●リプレイ本文
◇事件前―日常
ここはすみれ署。間の抜けた名前に聞こえるが、そういう名前なのだから仕方ない。
そのすみれ署の給湯室(別名:出流専用茶室)では、神楽 出流(eb1780)が自前で選び持ち込んだサイフォンで珈琲を入れていた。
「やっぱり、コーヒーは豆から入れないとね〜。えっと〜おやっさんは氷いれるんだったよね」
課内の同僚達の好みを完璧に把握し、それぞれの好みに合わせ用意されていくお茶。
刑事課なんて物々しい響きの割に何気に皆の使っているカップがかわいらしいのは、出流の趣味か、個人の好みなのかは秘密である。
「は〜い、お茶入ったよ〜」
「お、うさぎ、ありがとな。うむ、丁度良い」
熱々のお茶に氷2個‥‥それが、『おやっさん』ことウォルフガング・ネベレスカ(ea4795)の好みだった。
『おやっさん』とはウォルフガングの愛称であり、『うさぎ』とは出流の課内での愛称である。なぜそう呼ばれるかは彼らの場合外見と言動を見ていればよくわかる。
そう、この課内では親しみと信頼を築く為(かどうかは不明)愛称で呼び合っていた。
これで潜入捜査の際、うっかり刑事の本名を呼んでしまって失敗なんてことも無い(はず)。
「おーい、小動物俺にも珈琲くれ」
「はい、ハル兄」
小動物じゃないもん‥‥出流が、そんなことを内心思ったかどうかはわからないが、デスクに積み上げられた大量の始末書の山と格闘するハルワタート・マルファス(ea7489)の机上に書類の束を崩さないよう器用に彼のカップを置いてやった。
「サンキュー‥‥ったく、なんで俺が全部やらなきゃならねぇんだよ!」
それはキミが原因の不始末だから。ペンをがりがりと走らせながらぶつくさ零し、珈琲を一口すする。
「! ぅわっち〜〜〜〜!!」
「コーヒーの味が分からない人にはインスタントでじゅーぶん♪」
トラップに引っかかったハルワタートを見て出流はぺろっと舌を出す。熱湯でいれたが火傷しても知らない。注意力散漫な人が悪いのだ。
小兎ちゃんは、本当は小悪魔ちゃんだったかもしれない。
◇一報
「事件の一報が入りました!」
ひまわり銀行にて発生した銀行強盗事件に関して課内に連絡を告げる声が響き渡る。
「お前達、至急ひまわり銀行に‥‥」
刑事課長の言葉を皆まで待たず、飛び出していったのは陸 潤信(ea1170) だった。
「ナックル、はえ〜な。俺も行って来るぜ」
「僕もいくぅー!」
書類の束を押しのけハルワタートも嬉々と車のキーを手にその後に続く。
交通課の婦警さん達に挨拶忘れず‥‥流石、愛称・ホストは伊達ではない。
なぜに刑事でホストなのかは話せば長い事になるため割愛である。決して、以前潜入捜査でホストクラブに入店した時、うっかりその月のNO1になってしまったからではないはずだ。
わたわたと盆をしまい、出流もハルワタートの後を追う。
「‥‥っていっちまったか」
「よくみとくよ、無理しないよう」
注意の言葉すらかけきれず、背を見送った刑事課長は苦笑混じり。
そんな課長に請け負いつつ、お茶を飲み干すとウォルフガングはのんびりと席を立つ。
「立てこもりっつーのは長期戦だからな。まあ、焦って事故ったら、洒落にならんしな」
「おやっさんがいれば安心だな。頼んだぞ」
背にかけられた言葉に、ひらり片手をあげ課長に応えるとウォルフガングらもひまわり銀行に向うのだった。
事件解決の報告を待つのみの課長は、出流のいれていってくれたお茶をすする。
「‥‥そういえば、今日付けで配属になる警部補がまだ出署してないなぁ」
かわいらしい柄の湯飲みを手に、刑事課長は呟いた。
◇ひまわり銀行・内
犯人の手には鈍い光を返す銃が握られていた。
行内の銀行員達と訪れていた客達は一箇所に集められ、犯人の監視下に置かれていた。
―ジャンジャンジャーン♪‥ピッ!
