霧に煙る十字ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
徒野
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芸能 |
フリー
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや易
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/22〜08/28
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●本文
「‥‥霧の街、なんて何年前の呼称だよと思ったけどね‥‥」
其れは蒸気機関が発達していた頃の呼び名だったと思う。蒸気機関が電気に取って代わられた今では街が煙る程の霧等滅多に見られない。
――然し。
「昼間なのに辛気臭ぇコト」
男は銜えた煙草に火を着けた。視線の先には、異常な霧の中にひっそりと佇む小さな教会。
平日の昼間だと云うのに人の気配のしない教会を見て男は眼を細めた。
「‥‥あら、如何かなさったの?」
暫くそうやって険しい顔で教会を眺めていたら、偶然通り掛かったらしい老婆がにっこりと問うて来た。男は煙草を口から離すと、表情を笑顔に変えて老婆に答える。
「いえ、此の教会って無人なのかな‥‥と思いまして」
其の言葉に、今度は老婆の表情が曇った。
「‥‥、ぁ、‥‥神父様はいらっしゃるのよ。けど‥‥」
口籠もる老婆を、男は意図的に『不思議そう』に『無害そう』に見返す。
――話して御覧? 大丈夫だから‥‥。
其の表情が、視線が、巧みな誘導だと気附かない侭老婆は少し間を置いて口を開いた。
――本当は気立ての良い神父さんなのよ‥‥笑顔が素敵で。歳は50歳位だったかしら。悩み事にも真摯に対応して呉れたり、ミサの後子供達に焼菓子を振る舞って呉れたりね。
なのに、或る日突然人が変わった様に‥‥何て云うのかしら、そう、無愛想に為って仕舞われてね。何時も朝早くから開いていた教会も、今じゃ夕方の少しの時間しか開いていないし、具合が悪いのかと思って訪ねてみても「大丈夫だ」って門前払いでしょう。‥‥皆、寄り附かなく為っちゃって‥‥。
然も、同じ時期に此の霧が出始めて‥‥神父様が豹変したのは「悪魔に憑かれた所為だ」何て云い出す人達が居るもんだから益々‥‥ね。
嗚呼でも、此の霧は異常気象の所為だって御偉いさん方が云ってたわよ。難しい事は御婆ちゃんには良く解りませんけどね。
老婆の話に男は内心で溜息を吐いて、確信を持った。
「‥‥無愛想に為る前に‥‥何か、聖書とか本とか新しくしたって云う事は無いですかねぇ?」
男の問いに、老婆ははたと考え込んだ。
「そうね‥‥、本‥‥じゃないわ。‥‥そうそ、新しくテンペラ画を寄付して貰うんだって、嬉しそうに話していたのを覚えてるわ。――其れが、何か?」
不思議そうに見返す老婆に、男は邪気の無い笑顔を返して手を挙げた
「いえね、唯の好奇心ですよ。‥‥其れより、長々と御引き留めして申し訳ない」
「え、あら‥‥本当。急いで家に戻らなきゃ」
御爺さんがお腹を空かせてるわと笑って、老婆は男に一礼して去って行った。
其の後姿を見送って、男は煙草を吸おうと手を持ち上げたが、持っていた吸い掛けは湿って火が消えて仕舞って居た。
小さく舌打ちすると其れを携帯灰皿に捨て、新しい一本に火を着ける。そして、視線をもう一度教会に戻した。
