退屈探偵と名事件アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 蒼井敬
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 0.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/18〜08/22

●本文

「嗚呼、退屈だ、退屈だ」
 そう呟いた声が聞こえた途端、またかという気分になった。
 声の主は雇い主である雪風先生のものだが、先生は退屈というものがとても嫌いらしい。
 退屈と言い出した次の台詞はもうわかっていて、そしてやっぱり先生の呟きは変わらなかった。
「こんな退屈なときは事件でも起きないかな、とびっきりの事件が」
 不謹慎この上ないけれども、先生は探偵として事務所を構え、その名声も世間に知れ渡っている。
 ‥‥が、その名声の裏にいろいろな人の苦労があることを知らないのは世間と当の先生だけだ。
 先生にばれないよう、こっそりと電話をした先から馴染みの警部殿の声がする。
『やぁ、小森くん。君から電話がかかってきたということはまた先生の退屈の虫が騒いでるんだね』
「そうなんです、警部」
 いつもお世話になっている警部はすっかりお見通しらしい。
『困ったな、そうそう先生のお気に召すような事件は起こらないというのに』
 少し待っていてほしいという警部の声がしてからしばらくがさがさと書類をまくる音がする。
 待つこと十数分、警部の声がまた聞こえてきた。
『あった、あった。これなんかどうかな、とある資産家の娘に誘拐予告が届いたらしい。悪戯じゃないかと思うんだが、これを先生に防いでもらうっていうのはどうかな』
 流石慣れてるだけあって警部は先生の好みそうな事件を心得ている。
 資産家の娘に誘拐という響きならきっと先生は飛びつくだろう。
「でも、悪戯ということは誘拐事件は起きないんですよね?」
『その通り、いつものように我々の腕の見せ所というわけだ』
 事件が起きないのならば事件を作れば良い。
 それを先生が推理を披露して見事解決。事情を知らない先生も世間もそれで満足するという寸法だ。
「それは良いですけど、資産家の方や娘さんは承知してくれるでしょうか」
 僕の疑問に対して、警部はあっさりと答えた。
『大丈夫だよ。なんでもその娘さんもひどく退屈を持て余しているらしくてね、誘拐事件と聞いて喜んでいたそうだから協力してくれるさ』
 やれやれ、何処にでも退屈病の人間はいるものだ。



■募集事項
ドラマ『退屈探偵と名事件』では出演者を募集しています。

・雪風:名探偵。退屈を嫌い突拍子もない事件が起きることをいつも待っている。推理力も行動力もあるが、事件を小森たちが作っていることには気付いていない。
・小森:雪風探偵事務所で働いている助手。退屈を持て余している雪風のために事件をこしらえ、それを解決する手助けをする。雪風のことは尊敬している。
・警部:小森と一緒に事件を作る手伝いをしている。頭脳はそれなりに優秀。
・資産家の娘:退屈な日常に飽き飽きし、刺激的な事件が起きることを期待している。
 その他、娘の家族、犯人役など募集いたします。
 名前の付いていない役はキャストとなった方が命名してください。

■ドラマ内容

 退屈嫌いの探偵雪風の元に持ち込まれた誘拐事件。狙われたのは資産家令嬢。
 助手の小森を引き連れ雪風は令嬢誘拐を阻止するため事件に立ち向かう。
 ‥‥が、実はその誘拐事件は小森たちが雪風のために作り出したものだった。
 ラストは大円団となります。

 時代設定は昭和初期頃を予定しています。

●今回の参加者

 fa1414 伊達 斎(30歳・♂・獅子)
 fa3611 敷島ポーレット(18歳・♀・猫)
 fa3957 マサイアス・アドゥーベ(48歳・♂・牛)
 fa4044 犬神 一子(39歳・♂・犬)
 fa4611 ブラウネ・スターン(24歳・♀・豹)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa4992 雨月 彩(19歳・♀・鴉)
 fa5256 バッカス和木田(52歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

●配役
 探偵・雪風‥‥‥‥‥ブラウネ・スターン(fa4611)
 助手・小森‥‥‥‥‥敷島ポーレット(fa3611)
 警部・宵月誠一郎‥‥伊達 斎(fa1414))
 新米刑事・葛城‥‥‥スラッジ(fa4773)
 資産家・新開‥‥‥‥マサイアス・アドゥーベ(fa3957)
 新開の娘・柚‥‥‥‥雨月 彩(fa4992)
 柚の叔父・雄治郎‥‥犬神 一子(fa4044)
 執事・白瀬‥‥‥‥‥バッカス和木田(fa5256)

