●リプレイ本文
「にゃんと、タマ殿下が人間に!?」
猫王国を守護する『にゃいつ・おぶ・にゃうんどぱっど』――円き肉球の騎士団が一員、毛並が銀に光る小柄なシャム猫エスリン・マッカレル(ea9669)は、その知らせを聞いて真っ先に国王の前へ進み出ました。
「陛下、タマ殿下は我等騎士団のニャにかけて、必ずや助け出してご覧に入れますにゃ」
エスにゃんはすらりと伸びた尻尾を2、3度左右に振ると、続く猫に場所を空けます。
続いて進み出たのは、体の大きなグレーのブリティッシュ・ショートヘアー、リ・ル(ea3888)でした。
「力仕事にゃら任せるにゃ」
そして、お忍び遊歴中の異国の貴族猫、アレクシアス・フェザント(ea1565)。
「‥‥この国とは縁もゆかりもニャいが、帰らぬ者とニャった数多くの同胞達の悲劇を繰り返すわけにはゆかぬ!」
アレクにゃんには、何か悲しい過去‥‥それも三味線業者がらみのものが、あるようでした。
赤っぽい茶色のふさふさ尻尾をピンと立て、アレクにゃんは言いました。
「このアレクシアス、タマ殿下の救出に助爪(すけだち)するニャ!」
「‥‥私は主に、心理戦を担当させて貰うにゃ」
続いて、漆黒の闇のような上杉藤政(eb3701)が、幻の猫妖精ケット・シーを真似るように二本足で立ち、優雅にお辞儀をしました。
「心理的駆け引きこそが、私の最大の戦術にゃ」
そんな藤にゃんの後ろからは、異国から来た煌びやかな宝石猫、ジークリンデ・ケリン(eb3225)が静かに歩み寄ってきます。
「タマ王子‥‥ぽーっとしてる方だとは思いましたが、まさか三味線業者さんに攫われてしまうとは」
ジークにゃんは肉球を自分の猫の額に当てると、思いっきり溜め息をつきました。
王様の前でもお構いなしです。
それもその筈、ジークにゃんはそれはそれは恐ろしい力を持つ魔女猫なのです‥‥ご機嫌を損ねれば、王様だろうと何だろうと一瞬で黒コゲにしてしまえる程の。
「ふむ、そなたが行ってくれるのは心強いニャ。いざという時は構わん、三味線業者の屋敷ごと、そなたの魔法で灰にしてしまうのじゃ!」
王様は言いました。ただし‥‥
「王子を救い出してから、ニャぞ?」
それは勿論、誰もが心得ている事でした。
「さて、これで精鋭が5ニャンか‥‥ん?」
王様は、隅のほうで控え目にこちらを伺っている淡い金色の猫に気が付きました。
「そニャたも、行くと申すか?」
問われて、その猫‥‥クリステル・シャルダン(eb3862)は、ふぁさり、と長いふさふさ尻尾を振りました。
「ふむ‥‥大丈夫ニャのか? そニャた、どう見ても戦が出来るとは思えぬが‥‥」
王様はその、おっとりのんびりした様子を見てちょっと不安になったようです。
でもクリスにゃんはクレリック猫、パーティーには欠かす事の出来ない癒し手なのです。
それに、こういうタイプはイザという時に意外と‥‥とんでもない行動力を発揮したりするものなのですよ、王様。
「あいわかった。そニャたらの覚悟、しかと受け止めたぞ!」
かくして、6ニャンの精鋭達は戦場へと旅立ちました。
果たして彼等は無事に王子を救出し、この猫王国に凱旋する事が出来るのでしょうか?
