●リプレイ本文
街へ白馬が足を踏み入れた。跨るのはまだ若い小柄な女性の姿。身を包むのはおよそ荒野には不釣合いな純白のドレスだ。手綱を取る手は白手袋に包まれ、アンティークレースの帽子は荒野に照りつける日差しに対して余りに無力に見えた。
ふと女[白羽与一(ea4536)]はサルーンの前で足を止めた。その髪は黒く艶がかり、瞳と同じ漆黒の色をしていた。その顔立ちはまだ少女の面影を残している。この辺りでは珍しい東洋人との混血のようだ。
スイングドアが音を立てて開いた。奇異の視線を受けながら彼女はカウンターへ向かう。
「注文は?」
席へついた彼女をマスターが見下ろして言った。にこりと微笑んで女が答える。
「アップルサイダーを」
クスクスとどこからともなく嘲笑が洩れる。女は憮然としながら、それらを撥ね付けるように居住まいを正す。
「お嬢ちゃん、ここはサルーンだ」
不意に掛かった声は酒場の隅のテーブルからだ。
「せめて、頼むんならハードサイダーにしときな?」
そこにいたのは爪先まで純白の衣服と外套に実を包んだ優男だ。両脇には女の姿。その身に甘い香りを漂わせている。同じ白でも彼女の清楚な色とは違った種類の雰囲気を纏っていた。彼の名はシーヴァス・ラーン(ea0453)。数日前にこの街へ流れてきたというジゴロだと専らの噂だ。
ガタンと音を立て、カウンターの隅へ座っていた男が席を立った。針を思わせる硬い銀髪と、鋭く澄んだ青い瞳。無精髭は精悍な顔立ちを引き立てている。
「どうもこの酒場は女臭くてかなわないな。仕事の前だ、悪いが出直すぜ」
不意に酒場がざわつき出した。魔眼ゲイル・ニューマン。2万ドルの賞金首。
「何だ、ブロウトンの犬か」
不意に呟いたシーがゲイルへ軽蔑の眼差しを向ける。それに気付き、ゲイルは足を止めた。
「教えてやろうか? 汗の臭いのしない奴はここじゃ男っては呼ばないもんだぜ、綺麗好きのお嬢ちゃん?」
「そうカッカすんなよ。俺はヤローとダンスするつもりはねぇが、相手してやっからよ」
シーの手がホルスターへ伸びる。だがそのまま彼は動きを止めた。ゲイルに隙はない。抜けば、殺られる。ゲイルの殺気は刺す様に鋭い。
「もっと泥塗れになるんだな。一丁前の男の顔になったら相手してやるさ」
それだけ言い残すと彼は酒場を去っていった。
「仕事って、何ですの?」
ふと女がマスターへ問いかける。返ってきた言葉の中に牧場主の名を耳にして彼女は静かに頷いて見せた。
「汚い大人にはなりたくないものですね」
それだけ言うと、ハードサイダーの分の代金もカウンターへ置いて彼女は店を後にした。
牧場には続々と仲間達が集まっていた。
「例の奴、ばっちり仕入れてきたよ」
昼時を過ぎて顔を出したのは金貸しのエヴァン・ウィリアムズ(eb1693)。見た目はまだガキにしか見えないが、実年齢は三十路を越えているというベイビーフェイスだ。借主に死なれては取り立てもままならないと助っ人に遣って来たのだ。無論、その分は上乗せして取り立てるつもりではいるが。
「お疲れさん。じゃあ後は俺に任せてよ」
エヴァンの運んできた包みを開けて、ハーヴ・ザ・キッド[ハーヴェイ・シェーンダーク(ea7059)]が満足そうに頷いてみせる。
「うん。これだけモノがあれば要望通りの仕掛けが作れそうだよ。俺の出来る精一杯でやらせてもらうよ」
ハーヴはこの若さながら辺りじゃ抜群の腕を持っている鉱山技師だ。エヴェンの調達した資材を元に罠を仕掛けるのが彼が仕事という訳だ。
