天上天下華と散る
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:フリー
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年09月13日
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●オープニング
1990年代日本。80年代の管理教育へのカウンターとして出現したツッパリ・不良文化は最盛期を過ぎ、徐々に衰退のときを迎えていた。いわゆるヤンキースタイルは次第に時代遅れのもの、田舎者としてのイメージが徐々に広まり、チーマーや更にはアメリカ式のギャングの出現により事実上の終止符を打たれようとしていた。浅草のスペクターに築地の極悪、ブラックエンペラー、ZERO、キラー連合、CRS、鏖(みなごろし)‥‥様々な名のあるチームにとってもこの衰退の道は止められようもなかった。
90年代、それは不良文化の過渡期であり、伝統的なヤンキースタイルの黄昏だったそんな時代である。
九州某県、県立不知火高等学校。県下では中の下の進学校に位置づけられるこの学校にも不良と呼ばれる少年グループは存在していた。しばしば社会からは「社会へのモラトリアム期において発生する反発」だったり「方向を見出せない若いエネルギーの発散」などとして受け取られながらも、そのような社会の冷たい視線には目もくれず、少年達は彼らなりの青春を謳歌していた。
ここ不知火高も地元の小規模暴走族を抱え、小さいながらそれなりに不良グループとしての縄張りを維持している。そんな彼らのもとに、その事件は起きた。
「大変だ! ウチの一年が椎工の奴らにさらわれた!」
県立耕土椎工業高校。県下を二分する不良グループ、暴走族『野村一派』を擁する地元のワルの間でも名の通った高校だ。初代総長の野村は数年前に交通事故で死亡し、現在は初代総長の恋人にして現『野村一派』レディースの頭、チヅルが仕切っている。最近ではチヅルのもとで更に幅をきかせ、県下最強の族と目される最大派閥である。
話に拠ると野村一派の構成員といざこざを起こした不知火高の一年が3人、彼らに拉致されてしまったのだという。不知火高は野村一派とは暫く前から小競り合いを起こしており、これを機に目障りな雑魚を一掃しようと目論んでいるのだろう。不知火高の頭の身柄を出すか、でなければ50万円の大金を慰謝料として要求しているという。これに応じなければ人質の身の保証はないと通告をしてきたのだ。
「まずいッスよ」
「大変なことになりましたね」
下っ端から報告を受けたその青年は、そういうなり顎に手を当てて暫し考え込んだ。さして取り乱した様子はない。口を開くと、冷静な声音で尋ねる。
「現在予想される彼我の戦力比は?」
「奴らが総出で出張ってるなら100近くは‥‥ど、どうします黒木さん!」
黒木と呼ばれた少年は再び黙考する。物腰や態度こそ穏やかで大人びているが、不知火高3年、同高生徒で構成される暴走族『天神密』のヘッドである青年だ。
「見捨てるわけには行かないでしょう。ですが大きな動きを見せては気取られる恐れがある。元よりこちらはそれほど大きなチームでもありませんしね。数で対抗して勝ち目はありません。ここは少人数の精鋭部隊を送り込んだ上で敵と相対し、これを討ちます。この勝負で活路を見出すのは、他にはないでしょう」
野村一派の指定した時刻は午後九時。埠頭の第四倉庫。おそらくそこへ至るまでの公道には一派の待ち伏せが、そして倉庫内にも幹部クラスの構成員が待ち受けていることだろう。障害は野村一派の連中だけではない。騒ぎが大きくなれば警察の介入を招きかねない。これも避けねばならない。さらわれた仲間を無事に救い出すことは至難の道のりだ。
「ですがこれは、我々の名を県下に売るまたとないチャンス。そうは言えませんか?」
「けど俺らの頭数じゃそれケンカ慣れした奴もそんなには‥‥」
「前から野村一派の動きには反感を持っているチームも多い、ダメもとで声を掛けて協力を仰ぐことをやってみましょう。どれほど効果が見込めるかは分かりませんが。それから運動部の連中にも声を掛けてみましょうか」
黒木以下数名の『天神密』精鋭部隊は、今夜、野村一派100名の待ち受ける埠頭の倉庫へと挑む。状況を見るに勝ち目の線は紙のように薄い。方々に声を掛けるといっても、こんな話に乗ってくるのは余程の喧嘩好きか頭の足りない者か。だがそんな命知らずの連中が今夜集まったら‥‥?
