犯人は‥‥だ!
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:フリー
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年09月13日
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●オープニング
●事件概要
華族からの流れを汲む、大規模な企業グループ・一之瀬グループの現当主・一之瀬 良太郎(イチノセ・リョウタロウ)氏が、殺害されたという情報が入った。
第一発見者は、一之瀬家に勤める遠野 雪哉(30)。
遠野は、一之瀬夫人の忘れ形見でもある飼猫・リンの姿が見えない事から、屋敷中を探していたところ発見したという。
殺害現場である一之瀬氏の書斎は二間続きになっており、一之瀬氏は奥の部屋で倒れているところを発見された。
心臓を一突き、ほぼ即死であったと思われる。凶器は、氏の所有するペーパーナイフ。
手には何かを擦った跡と、また、手の甲にも傷があり、こちらの凶器は未だ調査中である。
扉には鍵が掛かっており、遠野は警備室で借り受けた鍵を用い、書斎へ入ったという。
「なぜ、書斎に猫がいるのが判ったか? 探し回っていたら、書斎から声が聞こえたからですよ。部屋をノックしても応答が無かったので、スペアキーで開けました。書斎に入ってみれば、奥の部屋に灯りが付いていたので、旦那様がいらっしゃるのかと声を掛けたのですが‥‥」
なお屋敷の鍵は、スペアキーの束が警備室で一括管理されていて、生活・所有されている室間は、各々に配布されている。
また、空き部屋・共用空間の鍵は、同様に警備室で管理され、必要に応じて持ち出し、利用されていた。
「旦那様の殺害容疑時刻は、スペアキーは警備室で管理していましたよ。遠野がここから借り出したのは、時刻より後、夕方です。ほら、記録にも書いてありますよ」
●被害者
■一之瀬・良太郎(イチノセ・リョウタロウ):男:56:一之瀬グループ会長
一之瀬家現当主であり、多くの企業を傘下に従える一之瀬グループの会長。
傲慢かつ、強引な経営手腕で一之瀬グループを拡大させた。
愛妻家で知られていた一之瀬だが、1年前に妻・茉莉絵(マリエ)を亡くしてからは、余り公的な場へ出る事が少なくなっていた。
殺害されたその日は、一之瀬氏の誕生日であり、親しい身内のみでの祝いの席が予定されていた。
一之瀬夫妻に実子は無く、周囲には一之瀬の甥・一条 真が、後継者であると目されていた。
●容疑者リスト
殺害時刻前後にアリバイの無い、または、はっきりしない容疑者は、以下の5名である。
■遠野・雪哉(トオノ・ユキヤ):男:30:使用人
「一人で屋敷内と庭をリンを探して歩いていましたから‥‥。かすみさんにも手伝って頂いていましたが、手分けをしての事ですので一人ですよ。リンは奥様が亡くなられてから、私やかすみさん‥‥一部の人間にしか懐いてくれないもので」
母子家庭で育ち、奨学金を受けながら大学を卒業後、執事の紹介で、一之瀬家に勤め始める。
雪哉を女手ひとつで育てるため苦労し、体を壊して後、病弱な母親への送金をする生活。
人柄・仕事振りに関しての上司・同僚の評判は、良。少なくは無い額の借金がある。
『お袋さんの具合はどうなんだい? 治療代や入院費もバカにならんだろう‥‥借金の打診をして断られたとかあってもおかしいよな? ここの給料は、随分いいんだろう? お前さんも女に振り回される人生だねぇ』
■葵・かすみ(アオイ・−):女:28:メイド
