極・自然回帰アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
べるがー
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/04〜01/08
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●本文
「きゃああ〜っ、こっち向いてぇえっ!!」
早いテンポの音楽に合わせながら、スタジオ中にいる女の子達が体を揺らす。熱狂的な彼女達の視線を受けるのは、キラキラと輝く舞台で踊り狂う一人の男。
「ハッ!」
「きゃあああ〜っ!!」
男が身軽に決めたバク転に、一層スタジオの熱は増した。ハイテンションなダンスで長い手足を投げ出す男は、汗までも爽やかだった。
「彼は『成功』だな」
ここ暫くは見込みのある新人を出していなかったプロダクション社長が、舞台袖からマネージャーに声を掛ける。その声は安堵しきっていた。
「ルックス◎、運動神経だってズバ抜けてるからどんな無茶な振り付けもこなしてしまう。声も女の子が好きそうな甘さだ」
うんうん頷く社長は、まだ真実を知らなかった。
「午後からは二時十分の『月間ビバ!』のインタビュー、四時半からドラマ『大喝采』の初顔合わせ、七時からは歌番組の‥‥ちょっと聞いてるの? シロウ!」
移動時間も惜しみ、車の中で延々とスケジュールや注意事項を語っていたマネージャーの声は見事スルーされる。
プロダクション社長自ら『光る原石だ』と言わしめ、デヴュー以来ファーストシングルも人気上々、今のところ仕事に困る気配のない十六歳アイドル、若王子志郎(わかおうじ・しろう)はぼへーっと窓の外を見ていた。
「あー‥‥いい景色だべなー‥‥」
聞き間違いではない。
「ちょっとシロウ! インタビューでそんな言葉使うんじゃないわよっ」
来月三十を迎えるというやり手マネージャー、戸海女史の顔は引きつっている。
「あ、木が見えるだっ。んだどもちっちぇーなぁ」
「聞いてんの、シロウっ!?」
「あんな小っちぇと登る事も出来ねぇべ? 細っこぃオナゴみてぇな枝だべなー」
「シーローウッ!?」
「んあ? 何か言ったべか? とうみっぺ」
暖簾に腕押し糠に釘。ど田舎で育ったというシロウは、中々標準語に馴染めない。表面的には覚えたものの、咄嗟に出る言葉や寝言は全て訛っている。訛っている事が悪いのではない。その顔に夢を持っている女の子達の前ではダメだ、と戸海は言いたいのだ。
「なぁなぁとうみっぺ」
「ぺを付けるのやめてちょうだいっ!」
「可愛らしくて良いと思うんだども。そんな事よりとうみっぺ」
「まだ言うか!」
「この街じゃ木登りも自由に出来ねんだべなぁ〜?」
がっくり、と戸海女史は肩を落とした。
──こんなんじゃ、『あの』番組で絶対ボロ出しちゃうわよぉ‥‥。
とある出来立てプロダクション。そこに戸海女史は現れた。
「すみません、こちらのプロダクションの方に仕事を依頼したいのですが‥‥」
戸海女史が見た所、出来たばかりのプロダクションという事で事務所の中は見た事のない面子ばかりだった。少しホッとする。これならうちの事務所を脅す輩は出ないだろう‥‥。
「わたくし、現在売り出し中の若王子志郎のマネージャーをしております、戸海と申します。‥‥うちのアイドルを守ってくれる人を探しているんです」
切り出したのは、次の番組『極・自然回帰』という田舎レポート番組の同行者依頼、だった。
毎回ゲストが田舎に赴いて、自然や地元の人達を交流しようっていう番組なんです。次のゲストがうちの若王子で‥‥その同行者を探してるんです。
もちろん、ただ同行して頂くわけじゃありません。スタッフか同じ出演者として、若王子のフォローをお願いしたいんです。
その‥‥既にテレビに出ている者ですので、オフレコにして頂きたいのですが‥‥そうですか、ありがとうございます。
‥‥うちの若王子は、コンビニすら無い所から出てきておりまして言葉遣いや行動が‥‥少し、アイドルからズレているんです。