●資産家令嬢誘拐事件
「令嬢誘拐に大胆不敵な挑戦状を送るとは、小森にしては珍しく、良い仕事をとって来るじゃないか」
 応接間に案内された雪風は、執事の白瀬が差し出した紅茶をカップに口をつけながら満足そうにそう言ったが、言われた小森と宵月誠一郎警部は心中で苦笑していた。
 雪風、小森、宵月、そして宵月の部下である新米刑事葛城がいまいる場所は資産家として名を馳せている新開の屋敷である。
 新開の愛娘、柚の誘拐予告状が警察へ届けられたためそれを阻止すべくして名探偵雪風の登場となったのだが、実はこれは退屈嫌いの雪風のために小森と宵月が用意した偽の事件であった。
 予告状が届いたのは事実だが、資産家令嬢である柚は雪風と同じく退屈嫌いでそれを紛らわすために今回のような狂言誘拐の脅迫状を何度も出したことがあり、最初は対応していた警察も相手をしなくなってしまっていたのである。
 というわけで今回も警察は柚の悪戯と断定、小森と宵月警部はそのことを知った上で新開と柚の承諾を得るとでっち上げの誘拐事件を雪風のためにお膳立てをしたという寸法なのであった。
 新開もこの突拍子もない申し出にあっさりと承諾していた。
 生涯現役という雰囲気漂う新開だが娘の柚に対しては目の中に入れても痛くないというほどの可愛がりぶりで、柚の退屈嫌いにもこの手の脅迫状にも慣れきっているためこれに名探偵として有名な雪風が解決に乗り込んでくれるというのなら後の話の種としても面白いだろうという考えからだった。
 しかし、関係者が全員事情を知っているかといえばそうでもない。
 同行してきた葛城刑事は、良くも悪くも嘘をつけない性格のため今回の騒動を本当の誘拐事件と聞かされており真剣に警護に当たっている。
 そのほうが事件の信憑性も増し雪風に狂言と悟られる可能性が少なくなるだろうという宵月警部の判断であった。
 執事の白瀬も今回の件は一切知らされていないが、新開と柚にまつわる騒動には慣れっこのため、ただ執事としての自分の職務を飄々とこなすことに徹していた。
 だが、退屈嫌いの探偵と娘のために作り上げられた事件の中で、ひとりこの事態に乗じて悪巧みを企てている者がいたことには小森も宵月も気付いてはいなかった。
 新開の弟であり柚の叔父、雄治郎である。
 以前から柚さえ居なくなれば兄の遺産はすべて自分のものになると考えていた雄治郎にとって今回の事件は好都合だ。
 かくして様々な人々の思惑が飛び交う中、資産家令嬢誘拐事件の幕は切って落とされたのである。

●消えた令嬢
 計画は小森と宵月警部の計画通りに順調に進んでいた。
 柚には予め打ち合わせた場所へと隠れてもらい、その場所へと繋がる手がかりを不自然にならないように残すことも忘れてはいない。
『資産家令嬢誘拐事件』が発生する準備は整った。
「旦那様、どうされました? お嬢様がいらっしゃらない?」
 雪風に安楽椅子を勧め、他の者たちにも紅茶を配っていた白瀬の元へと慌しく新開がやってきて柚がいなくなったことをその場に告げた。誘拐事件発生である。
「一刻も早く娘を連れ戻して下され」
 新開はいかにも『娘をさらわれた父親』という体で雪風や宵月警部に懸命に頼み込んでいる。勿論それを断る雪風たちではなく調査が開始された。
「警部、窓枠にピアノ線を発見しました! その下に足跡らしき汚れもありますし、犯人はここから侵入して令嬢を連れ去ったに違いありません!」
 窓枠に近付いた葛城刑事の報告に宵月警部が頷き、雪風が颯爽とその窓際の痕跡を調べている。
 それ以外にも破られたメモ用紙や部屋に落ちていた遺留品、新開や雄治郎、白瀬から小森が聞きだした証言情報に屋敷の鍵の在り処など、些細だが雪風ならば見逃さないヒントが散りばめられた手がかりには事欠かず、全ての情報を元に雪風は柚の居場所を見事に推理しその隠れ場所へと順調に向かっていた。
 だが、ここで小森と宵月には予想もしていない事態が発生した。
「た、大変です先生! お嬢さんがいません!」
 隠れ場所として指定していたところには、柚の姿がなかったのである。
「どうしたんだい小森? 顔を青くして、これからが探偵の出番だよ」
 思わぬ事態にやや慌てている小森、そして宵月警部に向かって雪風は事も無げにそう口を開いた。
 雪風はすでに小森たちが用意したもの以外の手がかりもすでに見つけていたらしく、現在の状況を語ってみせた。
 すなわち、この場所へと誘導するための手がかりは全て偽装であり、実際の令嬢監禁場所は別にあるということである。
 その推理には矛盾点はなく、慌てていた小森や宵月警部も感心して頷きながら改めて雪風の推理力に脱帽すると共に狂言ではなくなった新開の愛娘柚誘拐事件解決に乗り出すこととなった。
「しかし姑息な犯人ですね。捜査を妨害するため偽の手掛かりを置いていくとは。それに気付くとは流石雪風名探偵ですね!」
「成程、簡単な手がかりではすぐに見破られると踏んで二重に用意しておったのか。実に凝っておるな」
 事情を知らない葛城刑事とあくまでも狂言の続きだと思っている新開の言葉にはしかしふたりは苦笑を禁じえなかった。

