学園の反逆者〜女王VS転校生

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリー

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

リプレイ公開日:2005年09月14日

●オープニング

 ここは、聖エリザベス学園。有数の名門校である。
 それでなくとも若者達が集う学園、といえば、普通は生き生きとした空気に満ちているものなのだろう。
 だが。
 その学園は違った。
 なぜなら――

 朝。
 一人の女生徒が、颯爽と校門をくぐる。
 榊凛子(さかき・りんこ)、高等部二年。
 長い髪は校則で禁じられているはずのパーマが軽くかけられ、ふんわりとカールしている。美しいが、いささか剣のある顔立ちには、派手なメイクがほどこされている。これも、校則では禁止されているはずだ。
 だが、校門前に立って、生徒の服装や頭髪や持ち物などをチェックするはずの教師達が、彼女には、慌てて駆け寄り、頭を下げる。
「お、おはようございます、榊‥‥さん」
「ああ、おはよう」
 凛子の方が鷹揚にうなずいて挨拶を返す。
「おはようございます、凛子様。今日もお綺麗ですね」
 生徒達の中には、そんな風に卑屈な挨拶を贈る者までいる始末だ。
 まさに、彼女は学園の女王であった。
「そこ! 挨拶はどうしたの!」
 凛子は、校庭の隅で、早朝練習をしている陸上部の女生徒達を指差した。
 慌てて教師が一人、生徒達のところへ飛んでゆく。教師からの注意で、凛子に気づいた陸上部員は、
「‥‥し、失礼しました。おはようございます。凛子様」
 遅ればせに、丁寧な挨拶を贈った。だが、凛子は腕組みをして、
「あんたら、生意気。陸上部は今日から廃部よ」
「そ、そんな! もうすぐ全国大会があるんですよ!? あたしたち、大会のために一生懸命練習してきたのに!」
「あ、そ。じゃ、これからパパに電話して、来期からの寄付金、打ち切らせてもらうわね」
 携帯電話を取り出して、番号をプッシュしかける凛子。
 しんと静まり返る学園。
 学園中の視線が、無言のプレッシャーとなって、陸上部の女生徒たちに降り注ぐ。
『彼女に逆らうな』
 と。
「廃部で‥‥結構です。だから‥‥」
「わかったわ。じゃ、パパに電話するの、やめてあげる」
 ルージュを塗った唇で笑って、凛子は電話をブランド物のかばんにしまいこんだ。
 凛子は、背中につきささる、女子陸上部員達の、涙まじりの視線をものともせず、教室と言う名の支配地へと歩き出した‥‥

 生徒の一人に過ぎない凛子が、なぜこんなにも女王然とふるまうことができるのか。
 それは、学園の経済事情によるものであった。
 名門校といえど、学生を集めるために新しい学科を作ったり、ポスターを作ったり、といった努力しなくてはならないご時世である。
 この聖エリザベス学園とて、例外ではなかった。
 特に二年前、卒業生の不祥事が発覚したため、新入生の数は激減した。理事長は学園のイメージをよくしようと、やっきになった。
「最先端の外国語が学べる学園」をアピールすべく、語学学習専用の視聴覚教室を新設したり、ネイティブ講師を招いたりした。
 そこまでは良かったのだが、その資金の大部分は、学生達の父母からの寄付に頼らざるを得なかった。
 が、不景気のおりとて、なかなか寄付は集まらず、聖エリザベスは廃校寸前に追い込まれた。
 その時、巨額の寄付を申し出たのが、凛子の父親・榊恒三郎である。
 榊不動産という、新興会社を経営するその男には、とかく黒い噂があった。だが、学園はいわば、目をつぶって榊の申し出に飛びついた、というわけなのである。
 在校生も、当初は榊親子に感謝していた。
 彼らのお蔭で、学園が廃校となり、学生生活を中断されたり、よその学園を受験しなおすといった面倒なことから免れた。
 なによりこの学園の語学教育が評判となり、この学園の生徒あるいは教師であることは、得がたいステータスとなっていたのである。
 だが、榊親子は、まもなくその正体をあらわした。
 学園の支配をもくろむ者、という正体を。
 恐喝まがいの言動と、自らは手を下さず、配下に命じて反発する者に容赦なく振るう暴力。
 榊恒三郎の配下には、得たいの知れない連中がうごめいている。
 なかには人の腕を折ったり果ては命を奪うことなどなんとも想わぬやからも中にはいるとか‥‥
 それに、凛子もまた、父親にならってか、あるいは学園から恨みをかっていることを自覚してか、柔道部やボクシング部員といった腕っぷしの強い連中をスカウトして飼いならし、「私設親衛隊」と名づけ、どこへ行くにも彼らをともなう。
 そいつらは、暴力だけではなく、生徒達のプライバシーをつつき、弱みを握り、凛子の奴隷と化すことをもするのだった。
 彼らに弱みを握られ、涙をのんで凛子たちの支配に甘んじる者もいる。
 学園は、次第に無気力な奴隷集団へと変貌しつつあった。
 だが、聖エリザベス学園の生徒そして教師の中の有志たちは、ひそかに手を打った。
全国の学生および教師達を調べ上げ、榊親子への反乱に手を貸してくれそうな者を選び出したのである。
 そして、彼らへ連絡を取り、聖エリザベス校へ転入あるいは転勤してくれるよう依頼したのだった。
 無気力な羊の集団と化した学園に今、希望にみちた噂が広まりつつあった。
「学園に、新しい風がやってくる」と‥‥

