神風
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■ショートシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:フリー
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年04月16日
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●オープニング
ジパング。
龍の形の島。
吹きすさぶ風は砂塵を舞い上げ、紗のベールとなって世界を覆う。
鬼哭愁々、関東大荒野。
その荒野の片隅に、件の建物はあった。民間に払い下げられた軍事ラボだ。
その前に、今、幾つかの影が立っている。
「何だ、お前ら」
誰何の声がした。ゲートの武装ガードだ。
しかし、影には応えはない。
「綺羅殿。やはり、ここから――」
影のひとつ――巨躯の男の問いに、綺羅と呼ばれた若者が頷いた。金色の鋼を纏った、濡れたような長髪の美丈夫だ。
「これから我らが成すは天誅ぞ。王道をゆく者は踵を返してはならぬ」
「しかし、綺羅殿とは違い、我らは鬼人ゆえ――」
「云うな、武蔵」
武蔵と呼ばれた巨躯の男に向かい、綺羅は微笑を返した。
「鬼人とて、成す業によりては貴人ともなる」
「然り」
頷いたのは白銀の鎧を纏った二人だ。
一人は青年で、武蔵に劣らぬほどの巨躯を有している。もう一人は薔薇の花を思わす美少年だ。共に金剛石のごとき煌く瞳の持ち主であった。
そして、綺羅はゲートの鋼鉄の門扉に目を転じた。
「覇ッ!」
裂帛の気合とともに疾る拳。無造作に見える一撃であるが、爆発音のような轟きをあげて、門扉が吹き飛んだ。
「我が鎧に敵う鋼なし。我が鎧には万血流るる故に――」
超鋼オリハルコンとエマ・モーターの強化鎧は装着者の命を喰らい、その代償として身体能力を数倍化させる。とはいえ、綺羅の手練の凄絶さはどうだろう。
もうもうとたちこめる粉塵の彼方に、あわてて詰所から飛び出した武装ガードが立った。かまえる銃は新457ナンブだ。
「う、動くな!」
震える声で、武装ガードが叫んだ。
が、その絶叫を風のごとき聞き流し、綺羅が足を踏み出す。それに触発されたか、新457ナンブが火を吹いた。
耳を聾せんばかり轟音とともに吐き出された巨弾は、熊ですら仕留めるほどの威力がある。が――
戛!
最強のハンドガンから放たれた弾丸は、見向きもせぬ綺羅の差し出した掌ではじかれている。
「真に向ける先を知らぬ筒口。不明の弾に撃たれる我ではない」
その言葉が終わる寸前、武装ガードの首がはね飛んだ。両断された新457ナンブの銃身とともに。武蔵の奮った高周波ブレード――斬鬼刀の一閃だ。
驟雨のごとく降りしぶく鮮血は、大地を紅に染め――
「標的、十五――」
サーチの結果を武蔵が告げた。
赤光を放つ彼の眼。望遠、暗視機能を備えた武蔵のサイバーアイは、わらわらと玄関前に駆けつけた武装ガードの携帯武器すら確実に捉えている。
「露払いは、我等に」
綺羅が頷くのを確認し、武蔵達鬼人は黒い颶風と化して武装ガードに襲いかかった。
応戦する武装ガード。が、機械的に増幅された鬼人達の攻撃速度についてゆけず、ただ弾丸をばらまくだけだ。飛び交う火線をたくみにくぐりぬけ、鬼人達は確実に武装ガードを弊していく。
と、背後より数条の火線が疾った。応援に駆けつけた待機所の武装ガード達だ。その数は三十。
「面倒也」
白銀の鎧を纏った青年が右腕を突き出した。
「闘術『回天』!」
差し出された右腕が下ろされた数瞬後、竜巻に巻き上げられていた武装ガード達が地にたたきつけられた。
霊峰「不死」。
その霊穴の奥で、武蔵は綺羅の前で片膝ついていた。
「間諜に逃げられた、と?」
頷く武蔵に、綺羅は口の端に微笑の翳をはいた。
「お前達から逃げおおせるとは、大したものだな」
「笑い事でありませぬ。これで、この場所の事が」
「案ずるな、武蔵。あと数日で、鉄槌がくだる」
綺羅の傍らに立つ、白銀の鎧の美少年がにやりとした。
「それまでに、羅将と呼ばれた我らをとめる事のできる力を有した者はおらぬ」
「そのとおりだ、蘭丸」
綺羅が立ちあがった。片手に、フルフェイスの兜を携えて。
「自らの手で文明を滅ぼした人類。もはや大地に並び立つ者なし」
宣する綺羅の姿は人類の完殺者でありながら、神々しくさえあり――
「滅ぶべし、人類。全生命の為に――我、不退転の覚悟也」
●リプレイ本文
「樹海内の三十八体の戦術犬の生命反応、一分二十五秒で消失」
声は片膝ついた武蔵の口からもれた。
見下ろす綺羅の眼にはかすかな笑み。
「戦術犬を瞬殺――それを成しうるは地球上に十一人。我等、そして」
「零の者!」
呻く武蔵に綺羅が頷いた。
「しかし、わずか八人にて死地に臨むとは――」
「不惜身命――それが零の者だ」
「ならばこの武蔵も、身命を賭して迎撃仕ります」
立ちあがった武蔵の眼が、この時、屍山血河を予期するが如く、真紅に煌いた。
ザンッ!
