学園戦隊カスミレンジャー☆

■ショートシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:フリー

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月14日

●オープニング

 私立霞学園。

 幼稚部から大学部まで、むしろ大学院まで、一貫した教育を施すために設立された、超大規模の学校である。各分野でのエキスパートの育成を目標としており、一般的なレベルよりも遥かに高水準な教育が売りでもある。それに比例して授業料も高水準だが、苦労をしてでも我が子をこの学園に入れたいと願う親は、決して少なくない。
 学園は幼稚部を除き、全寮制である。性別によって分けられているだけで、年齢による住み分けはない。年長者が年少者の面倒をみる為に、わざわざ同室を義務付けている棟もある。
 そう、寮は幾つもの棟から構成される。寮だけでひとつの町が出来上がるほどだ。つまり、幼稚部を抜きにしてもそれだけの生徒が学園には所属しているのだ。

 なればこそ、生徒による自治組織、要するに生徒会は、大きな力を有している。生徒会が表明する意見は、教師のみならず学園長でも蔑ろにする事はできない。そして生徒会を構成する役員も、年齢性別を問わず、能力もしくは人間性あるいは両方を基準とし、前任者が選ぶ事になっている。彼らは一般生徒の模範であり、目標でもあるのだ。

 ◆

 カキーン。
 晴れた朝の空に、金属バットが球を打つ音が響いた。
 始業時間にはまだ早く、高等部用グラウンドには朝練中の各種運動部員の姿しかない。彼らの注意が自分にない事を確認して、少女はあまり手入れの行き届いていない一角へ走った。
「ここに、入れておけばいいんだよね‥‥」
 そこにひっそりと佇むのは、使われなくなって久しい小さな焼却炉。茂みに囲われ、グラウンドからこちらをうかがうことはできない。それでも少女は用心深く周囲を見渡してから、持っていた鞄の蓋を開け、可愛らしい封筒を取り出した。
 雨ざらしゆえの錆は見受けられるものの、焼却炉に外見上の使われていない感じはない。扉に手を伸ばすと、思っていたよりもすんなりと扉は開く。夏という暑苦しい季節であるにもかかわらず、ひやりとした空気が少女の頬を撫でた。内部に灰は残っていない。
 少女は焼却炉の中に封筒を入れると、扉を閉め、逃げるように立ち去った。

 ◆

「本日は一通です。どうぞ」
 セーラー服に身を包んだ女生徒が一人。リボンの色から判断するに、高等部所属のようだ。にこりともせず、およそ感情というものをどこかに忘れてきたようなクールビューティで、腰を通り越す輝く黒髪が美しい。
「ああ、ありがとう」
 そして女生徒から封筒を受け取ったのは、まだ中年と呼ぶことが躊躇われる男性。ワイシャツとスラックスの上からアイロンのかけられた白衣を纏い、鋭い視線を眼鏡のオブラートが和らげている。胸ポケットには名札が付けられ、氷室、と名字のみが記されている。こちらはやんわりと微笑むものの、眼鏡のずれを中指で押して直す仕草、封筒から出した便箋を読む表情は、女生徒に輪をかけて彼が厳しく冷たい人柄であることを示している。
「如何様な内容ですか」
「‥‥本を取り返してほしい、とある。数日前、授業中に隠れて読んでいたところ、その授業をしていた教師に没収されたらしい」
「自業自得では?」
「そうだな、私もそう思うよ」
「では断りを入れましょう」
「その必要はない。受けるのだからね」
 え? と女生徒の端整な造りの顔が歪む。
「見てくれ。没収された本のタイトルが書かれているんだがね‥‥」
 彼女が見やすい角度に調節された便箋を脇から覗き読むと、『未来〜光の中でキミと〜』とあった。
「これは‥‥」
「私は恋愛小説が好きなんだが、とりわけ欠かさず読んでいる作家がいる事はキミも知っているだろう。‥‥この本は、出たばかりの新刊だ」