「はい、もしもしダーリン?」
「誰だ? 携帯隠し持ってやがった奴は‥‥つーか、会話すんなぁ!」
唐突に緊張感漂っていた行内に鳴り響いた某有名サスペンス着メロに続く会話にツッコミ2連発。
明らかに血圧上昇ぎみな犯人を見事なまでに無視し、いつもにこにこひまわり銀行の制服を着込んだ窓口担当・猫目 斑(ea1543)の会話は止まらなかった。
「今ね、斑大変なの〜銀行強盗で人質なの〜」
犯人の怒声をよそにのほほんとした会話は続く。
「え? なに? 犯人とお話? うーんどうかなぁ?‥‥犯人さーん、ダーリンがお話したいって」
「どうかなはてめえの頭だっ、あーなんだ?」
差し出された携帯を引っ手繰るように斑の手から奪い電話先に怒鳴る犯人リーダー。存外律儀。
――斑を傷つけたら殺す(太文字、フォント20くらいな勢いで)
そんな低い淡々とした男の声が携帯の通話音量を無視した大きさで行内に響いた。
思わず凍りつく犯人の手から斑は携帯を取り戻すと「斑幸せーー☆」と惚気全開、通話再開。
「うんうん、じゃあまたね♪ あ‥愛してるv」
「『愛してる』じゃねぇ! なめんな、女!」
――ガシャッ
「あ、やだ。斑の携帯‥‥」
強盗犯が斑の手から携帯を奪い、力任せに投げ捨てた。
「人質は人質らしくしやがれ! くそう、にわか銀行強盗だからってなめやがってー!」
「あ、兄貴、落ち着いて‥‥」
仲間のフォローすら聞こえる様子無く。間髪いれず行内に数発の銃声が響き渡る。
応援にかけつけ銀行の外より内部の様子を窺っていた巡回中の警察官の対応が1番冷静だった‥‥かもしれない。
「‥‥犯人ひじょーに興奮しているようなので至急応援願います、どうぞー?(ガガピッ)」
◇ひまわり銀行・外
キキー‥‥と、自転車独特のブレーキ音が鳴り響く。
赤色灯回るパトカーの前に止めた自転車を降り、ヒサメ・アルナイル(ea9855)が現場に合流した。ヒサメ愛用の自転車は、彼が交番勤務の頃からの付き合いである。
「おやっさん、状況どーなってんの? あ、これ今日の弁当な、毎度あり♪」
弁当とは、ヒサメの内職の事である。地域の皆様に長いこと「おさんどんが得意なおまわりさん」で親しまれてきた彼は、刑事課勤務になった今も変わらない。出前いらずで長丁場事件の強い味方。一課に一人の必需品と謳われる愛称・おさんどん。だからって現場でまで内職ってのはどうなのか。
弁当をウォルフガングに渡しながらヒサメは小首を傾げる。
「ところでなんで、ナックルは徒歩だったんだ?」
「若いモンは走るもんなんだよ」
しれっと本店から取り寄せた行内見取り図を見ながらのハルワタート。ていうか、明らかに年下の出流も車だっただろう。
「ホスト、お前がツーシーターなんか乗らなければいいんじゃないのか?」
おやっさん、弁当のおかずを確認しながら冷静なツッコミ。
「いい修行になりますよ」
けれど、もっと上手だったのは爽やかな笑顔の当のナックルだった。
「ノエル、この見取り図だけどさ」
署内にて情報を集め現場に届ける、地味だけれど必要で誰にでもできる仕事ではない解析業務を行っているノエル・ウォーター(ea5085)に無線でハルワタートが問い掛ける。
返事は無い。
「ノエルさーん?」