そうして準備が進められる中、銃の腕前を買われた用心棒達は手持ち無沙汰にしている。クレイジー・ガンの異名を持つ賞金稼ぎヴァラス・ロフキシモ(ea2538)。そして壁に背を預けて座るもう一人の男[ルクス・ウィンディード(ea0393)]。
「‥‥名前なんざ当の昔に忘れた‥‥」
どことなく陰のあるその男はうずくまる様にして得物のロングライフルを抱きかかえている。それも銃剣のついた代物だ。
「俺はただのアウトロー‥‥いや、硝煙に見入られた哀れな旅人さ‥‥。そうだな‥まだ俺のことを覚えてる奴らは、ウィンディードって呼んでいたな‥」
「ウィンディードさん、あのこれ‥」
牧場主の娘がコーヒーカップを持って現れた。その横顔を視界の端に止め、カップを受け取ったウィンディードは僅かに苦笑を浮かべた。
「なぁに‥おじさんはただのアウトローさ‥‥」
まだ日は高い。敵の襲撃はおそらく日が沈む頃になるだろう。作業の手は休めずにハーヴが振り返った。
「そういえば、例の二人組みはどうした?」
二人組みとはNYからきたというイギリス人の賞金稼ぎのことだ。エヴァンが不安げに表情を曇らせた。
「‥‥まさか町に向かったんじゃ。ちょっと私が見てくるよ」
「お前、ブロウトンの手下か?」
町の酒場にアラン・ハリファックス(ea4295)はいた。男が睨み返したのを肯定と受け取ると、アランは拳銃を抜いて男へ狙いをつけた。誰だって、街中でこうも堂々と銃を抜くなんてことは考えない。何せ、西部じゃ阿呆は長生きできないからだ。一瞬の虚、次の瞬間には銃弾が右耳を吹き飛ばしていた。
「見逃してやるから代わりギーガーを直ぐに呼べ」
再び酒場に銃声が木霊した。抜いたのはアランと共に旅をしているという見聞旅行中の英国貴族の子弟。アシュレー・ウォルサム(ea0244)が腕を打ちぬき、にっこりと微笑む。
「さっさと親分呼んでね三下」
「奴に伝えとけ。そのガキっぽい2つ名を、俺の借金返済に使わせてくれとな」
だが。
「勘違いすんなよ」
酒場中から劇鉄を起こす音が重なって聞こえた。二人は今や十数もの銃口の向けられた先にいた。
「言わんこっちゃない」
エヴェンが酒場へ来たときにはもう遅すぎた。予定は全て変更だ。だいぶ早いが、もう動くしかない。彼は直ぐに行動に移った。
「来やがったぜ」
最初に気付いたのはヴァラスだ。牧場へ向かう馬影へ彼は躊躇なく銃口を向けた。
「待って下さい!」
向かってきていた女が慌てて両手を挙げて見せた。先刻、酒場を訪れていたあの女だ。
「牧場主様に用があって参りました、お取次ぎ願えますか?」
「お嬢ちゃん‥‥用かは知らないが今日は日が悪すぎたな。悪いがすぐに引き帰すことだ‥」
そこまで言いかけてウィンディードが声のトーンを落とした。
「‥‥と思ったが、そうも言ってられないみたいだな‥‥」
遠くに砂塵が見える。酒場の騒ぎで勢いづいたアウトローが襲撃を早めたらしい。
「まずい、まだ罠の仕込が全部済んでないってのに‥‥」
忌々しげにハーヴが舌打ちする。現れたのは6騎。ブロウトンの手下は見えないが、ただ一人、まだ年端も行かぬ少年がその中に混じっている。
「俺は『無法の星(アウトロースター)』その身に刻んでおけよ」
小柄な肩に散弾銃を担いでいるのはティルコット・ジーベンランセ(ea31730)。まだ幼いながらも、その小さな体躯を活かした身軽なフットワークを武器にしたアウトローだ。
「こんなちんけな牧場を手に入れるのも仕事というが、もっと燃えたいねぇ」
「けっ。何が『仕事』だ」
弾込めしているディルコットを横目に仲間の一人が毒づく。
「ガキはかえって、ママのおっぱいでもすってな。俺達の足だけはひっぱんじゃねえぞ」