いえ、冷静であればボロを出さない程度には言葉遣いや行動を直してはいるのですが‥‥自然物を見ると昔を思い出し、ひょっとしたひょっとするととんでもない行動をするかもしれないんです。
「あくまでゲストの若王子がメインですが、同じ出演者として出た場合、クレジットに名前も出ますし、顔も出ますので悪い話ではないと思うんです」
話を進めプロダクションの社長の顔色を伺う。
──あの運動神経抜群のシロウが自然が色濃く残る地へ行くのだ、最低でも六人は欲しい。
人数を集めるにはあと幾つくらい事務所を回れば良いだろうか‥‥。
●リプレイ本文
剥き出しの土の上、裸足になった猿‥‥もとい、若王子がカメラの前でニコニコ笑っている。未だかつてない笑顔。彼は自然が大好きだ。
「では、あちらの村人さんにお話を聞いてみたいですぅ」
リポーター役を買って出た猫美(fa0587)は何故か迷彩柄。ここはジャングルじゃない。
「おう、どこから来なすった?」
25軒しかない小さな村の住民は、ほとんどがお年寄り。機材を山ほど持ち込んだ若者達に好々爺の笑顔が返る。
「東京からだっぺ!!」
「おっ、『郷に入れば郷に従え』か」
「地元の人の訛移っとるで」
ばかっ、と小声で罵るマネージャー戸海をよそに、すかさずフォローが入った。風見雅人(fa0363)と実夏(fa0856)、まだまだ余裕。
「爺ちゃんオラも手伝うだ、薪割りなら大得意だべっ」
カメラの中央で上着を脱いだ志郎が何の躊躇いもなく斧を振り下ろす。カコーン。
「ねぇ‥‥何か、志郎君の手つき慣れてない?」
カメラ助手の女の子がスタイリストの女性に囁いた。スタッフに紛れ込んでいたヘヴィ・ヴァレン(fa0431)とトシハキク(fa0629)がちらりと視線を見合わせる。
「しょ、少年そこまででええがね」
カコーンという間延びした音が気付けばガコガコガゴゴゴと激しいものになっていた。爺が困っている。
「都会では中々体を動かす事がないからな」
良いつつ、氷咲華唯(fa0142)の腕が志郎を止めた。何か目覚め始めている。
「川釣りですか、いいですね」
「村人さんに釣りを教えてもらいましょうですぅ」
都会では中々出来ない事をやろうというのがコンセプトでもあるので、寒い時期だが人の手の入っていない川にやって来た。
「シロウ君、これ釣竿やって‥‥って、ちょお待っ、俺を置いていかんといてえぇえええ!」
実夏が伸ばした腕(と釣竿)は見事に空振った。
「うおっ、川だっぺ、懐かしいっぺ、魚もいるっぺ〜!」
都会でそのまま川に入れるものではない。そのせいか、嬉々として川に突入する。足元の不安定さも何のその、突然過ぎる行動に村人ですらぽかんとしていた。
「兄ちゃん今は冬だで、今入るもんやない!」
慌てて声を掛けるが、何かどこかのリミッターでも外れたか。志郎は靴下すら脱いで水遊びに興じ始めた。あ、魚狙ってる。
「ま、待ってシロウく‥‥ぐあああ冷たっ」
追い駆ける実夏が悲鳴を上げる。み、水というよりドライアイス! 体温がなくなる!
「あらあら、男の子ってば子供なんだから」
男性陣が必死に追い駆け水上で舞を見せている中、稲森梢(fa1435)がカメラに入って呟いた。志郎以外の男性陣は楽しむどころではないのだが、ここは『童心に返ってるんだわ、可愛い』って事にしておこう。
と、思ったのだが。
「ぶるっときたべ、ぶるっときたべぇ〜!」
「おっと、自然に囲まれて開放感になるのはいいが何が起こるか分からないものだよだから話を聞きなさいこらこらベルトに手をかけるんじゃない」
「やっ、やり過ぎだ馬鹿ズボン下ろすな仁王立ちになるなぁあ!」
雅人の忠告、華唯の乱れていく悲鳴、霧ヶ峰まひ流(fa2634)が『わちき見てなかあああ!』といつもの方言が更に混乱した。
「全く‥‥今朝言った事すっかり忘れてるんだから」
がっしゃあああん、とスタッフ達の間で何か落とされた音を聞きながら、梢は今朝の会話に思いを馳せた。
「あんたはプロなんだ。あんたが自覚しなかったら、根本的に解決しないんだ」
