異界の入口ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
玲梛夜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
08/13〜08/17
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●本文
「PVの下見に、イギリス行ってくる」
「ふざけんな」
「行くったら行く」
海外ロケって憬れる、と先日から渋谷蓮は言っていた。
そしてそれをとうとう実行に移そうとしていた、誰にも一言も告げずに。
蓮をじっとりとした視線で見るのは、彼を支えてきたスタッフたち。
「行く場所はグラストンベリー、ほら、なんか、異界へ繋がってる場所とか面白そうだしね」
「‥‥一人で行くの?」
「うん、アーサー王だよ、聖杯だよ、レイラインもあるとこだよ、神秘!」
「でも、その辺って最近小物だけどNWが出るとか出ないとかって話も聞くけど?」
「え、そんなの知らない」
にこっと笑って蓮は言う。スタッフたちは、この人どこかやっぱり抜けてる、と思うわけで。
そして、止めても聞かないことはわかっている。
「NWでたら逃げるんですよ、絶対逃げるんですよ」
「はーい」
手を上げて小学校低学年児童のように蓮は返事をした。
それに、スタッフ一同不安を隠せない。
「‥‥だ、だれか同行者を募ろう。私たちはツアー準備で忙しいし」
「一人で大丈夫だって」
「駄目です!!!」
スタッフ全員の、声が重なって蓮はぶつくさいいつつもそれに従うことと、なった。
そして、蓮のスタッフたちからプロダクションに依頼が舞い込む。
イギリス、グラストンベリーあたりの下見に付き合ってくださる方募集。
NWが出るかもしれないので、その辺の心の準備はお願いします。
現地の人やら観光客やらいるかもしれないので、半獣化、獣化は注意必要。
向かう場所はグラストンベリー郊外にそびえるトール(小高い丘)。トールのふもとにあるチャリス・ウェルという庭園に囲まれた泉も見に行くつもりらしいです。
安全第一に、よろしくお願いします。
●リプレイ本文
●バスに揺られて
PVの下見、という名目での観光。
周りに心配されている事実を受け止めない渋谷蓮のお守りは今回8人。
変わりゆく外の風景にベルシード(fa0190)は瞳を輝かせる。
「観光、楽しみだね」
「ベルシード殿‥‥観光ではなくて下見なのじゃ」
「そうなの?」
冬織(fa2993)は静かに言い、じゃが、と言葉を続ける。
「下見をする本人が一番観光気分のようじゃ‥‥」
その視線の先、渋谷蓮は窓に張り付いて、喜んでいた。
「すげー、イギリスイギリス! 日本とは全然違うなー!!」
「渋谷殿を見ておると、うちのリーダーを思い出すは何故じゃろう‥‥」
遠い目しつつ、溜息一つ。
「‥‥あの‥‥それは暗器では?」
冬織の傍らのものに目を留めた星野・巽(fa1359)は言った。そこにあるのは仕込み日傘。
「そうじゃが‥‥念のためじゃ」
にっこり笑顔で言われて巽はそうですかとちょっと硬直気味の笑顔を返す。そしてふと思ったことを言葉にする。
「この間までアメリカにいたはずが‥‥自分がこれないからって姉さん‥‥」
「あ、巽君のおねーさまは僕会った事あるね、素敵なおねー様じゃないか」
「そうですか? 姉といえば‥‥ククさん! いつも姉がお世話になっております」
「え、そんなことないよ」
巽の一つ後ろの席、クク・ルドゥ(fa0259)は笑顔だ。
「ヨーロッパの遺跡とか好きですよね、頼りにさせて貰います」
