●リプレイ本文
軽やかなオープニングの音楽とともに、割れるような拍手。テレビカメラが映し出す華やかなセットの中、朗らかな笑顔を浮かべたエルトウィン・クリストフ(ea9085)と、へらへらとした笑顔の以心伝助(ea4744)がマイクを手に立っている。
「Hi,Good evening☆ 『エイプリルフールに会いましょう』、いきなり始まっちゃいましたねー。司会はこのあたし、エド=クリスことエルトウィンと」
「同じく司会の以心伝助が、お茶の間の皆さんにたっぷりお楽しみを提供するでやんすよ」
「みんな、よろしくねー☆ チャンネルはそのまま!」
「さて、まずはこのスタジオに素敵なゲストをお呼びしてるでやすよ! まずは大物中の大物、この方からお願いするっす」
ずっしーん。
突然の腹に来る震動でスタジオ全体が揺れ、セットがぎしぎしと軋む。分厚い鱗に包まれた巨大な脚が司会ふたりのすぐ近くを踏みしめる。カメラが上を向くと、凶悪な顔がこちらを睨み、その口の間からは炎がちらちらと洩れている。
『しゃぎゃあああーっ』
まだ余震(?)で揺れているスタジオに足元をよろめかせながら、それでもプロ根性で笑顔を保ったまま二人は司会を続ける。
「はーい、見ての通り今日のスペシャルゲストは、噂の巨大ドラゴンさんでーす! すごいよね、まるで本物みたいじゃない?」
「ははは、そっすねー。ていうかぶっちゃけ、思いっきりナマモノっぽ
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「失礼しましたー。先ほどのCMの間に伝助くんが謎のマッチョで黒服な男たちに連れていかれちゃったので、ここからはあたし一人で番組を進めたいと思いまーす。まだ始まったばかりなのにすっごく申し訳ないんだけど、全国四十三人(推定)の伝助くんファンのみなさん、ごめんねっ」
少ないなおい、と言ってくれるツッコミ役は残念ながら今のところ不在、現在、募集中。大儀そうにふるわれたビッグゲストの尻尾がカメラフレームの外に立っていた照明スタンドをなぎ倒したが、ツッコミがいなければ誰もそんなものを気にはしない。ツッコミ不在って、怖いですね。
(でもスポンサーのチェックはもっと怖いでやんすよ)
(あっいやっそれはそれだけは勘弁っすこれからは発言には気をつけるっすからっ、ああっ前鋸筋が上腕二頭筋が脊柱起立筋が大腿四頭筋が大臀筋がっああああっ)
集音マイクが何かおかしな音声を拾っているような気もするが、きっと空耳に決まっている。
「さて、このビッグなゲストさんですが、実はまだ名前がないんです! なので、テレビを見てるお茶の間の皆さんから、このドラゴンさんの名前を大募集☆ これは!! という名前を思いついた方は、こちらの宛先まで応募してねっ。FAXやeメールのご応募もお待ちしてますっ」
『しぎゃああっ』
こちら、と言いながらエルトウィンが下のほうを指差しており、放映ではここに宛先のテロップが流れる(はずだ)。
「さて、素敵なゲストさんはまだまだいるんですよー。まずは、こちらのVTRをどうぞー!」
●予告編
――本年度やぎデミー賞最有力候補作。20××年、あの女がまたやってくる。
主演、アルテミシア・デュポア(ea3844)。
『予算に限りはないんでしょ!? つまり世界は、この私の思うがままってことよ!』
『つまりってなんだつまりって』
共演、グレイ・ロウ(ea3079)。
『なんで俺が!?』(答え:ツッコミ役)
目覚めし竜の凶悪なる顎から、いま、最初の咆哮が大地を揺るがす。
『名馬を手に入れるまでのつなぎに、ドラゴンの背中にまたがるのも乙なものよねっ』
『そういう問題か!?』
倒壊する鉄塔、空を裂く翼、ふるえる海原、爆走するボケ、冴えるツッコミ、芽生える――愛。
『『芽生えない芽生えない』』
そうして地上の人々を睥睨し、地上へと降り立った破壊の女神の要求とは。
「全世界の名馬を、いまわが手に――!!」
『‥‥』
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
『‥‥いっそ、放っておこうか?』
――20××年、感動のロードショー。
●場面は戻って
「なんだか面白そうですねー。もし公開になったら見に行っちゃうかも。どうでしたかアルテミシアさん、撮影は」
「ふっ、もちろん完璧に決まっているわ! ドラゴンの背に乗って世界征服し、世界中の名馬とともに去っていく‥‥完璧よ完璧だわ完璧なドラマだわっ。公開日はまだ未定だけど!」
「ていうか、永遠に公開されないんじゃないかなあ?」
「な、なんですってえ!?」
「だってほら、今日はエイプリルフールだし」
「うっ」
つまり、壮大にお金をかけた嘘予告? みたいなー。(そろそろ死語)
固まったアルテミシアを放ってエルトウィンは、別のスタジオに振った。