 その頃、予定の場所に隠れるはずだった柚は現在叔父、雄治郎の手により地下水路に連れ去られ縛られた上で閉じ込められていた。
(「まさか本当に誘拐されるなんてね‥‥でも、退屈しのぎにはなるかも〜」)
 予想外の事態だったが柚はそのことをひとり楽しんでいるようである。

●推理披露
 再び応接間に集まった面々は執事としての仕事を忘れない白瀬が淹れてくれる紅茶に口をつけながらぐるりと雪風を取り巻いていた。
「犯人は人間関係を見れば、自ずと出てきます」
 すでに結論が出てしまっていることを退屈そうに話す雪風に周囲の者は固唾を呑んで見守っていると、雪風の指がある人物へと向けられる。
「犯人はあなたです。叔父君殿」
「なんだと!」
 すっと指差された先に立っていた雄治郎は思わずそう反論を試みるが雪風はそれを遮って話を続ける。
「では、この安直な犯罪の一部始終をこの雪風の口から退屈しのぎに語るとしましょう」
 雪風が退屈そうに語るのを一同は真剣に聞いていた。
 誘拐の動機は老境にさしかかりその行方を気にする者も多い新開氏の財産であること。ひとり娘の柚がいなくなればそれをすべて自分ひとりが手にすることができると考えての犯行であるということ。
「馬鹿馬鹿しい、その程度のことで俺が犯人ということにするつもりか」
 最初はそう否定していた雄治郎だが、雪風の推理はそこで終わりではなかった。
 柚が姿を消す少し前に周囲を徘徊していた雄治郎の姿を見たという白瀬の証言、そして雄治郎の着衣が微かに湿っていることを指摘する。
 今日の天候は晴れであり、家事は全て白瀬をはじめとする使用人が行っているこの屋敷で水気に触れる機会がこの短時間であるはずがない。
 つまり、何処か湿り気を帯びた場所に雄治郎はいたということであり、柚が誘拐されてからそのような不審な動きをとったのはこの場にいる者では雄治郎しか存在しない。
 よって雄治郎は誘拐の主犯もしくは関係者であるという雪風の結論に反論するものはもはや誰もいなかった。
「令嬢はどこだね?」
 葛城刑事が取り押さえた雄治郎に宵月警部はそう尋ねた。
「‥‥地下水道だ」
 がっくりとうなだれてそう答える雄治郎は葛城に任せ、速やかに柚救出に他の者は地下水道に向かった。
(「ああ、お見事なQEDでございますね!」)
 あくまで飄々と執務をこなしながら心の中で白瀬はそう言い拍手をした。

●大円団
 雄治郎の言葉どおり、縛られた柚の姿は地下水道にあった。
「皆さん、迷惑かけてゴメンナサイ‥‥」
 もともとは自分が出した狂言誘拐の予告状が発端だということもあり、柚は駆けつけてくれた人々に申し訳なさそうにそう頭を下げた。
 が、心の中ではまた退屈な日々に戻るということを不満に思っていたのだが。
「いや、実に面白い趣向であったな」
 無事娘を取り戻すことができた新開は、結局最後まで全て小森と宵月が用意した筋書き通りだと信じたままだった。
 何はともかく事件は無事解決。雪風と柚の退屈も紛れたことでこれにて一段落と小森と宵月警部は顔を見合わせて笑ったときだった。
「大変だ小森! また退屈してきた!! 連続猟奇殺人鬼でもないか、町に出て探してきてくれ!!! ああ、全く退屈極まりない」
 今しがた事件を解決したばかりだというのにすでに雪風のそんないつもの台詞が小森たちに向かって飛んでくる。
「資産家に天才探偵‥‥退屈というやつはある種常人には味わえない、特別な人種だけの特権‥‥なのかもしれないね」
 苦笑しながらの宵月警部のその言葉に、小森は賛同の意を込めて苦笑を返した。