「うん、いいよね〜! 今回はアーサー王や聖杯、他にも色々調べたいな」
「過去の聖人、英雄の眠りし土地ってことだな」
話に入ったのは小塚透也(fa1797)。
「アヴァロン、だっけ? 英雄や聖人が眠ることによって異界との結界の役を果たしている、のかもしれない。寝かしとていてやれや、とも思うな」
苦笑交じりに透也は言う。
「そうだねー、あんま邪魔しちゃ駄目だしさくっとみて、さくっと他のとこもいっちゃおー!」
「駆け足だな。かなり早めのペースか、忙しくはなるな」
家族旅行とは違うか、と鳥羽京一郎(fa0443)は呟く。
「まぁ、気楽に、気楽にね」
「お守りされる奴に言われるとなんだかなぁ‥‥」
「護衛だよ、言葉を選べば。蓮‥‥さんはごく最近酒タバコが解禁になった俺とは違って『オトナ』なわけだし」
「‥‥軽くバカにされてるような気がしまーす」
「気のせいだ」
七式 クロノ(fa1590)はフォローを入れ、それに苦笑しつつも周りは頷く。
「まぁまぁ、小さな事は気にせず気楽に観光だ。護衛はしっかりやってやるさ‥‥」
「や、観光じゃないよ焔君!」
焔(fa0374)の言葉に反論しつつも、気持ちは観光気分。
それは全員暗黙の了解のようなものだった。
●チャリス・ウェルへ行こう
「街の地図とかも貰ったし準備万端!」
下見旅行二日目、ククは宿でしっかり必要なものを貰っていた。
まずフロント前集合。
「じゃー、今日はチャリス・ウェル行こー」
「はい、こっちだよー」
準備万端、ベルシードはどこからか旗を取り出して先頭に立つ。案内する先は宿前で待機中のバスまで。
そのバスに揺られて町外れ、トールのふもとにあるチャリス・ウェル。
「おおお、庭園すごいな、緑がわさわさだ」
らったった、と走り出そうとした蓮。けれどもそれはがしぃっと巽が首根っこを掴んで阻止。
「勝手な行動はダメですよ。野郎ですみませんね、傍にいるのが」
笑顔で巽は言い、その手を離す。
と、クロノはあたりを見回し呟く。
「新曲のために新しい刺激が欲しい所だったが‥‥得られそうだ」
「そうだ、下見しなきゃ。とりあえず写真とるかな」
デジカメでパシャパシャと周囲を撮影。けれどもそれはいつの間にか全員集合写真だとか不意打ち撮影になっていくのは言うまでも無く。
「なんだか、神聖そうだね、瞑想するのは気持ち良さそう。善や白にちょうど良さそうだねっ。赤い泉の癒しも気になる‥‥!」
「だねー、空気が良いのかな? してる人もいるから、皆でしてく?」
と、いう事で。
チャリス・ウェル、湧き出る水は鉄分を含んでいるので赤い色な井戸の周りに皆で座ってみる。
暫くの間、座って目を閉じて瞑想、をするのだがそれが長時間続くわけも無く、最初に我慢できなくなったのはやっぱり蓮。
「‥‥飽きた‥‥すっごく癒される感じはするけどね」
「確かに、ずっとここに座っているわけにもいかぬしな」
「そういえば、ここの水って冷たいらしいね‥‥‥‥指痛い」
ちゃぱっと指を水につけること数十秒。ギブアップと蓮は手を引き上げる。
「あ、本当だ」
焔も水に触れて呟く。と、水を少し口に含んで冬織は呟く。
「生臭い‥‥この泉の水は鉄味が強く梅昆布茶には不向きじゃな」
「時期によって味が違うそうな。もし不味いなら今は悪い波動を出してるときなんだろうな。振り子みたいにさ、良いものと悪いものを交互に出してバランスを取っているんだろうな」
「おお、透也君すごくそれ納得できる」
赤い泉の感想を話しながら散策。
日本とは違う雰囲気を楽しみつつ、向かうのは白い泉の方。
「あ、洞窟のカフェ! あそこでお昼食べた〜い!」
洞窟風のカフェを見つけてククは走る。
時間時も丁度良く、カフェにて昼食をとることに。