視線の移動と同時に遠くで聞こえたくぐもった物音に、男は眉を顰めた。
「‥‥矢っ張見られてた、か?」
微かに感じていた視線は気の所為では無かったらしい。
溜息と共に煙を吐き出して、ファイリングされた資料を捲って呟く。
「未だ‥‥獣人探し中か? ‥‥今見附かっちまったけど」
まあこんな人目の多い処で仕掛けては来ないだろうと高を括って資料を仕舞い、男は静かに眼を閉じた。蒼味掛かった銀髪が霧に濡れて重そうに撓垂れている。
「此の侭居ると風邪引きそうだな‥‥」
湿った前髪を掻き上げると、男は踵を返した。
「さてと、活きの良い奴等でも集めるとするかね」
――さて、此の霧は晴れるのか。
●リプレイ本文
「‥‥で、集まったのがこんだけか? 一、二、三‥‥七人な」
予定より一人少ないがまぁ良いか、とジョーヴァネはファイルを開く。一瞥した窓の外には、霧が光を吸収して仕舞う所為か、より深く暗い夜が広がっている。
決して広いとは云えないビジネスホテルの一室に其の面々は集まって居た。
「今回招集を掛けたのは俺様だ。名前はジョーヴァネ、云い難いとか長いと思ったらヴァンで良い」
そう云い乍ヴァンは七人の顔を見回す。
「訳も解らず此処に居るって奴は居無ぇだろうから、招集理由は省略。詳しい事は後でな。‥‥そうだな、取り敢えず名前を聞くか、其方から順に」
ヴァンは顎で黒髪の男性を示す。唐突に指名されて驚いたのか、男性は少し眼を丸くして、一拍置いてから口を開いた。
「ぁ、‥‥紫縁谷 真木(fa4351)です。仕事探しに欧州に来たんですが、初仕事がNW退治に為って正直一寸怖い、です」
そう云って一礼する真木にヴァンは緩く笑って応える。
「ま、此の程度油断しなきゃ死にゃしねぇよ。――じゃ、次」
「美角やよい(fa0791)。同じく欧州入りして初の仕事が此‥‥宜しくね」
やよいは全員に笑顔を向けてから一礼。ヴァンの視線が次を促す。
「モヒカン(fa2944)である。戦闘の際には大いに使って呉れ」
メンバの中で一番体格の良い彼の言葉は頼もしい。
「MIDOH(fa1126)だよ。呼ぶ時はマリアで良い」
「妹のLaura(fa0964)です、宜しく御願いします」
姉妹らしいマリアとローラが並んで御辞儀すると、続けて其の隣に居た黒髪の青年が爽やかに微笑んだ。
「ユージン(fa2270)です。宜しく御願いします」
「ぉ、じゃ最後、早切 氷(fa3126)だ。一寸思う処が有るんで実験的に出来たらな、とか」
へらりと笑って氷は云った。
「良し、りょーかいりょーかい」
全員の自己紹介が終わると、リストにチェックを入れていたヴァンの手も止まった。
「さて‥‥事前公開情報が少なかったからな。改めて説明すると同時に新しく入った情報も加えるぞ。其処から作戦なり何なり立てて呉れ」
「あれ、ジョーヴァネさんが立ててるんじゃ無いんですか?」
何処か丸投げ風なヴァンの発言にユージンが首を傾げ、同じ事を思ったのか全員の視線が集まる。
「あのな、身体張るの御前等なのに他人が一から十迄決めた作戦で動きたいか? 其れに御前等とは初対面だ。ディタは有っても、実際一人一人がどんな動きをするか出来るか解らない侭作戦なんか立てられないだろ」
然も当然の様に云い切ったヴァンに一同は納得し掛ける。
「確かに‥‥一理有るが」
「だろ?」
マリアの呟きに、満面の笑顔で応えるヴァン。
「‥‥‥‥」
一部の面々の頭に“単に面倒臭いだけなんじゃぁ”と云う考えが過ぎった、が。