と、大地を踏みしめる者がいる。
何れも纏うは純白の武人服。伽羅の香を焚き込んだ覚悟の装束だ。
そして携えしものは心魂不離の――鎧携帯鞄。
零の者だ。
中に二人、すでに鎧を装着している者がいる。
独眼龍のシン・ウィンドフェザー(ea1819)。纏いしは『殲』。単騎での殲滅戦に特化された鎧である。
そして今一人。
装甲強化を施され、両肩に獰猛な角の陰影が特徴的な突撃型鎧『天』を装着せし者。名を大鳳士元(ea3358)。すでにその手には薄紅色の刃、『菩薩』が握られている。
「『塞』に手を出したとなると‥‥綺羅殿と云えど、もはや問答無用」
天穹を仰ぐ巨漢から嘆くがごとき呟きがもれた。その心底、空ゆく雲の如し――三笠明信(ea1628)である。
その言葉に、ふっと不敵な笑みをもらしたのは士元だ。
「面白いねぇ。俺達が奴らを叩きのめすのが先か、奴らがジパングを吹っ飛ばすのが先か‥‥俺は、こちらが早いに全財産賭けてやるね」
「侮るな、士元」
窘めたのは純雪色の白髪の巨漢――バルディッシュ・ドゴール(ea5243)だ。
「敵は三羅将。そして百式ぞ」
流れる沈黙。
やがて、炎赤の瞳の鬼刃響(eb0028)が口を開いた。
「何れにしても、これが我ら八人の最後の任務だ」
言葉とともに振り向く八つの影。その眼前に――展開をすませた戦術機動兵――鬼人の群れが。
「ここは俺達に任せて先に行け」
シンが先に立った。
刹那、機人の姿が消失した。機動加速された彼等の行動速度は常人には視認不可能だ。が、零の者は常人ではない。
「さぁ、ベルを鳴らしな! ショータイムの始まりだぜぃ!」
士元の雄叫びは無影の空間からした。
風が、唸る。鍔鳴の音に似て――
突如、黒血がしぶき、影が地に転がった。機人だ。
斬り下げた『菩薩』を翻し、士元はワイヤーを走らせる。
その背後を襲う三つの影は瞬速。が、ほとんど同時としか思えぬ新457ナンブの三連射が三つのカメラアイを撃ちぬいた。
残弾尽きた新457ナンブを放り捨てると、シンは敵の只中に躍り込んだ。地を独楽のように旋回し、機人達を薙ぎ払う。
「『神威式殲滅術、残月』」
静かな声音はシンの口から流れた。
「出てこい、猛者!」
屍累々たる中で、士元が雄叫びを上げた。
それに応えるかのように、うっそりと姿を見せた巨躯の鬼。
「武蔵よな」
士元が問う。
応えの代わりに武蔵の腰から二筋の白光が噴出した。
「へっ、ウォーミングアップの代わりにはなったな。じゃあ、さっさと手前ェ片付けて、綺羅の野郎をドツキに行こうかぁ!」
シンがブレード放り捨てた。地に落ちる瞬間――シンが颶風と化して武蔵に迫る。
と――
シンが一気に数メートルの距離を飛びずさった。地に降り立つシンの身が、ガクリとよろける。
「『殲』が‥‥」
呻くシンの鎧の胸部が真一文字に切り裂かれている。そこから滴る大量の鮮血。
「綺羅殿より賜りし超鋼の刃『風林』と『火山』」
武蔵が二刀をふりかざした。その様は、さながら翼を広げた猛禽の如し。
「零の者、超絶の剛腕なれど、我に不退転の信念あり。愚者、滅ぶべし」
「へっ」
蒼白な面に苦笑いを浮かべ、シンが立ちあがった。すでに失血の量は致死の域に達しているはずだ。が――