その日はぽかぽかと暖かい、お昼寝日和。
三味線屋敷の周囲にある家の屋根や車の上、草ぼうぼうの空き地などでは、王国に属する事を良しとしない孤高の自由猫達が勝手気ままにお昼寝をしていました。
「あの屋敷について、少々訊ねたいのにゃが」
そんな猫達の一匹にエスにゃんが話しかけます。
「あの屋敷に通じる抜け道にゃどを知っていたら、教えてほしいのにゃが」
しかし、自由猫は無駄だよ、と言うように首を振りました。
「抜け道はあるにゃ、でも、そこから出てきた者はいにゃい‥‥」
「それでも、私達は行かねばならにゃい。浚われた王子と、他にも捕まっているであろう、にゃかま達の為にも!」
エスにゃんの固い決意を聞いて、自由猫もそのきまぐれな心をちょっとだけ動かされたようでした。
「ふん‥‥ついて来にゃ」
自由猫は、ぐ〜んとひとつ伸びをすると、身軽に屋根から飛び降りました。
「ありがとう、恩に着るにゃ!」
「うにゃ、番犬は5頭かにゃ‥‥」
リルにゃんは塀の上を身軽に歩きながら、中の様子を窺っていました。
エスにゃんが自由猫から教わった秘密の出入り口は、全部で3ヶ所。
どれも番犬達のいる中庭からは離れた、比較的安全な場所にあり、しかも大きな犬にはとても通れないような小さな穴です。
リルにゃんは潜入及び逃走ルートを、その胡桃サイズの脳味噌にしっかりと叩き込みました。
猫というものは、一般的に余り難しい事は考えられないし、覚えてもいられないと思われているものです。
しかしそれも全部、人語を話したり魔法を使ったり出来る事を隠しているのと同じ、猫達の戦略。
能ある猫は爪を隠すのです。
犬のように、だらしなく出しっぱなしにはしないのです。
『あら、立派な猫ちゃんね』
ほら、そんな猫達の戦略にまんまと騙されて、猫はただの愛玩動物だと思っているニンゲンがここにも。
でもその声は、リルにゃんにかけられたものではありませんでした。
『珍しい色。それに、毛並みもツヤツヤで‥‥どこかの飼い猫かしら?』
後ろを振り返ると、一緒に偵察に来ていたアレクにゃんが女の人に撫でられて、気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らしていました。
「おぬし、にゃにしてるにゃ?」
「俺は騎士猫ニャ。ニンゲンと言えどもご婦人に不義理は出来ぬのニャ」
ゴロゴロゴロ。
「このご婦人に悪意はニャいと、俺の野生の勘が告げているニャ」
『バイバイ、猫ちゃん。ちゃんとお家に帰るのよ?』
女の人は、アレクにゃんの頭を撫でると名残惜しそうに去って行きました。
そこが恐ろしい三味線業者の屋敷だとは知らない様子です。
そもそも近頃の若いニンゲンは三味線の皮が何で作られているのかを知らない事が多いようで、にゃんとも嘆かわしい事だと、猫達は嘆いているのですが。
「さてと、下見はもう充分かにゃ‥‥」
リルにゃんが報告を待つ仲間の元へ帰ろうとアレクにゃんを見ると、今度は屋根のスズメに心を奪われてるようでした。
「狩りは武人の嗜みニャ!」
「やれやれ、仕方ないにゃ‥‥」
と言いつつも、リルにゃんの目も屋根の上でチュンチュンと跳ねているスズメに釘付け。
「‥‥まだ、時間はある‥‥にゃ?」
さて、その日の夕方。
現場全体を見渡すのに都合の良い場所‥‥屋敷の屋根の上で、6ニャンの精鋭が作戦会議を開いていました。
エスにゃんが出口の場所を確認します。
「脱出口は家の裏手にある木戸の隙間、それに垣根の破れ目。もう一つは、塀のブロックがひとつだけ外されている場所があるのにゃが、ここは少し臭いにゃ。なるべくなら、ここは避けたいにゃ」
そこは恐らく、人間用トイレの汲取り用ホースが突っ込まれる所‥‥この辺りは下水道も通っていないようです。
「まったく、非衛生的な遅れた町にゃ」
藤にゃんが率直な感想を述べます。
「万が一、犬に追われてあぶにゃい時には、あそこの木から塀の上に上がれるにゃ。ただ、問題は‥‥タマ殿下は木登りにゃど、お出来ににゃるだろうか?」
「‥‥ニャンともトロそうなお方ですから、難しいかもしれませんね」
と、ジークにゃん。
「その時は、わたくしが魔法で」
ジークにゃんはにっこりと、何故か背筋が寒くなるような微笑みを浮かべました。
魔法で何をどうするつもりなのかは、聞かないほうが良さそうです。
きっと恐ろしい事に決まっています‥‥。
そうこうしているうちに、辺りはすっかり暗くなり、猫達の時間が訪れました。
「数の上では敵に分があるが、やれぬ事はニャい、か。‥‥ゆくぞ!」
自ら囮を買って出たアレクにゃんとエスにゃんは、猫魔法モリモリ(オーラエリベイション)を唱え、犬達が寝ている小屋の屋根に、わざと大きな音を立てて飛び降りました。
たちまち、5頭の犬達が騒ぎ出します。
騎士猫達は、向かって来る犬の鼻面を鋭い爪で引っ掻き、素早く逃げ回りました。
多勢に無勢ですが、倒す事を考えなければそれほど苦戦はしないでしょう‥‥王子救出の時間を稼ぐのが目的なのですから。
実際、直線的な犬の動きに対して猫の動きは滑らかな曲線、相手をバカにしたように挑発し、逃げ回り、隙を狙ってネコパンチを繰り出す戦い方は、彼等の十八番でした。
『こら! 何を騒いでるんだ!?』
騒ぎを聞きつけたニンゲンが、窓から顔を出します。
その開いた窓を目掛けて、エスにゃんは一目散に走りました。
ちらりと後ろを振り返ると、狙い通りに一頭の犬が追いかけてきます。
『あ、こら! どこの猫だ!?』
『ワンっ!!』
窓から家の中に飛び込んだエスにゃんを追って、大きな犬がジャンプ!