それが男の最期の言葉となった。顔を起こしたティルコットがたった今弾を込めたばかりの散弾で男の頭を吹き飛ばしたのだ。1回転リロードで更に胴体をミンチにすると、少年は硝煙をあげる銃口を覗き込んだ。
「てめぇは、弾でも食ってろ‥‥ああ、弾がもったいねぇ‥‥」
「て、てめえこのクソガキ!」
激昂した仲間が拳銃を抜くが、そのときには既にティルコットは走り出していた。得物を構え、牧場の厩舎へ一発。壁を吹き飛ばして威嚇すると、そのまま厩舎の中を突っ切って裏手に回る。
「どてっぱらに食わせてやるよ、感謝しなっ!」
狙うは小柄な体躯を活かしたゼロ距離射撃だ。この町じゃ命の価値なんてクソみたいなもんだ。えげつなかろうが、容赦はしない。だが、それは彼にとっても同じことだった。
「え!?」
ティルコットが裏口のドアを開けたと同時に、何かが足元へ転がった。それが発破だと分かったその時には、彼はもうこの世にいなかった。爆発音が辺りを揺るがす。
「お互い覚悟を決めようか」
ウィンディードが銃剣を手に取り、裏口へ回る。数では向こうが上、足手纏いを考えるとその差はもっと大きい。生き残るには、腹をくくるしかなかった。
「おおおぉぉォォォれのぉおお!」
サルーンを怒号が揺るがした。
「二つ名をぉぉぉぉぉぉおおお!」
次いでガトリングガンのけたたましい音。
「馬鹿にしたのはどいつだァァァァァ!」
アランとアシュレーが監禁された酒場をギーガーは問答無用に店ごと吹き飛ばしに掛かった。「後は任せた♪」
混乱に乗じてアシュレーがその場を逃げ出す。アランもすぐに動くが、ギーガーもすぐにその後を追う。やがてアランは逃げ込んだのは岩山だった。
「‥‥畜生」
追いついたギーガーの機銃に追い立てられながら、アランが辛うじて岩陰に飛び込んで身をかわす。だが圧倒的な火力はその岩ごと吹き飛ばす勢いだ。
「ギーガー!」
シャツは冷や汗で張り付いている。岩影に背を預けて立つと、アランはリボルバーを手に声を張り上げる。
「んなアホくさい2つ名、名乗る程のこともないだろ、どうせ俺たちに墓碑銘など必要ない」
今頃はアシュレーも追っ手を相手にしている頃だろう。ああ見えて凄腕の使い手のアシュレーのことだ。数だけの雑魚に殺られることだけはないだろうが、応援に来る余裕まではないだろう。つまり、アランは一人でこの危機を脱しなければいけなかった。
そろそろ日も傾きかけている。吹き付ける風も少し冷たい。二人の対峙するその岩山の上で男が独り眠っている。抱きかかえて寝ているのは、肘までの大きさよりやや長いくらいのライフル。バレルと銃床を切り落としたソードオフライフルだ。男が不意に目を覚ました。
「夢を見たんだ」
男は空を見上げている。不意に巻き起こった風がカウボーイハットを浚った。現れたのはゲイルの顔だ。
「遠い未来の夢だ。俺はなぜか気球乗りで、大観衆の前で風に乗って喝采を浴びる。風の流れも空気の匂いも全部俺の思いのままだ。まるで風の申し子にでもなった気分だった‥‥」
ライフルを抱えて起き上がると、彼は片手を持ち上げた。その先に示し合わせたかのように帽子が舞い降りる。それを目深に被ると、男はつばを銃身ですり上げた。
「で、どうしてお前がここにいるんだ、ギーガー?」
眼下の二人をゲイルは見下ろした。
「んなとこで昼寝とはゲイル、随分とご大層な身分だな。相変わらずムカツク野郎だ」
「悪いな、俺も前からお前のことが気に入らなかったとこだ」
アランを挟み、二人の間に不穏な空気が流れ始める。
「何なら‥‥」
「‥‥ここで決着をつけるか?」
