真・退魔戦記〜高貴なる御霊
|
■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:フリー
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
リプレイ公開日:2005年09月20日
|
●オープニング
千年の時を経て、逆転する砂時計。
千年の時を経て、逆転する関係。
‥‥我らは待った。長い長い時を、復活するこのときを。
今こそ魔の刻は巡ってきた。千年の長い人の刻を越えて、魔が再び活性化する、この時が‥‥。
誠か嘘か、その話は誰もが後回しにしている間に次第に大きくなっていった。
S.M.A.P.広島本部の捜査一課には、その書類が投げられていた。
一人の青年が、その書類にふと視線をやった。
「あれ‥‥これは誰が持ってきたんだ?」
「ああ、それは斯波部長が」
浮いた噂の絶えない斯波・虎十郎は年齢も四十を越えているというのに、いつもフラフラしていて上層部の言う事も聞きやしない。むろん、捜査課等、下の者の苦労は増えていくばかりだ。
やる時はやる人らしいが、そのやった時を見た事がない。
「何でまた、こんな書類を‥‥」
ここからもそう遠くない地区の山間部から届いた通報がきっかけだった。
人の声がする、誰かが周辺を彷徨いていたなど。
些細な事だから、誰もが放置していた。そんな事は警察に任せておけ、と通報を警察に回す事もしばしばだ。しかしそのうち、通報は増えていった。
人の形こそ取らぬが、人の精気を吸っていずれ妖魔となる‥‥瘴気が周辺に発生しているというのであった。
「何か瘴気を発生させる要因があるのでしょうか‥‥」
「さあ‥‥しかし、瘴気が発生しているなら、行かなきゃならないだろうな」
「ああ、それはついこの間いきましたよ」
何だ、それならもう終わった話じゃないか。
‥‥と思いつつ、視線を書類に落とした。
御霊が入っている。
高貴な御霊。古くから、この地区にはそういう言い伝えがあった。
瘴気が発生したのは、それに釣られてきているのだと。
人々の噂にその話が上るのも、早かった。どれだけS.M.A.P.に通報しても、今は次第に増えていく中級・上級妖魔達への対策で手一杯だったからだ。
高貴な御霊‥‥千年も前の話だ。まだ全ての妖魔が眠りにつく前、このひとつ前の魔の刻、そこである“モノ”が眠りについた‥‥という話だ。
自らの意志で、人の手によって“それ”は眠りについた。
それが本意だったのか、その“人”とはどのような関係だったのか、今では正確な話しを知る者は少ない。
千年の刻を越える為‥‥人間達は、人だと信じていなかった。
千年の刻を越えて、我が必要とされる刻‥‥その御霊石に、それに見合う対価を払えば、それは復活するという。
だが‥‥。
その御霊石を見下ろす影が、あった。
周囲に発生した、この瘴気‥‥。
「間違いない」
ここに眠っているのは、妖魔だ。最強の妖魔‥‥。
ふ、と笑うと影は消えた。
●リプレイ本文
壁に背を預け、彼女は褐色の肌に沈む黒いサングラスの奥の瞳を、手元にじっと向けたまま立っていた。風がふくたびに、乾いた音が聞こえる。
英語で書かれた新聞には、昨日の日付が打たれていた。
どこを開いても“魔”に関する記事ばかりだが、その日の特集記事は‥‥半年前の事件と、ここ数日近辺で起きている瘴気発生事件の関連についてであった。
すう、と眉を寄せる。
「間違いない」
十二魔将アレクシアス・フェザント(ea1565)。ついに見つけた‥‥っ。
脳裏に浮かぶ、あの光景。
生きているのが不思議な程、自分の体は無惨に引き裂かれていた。視界には、引きちぎられた仲間の体が転がっている。周囲はペンキでも撒き散らしたように、血が散っていた。
何事もなかったかのように、奴は立っていた。
その体に、返り血一つついていない。
白い手袋も、赤い染み一つなかった。
何故、自分を殺さない。そう聞くと、奴はこう答えた。