そして‥‥
――ドッスン!
勢い余ってニンゲンにぶつかりました。
『この、バカ犬! どけっ! ああ、ドロ足で家に上がるなぁっ!!』
それを見て、エスにゃんはフワリと尻尾を振ると、犬の鼻面をかすめて、再び庭へと飛び出して行きました。
「囮作戦は成功したようですニャ」
ジークにゃんは猫魔法ミエミエ(インフラビジョン)とメラメラ(フレイムエリベイション)を唱え、更にケムケム(スモークフィールド)で屋敷を覆いました。
『か‥‥火事っ!?』
ニンゲン達は大慌てで外に飛び出して来ました。
勿論、ドアも窓も開けっ放しです。
その隙に4ニャンの精鋭達が屋敷の中に入り込みました。
ケムケムの中では、回りじゅうがケムリだらけで、殆ど足元しか見えません。
でも、猫にはそれで充分。
「さて、ボンヤリ王子様はどこでしょうね?」
ジークにゃんはミエミエに映った反応を探します。
そこには‥‥小さな反応が沢山ありました。
「王子の他にも、沢山のにゃかまが捕まっているようだにゃ」
猫魔法スケスケ(インビジブル)で姿を消した藤にゃんが言いました。
「でも、まずは王子を探さにゃいと‥‥ニンゲンもいなくなったようにゃし、手分けして探すかにゃ?」
その時です。
ドタドタと足音がして、ニンゲン達が戻ってきました。
「拙い、隠れるニャ!」
リルにゃんの声で、皆は一斉に物陰に隠れました‥‥が、クリスにゃんだけは、何故かその場に残っていました。
おっとりマイペースな彼女は逃げ遅れたのかと思いきや、そうではなく、わざと発見されて、王子と同じ監禁場所に連れて行って貰おうという作戦だったのです。
でも、ケムケムのおかげでニンゲンには足元が見えません。
ニンゲン達はクリスにゃんには全く気付かずに通り過ぎてしまいました。
『猫達の檻を外に運び出せ!』
『折角の金ヅル、丸焼けにしちまったらシャレになんねえぞ!』
『おい、あれはどこだ? 拾ったばかりの間抜けな黒猫‥‥』
『やべ、袋に入れて転がしたまんまだ‥‥ついでに檻に突っ込んで来るか』
大騒ぎしながら通り過ぎたニンゲン達の最後の台詞‥‥それはきっと、王子様の事に違いありません。
「こいつらを、足止めするニャ!」
ニンゲンに邪魔をされては、仕事がやりにくくて仕方ありません。
藤にゃんはそう言うと、姿を消したまま部屋を横切り‥‥
――ガッシャーン!