 キーンコーンカーンコーン‥‥
 予鈴が鳴った。

「要するに、読みたいのですね?」
「研究が忙しくてね。本屋にも行けやしないのだよ」
 悪びれる風もなく言ってのける氷室に、女生徒も肩をすくめて了承するしかなかった。壁際に設置されたマイクのスイッチを入れる。

「連絡します。生徒会役員は、昼休みに生徒会室へ集合する事。繰り返します、生徒会役員は‥‥」

 学園の全敷地に向けて発せられる声を聞きながら、氷室は窓際へ向かう。朝日の眩しさに目を細めながら、優雅な動きで眼鏡を外し、校舎に駆け込む生徒達の姿を見下ろした。
「氷室先生」
「指令と呼びたまえ、浅原君」
 振り向いた彼は、既に眼鏡を装着しなおしていた。
「学園戦隊カスミレンジャー‥‥今宵、出動だ」

●今回の参加者

 ea0489 伊達 正和(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2139 ルナ・フィリース(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea4747 スティル・カーン(27歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea9237 幽 黒蓮(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●昼休み
 呼び出しを受けた生徒会役員は、生徒会室に集合していた。ただし、一名を除いて。
「浅原君。一人、足りない気がするのだがね」
 眼鏡が光る生徒会顧問の氷室先生は大きな卓の上で手を組み、傍らに立つ女生徒へ問いかけた。
「さあ、存じません」
「どうせまた‥‥屋上で寝てるんじゃない?」
 浅原さんが無表情のまま答えたのに続き、会計スティル・カーン(ea4747)はぼやき、ソファの背もたれに寄りかかる。カーンの横で書記ルナ・フィリース(ea2139)も、短く息を吐き出した。
「彼には後で私から説明します。先生、詳細を」
「‥‥うむ」
 昼休みは長いようで短い。ルナに促され、氷室先生は一通の封筒を彼らに見せた。そして順に説明する。今朝、例の場所に封筒があった事。封筒には依頼の手紙が入っていた事。依頼の内容は没収された本を取り戻す事。没収したのは中等部国語担当高森先生である事。――依頼は受理したという事。
 語り終えると眼鏡のずれを中指で直しながら、悠然と立ち上がる。立ち去ろうというのではない。眼鏡の奥の鋭い視線で、スティルとルナの向かいに座る女性を見つめる。スティルが学生服、ルナがセーラー服なのに対し、その女性は私服だ。だが胸元には霞学園の校章がきらりと光っている。生徒会長、幽黒蓮(ea9237)‥‥今まで黙って聞いていた彼女も氷室先生のように綺麗な動作で立ち上がった。
「決行は今夜ですね」
「ああ、よろしく頼むよ幽君。そして、生徒会諸君」
 互いにうなずき、情報の伝達は終了する。
「さて。食堂へ行こうか。たまには顧問らしいところを見せないとな」
「先生、奢ってくれるんですか?」
「やった‥‥」
「じゃあ滅多に頼まないデザートでも」
「牛乳をおかわり付で。大きくするためにも牛乳を」
 残った時間で昼食をとろうと、全員が扉に体を向けた瞬間。
「いやー、遅くなって悪いな!」
 豪快に扉を押し開け、副会長伊達正和(ea0489)が陽気に出現した。呼び出された事は理解していたようだが、どうも先に食事をとってきたようだ。学生服の下にTシャツを着ているのだが、スティルがじっと見てみると、裾に黄色い染みが付着している。
「この染み、カレーだ」
「マジ!? 気をつけてたんだけどなぁ。‥‥って、なんで皆そんなに怖い顔してるわけ?」
 ぴりぴりした空気。だが正和には理由がわからない。
 思わず片眉を吊り上げた黒蓮だったが、彼女の横で氷室先生はおもむろに正和の髪をひと房、つかんだ。
「どうやらキミは化学の単位を必要としていないようだね」
「へっ‥‥」
「だってそうだろう、この寝癖。一時間目が私の授業だった事、よもや忘れていたのではあるまいな」
 青ざめる正和に、しかし氷室先生はさっと手を引き、そのまま生徒会室を後にする。浅原さんも颯爽と続く。黒蓮も続くので、スティルとルナも続く。
「勘弁してくれよ、氷室のおっさーんっ」
 彼らを必死で追いかけ、懇願する正和の声が廊下に響くのだった。