「おっし、順を追って説明するから余計な事考えてないでキリキリ頭働かせろー」
ファイル片手の――丸で頭の中を覗いた様なヴァンの一言に遮られた。
「うん、先刻云ってた思う処‥‥なんだけどさ」
ヴァンが一通り話し終えた後、意見を求めた際に氷が小さく手を挙げた。
「其の神父サンから別の媒体にNWを誘い出せないかなーって。実験的にそう云う事遣るの、駄目?」
そう云って首を傾げる氷の提案に、ヴァンは瞬時思考を走らせる。
「別に、駄目じゃない。現行に比べれば‥‥ハイリターンな割にはローリスクだ。だが、過程が半端無く難しいぞ」
「だから飽く迄実験だって。何か少しでも解れば後に役立つかも知れないしさ」
氷の眼は今回だけでなく、此から先も続くであろうNWとの戦闘を見据えていた。
「其れに‥‥可能性は低くても、神父様が助かる道が有るのなら‥‥」
ローラが物憂げに呟く。姉と共にクリスチャンである彼女の心も亦、此の街の様に霧掛かって居るのかも知れない。
ヴァンは視線だけ動かして部屋を見廻す。壁際には、小難しい話は任せたとばかりに聞き役に徹しているモヒカンが居た。
「そうだな、遣るのは御前等だ。最重要事項さえ忘れねぇなら好きにしろ」
其の言葉を合図に、其れ其れが意見を持ち出す。其れを一歩離れた場処から見守っているヴァンに、氷が近附いて呟いた。
「あーぁ、俺も前線で戦うより、ゾーハネサンの立ち位置が理想だったんだけどねぇ」
「‥‥誰だ、ゾーハネって。俺様はジョーヴァネだ、覚えられないならヴァンで良いって云っただろーが」
其の言葉に、氷はおや、と少し目を丸くして。
「あ、良く間違えるんだ。御免な、パンサン?」
「‥‥‥‥」
悪気のない笑顔で作戦会議に戻って行く氷を、ヴァンは引き攣った笑顔で見送った。
■ □ ■ □ ■
「そんなあからさまに厭そうな顔しなくても良いじゃないか」
――終わったら酒奢るから、な?
マリアの視線の先に居るのは、厭そうと云うよりも無表情のヴァン。実動はしないと渋るのを何とか説得と酒で釣って連れて来たのだ。
「ぁ、顔役の方が来ましたよ」
ローラの声に全員が顔を向ける。因みに此の作戦に参加しているのはマリアとローラ、ヴァンに氷だ。
「今日和、宜しく御願いしますね」
顔役の男性も其れに応えて軽く挨拶を交わす。
「大筋は聞きましたけど‥‥難しいと思いますよ。今の神父様じゃぁ門前払いが関の山でしょうね」
男性は苦笑して、其れでも、此方ですと教会迄案内して呉れた。そして、霧の所為か想像以上に薄気味悪い其の姿に、初めて見る三人は小さく息を呑んだ。
「神父様、私です、一寸宜しいですか?」
男性はこつこつと扉を叩いて中へと呼び掛ける。錠は閉まっているらしい。
暫くの沈黙の後、中から物音がして、僅かな隙間だけ扉が開かれた。
「‥‥何だ」
窶れた初老の男性が其の隙間から低く問う。此の男性が、件の神父らしい。
「海外のTV局の方が見えられまして、取材‥‥」
「断る」
男性が凡てを云い切る前にぴしゃりと拒否を云い捨てられ、同時に扉も閉められた。男性は暫く扉を見ていたが、肩を竦めて振り返った。
「こんな感じです。‥‥昔は良い方だったんですがね。御役に立てなくて済みません」
「いえ、有難う御座いました」
顔役を見送ってから四人は顔を合わせた。
「交渉の余地も無かったなぁ」
氷の呟きにローラが首を振った。
「仕方有りません‥‥手紙を残して、第二陣に引き継ぎましょう」
そう云うと、用意しておいた封筒を教会の扉に挟み、其の場を後にした。