呼び捨てを止めてみた。やっぱり返事はない。
無線機の故障か? と首を傾げたハルワタートの隣りで出流が呼びかけた途端の事だった。
「ノンちゃ〜ん♪」
「は〜い、うさぎさん、行内の状態ですねー」
「シカトかよ!?」
ショックを受けるハルワタートの肩をヒサメとウォルフガングが左右其々から叩いた。
歌舞伎町の帝王と呼ばれた彼も(違)、同僚女性の機微がつかめない。
どんなシリアスで危険な場面も、彼女は愛称で無ければ応えない。そんな愛称は『ノンちゃん刑事』。ついた経緯は彼女から判断だ。
「今、ひまわり銀行のセキュリティ会社に連絡を取ってます。襲撃前後のテープを署内で解析して、犯人グループの特定と割り出し中です。あわせて携行している銃の型から入手ルートも割り出して犯人の手がかりを探します。情報が手に入り次第連絡しますので無線ちゃんとあけといてくださいね?」
「了解」
「ふ〜ん、悩むなら手薄の所だな、裏口あたりか? 無理&無茶するなら、それなりの準備しろよ? 死にたくないならな」
唐突にかけられた声に、忠告に刑事達の視点は発言主に集中した。
そこにいたのは、質の良いスーツに身を包み眼鏡をかけた一般人らしからぬ雰囲気の男だった。
「‥‥誰だ、一般人いれたのは?」
「いや、この方は‥‥」
訝しげに訊ねられた言葉に、一般の警察官が答えようとするのを男は片手で制し。
「いや、構わん。ま、刑事さん達のお手並み拝見か。頑張れよ」
言う事だけ言うと用は終わったとばかりに去って行く男の姿に、先に動き出したのはヒサメ。
指摘された裏口を指し示すと、どこから用意したのかおかもちを手に。
「ふむ、ハンターが人質として潜入済みか。んじゃ俺は出前のにーちゃんに扮し、ちょっくら堂々と裏口からお邪魔してくるわ」
行ってくるぜ! とノリ軽くヒサメはそそくさと裏口へ向っていった。
「毎度ー! おふくろ亭っス。ウルトラDXおふくろ弁当お届けだぜ。なんか賑やかじゃん、イベントでもやってんの?」
さも何も知らないという素振りでズカズカ入りこんでいくヒサメ。
その様子を隠しマイクから無線で拾い内部の様子を窺う刑事達。
「‥‥昼飯なんかたのんでねえぞ、ていうか誰だお前、この様子が目にはいらねえのか?」
うろたえる犯人の様子が声だけでも十分にわかった。
「うむ、さすがおさんどん。自然な潜入だ」
‥‥そうか?
「もしかして防犯訓練中? あちゃー邪魔しちまったか。いやぁ兄ちゃん堂に入った強盗ぶりじゃん、役者だねー。拳銃も良く出来てんなぁ」
「演技でもなければ、役者じゃねえ!! つーか、お前も俺達をなめてるのか!!」
斑のことが軽くトラウマな模様の犯人。
「え? もしかして本物?‥‥分かった皆まで言うな。俺んとこも不景気でさぁ、ここで会ったも何かの縁、俺もやる」
「は?」
肩をぽむりとたたかれ、銃をとられたことにツッコミすら返せず呆然とする犯人の一人。
ヒサメは試す眇めつ、銃を眺めている。
「うむ、さすがおさんどん。犯人への接触に成功だな」
‥‥本当に寝返ってませんか?
セキュリティ会社との連絡接続に成功し、内部の様子をリアルタイムに見ているノエルがどう思ったかまでは不明である。
ていうか、防犯カメラ対策くらいしようよ、犯人。
◇事件解決?