否、既に二人はアランのことなど意識にない。アランの表情が怒りに強張り、そして。
「俺を―――無視してんじゃねェ!!」
だがその絶叫もけたたましい銃声に掻き消えた。ガトリングガンが火を噴く。弾き出された薬莢が岩場を転がる音。ゲイルも岩陰を駆け抜けながらギーガーへ応戦する。やがてその交差する直線状にアランが並んだ時。
「ま、マジかよ‥‥」
無数の銃弾がアランを交差して駆け抜け、彼は死のダンスを踊ることとなった。
「ちっ」
岩陰へ飛び込んで機銃をかわし、ゲイルは一息をつく。ギーガーは南北戦争を戦ったという元兵士だ。舐めて掛かっていい相手ではない。意を決してゲイルは身を躍らせた。
その、先には。
「アラン‥‥!」
追っ手を振り切ったアシュレーが漸く岩場へ追いついていた。待っていたのはパートナーの無残な亡骸。全ては遅すぎた。
「餌はちゃんと獲物をつれてきてたんだね、せめて」
遺骸を視界の端に捕らえ、髪を棚引かせてライフルを構える。
「地獄への片道切符はこの手でプレゼントしないとね―――地獄で奴らに悔やませてやる」
ほぼ同時に、ゲイルの撃った先をギーガーも振り返っていた。獲物を見止めたギーガーが銃口を向ける。アシュレーはそのタイミングを狙い済ましていた。狙うはガトリングのモーター。
「‥‥‥ジーザス」
だがこの場面で付け焼刃のバーストシューティングが通用する筈もなかった。蜂の巣になって岩場から転落するアシュレーを振り返りもせず、ギーガーが機銃を担ぎ直して歩き出した。
「行くか。へへっ、奴らも皆殺しにしてやる」
それへ風に飛ばされそうになった帽子を片手で押さえてゲイルも続く。
「決めた。この仕事が終わったら報酬を投げ打って気球を買おう」
「けっ、これで手前の顔見なくて済むなら清々するぜ」
そして二人の賞金首は決戦牧場へと赴く。
アウトロー達は乗馬した状態で屋敷をぐるぐると回り、用心棒達の立て篭もった屋敷へ銃弾をぶち込み始めた。このままではジリ貧だ。
「あの‥‥」
ふとあの白いドレスの女が窓の外を窺いながらハーヴへ声を掛ける。
「何? 流れ弾にあたるから引っ込んでてよ」
「その、ひょっとすると私の勘違いかもしれませんけれど、人数が一人減っていませんか?」
数えると外へ見えるのは3人だ。表を走り回るアウトロー達は陽動、敵の一人が裏口から侵入していた。
「進入成功、後は後ろからズドン!だぜな」
そこまで口にして、男は血の塊を吐いた。男の胸板を銃剣が貫いていた。
「西部で生きるには‥‥弱すぎる」
隙だらけのその背へ物陰に身を隠していたウィンディードが忍び寄っていた。
「ガンマンの最後としちゃ刃物でってのは不本意かも知れんが、何せ射撃は上手く無くてね?」
銃剣を引き抜くと男が力なく転がる。そして次の瞬間。屋敷にリボルバーの銃声が木霊した。
「く、クレイジーガン!?」
ハーヴの目の前で牧場の親父は胸を吹き飛ばされて転がった。
「この時を待ってたんだぜェ? んなとこで命張るよりよォ、ブロウトンに取り入って金もらった方が利巧ってモンだよなあァァァ?」
裏口のウィンディードが戻るまで、部屋には娘二人を除けばハーヴしかいない。二丁拳銃を掌中で滅茶苦茶に振り回すと、ヴァラスは二つの銃口を向けた。
「ムヒャアアアーッ、脳しょうブチまけなァアアアッ!」
だが。
次の瞬間に悲鳴を上げたのはヴァラスの方だった。
「顔が童顔だからってナメてると耳を吹き飛ばしたげるよ、俺だって気にしてるんだから」
「ギィアアアァァーッ! お、俺の耳がぁー、耳‥‥ミミミミィィィ、イヒィーッ、て、てめー‥‥な、何つーことしやがるゥウウウッ」