第二陣――ユージンとやよいが夕方に教会を訪れる。昼に行った大道芸は、霧の所為も有るだろうが予想通り客足が少なかった。
既に錠は外されており、扉はゆっくりと押し開かれた。封筒が無いと云う事は、受け取られたのだろうか。
「‥‥‥‥」
二人は人気の無い教会に、無言で足を踏み入れる。
「神父様は‥‥?」
祭壇の上で、チラチラと蝋燭の炎が揺れる。暫く辺りを見廻したが、全く姿が見えないので二人は礼拝堂内のチェックを行う事にした。そして、互いに視線を壁に巡らせた其の時。
「‥‥ぅ、ぅるあぁぁぁぁ‥‥」
「‥‥ッ!?」
奥の控え室から、無惨な姿の神父“だったもの”がゆっくりと登場した。
「嘘‥‥っ」
其れは上半身のみが蟷螂の様に変容し、胸の中央に紅玉の様なコアが煌めいていた。
――奴等は此方が複数人でも、勝てると踏めば仕掛けてくるから気を附けろ。
ヴァンに掛けられた言葉を思い出す。
「其れって、僕等が弱く見えたって事なのかな」
「うぅん‥‥少し心外だわね」
ユージンとやよいが獣化を行い乍軽口を交わす、が、矢張り二人では心細い。直ぐ外で待機しているモヒカンと真木が異変に気附いて突入して来る迄時間を稼がねば。
NWは緩慢な動作で二人へと近附く。
二人は或る程度迄引き附けてから、同時に左右へと散った。礼拝堂とは云え、所詮は狭い室内だ。鬼ごっこにも限界がある。
「‥‥せ、やっ」
金剛力増を使用したやよいが一か八か、ユージンへと狙いを定め背を向けたNWの背に掴み掛かる。
「ギッ」
引き倒されたNWは床へと転がり、やよいが其の侭押さえ込む。
「始まっているであるか!?」
「大丈夫ですかっ!」
其処へ丁度、不審な物音に反応したのだろうモヒカンと真木が駆け込んで来る。そして一見して状況を把握した二人も獣化を行う。
同じく金剛力増を使用したモヒカンが、振り解かれたやよいに変わってNWを押さえ付けに走る。
逃げようとしたNWに、ユージンと真木が左右から其の脚に攻撃を叩き込んだ。
衝撃で転倒するNWに空かさずモヒカンがベアハッグを掛ける。鋭く伸びた爪が、其の身体に食い込み動きを拘束する。
「コアを!」
動きが取れないNWのコアに、やよいとユージンが其れ其れ角を突き立てる。然し其れでもコアは罅割れこそすれ、砕ける様子は無い。そして、其れに比例してNWの抵抗が激しくなる。
「後一撃‥‥っ!」
「‥‥ぇ、え!? ――ッ!!」
真木は其の言葉を聞いて半ば反射的に拾い上げたナイフで、其のコアを突き刺した。
其の一撃で、何とか形を保っていたコアは砕け散る。
「‥‥や、った‥‥?」
モヒカンの腕の中で唯の肉塊と化した其れは、だらしなく撓垂れた。其処へ、ぎぃっと扉の開く音。
ぎょっとして視線を遣れば、其処にはマリア達、第一陣の姿が有った。
「ぁ、戦わずに済んだんだ、俺」
「ぇ、若しかして終わっちゃったの!?」
氷と真逆の暴れ損ねた、とでも云いたげなマリアの科白に思わず笑いが漏れるが、次のローラの科白に皆静かになった。
「‥‥神父様、御休みに為られたんですね」
安らかに、と十字を切る様を見て、皆が黙祷を捧げた。
暫くしてヴァンが何時もの口調で喋り出す。
「‥‥さってと、後処理だな。教会自体は上出来だ、多少荒れてるが壊れちゃいない」
辺りを見廻して、肩を竦め、全員に笑い掛けた。
「御疲れさん」
其の後の、相変わらず氷はヴァンの名前を間違えるだとか、地下の美術品を強請る真木だとか、漸く霧が晴れただとか‥‥色々は、亦別の話。