「その時間ですか? 遠野さんと一緒にリンを探していました。半日も姿が見えなくて‥‥いえ、奥様のお側にずっといる、家猫というんですか? ですから、遠く外へでかけて戻らないという事もない猫なんです。それがいないので探していたんです。リンは、奥様の形見に等しい猫ですから。普段からお側のお世話をさせて頂いていますが、午後はお呼びされなかったので屋敷の仕事をしていました。ですが‥‥旦那様のお側にいればよかった‥‥」
執事の姪。その縁で、幼い頃から伯父の手伝い等、一之瀬家に良く通っており、朗らかで真面目な性格から、子供のいなかった当主夫妻にとても可愛がられている。
当主の甥との縁談話があがっていて、周囲の羨む声が大きい一方、本人の様子は芳しくないようだ。
『当主の甥っ子殿との結婚話が進んでるって話だな、おめでたいことで。‥‥断るに断れないよなぁ、あんたのご両親は、グループ会社の一つに宮仕え。当主夫妻に娘が気に入られて受けてる恩恵もなくはないだろう?』
■一条・真(イチジョウ・マコト):男:33:甥
「その時間は、1人で部屋で仕事をしていたよ。たまに休みが取れても、休みになんてなりゃしない。取引先とのメールや電話のやり取りもしていたから、その辺調べてくれないかな? 叔父さ‥‥会長を殺して俺にメリットなんてないよ。まってれば、その内この手に転がってくるものだしね」
当主の姉の1人息子。現在、一之瀬グループの会社の一つを任せられている。
現当主夫妻には子供がいないため、跡継ぎ候補の筆頭。
仕事の能力に関しては、人をうまく使う管理能力に長けてはいるものの、実務能力には難ありという評価。
私生活においては、派手な噂が絶えない。
『あんたが独断で動いた結果、会社に損失が出たって事を掴んでるんだ。かなりでかい損失だったって話じゃないか‥‥会長にバレて責められたりなんてしなかったのかい?』
■葵・総一郎(アオイ・ソウイチロウ):男:62:執事
「その時間は、本日夜の旦那様の生誕祝いの準備であちこち動きまわっていましたからな。一所にいれるわけでなし、やらなければいけない事も多い。折々で指示してまわっていましたから、その場所その場所の担当の者たちに聞けば大体どこで何をしていたかわかりませんかね? 屋敷内は広い‥‥空白の時間も出来てしまいますか」
勤続30年以上のベテランで、執事長の立場にあり、葵かすみの伯父。
妻を早くに亡くし、息子達も既に独立しているため、鋭意仕事に精力を傾ける生活を送っている。
総じて補佐能力が高く、次期当主と名高い真の経営補佐もしている。
娘のいない総一郎にとって、姪・かすみの花嫁姿を見る事が、今身近な夢らしい。
『可愛い姪っ子の花嫁姿‥‥葵かすみのドレス姿はさぞ綺麗だろうなぁ? 良かれと勧めた縁談が、当人にとって良い物とはかぎらねぇからな。経営や生活の補佐は得意みたいだが‥‥大丈夫かい?』
■一条・花蓮(イチジョウ・カレン):女:58:当主姉
「部屋で1人で飲んでいましたから知りませんよ。私がいつから飲んでいても別に構う事ないんじゃありません? 弟の誕生日ですもの、景気祝いって事にでもしていてくださいな。ああ‥‥弟が、こんな急に死んでしまうなんて。一之瀬グループは、これからどうすればいいのかしら‥‥」
夫と別居し、実家へ戻ってきて久しい。別居理由は、当人の居丈高な性格にあるというのが専らの噂。
真の派手な私生活は、母親に似たのだろうといわれるくらいの浪費家。
選民意識のようなものがあり、非常にプライドが高い。
『あんたの息子が一之瀬家を継げば、弟に渡った財産もあんたが自由に使えるようになるもんなぁ? そういや、華族から続く一之瀬家に庶民が親密にしている事が気に入らないって良く愚痴ってたって話だな』