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1010 霧隠 孤影(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea8703 霧島 小夜(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb0028 鬼刃 響(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●風来る
 榊親子の奴隷集団と化していた聖エリザベス学園。
 だが、学生や教師達の懇願は、彼らの知らないところで文部省特務機関「SRP」‥‥STUDENT'S RIGHT PROTECTIONに届いていた。そしてSRP始動。
 ある朝。始業ベルとともに、校門番の教師達と週番の生徒が校門を閉め始める。
「ここが、僕の通う学校ですか‥‥よろしくです!」
 となぜか校門に深々とお辞儀して、やおら「忍法! 遅刻寸前猛ダッシュです!」
 叫びつつ側転で校内に転がり込む霧隠孤影(ea1010)。
 そして、真紅のフェラーリが、閉ざされかけた校門前に乗りつけ。
「ここが聖エリザベス学園ですか。これからの学生生活が楽しみです♪」
 降り立った美しい金髪の少女‥‥リースフィア・エルスリード(eb2745)が、ドイツ語で微笑みかける。と、校門前で、転校生をチェックするため立っていた榊凛子が目をつけ。
「ずいぶん派手な格好ねえ。ここへ来るからには、もう少し大人しくしたほうがよろしくてよ」
 毒を含んだ言葉を放つ。ドイツ語しか解せぬリースフィアは、居合わせた語学教師に通訳されると、
「親切なご忠告、痛み入りますわ。他にも色々と学校のことを、教えていただけません?」
 凛子の脅しを忠告と勘違いしたらしく、凛子に腕をからませ校舎へ向かい始めた。
「何よ、なれなれしいわね!」
 凛子は高飛車に言い放つものの、底抜けの善意に悪意で対抗するのは難しい。
 そして――支配され、萎縮しきった生徒達にも、新しい風が吹いていた。
「新任の霧島小夜(ea8703)、担当教科は数学だ。よろしく頼む」
 グラマラスな女性教師の着任に、男子生徒たちが盛り上がる。ただし授業はなかなかに厳しい。
 英語教育に偏ったカリキュラムに不満の声があがっていたが、彼女のおかげで解消しそうだ。
「皆さん今日も元気にもうかりまっか? ほな、授業始めんで〜」
 コテコテの関西弁と完璧なドイツ語、ジンバブエ語まで操るスーパー語学美人教師、ティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)。ドイツ語の美しい発音を示した後、コテコテの関西弁で
「今のん、めっちゃポイントやでぇ?」
 と解説するそのギャップに毎回生徒達がコケるのが難点とはいえ、親しみやすいその授業がうけ、多言語弁論大会といったイベントに情熱を燃やす生徒達も増えた。
 そして日本史担当の教育実習生、幽桜哀音(ea2246)。透けるほど色白の彼女が銀髪に映える黒一色のゴスロリファッションで登場すると、男子生徒から期待のどよめきがあがった。
「教育実習生の‥‥幽桜哀音‥‥宜し‥‥(ガン!)」
 お辞儀の瞬間、教壇に頭をぶつけた。
「‥‥(ムクッ)では、授業‥‥今日は邪馬台国の‥‥」
「せ、先生? おでこから血がダラダラ出てますが」
 生徒の震える声に額を押さえ。