−もう少し、楽しませてもらわなければ困る−
‥‥と。
新聞を鞄に収めると、彼女は背筋を伸ばして視線を正面に向けた。S.M.A.P.広島本部。そう刻印された外壁を見つめると、ゆっくりと足を敷地内へと向けた。
体に武具合同で刀は取り込んだとはいえ、山道を延々と登っていくのは一種、訓練みたいなものだ。息をきらせて山を登りながら、緋邑嵐天丸(ea0861)はつくづくそう思った。
人の体は、たやすく山を登るようには出来ていない。御霊石がある山腹までは、まだあと1時間は上っていかねばならないだろう。
「なんで、あんな山の上に封印置いちゃったんだろうなぁ」
どこのだれだか知らないが。
緋室は足を止めると、後ろをふり返った。細い山道が下へと続いている。ベルトに付けたペットボトルの水を一口飲むと、大きく息を吐いた。
ここも‥‥。
ここも、瘴気があちこち漂っている。ペットボトルを右手に持ったまま、緋邑は小さな声で詠唱する。体からずるりと這い出た刀を一閃し、眼前の瘴気を切り払った。
刀を肩にとん、と置いて立ちつくす。
「‥‥誰だ」
背後に向けて緋邑が声を掛けると、影が後ろに落ちた。
ちらりとふり返った視線に先に居たのは、褐色の肌の女性だった。精気を放っている所から、恐らく人であろうと認識出来る。
「‥‥あ、あんた誰だ。ここは瘴気だらけだぜ」
女は、サングラスを外すと視線を緋室に向けた。
髪に隠れていた、頬の傷が緋邑の目に映る。あ、と声をあげて緋邑は少し顔を赤くした。
「すまん」
「いえ。‥‥あなたこそ、こんな所で何をしているのですか? ここは子供の居るには危険な場所です。早くお帰りなさい」
彼女は流ちょうな日本語で、話しかけてきた。子供、と言われて緋室は思わず声を上げる。
「子供じゃない、俺は高校生だ!」
「高校生?」
彼女は少し首をかしげ、ふ、と微笑した。
「すみません。‥‥どうやら、あなたも術者のようですね。私はアハメス・パミ(ea3641)。UNICORN(国連対妖魔国際協議会)から派遣されて来ました」
パミは、緋室に手帳を差し出して見せた。
夢に見ていた。
あれからずっと‥‥そう、4月に魔と遭遇してからだ。自分の中で、何かが変わった。
学校に行っても、落ち着かない。怒りを押さえられない事が多くなった。
ふ、と見下ろす。学生服のまま、そして鞄は何処に置き去りにしたのか、手元に無い。
ユーディクス・ディエクエス(ea4822)は、ゆっくりと視線を上げた。ここは何処なんだろう。深い深い‥‥森の中だ。眼下に街が見える為、ここは山の中腹なのだろう。
なんでこんな所に居るんだ。
ユーディは、困惑しつつ麓に足を向ける。だが、すぐに歩みを止めた。
何故かは分からないが、何か‥‥呼ばれている気がする。そう、夢の中と同じなのだ。何かが俺を呼んでいる。
分からない‥‥でも、行けば解放される。理由のない思いで、心中は一杯だった。
苦しい。我慢しているのが苦しい。
ユーディは山頂へと歩き出した。
周囲に漂う瘴気にも気づかぬ程、追いつめられているらしい。
はるか上空からその様子を見つめていたモノは、くすりと笑った。
「お主には、役目がある‥‥可愛い半妖の子‥‥さあ、使命を果たすのじゃ」
今度こそ間違いないはずじゃ。
今度こそ、妾が探す‥‥あの方であるはず。神木秋緒(ea9150)はぎゅっと手を握りしめ、ユーディの影を視線で追った。
御霊石‥‥古き魔の刻、ここに封印されしものがある。
緋邑は背負ったバッグの中から、古文書を取りだしてパミに見せた。
「こいつは、うちの神社にあったんだ」
緋邑の家はこの山の麓にある神社の神主の家系であり、あの御霊石を代々見守ってきた。強い術師の力を継ぐ彼もまた、術師であった。
「‥‥後輩、という訳ですね」
にこりと笑ってパミが言った。パミも、体内に武器を取り込む事が出来る。彼女が言ったのは、術師としての後輩と先輩、という意味であった。