『な、何だ!?』
ニンゲン達が驚いて足を止めたその間にも、家の中のあちこちから物の壊れる音が響いてきます。
それは藤にゃんが高価そうな壺や水のたっぷり入った花瓶を倒し、棚の上の物を落とし、和室には似合わない豪華な革張りのソファで爪を研ぐ音でした。
『まさか、火事場泥棒か!?』
そうこうしているうちに、誰かが呼んだのでしょう、消防車のサイレンの音が近付いて来ました。
「よし、今のうちにゃ!」
リルにゃんは先頭に立って走り出しました。
ジークにゃんがミエミエで見た、王子様の反応‥‥それは、ぴったりと閉じられた襖の先にありました。
「こんにゃもの、強引に開けるにゃ!」
リルにゃんは襖に向かい‥‥まずは準備運動とばかりにバリバリと爪を研ぐと、その尖った爪を引っかけ、力任せに引っ張りました。
そして、出来た隙間に大きな頭をねじ込んで強引に通ります。
「みゃー! みゃー!」
仲間の気配を感じたのか、王子様の声がします。
でも、襖を開けた先にはもう一枚、今度は障子がありました。
リルにゃんは問答無用で障子をぶち破り、その破れ目から顔を出しました。
「王子、助けに来たにゃ!」
「みゃーっ!」
王子様が入れられたのは丈夫な麻袋。その口は、しっかりと紐でくくられていました。
「みゃー! みゃー!」
王子様が中で暴れています。
そこへ、クリスにゃんが駆け寄って優しく声をかけました。
「王子様、もう大丈夫ですにゃ。すぐに助けますから、もう少しの辛抱ですにゃ」
「みゃ‥‥う」
それを聞いて安心したのか、王子様はおとなしく、袋の隅っこに蹲ったようです。
「よし、袋を破くにゃ!」
リルにゃんは袋に爪を立て、思いっきり引っ掻きました。
でも、丈夫な麻袋はその程度の事ではビクともしません。
「うにゃ、にゃかにゃか手強いにゃ‥‥」
リルにゃんは袋を抱え込み、両足で強烈なネコキックを繰り出しました。
――げしげしげしっ!!!
「みゃっみゃっ!」
時々、勢い余って王子様までケッ飛ばしているようですが、それでも袋は破れませんでした。
ついでに袋を縛っている紐をガジガジと噛んでみますが‥‥
「あの‥‥縫い目の部分を狙ってみてはどうでしょうかにゃ?」
袋を抱え込み、ハアハアと息を荒くしているリルにゃんに、クリスにゃんが声をかけます。
「そうか、頭良いにゃ!」
そして何度目かの挑戦の後‥‥縫い目の糸がぷつんと切れて、綻びが出来ました。
「みゃっ!」
その小さな穴から、王子様の小さな鼻面が顔を覗かせました。
「もう少しにゃ、おとなしく待ってるにゃ!」
しかし時既に遅し。
小さな綻びに頭を突っ込んだ王子様は、そのまま抜き差しならない状態になってしまったのです。
「みゃー!」
よく猫は頭さえ通れれば体も通れると言われますが、小さな穴に頭を突っ込んだ場合はその限りではないようです。
いますよね、レジ袋に自分であけた穴に頭を突っ込んだまま、パニック起こして袋を引きずりながら走り回ってるオマヌケな猫。
「あ〜、だから言ったにゃ〜。王子、ひとの言う事はよく聞くにゃ!」
リルにゃんはそう言いながらも解れた糸を食いちぎり、穴を広げてやりました。
「みゃあ〜」
ようやく穴から出てきた王子様は、体が濡れたわけでもないのにブルブルっと勢い良く震わせました。
「王子様、怪我は無いかにゃ? 怖かったのに、よくがんばったにゃ」
「みゃっ!」
クリスにゃんが優しく話しかけると、王子様はゴロゴロと喉を鳴らしながら、肩のあたりにゴツンと頭をぶつけてスリスリしました。
「‥‥マセガキ‥‥」
そんな様子を見て、ジークにゃんがぽつりと呟きますが、それは誰にも聞こえなかったようです。
「‥‥助けたのは俺にゃんだが‥‥」
リルにゃんが思わず苦笑いを浮かべましたが、男はそんな細かい事を気にしてはいけないのです。
その時‥‥
――どどどーーーっ!
