入れると、しばらくしてそれらしき青年が現れた。サリュとほのかが心臓をばくばく言わせながら肯定すると、ウリエルの背後から日焼けした肌の短髪少年が姿を見せた。
 恥ずかしそうに頭をかく雄基少年に、ほのかは耳まで赤く染まる。
「頑張ってください、ほのかさん! ここが正念場なんですからっ」
 その赤い耳元でサリュが応援のメッセージを送る。勇気をもらったほのかは雄基少年の正面に立った。
「ずっと、見てました」
 だがそれでも、この言葉を贈るのがやっとだった。
 ウリエルの差し出したメモ用紙に、雄基少年が携帯の番号とアドレスを記す。これが今のところの答だと。
「まず、一緒にどこか行って遊ぶ事から始めようぜ。正直に言うなら俺は今始めてあんたを知ったけど、その度胸に恐れ入ってる。もっとあんたを知りたいと思う」
 イエスではない。だがノーでもない。どちらかというとイエスに近く、今後次第でどうにでもなる。
 努力が報われた事を感じ取って、サリュもウリエルもほぅ‥‥と安心の息をついた。