●リプレイ本文
●捜査
特命退魔捜査官。公式にはその様な階級・職分・地位はない。通常の退魔官とは別動を常とし、迅速且つ隠密に事件究明解決を行う退魔官の精鋭である。しかしその性質上、巡士部長以上の限られた退魔官達しかその存在を知らされていない。ちなみに、TVドラマにもなった『特捜退魔官』とは名称が似通っているだけで全く関係はない。
羽根を持つ小さな人がふわふわと空を飛んでいた。碧色の羽根が分厚いガラス越しに差し込む光にキララと輝く。最近のシュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)はワクワクしっぱなしであった。発端はあの事件‥‥通称『アズキアライ』が霧散化した事件だ。通常妖魔は死亡しない。最下級妖魔と分類されるもののけであってもだ。身体を保っていられない程のダメージを受けた時には死なずに霧散化する。そんな事件が大学部の温室で起こったのだ。不幸にもシュテファーニは事件があった事すら知らなかった。
「ねぇ。あの事件って一体何だったのか誰か知らないかしら?」
それ以来、この温室にいる多くのもののけ達にシュテファーニは同じ質問をしてきた。これだけ多くのもののけがいれば、何かしら知っている者が絶対にいるはずだと思う。誰にも知られずに完全犯罪を犯すなど‥‥そんなことは不可能だ。
「俺‥‥見た」
「え? 本当?」
大きな目玉だけのもののけは身体を震わせた。どうやら『うなずく』という仕草であったらしい。
「教えて! 大事なことなの」
「うん。あんたは可愛いから‥‥あんたにならおら、教えてやるだ」
目玉はもじもじしながらそう言った。
「とりあえず‥‥話だけしてみて」
充分に間合いを取ってシュテファーニは目玉に言った。
サリュ・エーシア(ea3542)は学長の前できっちりと敬礼をした。
「ただいま着任致しました」
サリュは姿勢を正したまま普段は使わない固い口調で挨拶を述べる。
「‥‥ご苦労だ」
学長は極簡単に返答した。窓のないこの部屋は無駄に広い癖に壁面からの間接照明しかない。おかげで学長の顔はよく見えない。よく似た者がすり替わっていてもサリュでは判らないが、そこまで警戒する理由があるとも思えない。もしかしたら、日常的に疑心暗鬼にかられているのかもしれないと思うと可愛そうに思えてくる。しかし、そんな内面はグッと堪えて表情には出さないよう努力する。
「任務のおもむきは判りましたが‥‥学生や教職員などに聞き込みなどはしてもよろしいのでしょうか?」
「あからさまな調査は控えて貰いたい。例えば世間話やうわさ話と言った風にして対象から情報を引き出す手段はあるだろう」
学長の表情はわからないが、口調には不満や苛立ちがにじんでいる‥‥気がする。これ以上長居しても得られるモノは少ないだろう。
「わかりました。鋭意努力致します」
もう一度敬礼し、サリュは部屋を出た。そのままひとけのない廊下をエレベーターホールへと歩く。なんとなく、学長の態度は気になった。そもそも学長の命で調査をする事になった筈なのに、何故協力的ではないのだろう。
「何か‥‥何か理由があるのかもしれないわね」
ちいさくつぶやくと、サリュは下層階へと向かうボタンをそっと押した。
鬼束真人は名を呼ばれて不審そうな表情のまま顔をあげた。そこには人懐っこそうな笑顔を浮かべた太丹(eb0334)がいる。
「オッス! 俺の事は長年のマブダチみたいに『フトシたん』って呼んでくれ。君の事は『マコたん』と呼ぼう!」
「なんですか? 僕に何かようですか?」
昨今はやりのアキバ系‥‥チェックのシャツにカラフルそうな絵が描かれたTシャツ。スーパー特売のGパンにはきつぶしたスニーカーとでっかいリュックに布製のカバン。散髪をサボって長くなった髪が黒縁の眼鏡の奥にある目を隠している。ぱっと見真人はそんな風体であった。ただ、いつもと違って今日の服はモノトーンが主だ。