マネージャー戸海に依頼を受けた件と自覚を促すよう、トシハキクは厳しい目で出発前に告げた。
「シロウのファンの子達はショックを受けたらがっかりしてしまいますぅ。女の子達の夢を壊さないで下さいですぅ」
厳しい言い方をフォローするように猫美も泣いて訴えた。けれど、当の本人はあのノーテンキな笑顔で言ったのだ。
「アイドルっつぅても、所詮は人間だべ? ウン」
「ファンの子達はあなたに夢を見てるの。だからアイドル『若王子志郎』のイメージを壊すような言動は謹んでね?」
梢はあの爽やかな顔から下品な言葉を封じるように肩にめり込ませた腕に力を込めて言ったのだ。それはもう迫力のある笑顔で。
「ギリギリ映像だったな」
「映像は編集すれば良いが、スタッフ全体がさっきから志郎を見る目が‥‥な」
スタッフの背後で会話を聞いていた雑用係、トシハキクとへヴィ。18禁映像は実夏と華唯と雅人の決死の入水、もとい川遊びで封じスタッフの注意はトシハキクが撮影機材を落として引いた。
「この後は山で山菜取りだったか」
「あの山の中で駆け回られたら追いつけねぇな。‥‥出演者の誰かに渡しておくか」
へヴィ、自前のトランシーバーを取り出した。
「えー、では都会では楽しめない山菜取りに行ってみたいと思うですぅ」
猫美が志郎に代わり番組進行を担当する。村の畑や川で遊び倒した志郎は、今や『アイドル』というネジが完全に飛んでいた。瞳はキラキラと輝き、生に満ち溢れているがそれは猿に戻りつつあるという証だった。
「山だっぺ、山だっぺ、熊に会」
「えー、ちょっとあっちの見所を見てみましょうですぅ」
猫美、強引に話題転換。マイクを持ってずんずか先へ進む。カメラ、ついて来い。
「あーっ、もう、シロウったら危なっかしい!」
スタッフの最後尾、じりじりとマネージャーの戸海が見守っている。山菜取りにはしゃぐ志郎を必死に周囲がフォローしていた。
ちょいちょい、と戸海の肩を突くへヴィ。
「なぁ、プロダクションには言動について話してあるのか?」
「え‥‥何で」
「余計な世話かもしれねぇが、身内には話しておいた方が良いと思うぜ。田舎育ちなら仕方ねぇし、いつまでもその場凌ぎで外部に頼ってる訳にもいかねぇんじゃねぇか?」
自然絡みで何かアピールしたい事があるんならそれも良いんじゃねぇか? なぁマネージャーさんよ?
「また怒られたべぇ」
村の老人に案内された大木がちょっと登りやすそうで楽しそうだったため、足を掛けただけなのに。
アイドルって不便だぁな、と溜め息をついた志郎にまひ流は尋ねずにはおられなかった。
「‥‥シロウちゃんは若王子志郎でおる事、辛かぁなかっぺ?」
この業界にいる限り、自分と全く違う人間を演じ続けなければならないのは、志郎には大変なのじゃないだろうか。
「志郎、アイドル辛くない?」
「ほへ?」
帰宅間際。全ての撮影を終えた志郎は、撮影機材を運び込んでるトシハキクやへヴィ達を尻目にマネージャーに尋ねられた。何でかまひ流に尋ねられた事と同じだ。
「プロダクションに私から話そうと思ってるの。今のイメージに猿‥‥じゃなくて、ワイルドさをプラスしたもので売り込んでみない?」
まひ流と同じにぽかんとした顔を返した志郎に、実夏はええんちゃうか、と肩を叩く。
「野外でも頼れる男とか、アウトドア派とかってええんちゃう?」
「いいと思いますよ。自然の中で知恵と体を使うわけですし」
馬鹿じゃアウトドアに挑戦出来ない。雅人はニッコリ笑う。
「ファンも普段と違う意外な一面に喜んでくれると思うがや」
まひ流もファンとして、続けやすいように志郎にはこの業界にいて欲しいと思う。
「だ、だども戸海っぺ、人前で訛っちゃいけんって」
「男なら彼女の期待に応えてあげなさい?」
ぽむ。梢の台詞に肩を押される。
「い‥‥いいんだべかっ!? 山来て木に登ってもっ!? 川でションベ」
「それはダメだ」
華唯、もう二度と入水行為は御免被りたい。
「どうです、今度ご一緒にキャンプでも。志郎君と一緒に」
「‥‥考えさせて頂けます(かしら)?」
雅人の提案にはあんな事やこんな事が思い浮かび、全員素直には頷けないのであった。