「私が正面から、説得を試みながら接触を図ります。援護よろしく頼みます!」
‥‥やっぱり正攻法が1番なのだろうか。
表から犯人側の注意を引く半ば囮に近い役を、潤信が買って出た。
暴徒、フーリガン等荒くれ者を相手に、銃などの武器一つ使わずに拳ひとつで渡り歩いてきたという逸話(噂)を持つ武闘派刑事だけあって、危険に臆する事無く挑む姿勢はさすがナックルである。
「くそう、刑事の奴‥‥車はどうした?」
「今用意させています。それより私は銃を持っていません。まずは、話してみませんか?」
何も持たぬ腕を上げて、武装していない事をアピールしながら犯人側を刺激しない様に、ゆっくりと銀行へ近づいていく潤信。
潤信が、気を引く間にハルワタートがヒサメらに合図をおくり、そして犯人の意識が潤信に向いた期を逃さず銀行内に突入した。
潤信もその気を逃がさず一瞬で斑のペイント弾によって視界を奪われた犯人の一人まで距離を詰め首筋に手刀を叩きつけた。
別の男には、ヒサメのおかもちが後頭部にHITする。
一瞬の攻防。沸き立つ人質達を落ち着け外へと誘導しはじめた。一人、潤信は昏倒させた犯人の手に錠をかける。
「‥‥くっそ‥‥」
しかし賑わう行内で、小さくうめきながら痛む後頭部を抑え、犯人が銃を構えていた。
「!!」
気付いたのは潤信。掠る銃弾に臆する事無く、潤信は冷静に近くにあった椅子を犯人へ向かい投げつけた。
一気に距離を詰め、犯人を一閃背負い投げ伏した腕をひねりあげる。
「‥‥もう一人の犯人も抑えました!」
一労働に光る汗を拭い後ろを振り返った潤信。そこにいたのは‥‥
「「ホスト!」」
「‥くっ、死ぬんだったら綺麗なおねーちゃんの膝の上で死にたかったなぁ‥‥」
死角からの銃弾‥‥むしろ流れ弾に倒れたハルワタートだった。がくり、うなだれる彼。その名を呼び倒れた傍に出流が駆けよる。
「僕のことお嫁に貰ってくれるっていったのはうそだったの!?」
「誰がそんな事言ったー!?」
跳ね起き、叫ぶハルワタート。途端に傷に響いたか痛みに悶える。
「‥‥それだけツッコム余力があれば死にはしねえな」
流石、おやっさん。ウォルフガングは冷静だった。
◇事後
無事逮捕された犯人達。
銀行で刑事達に翻弄されたが、それは連行された署内でもかわらない。
ウォルフガングの聖職者のような泣かせの説得に織り交ぜられる、ヤクザまがいの脅しの尋問に犯人達が心中滂沱の涙を流していると、取調室の扉がひらき中に食欲を誘うよい香りが漂う。
「カツ丼お待ち〜(笑) 出来立てほやほやの自信作だぜ。これ食ってとっとと聴取終らせよーぜ♪」
「冷めないうちが美味いんだがなぁ。熱いうちに食べたかったらとっとと終らせるのに協力しろよ?」
これが、取り調べお約束のカツ丼?! 良い匂いに感激する犯人にウォルフガングの釘がささったのだった。
ちなみにハンターこと斑は潜入操作が多いため、面がばれるわけにはいかないから普段は署にいない。
‥‥決してデートにいそしんでいたりはしない。任務にあたっているはずである(多分)。
事件解決にあたって、内助の功のノエルはヒサメお手製の豆大福と出流のいれてくれた1番茶でのほほんと一息ついていた。
そして‥‥
「おや? またお会いしましたね? お疲れだったようですね」
病院で手当てを受け、署に戻ったナックルとホストを出迎えたのは、銀行前で突然彼らの話に割って入り助言をおいて去って行った男だった。
「あなたは先ほどの!!」
「偉そうだと思ったら」
ナックル、ホスト揃って驚きを隠せぬ表情。大きな声を出した途端、傷に響きハルワタート撃沈。
「‥‥そう思ってたのか。まあ、いい。改めて自己紹介をしよう。本日付でスミレ署に配属になったリュイス・クラウディオスです」
にっこり笑って右手を差し出すリュイス・クラウディオス(ea8765)。
現場で会った時とは、うってかわって丁寧な口調。彼が転属前にいた英国で、現場と普段のギャップからツインフェイスと呼ばれていたことを彼らは未だ知らない。
すみれ署は今日も事件に賑やかだ。