「僕は今あずきちゃんの喪に服しているです。放っておいてください」
「も‥‥」
どんなマイペースな奴でも自分のペースに乗せてしまう『フトシマジック』に乗らないとは‥‥太はもう一度真人を見つめ直す。しかし、超人的な精神力などは感じられない。
「喪に服してるんですよ。知らないんですか? 僕は亡きあずきちゃんの死(死んでませんが)を悼み、あずきちゃん偲んでいるんです。もう一度言いますが放って置いてください!」
「そうはいかない!」
食い込むところはここしかない! 太はピーンと来た。ここは熱く語るのだ。丁寧な口調は使えない。
「嘆くだけじゃなんにもならないだろう。犯人を捜してあずきちゃんの無念を晴らす‥‥それがあるべく男の姿じゃないのか!」
「そ‥‥そうか。そうだったのか。僕が間違っていた」
驚くほどあっさりと真人は太の口車に乗った。これもゆとり教育の弊害だろうか。
「じゃあ教えてくれ! あずきちゃんを殺した(殺されていませんが)犯人を!」
びし〜〜っとクールにダンディに、太はキラリと白い歯を煌めかせて言った。
研究員が着用する白衣を私服の上からまとい、度のない眼鏡をかける。髪型は普段通りだが、これだけの事だがなんとなく変装している気分になる。チハル・オーゾネ(ea9037)は温室にいた。大学部の名物である公園の様に広大な温室には、沢山の植物ともののけが生息(?)している。
「現場百回‥‥ですね、やっぱり」
チハルは犯罪捜査員達に大昔から言い伝えられている心得をつぶやく。時間と労力を使ってこの現場に近づいた不審な者を割り出そうとしたが、それは骨の折れる作業であった。大学部は退魔庁の直轄機関でありその性質上、温室のある階より上層は関係者以外立ち入り禁止であった。ただ、物々しい監視があるわけではないので、外部からの侵入が不可能ではない。
「外部の者の犯行は難しいけれど不可能ではありません。あの日は‥‥特別な事はなにもなかった筈です。行事も騒動もなかった‥‥」
チハルは聞き込みを書き留めたメモにじっと見入る。
「う〜ん、わからない」
何かスッキリする冷たいモノでも飲んで、リフレッシュしよう。チハルは自動販売機を探し始めた。階を下って食堂に行けばあるのはわかっていたが、ほんの少々面倒くさい。出来れば同じ階にないだろうか。
「ちょっとだけ‥‥探検しちゃおうかしら。いいわよね。大学部に来るなんて機会滅多にないし、ただ自販機を探しにいくだけなんだし‥‥そうよね。ちゃんとした捜査をするためにも、やっぱりこの建物をちゃんと把握する必要もあるし。なんか炭酸系の飲み物が飲みたい気分だし(はぁ〜と)」
自分の心の中に想像上の大きな棚を構築すると、もっともらしい理由をそこにで〜んと乗せ、チハルは楽しそうに歩き出した。何人もの学生や教職員とすれ違うが白衣を着ているチハルに注意を向ける者はない。
「だってさ、まさか温室にいるって思わないじゃん」
「だよね。担当講義の時間に普通いないよね。あたし超焦っちゃったよ」
「あたしも。サボったのバレたかと思った。でもさ、あいつ結構よく温室にいるよね」
「いるいる。超きもいよね」
華やかでちょっと露出の強い服を着た若い女の子が2人、早口に話ながらチハルの横をすり抜けていく。何故だか、それが気になった。
「あの‥‥」
チハルはその2人に声を掛けた。
チハルが立ち去った温室では管狐と戯れるアステリア・オルテュクス(eb2347)の姿があった。管狐とはもちろん、もののけである。白くて小さな少し胴の長い狐はアステリアに甘えて頭を手にこすりつけてくる。
「可愛いわぁ。ね、アル。私、この子を連れて帰っちゃいたいわ」