外壁に何かが叩き付けられるような音がして、家全体が僅かに揺れました。
消防車が放水を始めたのです。
「拙い、逃げるにゃ! ‥‥と、その前に、ちょっと失礼」
リルにゃんはクルリと後ろを向き、尻尾をプルプルと震わせると――ぴしししっ! 床の間の掛け軸に「俺様参上!」と書きました‥‥匂いで。
そして出口に向かって走り出しましたが‥‥王子様は反対の方向に向かって「みゃっ」と言っています。
「そうにゃ、他にも仲間がいるんだったにゃ。こっちにゃ?」
「みゃっ!」
リルにゃんと王子様は部屋の奥へと駆け出しました。
「ぽーっとしてても、やる時はやる‥‥の、かにゃ?」
そんなジークにゃんの呟きに黙って微笑むと、クリスにゃんはふたりの後を追って行きました‥‥破いてくれと言わんばかりの障子の誘惑に後ろ尻尾を引かれつつも。
外では、まだふたりの騎士が犬を相手に戦っていました。
でも、屋敷の周囲に消防車と野次馬が詰めかけ、既に屋敷には放水も始まっています。
「そろそろ潮時かニャ」
アレクにゃんがエスにゃんに合図を送ります。
「俺は中の様子が心配ニャ、ちょっと見てくるニャ!」
そう言うと、アレクにゃんは捕まえようとしたニンゲンに一爪(ひとたち)浴びせると屋敷の中に飛び込みました。
「私は退路を確保しておくにゃ!」
エスにゃんはそう言いながら、手近な木に登って一休みついでに犬釣りを始めました。
犬釣りとは、犬が飛び上がってもぎりぎり届かない高さの枝から尻尾を揺らして挑発するという、猫貴族に伝わる優雅な遊びの事です。
こうして犬達を引き付けておけば、王子達の脱出も容易になる筈です。
「‥‥困ったにゃ‥‥」
その頃、仲間を助けに向かった一行は途方に暮れていました。
仲間達は頑丈な鉄の檻に入れられていたのです。
「今は夜にゃからサンレーザーは使えにゃいが‥‥」
敵を攪乱して仲間と合流した藤にゃんが言いました。
人間達は猫達の救出を諦めたようで、追って来る者は誰もいません。
「使えたとしても、これはきっと焼き切れないにゃ」
そこへ、襖や障子をボロボロに粉砕しながら飛び込んできた一匹の猫!
「助けに来たニャ!」
それはアレクにゃんでした。
「俺に任せるニャ! こんニャものはバーストアタックで一撃ニャ!」
‥‥流石に一撃、とはいかなかったようですが、何度目かの攻撃で鉄の檻は崩れ落ちました。
「さあ、我等に続けニャ!」
「長居は無用、とっとと撤退するにゃ!」
閉じ込められていた猫達は、皆元気で健康そうでした‥‥きっと、そうでなければ良い皮はとれないのでしょう。
ニンゲンが後で美味しく食べる為に家畜を太らせるのと同じ事ですが、理由はどうあれ皆が元気に外へ出られたのは三味線業者の世話のお陰でした。
「ふん、だからって感謝なんぞしねェがニャ」
誰かがそう言って、家の大黒柱に‥‥しぴぴぴっ、と、やって行きました。
「こっちにゃ、早く!」
救出された猫達は、エスにゃんが犬を引き付けている間に、消防車の放水をかいくぐり、野次馬達の足元を抜けて、次々に屋敷の外へと脱出して行きました。
「‥‥王子は‥‥?」
藤にゃんがふと見ると、まだ大人の猫ほど早く走れない王子様はクリスにゃんとジークにゃんに両脇を守られるようにして、漸く屋敷の外へ出た所でした。
「王子、もう少しにゃ、頑張るのにゃ!」
ところが。
エスにゃんに気を取られていた筈の一頭が王子達の気配に気付き、その行く手に立ちふさがりました。
「びゃっ!?」
王子様は思わず立ち止まると、姿勢を低くして耳をぴったりと伏せ、尻尾を丸め込みました。
怖いよう、の、姿勢です。
でも、ビビっていたのはほんの一瞬でした。
次の瞬間‥‥
「フシャアァァッッッ!!!」
王子様は女性達の前に立ちはだかると、全身の毛を逆立て、尻尾を思い切り膨らませて、大きな犬を威嚇しました。
実は、足はガタガタ震え、耳は寝たまま、そしていくら大きく見せようとしても、その大きさは後ろの女性達の半分ほどでしかなかったのですが。