「あ‥‥そういえば、痛い‥‥」
 教室中、もはや脱力地獄。
 そして。
「今から、床運動の手本を見せる! とあ――っ!」
 と宙返りをしようとして着地に失敗。顔面を強打し、生徒達の失笑を買う鬼刃響(eb0028)。だがその失態が、特命を隠す芝居であることに気づく者はいない。
「新しい運動部を私達の手で作りませんか? 寄付金の集まるように、語学だけでなくスポーツもがんばりましょう!」
 校庭で署名活動を呼びかけるアリエス・アリア(ea0210)。紅い髪を一つに束ね、大きな瞳が特徴的なその姿は一幅の絵のように際立つ。たおやかに見えるが、エアライフルの大会で優勝したという華麗なスポーツ歴が転校前から話題を呼び、既に学園内では時の人だ。
 彼自身は英語しか話せないが、語学に堪能な学生が多いので、コミュニケーションにそう不自由はしないようだ。エアライフルというクールな響きにひかれたり、アリエスの一途な熱い呼びかけに惹かれたりで生徒が彼の周りに集まり始めている。
「エアライフルってなんか難しくない?」
「そうでもないですよ。それに、たったひとつの的を狙うって、好きな人の瞳を見つめる感じに似てる気がするんですよね」
 はにかんで言う彼の言葉に、「ひゅー」と冷やかしながらも、興味を惹かれる生徒達。
 彼の前に、凛子とその私設親衛隊が立ちふさがった。
「この学園で私に断りもなく派手なことをするとどういうことになるか‥‥教えてあげましょうか」
 ボクシング部長の巨漢が、凛子の合図でアリエスに襲い掛かる。が、「そこまでだ!」渋い声が響いた。
 立っていたのは、おまぬけな体育教師‥‥のはずの鬼刃響。だが、巨漢の腕をつかんで止めるその力は、到底並の男とは思えない。
「ぐっ‥‥おりゃあああ!!」
 なんとか振り切った巨漢のパンチを顔面で受け止めた鬼刃、「ぬるいな」と言い放ち。
「しかも、足元が留守ではな」
 涼しい声とともに、するりと脚をからめ、引っ掛ける。と、力を入れたとも見えぬのに、巨漢はどうと音を立てて倒れた。
「この野郎っっ!」
 なだれを打って、親衛隊メンバー‥‥柔道部員の猛者やレスリング部の巨漢達が襲い掛かる。が、
「やめてくださいっ!」
 ドイツ語の叫びとともに、凛子にくっついて行動していたリースフィアがその中に飛び込んだ。ルーク流の手練で猛者どもの胴に手刀を打ち込み、倒す。
「凛子さんの友達なら、暴力はやめて! 凛子さんみたいないい人が、暴力を好むはずがありません! そうでしょ、凛子さん?」
 凛子はドイツ語を知らないが、リースフィアの行動から、言葉の内容は伝わる。
「‥‥ばかばかしい」
 凛子は背をむけ、歩み去った。が、リースフィアの目に光る涙を見た時、その冷たい美貌がわずかに動揺していたことに、響だけは気づいていた。
 一方‥‥14歳であるため中等部に入った大宗院透(ea0050)は、可憐なセーラー服の女装で女生徒たちの間に入り込み、話術を駆使して学生間の情報を集めていた。そして昼休み。
 榊恒三郎が、視察と称して中等部に姿を見せた。この男が実はロリコンで、視察のたびに目をつけた女生徒にけしからぬ真似をしていることを透は生徒達の噂から掴んでいた。透は可憐に小首をかしげて榊の前に出た。
「榊社長ですね? 一度お話したいと思っていました」
「ほう、転入生か。どうだね、校内を案内してあげようか?」
「ええ。是非お願いします、榊社長」
 透の堂に入った女生徒ぶりと、忍びの修行で得た人心掌握術により、榊は油断しきっていた――。