「いや、そんな‥‥そんな凄い人に後輩だなんて言ってもらえるなんて」
と、緋邑は照れ笑いを浮かべた。
「じゃあ、パミさんも御霊石について調べに来たんですか? ‥‥退魔官の人、みんな帰っちゃったぜ?」
ある程度の瘴気を片づけてしまったら、忙しいと言ってさっさと帰ってしまった。
「むろん御霊石というもの自体にも興味はあります‥‥ただ、私が探しているのは‥‥」
そう口にした、と思うとパミが瞬時に体内から武器を取りだし、構えた。パミの持っているペンダントが反応している‥‥UNICORNとして出国する際に借り受けて来た、法具が。
何か‥‥見える。
ユーディは、ぼうっと正面を見た。
石が、鎮座している。そこには、深い爪痕のようなものが残っている。獣か何かが斬りつけたような、爪痕だ。
ぼんやりと感じる。
いや、見える。
日の光を透かしたような、美しい金色の髪をした青年が立っている。彼の側に‥‥誰か居る。恐らく女性だ‥‥漆黒の髪の女性が居た。
青年の片手は、既に人の形を成していない。鋭い獣の爪のように変化していた。残った手を、彼女の首に掛ける。
だが、しばらくしてかぎ爪でその手を引きはがすと、岩に爪を叩き付けた。
何故だろうか、ユーディには分かる。
あれはヒトだ‥‥。ヒトであり、魔でもある。
お前も‥‥何れああなるのだ。
どこかから声が聞こえた。
ふり返ったユーディの目前に、風のように影が降り立つ。
ふ、と秋緒は笑い声をたてた。いや、今の声は彼女の声ではない。では‥‥。
ユーディはちらりと御霊石をふり返り、秋緒から逃げるように後ずさりをした。
「お前は‥‥あの時の!」
「ほう、覚えておいてくれたか。‥‥したが、もうそれもどうでもよい事‥‥」
秋緒は腰に差した刀を、すらりと抜く。ユーディは、体をびく、と震わせて自分の手を掴んだ。
「俺は‥‥っ」
脳裏に浮かぶ、夢の光景。大切な人が血に沈み‥‥俺は笑っていた。
「嫌だ‥‥俺は‥‥ああなりたくない!」
兄さん‥‥。
小さくユーディが呟くと、振り下ろそうとした秋緒の手が止まった。凍り付いたような、秋緒の顔をユーディが見上げる。
その時、背後から声が聞こえた。
「そこを退けっっ!」
一歩、二歩と後ろに下がったユーディをすり抜け、緋邑が刀を構えて駆ける。やや遅れて、パミが飛び出した。
「‥‥くっ、アレクシアスではない‥‥っ」
力の限り刀を叩き込む緋邑に対し、秋緒はゆらりゆらりとした動きでそれを避けていた。そして片手を一振りし、風を呼ぶ。
風、一陣。現れた魔獣に、くいと指で指して秋緒は彼らに嗾けた。
「邪魔をするでない。‥‥ぬしらには口出しさせぬ」
歩みを御霊石へと向ける秋緒を、緋邑が怒鳴りつける。
「ふざけんな、妖魔なんかに‥‥渡すかよ!」
秋緒に駆け寄ろうとする緋邑の手を、誰かが掴んだ。ヒトとは思えぬ力で、がっちりとユーディが腕を掴んでいる。
ユーディは、自分の意志ではないのか‥‥緋邑の手を掴む自分の手を呆然と見つめていた。
「なっ、離せ!」
「ち‥‥が‥‥っ」
後ろからユーディに、パミがつかみかかる。羽交い締めにしたパミが緋邑から引きはがすと、緋邑はちらりとふり返り、秋緒の方へと向かった。
パミでも、ユーディを押さえる事が‥‥出来ない。
「くっ‥‥まさかあなたは‥‥」
ふ、とユーディの唇が歪んだ。
振り上げた手で、パミの腕を掴む。ぐい、と引いたと思うとパミの体は宙を舞っていた。
制止しようとした緋邑の刀をかわし、拳を叩き付ける。袖で口元を隠し、秋緒はくす、と笑った。
胸の中が、激しくざわめいている。ユーディの様子を見ていると、秋緒はたまらなく落ち着かなかった。何かを‥‥思い出す。
「ヒトごとき‥‥」
秋緒の刀が一閃すると、ユーディの体から血が吹き出した。
深紅の血が、華のように御霊石に降り注ぐ。
ヒトの血を継いだ‥‥魔の血も継いだ。
父と母は、何故子を成した? 何故生まれた。
父は何故‥‥わたしに、こんなものを残したというのだ。
妖魔としての、狂気を!