いつもおねだりをするときの笑顔と口調、そして声音でアステリアはアルセイド・レイブライト(eb2934)をじっと上目遣いに見つめた。2人は互いをアーリー、アルと呼び合う程に仲の良い幼なじみである。アステリアはアルセイドを頼りに思い絶大な信頼を寄せ、そんなアステリアをアルセイドは手中の珠の様に慈しんでいる。端から見れば渋谷に良くいる『そこまで超甘いとかえってウザいよぉ〜なカップル』なのだが、外見の美しさで2割ほど心証が良くなっている。熱烈なおねだりビームがアルセイドに激しく照射される。
「管狐1匹くらい、連れて帰っても良いわよね、ね。アルが良いって言ってくれたら、私このまま1回家に戻っちゃうわ。ねー、あなたも私のお家に行きたいわよね、ね」
小首を傾げる管狐にアステリアは真面目に意見を求める。
「‥‥だめですよ、アーリー。ここには瑠璃光呪印があるんですから。妖魔ももののけも、温室内にあるモノは外に出られないし、外からは中に入れないです。あなただって知っているじゃないですか」
可愛くて仕方がないアステリアだが、時々こういう無理や無茶を真面目に言い出す。そして後には(あまり)退かない。そして、アルセイドは無茶を言うアステリアも内心ではとっても可愛いと思っている。
「知ってるわ。けど、封印をぶっ壊してしまえば瑠璃光呪印は消えてしまうわよね。私がこの管狐ちゃんを連れて外に出る間だけ、プチって破壊しちゃって、ね、ね」
アステリアは更に『無敵のお願いポーズ』を取る。そのかわゆい仕草はアルセイドの理性と自制心を激しく攻撃し破壊しようとする。崩壊の音がガラガラと‥‥聞こえる様だ。
「‥‥でも、まずは殺もののけ事件を解決しなくちゃね。私、もののけに変装してここに張り込んじゃうわね」
急にアステリアが方針を転換させた。
「わかった。私も一緒に付き合いましょう」
アルセイドはそっと溜め息をつきがら言った。間一髪。もう少し遅ければ、アルセイド『器物損壊』と『退魔法違反』で犯罪者となっているところであった。
●結末
空に細い月がかかる。公園のようにだだっ広い温室にはそこここに柔らかい照明がある。それは真夜中でも消えることはない(税金の無駄使い)。仄かな灯りに人影が揺れる。
「そこまでよ! 殺もののけ事件の犯人さん!」
猫耳が草むらからピョンと躍り出る。その下には人間の‥‥アステリアの顔が出る。
「アーリー‥‥危な‥‥くないですけど、ここでその格好はややアブナイですよ。それもこれもみんなあなたのせいです!」
保護者であるアルセイドもアステリアの横に立つ。全身タイツ系猫コスプレはなんとも目にやり場に困る。八つ当たり気味にアルセイドは矛先を人影へ向ける。
「その通りです。あなたの正体はもうわかってしまっているんです」
チハルが時計台の影から姿を現す。やっぱり白衣に伊達メガネだ。人影が温室の入り口へと向かう。
「無駄だっスよ」
木の陰から現れた太がシュッと拳を繰り出した。圧力が人影へと向かう。人影の動きが止まった。
「被害者であるあずきちゃんが教えてくれたのよ、あなたが犯人だって‥‥」
サリュが温室へゆっくりと入ってくる。
「観念するね! みんなもうバレバレよ!」
シュティファーニが人差し指を突きつけると、ふわっとその場にいた全てのもののけが実体化した。何百というもののけ、そして特命退魔捜査官達が犯人を取り囲む。がっくりと膝をついたのは‥‥非常勤講師である黒澤大黒であった。
萌え系もののけ、アズキアライのあずきちゃんを自宅に持ち帰ろうと常々画策していた黒澤講師は、封印媒体にあずきちゃんを封印し瑠璃光呪印を突破しようとした。しかし、失敗しあずきちゃんを霧散化させてしまったらしいのだ。
「いや、再犯防止ありがとう」
学長はやっぱり暗い部屋に逆光で表情をわからなくしながらそう言った(これは学長の趣味の『演出』で、内装は自費だということだ)。
危機一髪で大学部の事件は解決した。しかし、表に出ない(出せない)事件は全国津々浦々にある。特命退魔捜査官の活躍はまだまだ続く。頑張れ、僕らの特命退魔捜査官!