一瞬は早く抜いたハーヴが引き金を引いていた。ハーヴが容赦なく止めの銃口を向ける。しかしここで事態は更に最悪の展開を迎える。突如、轟音と共にガトリングガンが屋敷の壁を無茶苦茶に打ち抜いた。ギーガーだ。その混乱に乗じてヴァラスが逃げ出す。
「クソッ」
ハーヴが窓から身を乗り出してギーガーを迎撃しようとした時だった。
「危ないっ!」
白ドレスの女が彼を突き飛ばした。さっきまで彼のいた所を銃弾が貫いている。そこより離れた岩場の上。
「やれやれ。不可抗力とはいえ、一発目を外すと正直ちょっとへこむんだがな」
魔眼ゲイル・ニューマン。絶好のポジションから今や彼のライフルが屋敷を捉えている。正面にはガトリング・ギーガー。――絶体絶命。
その頃、サルーン。
目深に被っていたテンガロンハットへ夕日が差し込み、ウィルマ・ハートマン(ea8545)は目を覚ました。
「‥‥くだらん。まったく、くだらん」
鬱屈とした空気をかみ締めつつ、ウィルマは物憂げに立ち上がった。
「だが──クソ野郎を生かしちゃおけねぇ、夕飯までにケリをつけてやる」
踏みしめたその重みで床板ががたわむ。分厚いコートの下には明らかに無骨な重みが見て取れた。ウィルマが歩く度に金属の擦れ合う重く不快な音が響き、それを引き連れて彼女はまっすぐブロウトン邸へ歩いていく。
「ふむ。ついでに始末してもいいが、面倒は少ない方がいい」
歩みは止めずにウィルマがコートをはだけた。現れたのはそれこそ大量のリボルバー。幾つも巻き付けられたホルスターと、そしてサスペンダーに挿されている。誰が呼んだかついた字は十六挺拳銃。無造作に一つを抜き、ウィルマは構えを取った。
「こんな日には、命を落とす奴が多い」
正面からドアを吹き飛ばす。虚を突かれた三下を屠ると、弾を使い切った銃を投げ捨てて次の得物を抜く。
「じぃっくり可愛がってやる。泣いたり笑ったりできなくしてやる」
奥へ足を踏み入れながら彼女は陰鬱に笑った。それと時を同じくして、ブロウトン邸の厩舎で火の手が上がった。
「これで騒ぎが大きくなれば、敵も浮き足立つだろう」
エヴァンが機転を利かせて策を打ったのだ。やるべきことはやった。後は一人でも死者が少なくなることを祈るばかりだ。こうなっては、おそらく誰一人欠けずに明日を迎えることは薄い望みだろうから。
正面に陣取ったギーガーはありったけの火力を屋敷へ叩きつけている。だが下手に動けばゲイルの狙撃の餌食。そして更に悪いことに既にして日は暮れようとしていた。裏口を固めるウィンディードへも時折そちらへ回り込んだ雑魚から散発的な攻撃が向けられている。
「このままじゃジリ貧だぜ‥‥」
接近戦を得意とする彼を警戒してか、敵も牽制の射撃を行うだけだ。疲労は時期に臨界点を迎えようとしていた。そして遂に。無情にも日は没した。
同じ頃、岩山へ近づく影があった。その上に陣取ったゲイルにも遠めに分かるのは男の纏った白い外套。先刻、酒場で出会ったジゴロのシーヴァスだ。
「相手が魔眼となれば正直言って分は悪いが――」
シーが腰のホルスターへ手を伸ばす。そのまま首を上げると夕闇に浮かぶゲイルのシルエットを見据えた。それを見止めたゲイルが大きく眼を見開いた。彼の前でシーは構えを取っていた。
「面白い。この距離で“決闘”ってワケか」
構えていたライフルをくるりと回転させると、ゲイルはそれをベルトへの隙間へ差し込んだ。グリップから手を離し、彼もまた油断なく構えを取る。
手にしていたバーボンの瓶をゲイルが投げ捨てた。放物線を描いたそれは崖へと吸い込まれ、そして。張り出した岩へぶつかったと同時に銃口が火を噴いた。