一気に、ユーディは正気に引き戻されていた。
伝承妖魔である秋緒を簡単になぎ倒すと、ソレはユーディと‥‥緋邑を見た。
‥‥何故‥‥ここに。
ルシファー・パニッシュメント(eb0031)は、ぼう、とした意識のまま、周囲を見まわした。
腹部に手をやり、血を押さえているユーディの姿がある。やや向こうに、立ち上がろうとする緋邑が居た。
そう‥‥か。
ルシファーはわらった。
「‥‥みんな‥‥終わった」
ルシファーは、自分の手を見下ろす。そこには無い、過去のモノが見えている。血‥‥。
愛する者を手に掛ける、あの心のざわめき。
瞬間、ルシファーはユーディに詰め寄っていた。どこか、あのヒトに似たものの喉に、爪をかける。
苦痛に歪む顔を見つめると、くくっと笑い声を立てた。
心がざわめいて仕方ない‥‥。
「俺か‥‥ヒトか魔か‥‥確かめる為にもう一度見せてくれ。お前の血を」
あの刻、血で俺を正気に戻した。
血で俺を封じた。
あの刻のように、俺に見せてくれ。ルシファーが、ぎりぎりとユーディを締め付ける。緋邑は刀を掴み、パミが止めるのも聞かずに駆けた。
彼の腕を掴もうとしたパミの視界に、何かが映る。
「‥‥アレクシアス!」
パミは目を見開き、声を上げた。
その深紅の爪先を御霊石に叩き付け、土煙の中視線をちらりとパミに向ける。彼が、アレクシアスが触れた御霊石は、粉々に砕け散っていた。
「これで、封印は無くなった」
「貴様!」
パミが、激しい口調でアレクシアスを怒鳴りつけた。冷静さを、失っていた。
パミも、緋邑も‥‥。
混濁した意識のなか、ルシファーはユーディを見下ろしていた。
それを後ろから、秋緒が少し悲しそうに見つめ、すぐに視線を上げた。
「‥‥妾はお主には、無用じゃ‥‥。好きに行け」
「俺が必要だったのではないのか‥‥妖魔」
低い声で、ルシファーが聞く。
「おかしな事を、お主も妖魔じゃ‥‥そうさな、妾達と違うて精気は喰わぬで済む‥‥その程度じゃ」
「いや‥‥」
ルシファーが、仮面のように笑う。
その顔色に、ヒトの気配は無かった。
「そうか‥‥お主、既にヒトでは無かったか」
妾と同じか。
妾と‥‥兄様と同じじゃ。
ここにも、兄様は居なかった‥‥。秋緒は、誰にも聞こえない声で呟くと、ふわりと夕暮れの空を見上げて舞った。
秋緒が去ると、ルシファーは彼の前に立って視線を降ろした。
「‥‥お前はもう、ヒトには戻れない」
「嫌だ‥‥俺は‥‥」
「お前には分かるはずだ。‥‥愛する者を手に掛け、血に染める喜びが」
その狂おしい感情を。
分かりたくない‥‥だが、ユーディはそれを否定する事が出来なかった。
彼はどうなったのだろうか。
命と神の名にかけて‥‥全てを消し去ってしまいたい敵に抱えられたパミは、ゆっくりと顔を上げた。
アレクシアスはパミと、意識を失っている緋邑を抱えて麓まで飛ぶと、緋邑の神社の境内に二人を降ろした。
ぎゅっとパミが、武器を掴む。湾曲した鉈を、残った力で振り上げる。だが、それを叩き付けるだけの力はもう、残っていなかった。
「何故‥‥助けるのですか」
また‥‥私だけ生き残れと言うのか。
パミが掠れた声で聞くと、アレクシアスはすい、と背を向けた。
「悪いが、俺は一々殺した人間の顔など覚えていない」
本当に覚えていないのか、それともアレクシアスがそう言って挑発しているのか、パミには察する事は出来ない。
「では‥‥何故助けるのですか」
「お前だけを助けた訳ではない」
と、アレクシアスはちらりと緋邑を見た。
「お前達は、本当に知らないのか? アレを」
「なん‥‥だと?」
パミが聞き返すと、彼女の横に倒れていた緋邑がぴくりと動いた。意識を取り戻したようだ。
「何故、西洋の人間であるあの男が、ここに封じられていたのか‥‥そして、この地で何故封印される事になったのか」
そう言うと、アレクシアスは緋邑を指した。
「‥‥門だ」
ルシファーは、ユーディにそう語った。
門があるのだ。
静かに、手を差し出す。
「ヒトの血を捨てろ。殺せ‥‥お前の脳裏にある、ソレを‥‥血に染めてみせろ」
衝動に任せて、血に染めてみせろ。思いのまま、その愛しいヒトを汚してみせろ。
周囲を血と腐臭に染める頃、お前は本当の意味で解放される。
ルシファーの笑い声、ユーディは両手で耳を塞いで意識を遮断した。
彼の手の中には、彼が持ち出した刀がある。
その鈍く黒く輝く刀身が、目を覚ました緋邑とパミに映る。緋邑が静かに顔を上げると、そこにはもうアレクシアスの姿は無かった。
(担当:立川司郎)