●四人あわせて
 天空から淡い輝きで地上を見守る、上弦の月。細かな星々もそれに加わり、幻想的な世界を作り上げている。
 教員寮には、入口を挟むようにして二本の立派な木が植えられている。今これらの木々の上にはそれぞれ二人ずつ、計四人の人影が隠れていた。
「高森先生に、最近没収したものについて聞いてみたけど‥‥ダメだった。生徒のプライバシーもあるからって。課題だって言えば何か教えてくれるかと思ったんだけどなぁ」
 スティル・カーン――カスミブルー。仮面舞踏会で使用するような妙なマスクを装着しているので、他の誰よりも怪しさ抜群。
「私も、文芸部員や中等部の子に、それとなく聞いてみたんです。高森先生が本を読んでいませんでしたか、と‥‥いつも読んでいるけどそれがどうかしたかと返されました」
 疲れた様子でため息をつくルナ・フィリース――カスミホワイト。なぜかダンボールを抱えているが、彼女曰く、隠れて移動する為にはどうしても必要らしい。
「まあ文芸部の顧問やってるくらいなんだから、本が好きなんだろうしな。けど一人くらい、読んでた本の題名を見た奴はいなかったのか?」
 伊達正和――カスミパープル。ライターを取り上げられているのでいつもの香りを漂わせる事ができず、どことなく落ち着かない様子だ。潜入するのに身元が割れる可能性のあるものを残すわけにはいかないので、仕方のない事ではあるが。
「私もそう考えて、重ねて質問してみたんです。どうやら高森先生はお気に入りのブックカバーを所持していて、現在読んでいる途中の本には、そのブックカバーを付けているそうですよ」
「どんなカバー‥‥? 色は?」
「厚手の布でできていて、濃い茶色だとか」
 昼間のうちに掴んだ情報を交換していると、パープルの隣にいる人影が、くすっと不敵に笑った。
「じゃあ一番怪しいのはそのブックカバーの本ってことね」
 最後の一人、幽黒蓮――カスミレッド。その楽しそうな口調に、他の三人は頬を引きつらせる。カスミレッドである時の彼女は、優等生の仮面を脱ぎ捨てた、単なるスリル好きだからだ。だがある意味、一番頼りになる存在でもある。
 ブルーとホワイト、パープルとレッドは別々の木に潜んでいる。ヘッドマイクを付けているおかげで、離れていても囁き声でも、支障なく会話する事が可能だ。
 高森先生の部屋を双眼鏡でチェックしていると、そのうち電気が消された。30分程経っても、また電気が点く事はなかった。レッドが双眼鏡を下ろし、パープルに目配せする。
「行くわよ、皆。――せーのっ」

「「「「学園戦隊カスミレンジャー! 出動!!」」」」

 夜空に翻るマントには金糸で大きく縫い取られた霞学園の校章。ちなみにマントの色は各自決まっている。
 生徒の味方カスミレンジャーは、依頼達成の為に教員寮へ忍び込む!