「悪いなとは、思うんだがな」
シーの銃弾はゲイルの帽子を掠めるに留まった。舞い上がったカウボーイハットは風に掬われ、そのまま崖下へと舞い落ちていく。その先では正確に左胸へ銃撃を浴びてシーが倒れ伏していた。
「やれやれ。俺はこれで退散させて貰うぜ。報酬以上の働きはしない主義だ。その額に見合うだけの敵だったからな」
同じ頃牧場では。
「ゲイルの狙撃が止んだ‥‥!?」
だが僅かに遅かった。日は完全に没した。火を噴くガトリングガンだけを頼りに狙撃しようにも遠近感が掴めない。
「遅くなってゴメン!」
そこへエヴァンが駆け込んできた。街から戻ると日没に乗じて厩舎伝いに裏口から滑り込んだのだ。その手には弓が握られている。
「煮詰まってるようだね。これが突破口になればいいんだけど」
鏃に取り付けられているのはダイナマイトだ。元々はブロウトン邸へ打ち込むつもりだったが、ウィルマが中で戦っている以上手が出せずに引き返してきたのだ。
「だけど視界が‥‥‥‥あ! 一瞬だけなら俺が何としてみせるよ」
そう言ってハーヴがライフルを構えると、弓をエヴァンへ投げて寄越す。
「わ、私が!?」
ウィンディードは裏口を一人で固めている。他にこの役を務められる者はいない。だが外せば次の矢もない。
(「責任重大‥‥もし外したらハーヴさんウィンディードさんの3人だけでこの場を凌げるだろうか? 巧くすればブロウトン邸を叩いてる仲間が駆けつけてくれるかもしれないけど‥‥」)
強張らせた表情で彼は弓を引き絞る。
「落ち着いて下さい」
その手へ、白ドレスの女がそっと手を重ねた。背中から寄り添うように、共に弓を引く。
「初心の人、二つの矢を持つ事なかれ――。邪念を捨て、この一矢の構えで臨みましょう。数に頼もうとして後を省みてはこのただ一度の刻を疎かにするだけです」
女は優しく、だが凛とした声で語り掛けた。
「心を静め、的と一つに。――たゞ、得失なくこの一矢に定むべし」
「あなたは‥‥?」
「話は後です。行きますよ!」
松明を持ったアウトロー達が屋敷の周囲を馬で駆け回っている。その灯りに僅かに照らされた一瞬でハーヴがライフルの引き金を引く。
ハーヴが撃ったのは昼間の内に牧場へ仕掛けていた罠だ。牧場の周囲をぐるっと囲んで掘った浅い溝には火薬が撒かれている。後は導火線代わりの縄を用意するだけという所で襲撃が始まり機を逸していた物だ。小さな爆発が起こり火炎が地面から吹き上がる。それはリードの縄を伝いギーガーのすぐ足元まで伸びていた。
「エヴァンさん、今だ!」
放たれた矢は炎のなぞる線に導かれて吸い込まれるようにギーガーへ向かって飛んだ。巨大な爆炎が男を消し飛ばした。
時を同じくしてゲイルは岩場を降りていた。シーの脇へ落ちていた帽子へ手を伸ばす。
「!?」
その時だ。死んだ筈のシーが起き上がった。その手にはコルトが。それがゲイルの胸を打ち抜いた。
「流石は魔眼のゲイルだな。正面からやれば心臓を狙われるだろう、そればかりは俺も逃れられなかった」
破けたシーのシャツから覗いていたのはシェリフのバッヂだ。立ち上がったシーヴァスが泥を払うと、銃弾を受け止めたバッヂを付け直した。
「俺はシェリフだ、俺の街で犯した罪は裁かせてもらう」
(「‥へェ‥‥」)
それを視界の端にゲイルは膝から崩れ落ちていた。
(「優男だと思ったが、どうして。泥塗れになって這いずるだけのガッツもあるってワケか」)
ゲイルの頬が乾いた土に触れ、最後の時に立っていたのシーヴァスだった。
「そしてシェリフである以前に西部の男だ、俺は俺の力を信じて生きてくぜ」