「さて、ビッグゲストのドラゴンさんが、もうそろそろ次のコーナーのスタジオに着いたころかな? 呼んでみましょうか。ウィルさ‥‥じゃなかった、のぞむお兄さーん?」
●『たのしげさんすう』、始まるよ!――ウィル・ウィム(ea1924)談
「はい、こちら『のぞむお兄さん』ですよー。今日は特番ということで、子供番組『たのしげさんすう』でおなじみのこどもたちや『しふしふ』も交えて、ビッグゲストさんと楽しく算数を覚えたいと思います」
『しぎゃあーっ』
ウィルの言葉が果たしてどれだけわかっているのかいないのか、ビッグゲストは咆哮を上げる。その足元では物珍しがった子供たちがわらわらと群がっており、
「かっこいー!」
「うわっこっち見た」
「中に人が入ってんのかなあ」
「マシンだよマシン! 決まってんじゃん」
などと夢のないことを話しながらぺたぺたとゲストの体を触っていた。頭に謎のアンテナのついたシフール通や‥‥もとい、『たのしげさんすう』のアシスタント『しふしふ』が『ハーイ、ミンナ、ノゾムオ兄サンノオ話聞キマショウネー』と子供らの頭上を飛び回っている。
「はい、みんな注目ー。皆の新しいお友達‥‥えーと、『石川・竜右衛門』くん(仮名)で〜す」
なんて読むのかは、大人の事情で明かせませーん。それはともかく安全のため、ウィルは竜右衛門くん(仮名)と子供たちにホーリーフィー‥‥いやいや三メートルほどの距離を開けてもらい、その間に自分が立つことにした。
「ではさっそく、いつものように簡単な算数の問題から行ってみましょうか。ここにリンゴが三つあります。さらにもう二つリンゴを足したら、リンゴは全部でいくつになるでしょうか?」
『しぎゃーっ』
「おや、竜右衛門くん(仮名)はもうわかったようですね。みんなはどうかな? じゃあ竜右衛門くんに答えてもらえてもらいましょうか。お答えはー?」
『しゃぎゃああああ』
大迫力の顔がウィルの目の前まで降りてくる。生臭い息が突風のように彼の体中をなぶり、赤くて分厚い舌が伸びてきて、ウィルの手元にあるリンゴをぺろりと飲み込んだ。
「おやおや、いけませんねー。リンゴがゼロになってしまいました。先ほどの問題は、引き算ではなくて足し算ですよ? もう一度考えてみてくださいね。はい、他にさっきの質問の答えがわかる人ー?」
‥‥普段彼が日常的に触れている子供の群れというのは、実はあまり野獣と変らないことも多いので、彼はこういう機会にけっこう慣れていた。
●「こういうの、普通は深夜にやるんじゃないんですか?」――ショー・ルーベル(ea3228)談
「こんばんは、ショーです。今日は皆さんに、とっても素敵なフェザーケットのご紹介をさせていただきたいと思います」
通販のコーナーはショーの担当であった。特番なのになぜテレビ通販の枠が用意してあるのかは、詮索してはいけない。テレビの世界には色々と事情があるのだ、きっと。多分。‥‥だと思うよ?
「これからの季節は重い掛け布団よりも、やっぱり軽いお布団のほうが楽ですよね。こちらのお布団はとっても柔らかくて、その上保温性・通気性抜群、それに何より手触りがいいんですよ。竜右衛門さん(仮名)もどうぞ、触って確かめてみてください」
『ふしゅうーっ』
やはりどこまで言葉を理解したものか、竜右衛門くん(仮)が首をもたげてショーと目を合わせた。スタイリストがきっちりと整えてくれたはずの銀髪が、竜右衛門くん(仮)の鼻息だけでパンキッシュな乱れ方になってしまう。上げられた前脚に布団が触れるとそこに鉤爪がひっかかった。びりっとにぶい音がして、あわててショーはそれを隠す。
「こ、この通り、まるで羽毛そのもののような肌触りなんです。大人はもちろん、軽いですからお子様やお年寄りにも安心してお使いいただけますね。さて、驚きのお値段ですが‥‥」
あら、なにか焦げ臭い? と感じてショーは思わず言葉を切ってしまった。いけない。テレビショッピングはテンポが命、さあこのミスをどう取り繕うか‥‥と思っていたら、モニターにも映るぐらいはっきりと、目の前を黒い煙が流れていく。
予備の布団をしまってあるセットの裏側に竜右衛門くん(仮)が長い長い首をつっこんでおり、そこからぱちぱちと火のはじける音がはっきりと聞こえてきている。
「ど、竜右衛門くん(仮名)、それは燃やすものではありませんッ!」
煙を検知したスプリンクラーが作動して天井から豪雨が降り注ぎ、一瞬にして何も見えなくなる。スタッフの怒号と悲鳴が鳴り響く中、それでも律儀に進行しようとするショーの声が響いた。
「お、驚きのお値段ですが、なんと一万五千! さらに今ならこのお値段で、同じものをもうひとつお付けします!」
ウワ〜オ(SE)。
「お申し込みはご覧の電話番号へ、くれぐれもお間違いのないようじゅうぶんお気をつけてださい‥‥ええと、ええと、では伝助さん、グレイさん次お願いします!」