「人類が愚かか如何かなんてのは関係無い。弱き者達を強大な理不尽から護る為に戦う‥‥それが俺と『殲』の覚悟! ‥‥お前の信念と俺の覚悟、僅かでも強い方が勝負を決める!」
刹那、シンと武蔵が動いた。疾風よりも迅く交差する影。
『風林』はシンの突き出した左掌を貫き、シンの右手刀は武蔵の腹に突き刺さっている。
「『殲滅神威式術、閃華』」
告げるシンを武蔵の眼がギロリと見下ろす。点滅するサイバーアイが――再び真紅に輝いた。補助動力が作動したのだ。
「死ねい!」
止めとばかりに武蔵が『火山』を振り下ろした。が、シンにかわす余力はない。
その時――
刃を拳が受けとめた。
「神威式破壊術『如来』」
ビキリッ、と――
士元の拳の上で、『火山』が砕き折れた。
「さらば、一流――『神威式破壊術、金剛』!」
唸る士元の拳が、武蔵の身体を微塵に打ち砕いた。
吹きつける灼熱の殺気に、六つの影が立ち止まった。
闇の中にあってなお、輝く白銀の鎧。纏う巨漢は――
「由比‥‥お前か」
呟くのは響。斥候・奇襲のプロだ。
その彼の胸に響く声あり。
――敵襲だ! 我を纏え!
鎧、『朧』の声だ。
応とこたえる響の身はすでに鎧のうち――
「瞬装! 鎧我一体!」
叫ぶ響の眼前に由比が立ちはだかった。
かつての戦友。しかれども、今日にては不倶戴天の敵。
「汚濁なる人類の犬。滅すべし」
薄く紅をひいたその面に――
「その化粧‥‥死してなお桜色か」
響は一切の武器を投げ捨てた。刃、『飛燕』すらも。
――奴も俺も同じ。敗北許されぬ身なれど、勝つとばかりは限らぬ!
刹那、由比が動いた。
疾る二つの拳。
巖!
爆発音の如き轟音とともに、衝撃波が『不死』そのものを揺るがした。そして――
由比に吹き飛ばされた響は岩肌に叩きつけられている。
「右腕の骨が砕けたか‥‥仔細問題無し!」
苦鳴をあげつつも、なおも立ちあがろうとする響の前に、庇うが如き立つ影一つ。
三笠明信。流れる美麗な突撃鎧、『月』を纏いし者だ。
その時――
三体の鎧の眼部より真紅の雫が滴り落ちた。血涙流したるは英霊の哀しみ故か。
明信が地を蹴った。
――奴に戦術兵器を使わせてはならない!
補助推進機構によりさらに加速した明信が、マント型の分離式追加装甲で風を切り、一気に由比との間合い詰める。両の手にあるは二振りの刃、『蒼月』と『紅月』!
音速を超える明信の攻撃は残像の尾をひき、彼の姿を千手の菩薩像と化さしめる。『神威式斬影術』だ。
が――
その全てを由比は避け切り、のみならず――明信の両の腕がをっきと掴みとめる。
「闘術『鳴神』」
由比の全身から迸る紫電が明信の肉を灼く。
その時――
明信を躍り超え、由比に迫る影があった。消音装置『清音』を操る響だ。そしてその業は雷すらも凌ぐ『神威式殲闘術、紫電』!
「我等兵器が世を動かす時代は終わった‥‥戦友よ、共に逝こうぞ!」
砕けた右の拳が由比の心臓めがけて疾る。同時に由比の蹴りが響の胴に――
重なる三つの影のうち、二つの戦士の面を死微笑が彩っていた。
わずか後、ここにも相対する三つの影があった。
一つは約束を果たすため、仲間を先にいかせた風烈(ea1587)であり、今一つは高機動型鎧『迅』を纏いし紅闇幻朧(ea6415)である。
そして対するは――
技、華の如しと謳われた眠蘭丸!