土を踏みしめる掠れた音。踵を返すと、シーは振り返りもせず去っていった。
残った雑魚を蹴散らすのに時間は掛からなかった。ショットガンとライフルでハーヴが応戦し、ウィンディードも打って出る。
「やったな‥。これで奴らを撃退できたようだ‥‥」
全てを終え、ハーヴ達の部屋へウィンディードが足を踏み入れる。その胸板を突如銃弾が吹き飛ばした。
「よーしッ!この娘を殺られたくなかったら、てめーら動くんじゃあねーぞ!」
現れたヴァラスが娘を人質に取る。逃げたと見せかけ、彼はこの機を窺っていたのだ。
「もしひとっ言でもその便器にむかったケツの穴みてーな口からはき出してみろ! この娘の頭に弾丸をブチ込む!『何?』って聞き返してもブチ込むッ!クシャミしてもブチ込むッ!そのまま構えをとかなくてもブチ込むッ!妙な動きを見せたらまたブチ込むッ!」
銃口を抉るように娘のこめかみへ押し付ける。
「報酬はたんまりもらいまっせー、ブロウトンさんよォ!」
無抵抗なハーヴ達へヴァラスは二丁拳銃を向け、トリガーへ指をかける。そして銃声。だがそれはウィンディードのものだ。至近距離からのそれはヴァラスの腕を吹きとばしていた。
「グエエッ、耳の次は‥‥う、腕かよ〜〜ッ、畜生がァッ」
ウィンディードが胸へ仕込んでいたストーブ板を放り捨てた。
「‥‥‥‥‥抜け。このコインが落ちた瞬間‥‥‥決着をつけようか」
銅貨が放物線を描く。
「ムヒャヒャヒャヒャヒャ――――ッ、早い奴が勝ぁあああ――――つッ!」
「コイツはな、当たればそれでいいんだよ」
乾いた銃声は一発だ。
「アバッ」
潰れた蛙のような悲鳴を上げ、額を貫かれたヴァラスが転がった。そして同時にウィンディードもまた崩れ落ちていた。
「まさかウィンディードさん‥‥もう少しでブロウトンも倒せるって言うのに!」
駆け寄ったエヴァンが抱え起こすと彼の腹は血で滲んでいる。あの距離では鉄板では防ぎきれなかったのだ。
「ブロウトン‥‥か。聞きなれた名前だな‥‥」
(「何せ俺の妻の命を奪った人間だ‥‥はは、俺は運が良い」)
「まぁいい、今更恨みとかはどーでもいい。視界がぼやけてきたな。お嬢ちゃん最後に一つだけ頼まれてくれるか?」
歩み寄った娘へウィンディードは何事かを囁いた。頷き、娘が彼を抱きかかえる。その膝へ頭を落ち着けるとウィンディードはハーヴの差し出した煙草を咥えた。震える視線だけが娘を見上げる。躊躇いながらも娘がやがてその言葉を囁いた。
『愛してるわルクス』
ルクス・ウィンディードが最期にかみ締めたのは煙草の味。そして亡き妻の面影と幸せだった時の記憶だった。
無造作に屋敷へ踏み込んだウィルマは十数人からなる手下を相手取って派手に暴れ回っていた。
「ブローゥトンブローゥトンブローゥトン。お山の大将が。この街だけで我慢しときゃいいものを、調子に乗って政府の現金輸送列車に手を出したのはやり過ぎだったなぁ」
たった一人で乗り込んでいったウィルマにアウトロー達は翻弄されていた。同士討ちを恐れた手下は満足に反撃もできずに劣勢にたたされている。机や箪笥を盾にしての膠着状態が続いている。
「分かったか? 分かったならとっとと──地獄へ行け!」
「おい、撃て」
その様に業を煮やしたブロウトンが手下へ冷たく命令を下した。
「ですがブロウトンさん、今撃っちまったら味方にも‥‥」
男の手を取り、彼はそっと銃口をウィルマの方角へ向ける。
「旦那、勘弁して下さい‥‥俺にはそんな‥‥」
だがそれは許されない。男の耳元で彼は囁いた。
「撃て」