●「ただいま戻りやした。芸能界は本当に怖い所でやんす」――伝助談
「はいショーさん、お疲れさまでやした。こちらのセットではグレイさんと一緒に、料理の試食をしたいと思いやす。といっても料理を作るのは、全員調理の素人ばかり! どんなものを食べさせられるかヒヤヒヤでやすねっ」
いささかやつれた様子で、それでもうわべは元気に伝助がグレイに話を振ると、グレイは空の皿の前でうなずいた。
「ああ、まったくだな。だが、こういう企画もたまには面白いと思うぜ。名づけて、『愛のエ
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「まあとにかく、素人に難度の高い料理をレシピなしで作らせて、高級食材を毒に変貌させようってコーナーでやんす」
外腹斜筋が僧帽筋が三角筋があああっ、とセットの裏から聞こえてくる悲鳴にそっと涙しながら、伝助がまわりくどく説明する。さすがに一度きついおしおきの洗礼を受けているので二の轍は踏まない。通販スタジオからようやくこちらに到着したドラゴンがずしんずしんと床を揺らしながらセットに踏み込んできたが、もう来なくていいのに‥‥と思っても言わないのが大人だ。
「さて料理のテーマから行きやすか。指定テーマは『竜右衛門さん(仮名)の好む料理』! さて作るのは‥‥」
いよいよメインである調理台のほうにカメラが向くと‥‥予定では調理役の女性タレントたちがそこにエプロン姿で立っているはずだったのだが、無人のキッチンはただ銀色に冷たく光っている。
「‥‥‥‥あれ?」
調理役を引き受ける出演者が誰もいなかったのである。そりゃまあ、好き好んで自分の料理下手を全国に発信したいという女性が、そうそういるだろうか。出演陣の中で料理のできそうなショーは、いま別スタで消火作業中でもあるし、女性ではないがウィルはいまお子様連れで、それどころではないし。
「こうなったら‥‥最後の手段だ」
おしおきを受け終えたグレイが、セット裏から這い出してきた。
「グレイさん! 大丈夫でやすかっ」
「俺のことはいい、今は番組だ。このままじゃ段取り不足でコーナーに穴があく。ここはもう」
「ここはもう?」
あやうく倒れかけたグレイを支え、伝助が唾を飲み込み次の言葉を待つ。見つめあう二人の男たち。そこには(うっかり失言をして黒服の漢どもに連れ去られるという)共通の体験をくぐり抜けてきた者たちだけが持つ、独特の空気があった。余談だがこの場面だけ、いわゆる発酵した女子の皆さんが注目して、視聴率がむやみに上がったという。
「ここはもう、いっそ俺たちで料理を作るしか‥‥ッ」
「続々とFAXやお電話が届いておりまーす。かわいい名前やかっこいい名前が多くて、迷っちゃうなあ。ドラゴンさんの名前は番組の最後に独断と偏見で決定したいと思いますのでー」
調理の間、エルトウィンはひとりで司会を進行していてなかなか大忙しだった。プリントアウトしたメールやFAXの束をスタッフに渡し、次いでディレクターの合図を認める。次に行ってよし、の合図だ。
「さて、そろそろ伝助くんたちがお料理を終えた頃かと思います。果たして、どっちのお料理がゲストさんのお口に合うか、楽しみだねっ。伝助くん、グレイくーん?」
沈黙。
「あれー? 電波がつながりにくくなってるのかな。ふたりとも、聞こえるー?」
『‥‥で、‥‥す』
「あ、ちょっと聞こえるね。お料理の具合、どうですかー?」
『すまねえ』
沈痛なグレイの声がモニターのスピーカーから響く。
『一口食わせた途端、動かなくなって‥‥まさか俺たちの料理が、ここまでの破壊力を発揮するとは‥‥っ』
「え? え? どういうこと? 誰が動かないの? 伝助くん?」
『あたしはこの通り元気でやす』
ひょいとモニター上に伝助の顔が映りこみ、電波の向こうとこちらでしばし彼らは黙り込んだ。ということは。
グレイと伝助の背後に横たわっているソレは、もしかして、セットの一部などではなく‥‥?
「‥‥と、というわけで『エイプリルフールに会いましょう』お楽しみいただけましたでしょうかっ」
『最新のCG技術と特撮技術って本当にすごいもんでやすねっ』
ここはともかくうやむやに流して強引にまとめて後は編集でなんとかしてしまおうと、輝くばかりの笑顔で司会のふたりが話を締めに入る。何の打ち合わせもないのにこんなときばかりは呼吸がぴったりである。
「いやー、まさに盛りだくさんな内容でしたねっ」
『進学、進級、就職の皆さんに、この番組の内容がこれから一年の元気の素になれば、こんなに嬉しいことはないでやすよ』
「それではみなさん」
『来年もまた』
「『エイプリルフールに、会いましょう〜!』」
そして画面が暗転すると同時に、スタジオに黒服の男たちが押し寄せたことなど、視聴者はもちろん知る由もない。
果たして本当に、来年もこの特番が放送されるのか‥‥それは誰も知らない。