●リプレイ本文
●容疑者一覧
「はて、困ったね。友人に手伝いに借り出されたと思ったら、殺人事件に巻き込まれるなんて‥‥」
「兄ちゃんよ、そういうんなら仕事きっちりして帰っときゃ良かったんじゃないかい?」
物憂げに呟くアルヴィス・スヴィバル(ea2804)に、思い切り眉根を寄せ、この場を取り仕切る刑事である氷上 心太は、口の端にくわえたままの禁煙パイポを揺らす。
「祝いの花を届けた後も、とっとと帰らないで屋敷周辺をうろうろしていたなんて不審者以外のなにものでもないだろーが」
まったく残暑も厳しいってのに、暑っ苦しい格好しやがって。
そんな視線も何処吹く風‥‥氷上がそう思うのも無理はない、黒のハイネックシャツの上にオフホワイトのロングコートを羽織ったアルヴィスは、刑事の質問も右から左に周囲を眺めていた。
状況を憂れいている様子のくせに、やや伏せられたアルヴィスの瞳が楽しんでいる色を浮かべている事を、残念ながら刑事達は気付かなかった。
一方。一室に集めた良太郎に近しい者達へ、事情を聞き出している女性の姿。
「こらこら、何やってんだ?」
「スクープ‥‥いえ、取材です〜」
「‥‥関係者みたいな顔して堂々と犯行現場を覗き込んでたってのはあんたか」
氷上が見つけたもう一人不審者‥‥それは、ちゃっかり現場に紛れているエーディット・ブラウン(eb1460)だった。
呆れたようにため息を零し、氷上は一般人の入室を許した部下に毒づく。
「一之瀬氏には会う約束をしていましたよ〜」
抗議の声を上げるエーディットには構わず、執事である総一郎に目で問う氷上。
「お断りしたはずです」
正しくは、申し込んだ物のけんもほろろに断られ押しかけ取材に来ていたところ、騒ぎを聞きつけ潜り込んで来たのだ。
「て話だ。お嬢ちゃんも不審者の一員入りだな‥‥」
そんな脇で妙に明るい男の声が響く。
メイドのかすみと共に現れたハルワタート・マルファス(ea7489)の声。
「お、エーディットちゃんじゃん。どうしたの?」
「いや、お前の方が何してるんだ?」
かすみから相談を受け訪れたいうハルワタート。
身分証明の求めると、仲間仲間と己の顔を指で指し示すハルワタートに氷上は一言「手帳」と要求するが、途端に顔を顰める彼。
「んなもん非番だってのに持ち歩けるかよ、めんどくせぇ」
「じゃあ証明出来無いな、容疑者追加‥‥と」
「ちょ、まてって!」
「大分賑やかにやってんじゃねーの?」
藍染めの前掛けを締めたヒサメ・アルナイル(ea9855)がふらりと部屋に顔を出した。
前掛けには『ナイル酒店』と染め抜かれた文字。
「おさんどん!」
「ホストじゃん! エーディットまで」
「顔見知りか?」
氷上の問いに、こちらは前掛けのポケットから警察手帳を示し「ご同業♪」と笑った。
「酒店ってなんだ?」
「‥‥え? か、家業の手伝い?」
なぜ、疑問系? けれど氷上が言葉を重ねるよりも早くヒサメは笑って誤魔化した(?)。
「非番だしいーじゃん! で、お前らも聞いたんだろ? 事件♪」
盛り上がるヒサメらを眺め、更に氷上は重い溜息をつくのだった。
「使用人にしちゃぱっとしないな」
「いえ‥‥その、私はこちらへ電話を借りに。彼女の車が壊れて、ここまでは私の車で一緒に来たのですが‥‥」
ぼそぼそとはっきりしない言葉遣い。
みれば、リュイス・クラウディオス(ea8765)の腕を取りぴったり寄り添う女性、セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)の姿。
