タイムマシンと踊ろう!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリー

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月13日

●オープニング

「逃亡した、だと?」
 操縦席のパネルの一角を大きく陣取った、古臭い旧式の四角いモニターの中で、ボスは不機嫌きわまりない様子で眉を上げた。怒鳴りつけようと一瞬大きく口を開きかけ、思いなおしたように深呼吸する。
「‥‥確認しよう。タイムマシンを使った時間移動と、得意の催眠術によって歴史の改変を目論む超級テロリスト『S17号』。この男は諸君ら時間警察署員によって捕縛された。逮捕した時間軸は二〇〇五年八月三十日、場所は日本国。ここまではいいな?」
「はあ」
「歴史改変はそれがどのようなものであれ、たとえ未遂であれ重罪だ。奴を無事こちらの時代まで連行すれば、極刑は間違いない。これでわれわれ時間警察の株も上がり、わたしは署長から表彰状のひとつもいただいて、当然のごとくボーナス査定にも大きく影響、何よりあのすかしたタイムパトロールの連中の鼻を空かしてやれると思ったのに」
 タイムパトロールというのは最近業績を伸ばしている民間警察である。途中まではつとめて冷静な声を装っていたが話しているうちに怒りが蘇ってきたのか、机を思い切り殴りつけボスは吠えた。
「それを逃がすとは何事かあァァ――ッ!!」
「ボス、スピーカーが壊れますから怒鳴らないでくださいよ。ただでさえうちのタイムマシン、旧式のポンコツなんですから」
「予算がないのだから仕方なかろうッ! 報告している暇があったら、その旧式のマシンでさっさと追いたまえ!」
「それなんですけど」
 誇り高き時間警察署員たちは、背後を振り返る。
「われわれは追跡中に、S17号のタイムマシンを破壊しました」
 正しくは向こうが前方不注意で勝手に自滅したのだが、まあそれは言う必要もあるまい。
「ほぼ鉄クズ状態になりましたから、時間移動は無理ですよ。奴も捨てていきました。マシンで追う必要はありません。現地人のふりをしてこの時代を探し回って、速攻で逮捕する。それならいいでしょう?」
「‥‥よかろう」
 署員たちがわあっと歓声を上げる。彼らにとって時間移動は日常だが、公務員の悲しさというやつで、いつも仕事で犯罪者を捕らえては元の時代にとんぼ返りの日々だ。過去の時代をじっくり見て回る機会など滅多にない。
「ただし、わかっているとは思うが」
 モニターの向こうから部下たちをぎろりと睨みつけ、ボスはことさらに怖い声を聞かせた。
「きみたちが未来から来たと現地の者たちに悟られるようなことは、絶対にあってはならない! われわれの知る歴史上では、時間移動のことが世間に明らかになるのは、その時代よりはるかに後だ」
 もしもそんなことが起これば、それ以降の歴史すべてが書き換わってしまいかねない‥‥歴史の全容が記されているというアカシックレコードの中身は、彼らの技術力を以ってしても完璧には網羅されていないが、それでも危険は最小限に留めておきたい。
「それで、あの男はこの時代で何を企んでるんです? 奴はきっとそこに現れるはずなんですから、ちゃんと教えてください。爆破テロ? 要人の殺害?」
「今データを送ろう。アカシックレコードから引き出した情報によれば、その日の夕刻から夜間にかけて、ナビマップに示した地点において『ナツマツリ』という催しが開催される」
「そこを爆破?」
「いや」
 ボスは首を振った。
「その催しの屋台で販売されるさまざまな飲食物に、異物を混入する気らしい」
「わかった。毒を混ぜるんだ」
「そうじゃない」
 ふたたびボスは重々しく首を振った。
「ドリンクには塩を混ぜ、ヤキソバやタコヤキという食品には砂糖を入れる。試算ではこの改変によってこの土地のナツマツリの屋台の評判は著しく下がり、約十六年後にはマツリそのものが衰退し消滅する。あくまで試算上で出した数値だから、多少のズレはあるかもしれんがな。ちなみにこのナツマツリというのがのちのち‥‥どうした諸君」
 歴史の改竄‥‥それはたとえどのようなものであっても重罪である。
 そう、どのようなものであっても。