●ひっそりこっそり
『もう一度言っておくが、目標の部屋はB棟の702号室だ。間違えるなよ』
『該当箇所のセキュリティは一時的に止めてあります。人目につかないように気をつけてください』
 イヤホンから聞こえてくる、氷室指令と浅原さんの声。彼らは拠点からのサポートに徹している。
 万が一誰かに見つかった場合に逃げ場のないエレベーターではなく階段を使い、足音を立てないよう慎重に、かつ素早く移動するカスミレンジャー。
「こちらホワイト。せん‥‥コホン‥‥指令、こんな遅い時間に、起きている人なんているんですか?」
『おや、教師の仕事量をなめてはいけないよ。それと今、言いかけたね?』
「うっ!? あの、お仕置きは勘弁してください‥‥」
『考えておこう』
 指令はホワイトをからかって楽しんでいる。扱いの面倒な上司を持った浅原さんの嘆息に頭を抱えつつ、本来の仕事以外に時間を浪費する指令が仕事量などと‥‥嘘くさい、と誰もが思う。
 途中、他の女性教師が廊下を通るも、ホワイトが段ボールに篭り、他の者はその陰に隠れる事でやり過ごした。

 そして702号室に到着する。
 偵察も兼ねて先行したレッドが、どこからかコップを取り出し聞き耳を立て、室内で物音がしない事を確認。その後、靴に隠していた針金でやすやすと玄関の鍵を開けた。使用した針金を再び隠すレッドに、パープルは苦笑いを浮かべる。
「戦隊っていうより犯罪者だぜ」
「何言ってるの。私が犯罪者なら、あなたは共犯よ」
 また誰か通らないとも限らない。躊躇っている暇はなく、滑るように侵入する。
 教員寮の造りは広めのワンルームであると、既に指令から教えられていた。この部屋では、玄関とその奥を区切るように目の細かいラティスが立てられている。
 そのラティスの影からパープルがペンライトで室内を点検する。気づかれては不味いためベッドを不用意に照らす事はできないが、規則正しい寝息が聞こえるので、高森先生はすっかり夢の中の住人だとわかる。
「‥‥足元照らして。俺が行く」
 マスクで身元が割れにくいと考えてか、ブルーが大きく出た。颯爽と高森先生の枕元まで進むと、先程話に出たブックカバーがかかった本を発見する。だがその本は高森先生の手の中。眠りにつくぎりぎりまで読んでいたのだろう。目標の恋愛小説かどうかを確認するためにも、小説を取り上げなければならないが。
「どうしたの、ブルー」
『察してあげなさい、ホワイト。ブルーは高森先生の寝顔にヤられてしまったのだよ』
「勝手な事言うな、指れ――んぐっ」
 ブルーが叫びかけたぎりぎりのところで、レッドが彼の口を塞ぐ。高森先生はうぅんと呻いて、寝返りをうった。その拍子に、手から本が転げ落ちる。中表紙を見てみると、『未来〜光の中でキミと〜』とあった。当たりだ。
 目当ての物が見つかれば、長居は無用。外したブックカバーを置いて、来た時と同じように戻るのみ。
 ガンッ!
 ラティスが激しい音を立てた。口を塞がれたままのブルーが空気を求めてもがき、ぶつかったのだ。
「誰か居るの!?」
 高森先生は当然目を覚ました。パープルが舌打ちと共に素早く身を翻し、高森先生の腹部に一撃を加える。崩れ落ちる高森先生。パープルは彼女をそっとベッドに戻した。
「ったく、余計な手間取らせやがって」
「でも良かったわよ、今のスリル」
 パープルの心境などそっちのけで、満足感を得たレッドだった。

●後日談?
「ごきげんよう、氷室先生」
「相変わらず猫が重たそうだね、幽君」
 笑顔と笑顔の戦いをよそに、ルナは取り返した本の題名と作者をメモしている。冒頭に目を通してみたら面白そうだったので、自分でも購入するらしい。氷室先生は依頼人に渡す前に読んでしまうつもりのようだが。
「ったく、いつも変な指令寄越しやがって」
 正和がまたもカレーの染みをつけてソファにふんぞり返っているので、仕方なく浅原さんが自分の染み抜きを持ってきた。
(「高森先生‥‥いい人が見つかるといいな」)
 窓際では、景色を眺めながらスティルが高森先生の幸せを祈っていた。