「我らとお前達――何処で道が分かれたのだろうな」
ぼそりと呟く幻朧。が、冷然たる彼の声音に、哀憐の情あることを誰が知ろう。
傍らの烈の胸に去来するものは――
親友蘭丸との日々。もし、どちらかが道を踏み外した時は命をかけて――
「覚悟はこの鎧を再び纏った時に完了している、当方は既に不退転也。どちらが正しいかは勝負の結末のみが知っている、ゆくぞ、蘭丸」
「その覚悟や、よし」
刹那、蘭丸の姿が消失し、烈が地に叩きつけられた。神速無音の蘭丸の一撃だ。
が――
半死の状態にあるはずの烈がゆっくりと身を起こす。武器全てを廃し、完全に徒手空拳による格闘戦用に調製された戦闘鎧『鋼』を纏う烈の業――
「『闘術、不退転』か」
ギリッと歯を噛む蘭丸の眼前に躍る影は幻朧。その数は十三――光学式幻想『夢幻』だ。
「ぬっ!」
蘭丸の拳が瞬時にして全ての影を撃ちぬく。
刹那――
『迅』の出力限界上昇。高速撹乱機動『瞬神』!
音速すら超える迅さで幻朧が蘭丸を押さえ込んだ。
「烈――」
叫ぶ幻朧の声は血反吐で途切れた。凄絶な蘭丸の膝蹴りが幻朧の内臓を破壊したのだ。
しかし――
「『必滅!』」
叫びとともに、ブースター加速された烈の必殺必滅の蹴りが蘭丸の頭蓋を打ち砕いた。
「さらば、戦友」
蘭丸に背を向けたまま、烈が言葉を手向けた。
不死の深奥。
疾る影は二つ。
知った顔見ゆれど見敵必滅の信念揺らぐ事無。
友愛の情を持って今生の別れとす。
標的は天草綺羅、旧友にして仇、親愛怨恨最も厚き御人也。
我らの信念、憂国に架かる僅かな光明を載せ、其を持って綺羅を滅ぼさんとす。
抱きたる心意気は桜木の如し――
ぴたり、と二つの影がとまった。
装甲を捨て出力のみを求めた超攻撃戦闘鎧『羅』を纏うドゴール、零号モデルに付加装甲を追加した防御型鎧『甲』を纏う太丹(eb0334)だ。
彼らほどの剛の者をとめた凄愴の殺気の主が、金色の光を揺らめかせ、姿を見せた。
全人類中、最強無敵の天草綺羅!
「よくぞ、ここまで来た」
神々しい殺気の彼方から、声がした。
「なれど、おぞましき人類の盾。ただ粉砕するのみ」
「綺羅殿!」
太丹が口を開いた。
「自分は防衛兵器として強大な力と体を持って生まれたっす。作られた感情かも知れないっすけど、自分は人間が好きっす。だから‥‥」
太丹の眼がギラリと光った。
「綺羅殿、あんたをここで弊して、皆を守るっす!」
刹那、太丹とドゴールが綺羅に躍りかかった。
「『神威式破砕術、穿牙』!」
「『神威式破壊術、破突』!」
ともにふるうは必殺の奥義。が――
そのすべてを紙一重にてかわし、返す綺羅の一撃はまさに天誅!
吹き飛ばされた零の者が岩肌にめり込んだ。
「零――しょせんは百式のための試作品。僭上なり!」
綺羅の足がむんずとばかりに太丹を踏みつける。が、その足をはねのけるように、太丹の身がむくりと持ちあがった。
「まだ、やるか」
嘲弄の笑みをうかべる綺羅の前で、太丹の全身から紅蓮の闘気が立ち上る。
「「アーマーセパレート、エマ・モーター制御完全開放、ご、『剛力』フルパワー! 『甲』オーバーロード!」
赤熱し、死煙を排出する『甲』。そして太丹が綺羅に迫る。奮うは最後の一撃、奥義『破突』!
その拳は――
はっしと合わされた綺羅の両の掌に挟みこまれている。
「見事だ。あと一寸深くば、この綺羅の胸板、貫いていた」
告げる言葉に、返す笑顔に鬼の相なく――綺羅は太丹の拳を放すと、まだ片膝ついたままのドゴールに歩み寄った。
「自爆装置『刹』を起動させたか――天晴れ、任務完遂の覚悟!」
綺羅もまた片膝つくと、ドゴールの肩に手をおいた。
「我は大事な事を忘れていた。どす黒き人類。なれど、貴様達もまた人類であることに――瞬脱!」
叫びとともに、『羅』は綺羅の手に移っている。
「『塞』とともに逝こう。貴様達の足ならば、『刹』の刻限までに不死を抜け出る事、可能であろう」
背を向ける綺羅。
見送るは不退転の防人達。
「美しい国になれば、良いな」
残す綺羅の言葉に――防人が手を掲げた。綺羅もまた。
好敵手のみ知る敬の礼。
そして――
轟音とともに不死が地から消失し、未来への扉が開かれた。