これはおそらくたった一回の勝負で石くれが黄金に変わるようなそんな勝負だ。
「天上天下華と散る。ここで斃れるようならそれまでだったということ。何人が無事に帰れるかは分かりませんが、戦うのなら恐れずに臨みましょうか。この戦い、勝ちますよ?」
●リプレイ本文
「最大勢力の野村一派に喧嘩、ね‥‥面白そうじゃ無いか。その話、乗った」
黒木の無謀とも思える呼び掛けに応じた者達は作戦を前に埠頭そばへ密かに集まっていた。灰色の特攻服に身を固めた限間時雨(ea1968)もその一人だ。天神密レディースの一人として、仲間の危機は捨て置けない。だが集まったのは黒木の想定を遥かに下回る人数だ。余りの戦力差に恐れをなしたか、肝心の戦力は十指に満たない。
「せめて倍は集まると思ってましたが、見込み違いでしたね。この戦力で挑むのはまさしく自殺行為です」
これには黒木も苦笑を隠しきれない。
「ですが、それで尚ここへ集まった者は『覚悟』のある者ということ。ならば私も、味方へ遠慮なく『死ね』と命を下すことができます。天上天下の華と散る、覚悟を決めて逝きましょうか」
「おまえごっつう“ばいおれんす”やな」
黒木に並んだのは開襟シャツにボンタン姿の少年。校内では一匹狼の喧嘩屋で知られる朱雲慧(ea7692)だ。天神密の構成員でこそないが、黒木達とは時折つるんでいる仲である。拉致された一人が朱の舎弟ということもあり、一も二もなく駆けつけている。
「そう言えば黒木はんとはまだやったな。これが片付いたらアンタとは一度、戦り合いたいわ」
この絶望的な状況すらも彼の心胆を寒くなどしないのか。朱は武者震いに体を震わした。後はただ黒木の号令を待つばかりである。
敵の戦力を探るため応援団長の氷川玲(ea2988)が電柱に登って周囲を偵察している。不良とは縁のない彼だが、不知火高生として後輩の危機を見捨てられる訳がない。頼られると断れない性分のせいで「仕方ねぇ」の一言で腰を上げていた。
「奴ら、思った通り大勢で待ち伏せしてやがるな」
双眼鏡で見えた範囲には闇に紛れて大勢の不良どもが息を潜めている。のこのこ出て行こうものなら血祭りだ。時雨がやれやれとばかりに肩を落とす。
「さっさと一年生助け出して喧嘩に集中したいもんだけど‥‥ま、難しいかねぇ」
「倉庫へ続く道は突破するのは無理だな。遠回りになるが裏手を迂回した方がいい。そっちも待ち伏せがいるみたいだが――」
偵察を済ませた氷川が電柱から飛び降りた。氷川が降り立つと長ランに背負った悪一文字の刺繍が踊る。
「ちょうど倉庫のそばに資材搬入路がある。今はシャッターが下りてて袋小路になってる。俺が囮になって雑魚をひきつける。これなら混乱に乗じて突入のチャンスもあるだろうな」
「危険ですが他に手はなし。氷川君、あなたの覚悟には死力を尽くすことで応えさせてもらいます。頼みましたよ‥‥援団の頭を張るだけのことはありますね」
氷川の案に答える黒木に逡巡はない。仲間達を見回して号令を発した。
「腹は決まりました。後はやるだけです。咲いて散るより、散って咲け。天神密、逝きますよ!」
それを合図に氷川が正面から切り込み、ついに決戦の幕が開けた。目星をつけた袋小路まで脇目も振らず一直線に。雑魚を蹴散らしながら突き進む。
「追い詰めたぞ!」
「っちまえ!」
野村一派傘下のヤンキーを引き連れて氷川は死地へと踏み込む。背後に迫るは数十人からの血に飢えた武闘派ヤンキー。羽織った長ランを翻して氷神は振り返る。
「さあ祭りの始まりだ! かかってこいや!」
搬入路は遠目に見ていたよりも幅が広い。一度に3,4人は相手をせねばならないだろうか。流石に氷川一人ではなぶり殺しだ。彼の犠牲により生まれた機を逃さず天神密本隊は裏手から第四倉庫へと迫る。だが正面の手勢を出し抜けたにしろ裏手にも数十人の敵が待ち受けている。
「ワイに任しとけや!」
言うが早いか朱が駆け出した。
「舎弟が世話になったな! ワイは不知火高三年の朱雲慧! 誰が呼んだか不知火の紅毛の狂犬、喧嘩上等、相手になったるで!」
あえて敵の眼前へその身を晒すと、囮となって敵を引き付ける。朱は敵勢を引き連れてすぐ隣の倉庫へ飛び込んだ。それを追って二十人近くのヤンキーが雪崩込む。それと同時に朱が倉庫の鍵を閉め自身諸共、敵を倉庫に閉じ込めた。