●嵐の学園
 その夜。榊社長が、聖エリザベス学園の視察と称してでかけたまま戻らないので、社員たちは彼を探すのに奔走していた。したがって、榊不動産社内の警備は手薄だった。深夜の見回りを担当する警備員はたった一人。しかも動きが怪しい。社長の机のパソコンを開いて、何やら探っていたが、やがて帽子を取り、長い黒髪を垂らして微笑んだ。
「見つけた‥‥」
 霧島小夜の変装であった。
 
 翌朝。
 登校した生徒達を、迎えたのは「天誅」と書かれた半紙を胸に止められ、縛り上げられた榊社長の姿、そして「SRP」派遣の教師・生徒達!
「一体何の真似?」
 父親を見て、登校してきた凛子が凍りつく。
「『転校』生は皆、反榊派に『転向』します」
 透がダジャレで宣言する。続いてティファルが告げた。
「SRPからの通達や。あんたら親子の、この学園に対する支配はもう終わったんや」
「お父様は女子中学生にイタズラしようとして、逆にねじ伏せられたそうです‥‥」
 ねじ伏せた張本人の一人である幽桜哀音が剣道用の木刀で親衛隊員を牽制しつつ、淡々と言う。
「おまけに警察への内部告発があったそうだ。企業に、産業廃棄物を不法に投棄する場所を提供していたと。当分戻ってはこれまい」
 霧島小夜の憐れむような視線に、凛子はキッと睨み返した。
「何よ‥‥侮辱は許さないわ!」 
 私設親衛隊に合図を送り、小夜達を攻撃しようとする。小夜の体が流れるように動く。わざと前に出て隊員達の攻撃を誘い、素早く横に跳んだ。体を翻し首筋の急所を手刀で強打。
「破ッ!」
 隊員達は失神した。
 まだかかってこようとする隊員達には、「霧隠、行きます!」と制服を脱ぎ捨てた孤影がかかる。見れば制服のしたには忍者装束。さぞ暑かったことだろう。しかも孤影の必殺技は玄関へ誘い込み、下駄箱の靴を投げまくる「クツマシンガン」! 威力というより『匂い』によるダメージが大きいかもしれない。
「でも‥‥榊社長が逮捕されたら、寄付金が‥‥」
 生徒の一人が怯えた声をあげる。小夜が励ます。
「なら、今のままでいいと思っているのか? 今こそ立ち上がって戦え。寄付金を集める手段なんていくらでもある。恐れずに進め。それこそが学生に与えられた最大の権利だ!」
「そうそう、まずは他国語弁論大会、がんばりや。ほんまこの学校の皆は優秀やさかいな」
 ティファルが微笑む。
「そしてスポーツも。貴方たちの才能、人を脅すために使うのではなく、学園全体を活かすために使ってください」
 アリエスが、親衛隊員達に笑顔を向けた。
 力の抜けた凛子と親衛隊たちをよそに、学生達がSRPメンバーを囲む。
「噂では聞いていたけれど、実在したんだ‥‥特命教師って‥‥」
「そう‥‥自由であるべき学生達の未来を閉ざす者には‥‥私達が天誅を下す‥‥」
 哀音がゴスロリファッションで木刀を撫でつつ「‥‥にぃっ‥‥」と笑う。少し怖い。
 
 夕日に染まる校庭。SRPメンバーの去るときが来た。
「夕日がまぶしいぜ」
 鬼刃響、フッと笑い、渋く去っていく。他のメンバーもそれに続く。
「待ちなさい! 私の友達だというなら、メルアドくらい教えなさいよ!」
 凛子の涙まじりの声だ。今は校則に従いショートカットの髪にスッピンとなった彼女を一度だけ振り返り、リースフィアは優しい笑顔を向けた。
「また、お会いしましょう‥‥いつか、きっと」
 学園が、新しい風を必要とした時に‥‥。