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「調べたところによると」
 マシンの端末から顔を上げて、ランティス・ニュートン(eb3272)はすこぶる真面目な顔で言った。
「ナツマツリにおける一般的な格好は、これだ」
「わー、すて‥‥き?」
 モニタに映し出された鮮やかな柄に歓声を上げかけたミフティア・カレンズ(ea0214)の語尾が、なぜか半疑問形になったのは、資料映像の顔の部分が奇妙な面に覆われていたからだ。『特撮ヒーロー』と呼ばれる、この時代の子供向けコンテンツの主人公を模した仮面らしいが、女性陣には不評であった。ミケイト・ニシーネ(ea0508)が難しい顔で、映像を見つめる。
「服はええけど、これはなんかなあ。本当にこのお面つけなあかんの?」
「どうだろ‥‥データベースに関連の資料が少なくて。マシンだけじゃなく積んでるOSまで旧式だしな‥‥あ、あった」
 横から端末をいじっていたクロウ・ブラックフェザー(ea2562)の操作で、映像に関するアナウンスが映し出された。問題の面は祭りの屋台でよく売っているものであって、別に着ける必要はないらしい。
「問題は、どうやって調達するかだよね‥‥」
 映像をためつすがめつしながら、ユリア・ミフィーラル(ea6337)が考え込む様子を見せた。
「服ぐらいだったら、分子合成でこの映像から実物が作れるよね? 確か」
「でも資料映像がこれひとつしかないから、その手だと全員お揃いの着物ってことになるんじゃない?」
「うっ」
 浴衣というらしいその衣装は、説明によれば女物と男物の二種類があるらしい。どうやら資料のものは女物らしく、今度は男性陣が言葉を詰まらせた。女性陣にしてもこの方法はあまり気が進まないようだが、こちらは『折角だからいろんな柄から選びたい』という極めて個人的な理由による。
「それにー、大きな問題がひとつあるんじゃなーい?」
 レベッカ・オルガノン(eb0451)がちょっと首を傾げ、問題とは何ぞやと全員の視線が集まった。
「どうやって着るの? これ」
 ‥‥幸い、データベースにはこの時代のカジュアルな服装もいくつか記載されていたので、それに着替えて浴衣を売っている店まで出かけることになった。そこまでして浴衣を着なくても‥‥とクロウなどは思ったのだが、女性陣はすでに端末で店の情報を検索していて、口など出せる雰囲気ではなくなっている。
「ほら見て。この百貨店っていう所でも買えるみたい」
「どのぐらいの値段なんやろ。衣装代、経費で落ちるんかいな?」
「私達が直接店に行かなくちゃいけないのねえ。端末から頼めないのってなんか変なカンジー」
「かわいい柄あるかなあ」
 いつの時代も、女性はお洒落には敏感ということなのかもしれない。

●境内の夏祭り
 出向いたデパートの呉服売り場で浴衣を買ってその場で着付けてもらい、すったもんだの末に一同なんとか服装もそれらしく整った。ボスが見ていたらいらん所でもたもたするなと雷を落とされそうだが、通信は切ってあるのでその心配はない。ちなみにクロウだけは、年齢に合わせて学ラン、つまり詰襟の学生服姿でいるのだが、
「これ、結構暑いな‥‥俺も浴衣にすればよかったかなあ」
 資料に記載されていたのは実は冬服で、今の季節の学生は普通ワイシャツとズボンだけだということには気づいていない。
 一同が神社に到着したのは、西の空が茜に染まってきたころ。既に結構な人が集まり始め、神社本殿に向かう道の両脇にはさまざまな屋台が立ち並んでいる。
「えーと‥‥S17号っちゅうんは、あの辺の食いモンに異物を混入‥‥要するに、どーしよーもない味付けをして歴史を変えようとしとるんやったな」
 浴衣の裾や袖を短くまくったミケイトが、あたりに立ち込めるソースの匂いにひくひくと鼻を動かしながら確認する。
「でもでも、どんな味だったらおかしいのか、今の私たちにはわからないじゃない? まず、本来の味がわからなくっちゃ!」
 その言い分はもっともなのだが、その発言の主が食いしん坊のミフティアだけに、何やら個人的欲望を感じなくもない。もっともユリアなども、普段資料でしか見られない歴史上の食べ物に興味津々のようだ。
「データベースだと味まではわからないしね‥‥とりあえず一通り食べてみる?」
「はいはいっ、ユリアお姉さんに賛成ーっ」
「おいおい、捜査は」
「じゃあまず各自食べ歩きながら、情報収集ってことで」
 呆れまじりに口を挟もうとしたランティスを遮り、レベッカが遠足の引率よろしく笑顔でそうまとめた。はーい、と皆思い思いの方向へと散っていき、出遅れたランティスとクロウがその場にぽつんと残される。顔を見合わせたふたりの面に、どちらからともなく浮かんだのは苦笑めいた表情だ。
「んじゃ、何かあったら連絡くれよな」
「わかった。そっちも気をつけろよ」
 お祭りを楽しむ気たっぷりの女性陣に、どうも押されぎみの男性陣である。