通りに面した白い泉の水を利用したカフェで食事中、ふとしたことで会話は聖杯の話になる。
「聖杯ってさー銀の器で、食物出放題らしいよね。いいな、便利」
「大食いのものがいるとありがたいアイテムじゃな」
「聖杯か‥‥アーサー王が関係する仕事前にしたなぁ」
「そういえば一緒だったな」
ベルシードと透也は以前一緒になった仕事を思い出す。
「食物か‥‥どうせならオーク樽に入っている琥珀色の液体もお願いしたい。大好きでな、何時かアレを浴びるほど呑みたいと想っているのだが‥‥」
「京一郎君酒豪!?」
京一郎はこっくり頷く。
「今夜は酒盛りだね」
「シードルで月見酒なんかどうだろう。気分が乗ってきたらギターも弾いたりな」
夜の予定は決まり、話は元へ戻る。
「あ、聖杯って磔にされたイエス・キリストより流れ出る血と水を受けたものなんだよね。んで聖杯は、アリマタヤのヨセフによってイギリスへきて、グラストンベリ修道院に安置されたとか言われてるけど、最近になって修道院は、ヨセフとの関係を否定したりしてるね。ってことは聖杯は安置されなかったのかな? まー、聖杯を手に入れた者は、聖杯騎士として一生を聖杯守護に捧げる事になるとかあるから、めんどくて断ったのかなー」
そこからそれぞれどう思う、と自分の意見を出し合う。
それは多岐に渡って、時間は過ぎ去っていくのだった。
●トールで遭遇
「さって、ご飯も食べた、山査子の木もみた、トールいくかっ!」
「どんなとこかなぁ‥‥」
「アヴァロンの入り口‥‥ロマンですね」
ククの言葉に巽は続き、そしてククが頷き返す。
「グラストンベリーはガラスの島の意。ケルトではガラスは異世界の象徴‥‥ゆえにトールはアヴァロンじゃと」
「ふーん、物知りだね、冬織嬢」
トールのふもと、丘にはそこそこ観光客もいる。
登っていくうちに、セント・ミカエルの塔も段々と近づいて大きくなってくる。
「すごいなー」
「PVは二面性か‥‥白と黒の鎧でも着て戦うか? CGとか使えば蓮が二人の画も作れるだろ?」
「あ、できるね。なるほど‥‥」
「うむ、真面目にPV下見しておるな。下見の証拠にデジタルオーディオで成果を録音しておくかの」
「証拠! それがあれば鬼スタッフたちもごまかせる!」
と、真面目に考えていたはずの蓮は冬織の言葉にぱっと表情を明るくする。
その切替の早さにちょっとばかり呆れつつ、いつのまにか丘の頂上。
「遺跡的価値があるからゴミなんかは捨てないようにな。ま、何処でもマナーは重要だ」
「風景も素晴らしいし、来て良かったです。それを崩さないためにも大事なことですね」
丘からは街が一望。風も涼やかに気持ちよい。
「街の中にある修道院も行かなくちゃな。観光はしっかりだ」
街をみて焔は一言。
それにククも同意する。
「廃墟でミサで聖歌‥‥聴きたい〜!」
「確かに、聖歌は聴きたいな‥‥新しい発見ができそうだ」
と、話盛り上がる中、蓮はかさっと動くものを見つける。
「あ、なんかいる」
それを追いかけて行くのは好奇心旺盛なのか、はたまた緊張感が無いだけなのか。
「待て、一人何処行ってる!」
それに気がついた透也は皆に蓮の移動を知らせつつついていく。
「やー何か動くものが‥‥野ウサギっぽい」
「よし、わかったなら戻るぞ」
「‥‥そうもいかないみたいでーす」
「は?」
人気の少ないところ、かさかさっと動いていた野ウサギの体は変容していく。
普通の野ウサギよりも少し大きな体は一部変化、昆虫のような、節足が現れる。
ほぼ十秒くらいの変容はみていてあまり気持ちの良いものではない。
コアは頭部にしっかりと見えている。
「ナイトウォーカーだ!」