暗い倉庫内に朱の荒い息遣いが響いている。窓から差した月光が不意に彼の横顔を照らし出した。朱の体から湯気が立ち上る。
「ゾクゾクする喧嘩祭りの始まりや」
拳を振り上げ、朱は敵の只中へ飛び込んだ。
後は少数精鋭で突破も可能だ。大きな犠牲を払い、遂に黒木らは第四倉庫へ到達した。
「お待たせして申し訳ありませんねチヅルさん」
黒木が先頭に立ち、倉庫へ足を踏み入れる。
「人質を解放して下さい約束の50万は払えませんからね、仕方ありませんので私の身柄を引き渡すことにしますよ。もっとも、あなた方に私が扱いきれたらの話ですが」
「天神密の黒木。キレ者と聞いていたが、雑だな」
その声は倉庫の奥から聞こえた。不意に室内に灯りが点り、特攻服姿の少女を浮かび上がらせた。
「おまけにこんな小汚い真似までするとは、いじましいことだ」
「‥‥何のことです?」
怪訝な顔の黒木ヘは応えず、チヅルは後ろに控えた仲間へ無言で合図を送る。
ドサリ。
転がされたのは椎工の制服を着た少年。椎工三年、黒木一派の森山貴徳(eb1258)だ。
「‥‥ぅ‥」
苦しげに呻きを漏らした森山の横面をチヅルが踏みつけた。
「ウチの者を引き抜いて人質を逃がす手回しとは、貴様らしからぬ下策だな」
「何のことでしょう?」
「白を切るならそれもいい。だが私が女の身で野村一派を纏め上げることが出来ているのは何故だと思う? 私も舐められたものだな」
その時だ。
「‥‥ち、違う‥‥」
森山が掠れる声を振り絞って語りかける。
「‥これはあくまで俺の独断だ‥‥俺は人質を取るとか、そういう卑怯な方法で不知火の連中に勝っても嬉しくない。男なら正々堂々と‥‥」
言葉は最後まで続かなかった。必死で言葉にする森山の口へチヅルがその爪先をめり込ませたのだ。配下の一人が森山の特攻服をチヅルへ差し出した。
「咲いて散るのが運命ならば、一生一度のこの華を、か」
その続きに記された文句は『地獄で咲かせて天で散る』。チヅルが手を離すと特攻服が森山の体を覆う。チヅルが手にしていた日本刀を抜いた。
「ならば望み通りの最後をくれてやる」
顔色一つ変えずにチヅルは切っ先を突きたてた。特攻服が見る間に血に染まっていく。それを一瞥すると、チヅルは黒木に向き直った。
「黒木、貴様には落胆した」
それを合図に。どこからか飛んで来たボルトが黒木の眉間を砕いた。
「あたし、うさぎさんになるんだよ〜♪」
不意に聞こえてきた舌足らずな声。資材の影に隠れていたのは小柄な少女。その華奢な体躯のどこにそんな力が隠されていたのか。正確に急所を射抜かれた黒木が力なく膝をつく。
「黒木さんッ!」
「あなた達を倒したら、お薬貰えるんだ☆ だから、ここは通さないんだ」
少女――阮幹(ea7062)が第二投を構える。その時だ。どこから空を切り裂いて、飛んできた何かが幹を襲った。
「きゃっ!」
飛来したそれに手を撃たれ幹がボルトを取り落とす。ころころと転がったそれがチヅルの爪先にぶつかる。
「これは――」
「――ビー玉?」
不意にチヅルの足元へ影が伸びる。倉庫の入り口に立っていたのは赤毛の少女。
「学園の紅き旋風、栗本紅[クリムゾン・コスタクルス(ea3075)]だ! これ以上、あんたたちの思うようにはさせねぇよ」
「フン。誰かと思えば、いつぞやの負け犬がまた何の用だ」
栗本の通う私立学園は以前野村一派に挑み、大敗を喫している。不知火高とはライバル関係にあるが、今回のことを聞き及んで駆けつけたのだ。
「不知火の奴らに手ェ貸すのは癪だけどね、このまま野村一派の思う通りにはさせないよ」
「栗本さんですか‥‥ご助力感謝しますよ。ですが、どうせ手を貸してくれるんだったら、もう少し早くに駆けつけて貰えていればこちらも助かったんですがね」
「勘違いすんなよ。あたいは奴らがうっとおしかっただけさ」
それだけ答えると栗本はチヅルへ向き直る。
「幹部クラスだろうが、この数ならあたいらに何とか出来ないとでも思ったのかい?」
「そこまで愚かだと反って痛快だな。そろそろ我が同志が貴様らの囮を仕留めた頃だ。三桁の数がこの倉庫へ戻ってくる。何人目までその減らず口が持つか見物だな」
同じ頃。