 鰹節とソースの香るたこ焼き。みっちり餡の詰まった大判焼き。かき混ぜるとしゃりしゃりと涼やかな音をさせるかき氷、正反対に熱々の焼きそば、焼いた醤油の香りも香ばしい焼きトウモロコシ、エトセトラ、エトセトラ。
「いいなあ〜」
 もぐもぐと口の中の食べ物を飲み下してミフティアはうっとりと呟く。
「私達の時代の美味しいものとは、また違うものがあるよねえ。趣っていうか、味わいっていうか」
「この時代は初めてじゃないけど、いつも食事なんてする暇ないしねー。ボスがうるさいし」
 ソース煎餅をかじりながら、レベッカ。初めて見る食べ物に、ミフティアが一口ちょうだいとねだっていると、人をかき分けユリアが姿を現した。やっぱりそれなりに食べ歩いてきたのか、帯がちょっと苦しそうだ。
「鳥居のあたりは一通り回ってみたけど、それらしき奴はいないみたい。こっちはどう?」
「だめ。私の占いマシンによると、この辺りに出現するはずなんだけどなあ」
「‥‥ほんとに当たるの、それ」
 ユリアが疑うのも無理はない話で、彼女たちの時代の技術をもってしても、未来予測は非常に不確定なものだ。時間警察本署にある、アカシックレコードを読み取れるメインフレームならばほぼ百発百中だが、生憎持ち歩けるようなサイズではない。
「きっとS17号は、お祭りでふられた思い出があるに違いないわ。つまり動機は八つ当たりよ!」
「それも占い?」
「私の独断」
「ねえねえ。思うんだけど」
 ユリアが食べていたクレープをちゃっかり半分もらったミフティアが、二人の会話に口を挟んだ。
「どうせ歴史を変えるつもりなら、人気のある屋台を狙ったほうが、歴史が大きく変わるよね?」
「そうじゃない? 多分」
「だからね‥‥」
 ミフティアは声をひそめ、つられて二人は彼女に耳を寄せる。