「にゃかにゃかやるにゃ、王子」
殿を守っていたリルにゃんがニヤリと笑うと前に進み出ました。
殆ど同時にクリスにゃんが唱えた猫魔法バリアー(ホーリーフィールド)が仲間達を包み込みます。
「にゃが、ここはプロの出番にゃ! 蒼天二爪流の奥義、しかとその鼻に刻むが良いにゃ!」
リルにゃんは犬の鼻面を狙って強烈なダブル猫パンチを繰り出しました。
その隙に、毛を逆立てたまま固まっている王子様の首筋をアレクにゃんが銜え、猛スピードで出口へ走り抜けて行きました。
残った猫達もそれに続き、最後にエスにゃんが尻尾を大きくひと振りすると、細い枝を伝って塀の向こうへと、優雅に消えて行きました。
後に残されたのは、悔しそうに吠える犬達と、火の気などどこにもないと言われて不思議がるニンゲン達‥‥。
無事に王子様救出を果たした6ニャンは、近くの原っぱで一休みしていました。
「誰も、三味線にされにゃくて良かったにゃ」
藤にゃんが、ほっと溜め息をつきました。
「殿下、ご無事にゃ姿がお可愛らし‥‥」
つい今しがた怖い思いをしてガチガチに固まっていた事などすっかり忘れて、クリスにゃんのふさふさ尻尾にじゃれついている王子を見て、エスにゃんは目を細めました‥‥が、すぐにぷるぷると首を振ります。
「いにゃ、私には憧れのトリスにゃん卿がいらっしゃるのにゃ!」
でも、なんとなく王子様の将来像などを想像してみたりして、また首をぷるぷる。
「では、そろそろ猫王国へ戻りましょうかにゃ‥‥反省会を開きに」
ジークにゃんが先に立って歩き出します。
「みゃっ!」
王子様もそれに続いて元気に歩き出しました‥‥が、よく見ると歩き方がちょっと変です。
「王子様、怪我をしているのですにゃ?」
言われて、王子様も何かが変だと気付いたようです。
その場にぺたんと座り込んで、右の後足をプルプルと振りました。
よく見ると、肉球に小さな傷がありました。
「逃げるときににゃにかを踏んでしまったのかもしれませんにゃ」
クリスにゃんはそう言って傷口を舐めて治そうとしました‥‥が、はたと気付いて慌てて猫魔法イタイノイタイノトンデケ(リカバー)を唱えました。
「みゃ」
王子様は、お礼にクリスにゃんの鼻先を、ざりん、と舐めました。
かくして、無事に王子を救出し、凱旋を果たした英雄達は、猫王国で下へも置かない歓待を受けました。
山のようなご馳走に、お酒。それに勿論、それぞれにご褒美も与えられました。
「これを‥‥私に、ですにゃ?」
クリスにゃんに与えられたご褒美は、何と貼り替えたばかりのまっさらな障子でした。
「そなたが破りたそうにウズウズしておったと王子に聞いてニャ、特別に用意させたのじゃ」
「あの、本当に‥‥破いてしまっても良いのでしょうにゃ?」
躊躇うクリスにゃんの目の前に‥‥
ぷしっ!
小さな黒い前足が障子の向こうから飛び出して来ました。
続いて、その穴からまんまるな目を輝かせ、小首を傾げたあどけない顔。
「みゃっ♪」
遊ぼう、と言っているようです。
「‥‥はい‥‥にゃ」
ぷすっ、ぱしっ、ぺりっ‥‥
白い障子紙を間に挟み、ふたりは暫く楽しそうに遊んでいました。
そして‥‥
「仕事の後の一杯は格別だニャ」
アレクにゃんは勝利のまたたび酒を堪能し、暫く猫王国に滞在したあと、再び遊歴の旅へ出ました。
「タマ殿下もお元気で」
ごちん。
アレクにゃんは王子様の肩に擦り寄ります。
「みゃっ」
ごっつん。
王子様も、礼儀作法にのっとって、きちんとお返しをしました。
「また寄らせて貰う事もあるかもしれニャい。猫王国の更なる発展と平和を願っているニャ」
「みゃっ♪♪」
大丈夫、このお気楽な王子様がいる限り、猫王国はきっといつまでも平和でのんびりとした猫の楽園であり続けるでしょう‥‥。
だから、もう二度と浚われたりしないでね、王子様。
「王子、早く殺気感知を会得するにゃ」
「みゃ〜ん」
リルにゃんに言われて元気にお返事する王子様‥‥こんなんで大丈夫‥‥か、にゃ???