チヅルの予想を裏切って、氷川はいまだ孤軍奮闘していた。
「これでも一、二年の頃は暴れててな。タイマンなら負けるつもりはないがこれじゃ‥‥」
上背にガッチリした筋肉質な体つきは、氷川のタフさを窺わせる。だが絶え間ない攻撃に弱った氷川が斃れるのも時間の問題だ。その時。搬入路に仲間の声が木霊した。
「氷川ぁぁァ!!」
彼を追い詰めるヤンキーの背を突いて時雨が助太刀に駆けつけた。一気に彼の元まで駆け抜け、横に並んだ時雨が得物のナイフを抜く。だが手数がものを言う多人数を相手の勝負では余りに心許ない援軍だ。
「それでもせめて、あと僅かだけでも時間を稼ぐ‥」
「なんだい、自慢の子分どもも来る様子がないじゃないか。なら、こっちから行くよ!」
増援が来ないと見ると、栗本が仕掛けた。手にしたビー玉で三個同時に投げつけるとそれを合図に戦闘が始まる。新体操部に所属する栗本、部活で鍛えた柔軟かつ素早い動きで敵を翻弄する。向こうも精鋭とは言え、少数を相手にここ広く戦える。その栗本の背後から突如、木刀が頭部を打った。鮮血が舞い、栗本が転がる。
背後に忍び寄っていたのは椎工の制服、同行三年の御影涼(ea0352)だ。木刀にドカン、半長ランには流れる黒髪が伸びている。野村一派には与していないが、死んだ前総長の野村とは付き合いのあった彼は
その義理を果たしにここへやって来ていた。
人質を一瞥すると涼は眉を顰めた。
「馬鹿な事をしたな」
穏やかな物腰でそれだけ告げると、涼は黒木へ視線を移す。
「とりあえずこれでいいだろ。あともう一つ‥‥」
頼みの栗本もやられ絶体絶命、そこへ最後の助っ人が駆けつける。
「勝手にやってろとも思ってたが、黒木達が負けて椎工の連中がデカい顔しだすのもムカツクんでな?」
不知火高三年、風羽真(ea0270)。黒の私服姿に、腰には木刀が2本。干渉される事を望まず学校では浮いた存在の彼。黒木の呼びかけにも無視を決め込んでいた彼だが、OBがマスターを務めるバイト先のバーで話を聞かされ、バイト料カットの脅しで半強制的に助太刀をすることになっていた。
「君は」
涼の言葉が倉庫へ響く。気づいた真が眉を引き上げる。
「椎工の御影か。道場通いでもう部活には出てないらしいが、中学では世話になったな」
「ここで会えるとはな、風羽君。中体連じゃあれだけ暴れまわっていたのに、君こそもう部活には出てないようだな」
そこから先は言葉ではなく切っ先で語る。涼は無言で木刀を構える。応える真も柄を手に取った。
「なに、俺のは実戦剣術だからな。剣道のルールは窮屈すぎて、な?」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ。何ならここで――」
射抜くような鋭い視線が真を捉える。それを振り払うように真は肩を竦ませた。
「だが悪いな、今日はそっちで決着をつける気はなくてね」
木刀で消火器を掬い上げると真はバルブを捻った。凄まじい勢いで薬剤が倉庫一面に撒き散らされる。呆然とする野村一派のヤンキー達へ真が問う。
「‥‥お前等、こんな状況でうっかり火ィ点けたらどうなると思う?」
「粉塵爆発か」
チヅルの声と同時にさわめきが走る。それを掻き消すようにチヅルが低い声で告げる。
「確かにアジピン酸粉末を散布するものならば湿度や粉塵の状態により、極めて低い確率ではあるが爆発の可能性を孕んでいる。――が、貴様の手にしているABCの主成分であるリン酸アンモニウムは不燃性だ」
唇の端だけで笑うとチヅルは切っ先を真へ向ける。
「一般的な消火薬剤に可燃性の物が使われていようはずもないだろう。生兵法は怪我のもとだぞ‥‥」
チヅルの指示で真達を手勢が囲む。時を同じくして、氷川や時雨、朱を倒した配下達も倉庫へ戻ってきた。相次ぐ離反者、思わぬ伏兵、足並みのズレ‥‥。流石の黒木でもこの劣勢でそれらの要因を抱えてまともな勝負などできよう筈もない。
「フン。口ほどにもないな。さよならだ、黒木」
天上天下、華と散る。散って美しい華と咲けたなら彼らも本望だったことだろう。翌日の新聞には不良グループの抗争事件の記事に重軽傷者多数の文字が躍り、両グループから多数の逮捕者が出たことを報じた。
こうして、不良グループ天神密はこの世から消えた。