 何気なく入ってみた射的の夜店では、クロウとミケ両者とも射撃を得手としていることもあって、いつの間にか勝負に発展していた。戦利品はクロウが三個、ミケは五個、ミケの圧勝である。用途のよくわからない玩具や縫いぐるみなどの景品を抱えて、クロウはがっくりきているようだ。
「レーザー照準もついてないんだもんなあ‥‥あれでも銃かよ」
「クロウはん、道具のせいにするのは感心せんで。負けは負けや」
「そんなつもりじゃないけどよ」
 軽口を言い合いながら境内を歩いていると、先ほどまではなかった大勢の人が目に付いた。何事やろかとミケが近寄っていくが、いかんせん背が低くてちっとも向こうの様子がわからない。手招きされて首を伸ばしたクロウは、一瞬目を疑った。
「美味しい焼きそばいかがですかー? お肉も野菜もたっぷりですよ〜」
 焼きそばの屋台の前で、ミフティアが売り込みをしている。金髪碧眼の非常に目立つ看板娘に、皆注目しているものらしい。屋台の裏方で若い男性がぐっすり寝入っているのは、おそらくユリアあたりが眠らせたのだろう。そのユリアは鉄板の上で麺を炒めながら、ああでもないこうでもないと味付けを試行錯誤している。
 そのうちに香ばしいソースの匂いが辺りに漂うようになり、客が入り始めた。
「‥‥囮捜査かあ」
 それならばこちらはせいぜい周囲に気を配ろうと、クロウが屋台の周辺を見渡すと、この場にそぐわないサングラスの男が目についた。眉根を寄せて、モバイルを取り出す。
 男に目の前に立たれ、ミフティアはご注文は? と首を傾げた。
 サングラスの向こうで、男の目が怪しく光った。少女の体が一瞬びくりと動きを止める。男が懐から小瓶を出して、ミフティアの浴衣の袂に素早くもぐりこませようとした瞬間‥‥。
「そいつだ!」
 モバイルの機能を呼び出して、男の正体を看破したクロウが叫ぶ。S17号は催眠術を得意とすると、ボスはちゃんと言っていたではないか。
 同時に人ごみの中からランティスが弾丸のように飛び出した。繰り出されたふたつの拳が交錯し、がつんと鈍い命中音もまたふたつ。クロスカウンターの格好になった男とランティスがお互いに飛び離れ、周囲の人々が驚いて丸く人垣を作る。
「やるな」
「そちらこそ。だが」
 まっすぐに男――S17号に指を突きつけ、時空警察警部補は堂々とのたまった。
「キャプテンTPの名にかけて、俺は絶対に悪には負けん」
「ねえねえランティスさん。前から気になってたんだけど、TPって何の略?」
「ああ、言ってなかったか? タイムパト」
「わーっ」
 術から解けたミフティアの罪のない質問に、ランティスが口にしかけたNGワードを慌てて遮るミケやユリア。
「と、とにかく、この秩序を司る腕輪が輝く限り、俺はどんな犯罪も許しはしない!」
「悠久の時を放浪するこのレベッカ・オルガノンが、ばしっと犯人逮捕しちゃうぞ!」
 示し合わせたわけでもないのに、それぞれ決め台詞を叩きつけたランティスとレベッカに、なぜか周囲から拍手が上がった。祭りの出し物と勘違いされているのかもしれない。
 テロリストが動いた。ミケが銃を構えようとしたが、人が多すぎて撃つのは危険すぎる。ランティスが動くが、果たして彼の狙いは自分なのか、それとも人々なのか、見当がつけられず動きに迷いが生じる。
「えい、最終兵器、時間停止っ」
 レベッカがタイムマシンの遠隔操作スイッチを押すも、何も起こらない。
「あーもう、肝心なときに動かないんだから、あのポンコツっ」
 男が懐に手を入れる。そこにあるのは銃か、それとも爆弾か。
 誰もが固唾を呑んで見守り、ランティスが拳を固めて殴りかかろうとした瞬間、男の手が懐から引き出された。
 すわ、大惨事か。
 ‥‥一瞬ののち内ポケットからするすると万国旗が出てきて、ミケは銃を取り落とし、ランティスはあやうく転倒しかけ、ミフティアは呑気に拍手した。今はこれが精一杯、などと呟いたのは誰だったか。
「今のうちに逮捕して!」
 そう言ったのは、屋台の陰からテロリストの精神に働きかけ、混乱状態に陥らせたユリアであったという。

 ‥‥こうして、凶悪(?)犯罪者S17号は無事捕えられ、歴史は守られた。彼は本来あるべき時代へ送り返され、しかるべき法的措置をとられるだろう。目撃者たちの記憶操作をしくじる一幕もあったのだが、幸い彼らの立ち回りはヒーローショーか何かと勘違いされたらしく、歴史に大きな影響はないだろうと思われる。
「騒ぎにするなって言われてたのに‥‥またボスの雷が落ちるな」
「大丈夫、大丈夫。報告せえへんかったら、ボスにはばれへんって」
 彼らはまだ知らない。
 この日の夏祭りで起こったひと騒動は、実はのちに野次馬のひとりが携帯カメラで撮影した画像がネットに出回り、さらにそれはどこかの酔狂な人間が記録媒体に保存されていた。それはほとんど奇跡のような確率で、未来‥‥つまり彼ら時間警察の時代まで、歴史資料の一部として生き残ったらしい。偶然それを発見したボスが部下たちの仕事ぶりを目の当たりにし、彼らをこっぴどく叱ることになるのは、本人たちにとってはもう少し先のことになる。