今時携帯電話の一つもと、不審に思うが、リュイスは世界を回る演奏家だという。日本に立ち寄った際の偶然なのだろうか。
けれど、氷上はそのまま待機するようにリュイスに命じると、次に真向かったのは九十九 嵐童(ea3220)だ。
彼の回答は簡素かつ明快なものだった。
「俺は、被害者の誕生祝の宴席芸のため呼ばれた軽業師だ。身分の証明は執事に聞いてくれ」
「一応あんたも被害者の死亡時刻以前からココにいたんだ。暫く付き合ってもらう事になるぜ」
肯定するように頷く執事の総一郎を認め、氷上はそう言った。
「んで、あんたは何だい?」
最早驚きも疑心も無く、疲労を湛えた表情で氷上は訊ねた。
訊ねられた方はと言えば‥‥腕の中の愛猫を撫でながらにこりと笑う。
「事件のある所、私も在る。私は真実を追究する探偵だ。事件を解決し、犯人を捕えたいのだよ」
「‥‥どいつもこいつも不審者ばかりが増えてくんだが、どういう事だ」
ゲレイ・メージ(ea6177)の紫煙を苦々しげに見つめると、禁煙パイポのフィルタをがり、と齧り。
氷上は禁煙やめようかなぁ等と思いつつ、現場となった書斎にて繰り広げられる事になった推理劇を見届けるべく、『探偵達』と対峙するのだった。
●推理劇
「『さて』、それじゃあ推理をお願いし様か、探偵諸君?」
アルヴィスの揶揄するような声に微苦笑を浮かべつつ、ヒサメが先立って推理を語り始めた。
「ま、まずは状況を整理する事からだろうな」
氷上が同行願った容疑者達全てに動機はありそうに思える。
「まず花蓮。真と庶民のかすみの縁談は不服。当主が死ねば縁談無しに財産は自由。
んで真は会社に大損失出してて‥これは経営補佐やってた執事長も同罪だな。
かすみは縁談渋ってたみてぇだが遠野と怪しいってメイド達の噂。‥‥羨ましいぜ‥‥職場恋愛か」
ハルワタートを横目に小さな呟きとため息が零れるヒサメ。
「ヒサメさん?」
「じゃなくて!」
エーディットに問い掛けられ、ヒサメは慌てて続きを語り始めた。
「密室化してた書斎の当主本人の鍵はここ‥って全員ギョっとすんなよ! 普通に本人所持だとさ。こんなんもあったしな」
遺体の側にしゃがみこんだヒサメが手を開けば、ハンカチ越しににぎられた書斎の鍵。
そして、屑篭から彼が拾い上げたのは、刃が柄に納まる手品に良く使われるナイフの袋。
「それじゃあ、おたくの推理の結論は‥‥」
パイプを手に、ゲレイが先を促すとヒサメの語る言葉に、ぽむりとエーディットは両手を打つ。
「わかりました〜、犯人は一之瀬良太郎さん自身ですね〜」
エーディットの出した結論を、ヒサメは幾分人の悪い笑みを浮かべつつ頷き肯定する。
そんな二人のやり取りにハルワタートも「俺も」と、推理を後押しする。
「ていうか、状況出来すぎじゃん? ひょっとして‥‥予測の範疇でねぇけど、本当は死んだ振りをして、自分が死んだ時の周囲の反応見るつもりだったのかもな。死ねば普段お愛想浮かべて取り繕ってる奴も化けの皮剥ぐだろうし、自分にとって有益か無益かわかりやすいじゃん」
「そんな簡単に上手く行くかな?」
半ばからかうようなアルヴィスの言葉に、ハルワタートは「さてね」と小さく肩を竦めた。
そして柔らかい笑みで総一郎に問い掛ける。けれど、その瞳は笑ってはいない――刑事の目だった。
「で、死んだ振りするつもりが‥‥間違って死んじまったと考えるんだけど、執事さん何かしらねぇ?」
仮にこの推理が当っていたならば、必ず協力者がいると考えたからだ。
「いえ、心当たりは‥‥そもそも旦那様がそのような真似をなさるか私には疑問なのですが」
訝しげに訊ね返した総一郎にエーディットが扉を差し示す。