泣きそうな表情で男は正に『引き金』を引いた。応戦したウィルマ、連鎖的に屋敷のアウトロー達も立て続けに発砲した。屋敷は銃の炎に包まれた。
(「ぁー‥」)
全身に風穴を開けられながらウィルマが最期に考えたのはそんなことだった。
(「金のことを忘れてたな‥‥。まぁいいか」)
十字砲火を受けたウィルマはも勿論、部下達も同士討ちとなった。ただ一人、部下の体を盾にしたブロウトンだけが無傷で生き残っていた。
「ふ‥‥フハハハハ! 私は生き延びたぞ――ッ!」
その背後へ音もなく男が忍び寄る影がある。
「さ、おやっさんのトコから手ェ引いてもらいましょうか?」
その後頭部へ銃口をつきつけ、ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)が男を足蹴に蹴倒した。
「何をやっているのか分かってるのか。俺にはこの町のシェリフも逆らえない。ただじゃ済まさんぞ。明日にはお前なんぞ吊るし首だ」
ジョーイは屋敷はの騒ぎに乗じて屋敷へ忍び込んでいた。敵を潰すのに派手な火力は必要ない。弾の一つもあればいい。ポケットからパイプを取り出して咥えると、ジョーイは一服をつく。ブロウトンはいよいよ怒気を募らせた。
「皆殺しだ、お前のお袋も吊るしてやる!」
「‥‥下種め」
躊躇いなく引き金を引くとブロウトンは頭から崩れ落ちた。大役を果たし、ジョーイは一気に気が抜けた様子で壁へ寄りかかった。
(「想えば、人の出逢いってのもわからないもんだ‥‥」)
ふと脳裏を懐かしい日の記憶が過ぎる。『組織』を抜けてイタリアから逃げてきた彼が、牧場のオヤジなんかに拾われたのは唯の偶然だったんだろう。あの頃はさんざんヒヨッコ呼ばわりされたものだ。イタリア系の彼へこの地での生き方を叩きこんだのは他ならぬオヤジさんだった。
久々に戻ってきてそのオヤジさんがヤバイことになってたのは何かの巡り合せだったのかもしれない。そう簡単にくたばるような奴だとも思わないにしろ、旧い借りを返すにはいい機会でもある。
「他にも物好きな連中が集まってるみたいだし、クソ野郎どもに一泡吹かせてやるのも面白いってモンだと思ったんだがな。ま、こんなもんか」
ジョーイは腕を掠った銃傷を端目に嘆息する。ムチャな銃撃戦に巻き込まれるかたちとなったジョーイも無傷ではいられなかった。
「さてと。用も済んだし、ついでに頂けるモンがあれば頂いて‥‥」
そこから先はもう声にならなかった。力なく彼はその場で崩れ落ちた。壁にはべっとりと血糊がついている。
(「‥‥と、思ってたんだが。盗むつもりが俺の方が盗まれちまうとはねえ。ま、俺としたことがこいつぁ何とも‥‥」)
倒れ伏した彼の顔は役目を果たした男の顔。安らかな寝顔だった。
こうして事件は決着を見た。牧場の前では、生き残った4人が別れの時を迎えている。
「ま、死人からは取り立てられませんからね」
娘の前でエヴァンが証文を丸めて返すと、にっこりと微笑む。
「エヴァンさんも無事で何よりだね。そういえば‥‥」
ハーヴの視線があの白ドレスの女へ向けられる。
「私は大人の喧嘩などに興味はなかったのですけれど‥‥どうしてもと、この子が」
女はそう言って愛馬を撫ぜた。白馬の名はフェザーホワイト、かつてこの牧場で育った馬だ。嘶く白馬へ颯爽と跨ると女は手綱を引いた。別れ際に一度だけ振り返ると、彼女は声を大きくしてこう語りかけていた。
「名は名乗るものではなく、人々に語り継がれるものです」
“ワイルド”の名に違わず西部の町じゃ無法が蔓延る。だがどんな最悪の場所にだって必ず望みは残されている。そうやって語り継がれるのが、――真のヒーローってもんだろう?