「はい、渋谷さんは逃げる!」
「格好悪いが尻をまくって逃げるに限るな。今度のツアー楽しみにしてるファンがいるだろ? そいつ等の為に無傷で帰るのがお前が一番やらなきゃいけない事だ! 分ったら走れ!」
「! 走る!」
巽に引っ張られ、クロノの言葉に引っ張られ、蓮はその場を後に。
ナイトウォーカーと退治する為その場に残ったのはベルシード、透也、京一郎。
巽は避難組と戦闘組、その中間あたりでどちらに走れるように待機。残りのメンバーは一般人を近寄らせないように注意しつつ退避。
「コアの場所、丸見えだな。頭上だから、飛羽針撃もあたりやすいな!」
三人半獣化、最初に動いたのは透也。羽を抜き取りナイトウォーカーへ向かって複数投げる。
その技があたると同時に京一郎の青月円斬。初めて使う技は身体を真っ二つとはいかないものの節足を数本落としそれが与えたダメージはかなりのもの。
そしてベルシードは俊敏脚足発動。飛操火玉をナイトウォーカーに向かって放つ。が、それは攻撃で、というよりも間合いを詰めるための目くらまし。
一気に間合いをつめて頭上のコアへとアウトドアナイフを振り下ろした。
硬い音とともにコアは、それは、砕ける。
「経験だな、ベル。何度かナイトウォーカー関係は一緒してるし」
半獣化状態を解き、三人皆のもとへと戻る。
「怪我は? 怪我とかは?」
「ないな」
「倒したけど、WEAに報告しとこう、まだいるといけないし」
「だね、後で頼んでおこう」
「とりあえず、PV下見に戻るか」
「え、PV下見って? 観光じゃなかったっけ?」
ナイトウォーカーを倒して一段落。
下見に戻るか、というところでベルシードは首をひねりつつ言う。
「い、今まで何回かPV下見って何度かもう言ってるよ!?」
トールの端っこ、蓮の声が、響いた。
●突然の帰国
今日の日程は終わり、宿で全員そろって夕食中。
蓮が申し訳ない、という表情で切り出す。その内容は。
「鬼どもに帰って来いって言われた。ちょっと問題発生。ツアー云々で大急ぎらしくて」
「残りの日程は、全部キャンセル?」
「あ、それは皆で回ってくれて良いよ! こっちの都合だからね。バスのおっちゃんもいるし、明日修道院みて、他の所も行くと良いよ。予定日数過ごしてくれて大丈‥‥」
「‥‥街には妖精や魔術グッズも豊富じゃとか」
蓮の言葉をさえぎるように冬織は一言。そして、蓮を見る。
「今から行って土産に買わぬか?」
「‥‥たかり?」
にっこり。
笑顔が返ってくる。
蓮も引きつった笑みを、返した。
「僕はもう十分に下見でイメージ固まってきてるし‥‥遠慮なく観光してください」
「そう言うなら‥‥」
「観光だな」
「うん」
「言葉どおり遠慮なく観光だ。恋人との新婚旅行で此処を訪れたいからしっかり調べておこう」
「よーし、ティンタンジェル城にセント・マイケル・マウントも行っちゃうぞー!」
「頑張ってお仕事をサクサク済ませた甲斐がありました。しっかり観光しましょうね」
それぞれ明日からの予定を練るのに必死。一日目で下見が終わるということは、観光のための時間が増えて嬉しいわけで。
「ふむ、これならちと足を伸ばしてストーンヘンジもいけそうじゃな。ティンタンジェル城ふもとのマーリンの洞窟等も見れるやもしれぬ。レイラインを辿るのもいけるかの?」
「‥‥皆切替はやいね‥‥気をつけて帰っての言葉も無し? いや、なんとなくわかってたけど‥‥ちょっと寂しいじゃないですか」
その言葉に京一郎は蓮の方を向く。
「財布はすられないようにウォレットチェーンでもつけておけ。俺はそれで大丈夫だった」
「それが最後の言葉かよ!」
からかわれつつ騒ぎつつ、グランストンベリーの夜は更けていく。