「鍵の掛かった部屋がその証拠ですよ〜」
けれど、その言葉に静かに否を唱える声があがる――嵐童である。
「いや、発見時に遺体がうつぶせで発見されていた場合は、確かにあんた達の言う通り事故の可能性が高いように思う。だが、遺体は仰向けで見つかった。そうですね?」
嵐童に確認するように問われた雪哉は、静かに頷く。
「はい。旦那様は確かに奥の部屋で、書棚に背をもたれかけるように亡くなられておりました」
「そうであれば事件の可能性が高く、鍵が掛かっていたが自殺に偽装されていなかった点から、犯人は時間稼ぎのために鍵を内側から掛けどこかに隠れ、誰かが遺体を発見し皆を呼びに行く隙に抜け出したのではないかと思われる」
所在無さげな表情――けれど、眼鏡の奥では、状況を淡々と見守るリュイスが、セラフィーナを背に心中「なるほど」と頷く。
「例えばその開かれた扉の後ろでも何処でも良い。目の前に当主が倒れていたとなれば、意識はそちらに向き、一瞬の死角が作り出せるのだから」
まして夕暮れ時。
暗くなった室内、奥の部屋で灯る明りはより一層目を引き、隠れ潜む者を助ける。
「となると、第一発見者の遠野さんは白だ。遺体が発見され、人が駆けつけ‥‥部屋に集まる人に紛れるように何事も無かったように合流するには部屋に後から訪れた‥‥」
「おっと、かすみちゃんは白だぜ? 俺が一緒にいたんだからな」
ハルワタートの弁護に嵐童は一つ頷き、手に転がしていた賽を握る。
「あんただ!」
嵐童が示す指の先‥‥そこに立っていたのは一条 真その人だった。
●真相
「‥‥どうして俺が犯人だと?」
驚きは犯人呼ばわりされた事に対して‥‥そんな気色のまま、嵐童に問い掛ける真。
「あんたが主張しているアリバイらしき物は、アリバイにはなり得ないからな。
この館は古い‥‥、だが、内部は流石一之瀬グループというべきか。セキュリティやネット環境等は最新の物が整っている」
嵐童の指摘。携帯等は通話記録や発受信履歴を調べればわかる。
まして、屋敷内は無線LANが完備され、当然真はモバイルの類も持っている。
部屋内にいなくとも仕事の用向きは事足りる‥‥逆にいえば屋敷内のどこにいても可能なのだ。
「自殺に偽装できなかった‥‥それは、遠野さんがリンを探しに来てしまった事」
一同の視線が、遺体が在った場所へ集中する。
「だったら、まだ残っているかもしれない。あんたが隠し切れなかった殺人の痕跡がな!」
口元に引きつった笑みを浮かべる真を指し示す嵐童を、厳しい目で見つめるアルヴィス。
先ほどまでの揶揄する様な微笑は無い。
「探偵くんが動機云々を話し出すのは止めて欲しいな。人の心に土足で入る真似は見ていて不快だし、そんな権利は誰にも無いはずだよ」
彼の言葉に嵐童はそれ以上言葉を重ねる事無く、真を見つめつづける。
「‥‥真?」
呆然とした花蓮の問い掛けに、唐突に真は笑い出した。
「あー‥‥勢いってのは怖いな。探偵だのが伯父貴の祝いに来るなんざ思って無かったよ」
「本当に貴方なの?」
顔色を無くし、ふらふらと床に座り込む花蓮を見下ろし鼻で笑うと、吐き捨てるように語りだした。
「伯父貴の事故って話に流れが傾いてくれた時はやったと思ったんだがな。そうだよな、あの伯父貴がそんな洒落っ気めいたことなんかするわけがない!」
思い切り書斎の机の上に拳を叩きつける真。
「失敗? 俺は補って余りあるほどの利益をグループに上げていたんだ! それがたった1度のミスで‥‥。かすみも遠野が好きだときた。俺だって間抜けじゃない。女は逃し、事業成果は業突く張りの伯父貴に掻っ攫われて‥‥後継者候補からの除外だ?」
「‥‥何てこと」
ふらり傾ぐ花蓮の身を、総一郎が咄嗟に支える。
聞く雪哉もかすみも顔色は青ざめている‥‥彼らにそれ程の衝撃を与える物だったのだ、真の言葉は。
けれど、不意にその場に響いた場に似つかわない程の落ち着いた声。
「あら、もめている様で悪いけれど‥‥被害者は既に遺言書を用意していたのよ」
「何だと?」
リュイスの後ろに隠れ、事件を離れた場所で見ていたセラフィーナの唐突の発言。
その場にいる者達の視線を一身に集めてなお彼女はにっこり微笑み、手にしていた鞄から一通の封筒を取り出した。
「実は私、弁護士なの」
●混乱は収まらず
戸惑い、驚き‥‥ざわめきに満ちる室内にて、セラフィーナは良太郎の依頼で作成されたという遺言書を開いた。
「氏には、庶子がいて――つまり、隠し子ね。財産は、半分はその兄妹へ。残りは、寄付という事になっております」
「そんな!」
花連はセラフィーナの手から引っ手繰るように遺言書の入った封筒を奪うと、遺言書を開く。
「‥‥まさか、だって旦那様は本当に奥様と仲睦まじいご様子で‥‥」
かすみの震える声。
「これで、一件落着ね? それでは皆様またお会いしましょう♪」
周囲の人々の混乱を他所に、にこやかに問題の封書を残し、セラフィーナはその場を後にする。
「‥‥また?」
訝しげな氷上の問いに返る言葉はない。代わりに慌しくメイドの一人が駆け込んで来る。
「執事長、大変です!」
執事である総一郎に告げられた言葉は、そのまま氷上へと報告される事となる‥‥それは、一之瀬家で所有していた高名な画家の作品が、飾られていた場から消えていたというのだ。
そして、絵画が在った場所に代わりに残されていたのは――『怪盗ナイトメア』と仮面の意匠と名が入ったカード。
殺人騒ぎの合間に、騒ぐ周囲のやり取りをよそに‥‥先ほどまでいたリュイスの姿が消えている。
「いちゃついてた弁護士もぐるか?! 遺言状の真偽ももう一度確認しなおせ」
氷上の苛立たしげな声が飛ぶ中、消えた絵画に慌てふためく刑事達の様子を眺めにこにこと書き綴り始めたエーディット。
「これは‥‥スクープ1番乗り出来そうですよ〜♪」
ヒサメはたくましいエーディットの様子に小さく拍手を送る。
その彼の肩を叩いたのはハルワタート。
「‥‥事件は解決したんだよな? おさんどん」
「殺人は解決したんじゃねーの?」
ん?と小さく首を傾げるヒサメ。
「今このタイミングでの盗みってこた、さっきまでの面子に犯人がいるのがセオリーなんだが、なあホスト?」
「‥‥まあ、怪盗っていうくらいだから変装か何かだろうな」
帰るか‥‥管轄外だし。
其処までは口にせず、彼らもまた配達用の軽トラに乗り屋敷を後にする。
暫くの騒ぎの後、氷上ら刑事達が見つけたのは、短髪の鬘と、伊達眼鏡‥‥そしてかの男が身に付けていた衣装だけだった。
「それじゃ僕も容疑は晴れたって事で、手伝いに戻らせてもらおうかな」
先ほどの氷上の怒りの矛先が別に向いている隙に‥‥と部屋を後にするアルヴィスを見送る形となったゲレイ。
「さて、私達も帰るかね。ムーン?」
そうパイプを燻らせつつ愛猫をみれば、リンと仲良く遊びじゃれる姿。
その光景にどうしたものかと再びゲレイは、深く深くほろ苦い煙りを胸に吸い込む。
結局は、喧騒覚めやらぬ一之瀬の屋敷内。
騒ぎが落ち着く事には、まだ暫く掛かりそうだった。
「‥‥やれやれ。副業の方で呼ばれたと思ったんだが‥‥本業の探偵業を行うハメになるとはな」
小さく嘆息を零す嵐童の手の中で、とうとうこの日出番を迎えることの無かった小道具のナイフが、主人に答えるように鈍い光を返すのだった。