薊と鈴蘭アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
べるがー
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/12〜03/16
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●本文
とある撮影スタジオに、二人の少女がカメラを向けられている。
一人は、お茶の間にお馴染みの泪かれん(なみだ・かれん)。十二歳という年齢でありながら長い芸能生活の賜物か、四方八方からの視線にも動じずにっこりと微笑みを浮かべている。
ウェービーヘアーに計算され尽した笑顔。女優でなくアイドルなのだが、その演技力は只者ではない。
一方、かれんの左側にいる飯縄奈子(いいづな・なこ)。スタッフの娘として偶然プロデューサーの目に止まり、今回の大抜擢となった。笑顔が引きつっている。
まだ磨かれない原石は、化粧はもちろん、流行の衣服やアクセサリーなど一切見につけていない。
二人並ぶと、明らかに見劣りする。けれど、プロデューサーは今作のヒロインに彼女を選んだ。笑顔慣れしたかれんではなく、笑顔すらままならない。
そんな彼女がヒロインで、かれんがライバル役。スタッフ全員その配役に首を傾げるほどだ。
「よっし、それじゃあ例の『あんたナマイキ言ってんじゃないわよ』シーンからいこうか!」
監督がメガホンを振るった。
新作映画、『薊と鈴蘭』(あざみとすずらん)。
双子の姉妹の愛憎劇を描く映画で、姉あざみが妹すずらんを苛め抜き、すずらんも負けじとやり返す、憎んでいたのは無視出来ない存在だからという事実に気付くまで延々と嫌がらせの応酬が続く映画である。
シナリオを担当した人間が前作で愛憎モノを書かせたら天下一品とまで評価を得てしまったため、今回の映画も注目されているのである。まして人気アイドルのかれんが出る上に、そのかれんを押しのけ一般人がヒロインを演じるというのだから、注目度は凄い事になっている。
「何でアンタなのよっ!?」
がっしゃああああん、とかれんの投げ飛ばした花瓶が奈子の左頬をかすり、背後のガラスにぶつかって砕け散った。
被った水で濡らした頬を、奈子は呆然と手で覆う。ずいと一歩近づかれ、怯えたように後ずさった。
「アンタほんっとむかつく子よねええええ!!」
「ぎゃあああああ!!!」
物凄い形相のかれんに胸倉を掴まれ、ついに奈子は泣き出した。
「飯縄くん、困るよぉ〜」
「す、すみません‥‥」
奈子は若いADに必死で慰められている。それを視界に入れ、父親の飯縄は監督に頭を下げた。自分も我ながら甘やかして育ててしまったと思っている分、奈子だけを責めるわけにはいかない。自分ですら暴力を振るった事があまりないのに、演技なのか本心なのか判断しかねるかれんに殴りかかられたら相当怖いだろう。
「プロデューサーの希望だから彼女ヒロインにしたけど、あんまり続くようじゃ皆迷惑だからさ〜」
「すみません‥‥」
「しかも演技の指導なんもされてないんでしょ? 声の出し方とか、立ち位置とか」
「‥‥はい」
スタジオ中が仕事にならない雰囲気になっている。飯縄は覚悟を決めた。
「あの、奈子を指導して下さる方を呼びますから‥‥だから、あの子を見捨てないでやって下さい!!」
依頼 『原石の演技指導(その他諸々の面倒)をお願いします』
──原石を見事光り輝くダイヤモンドにする事が、誰が出来るのか?
●リプレイ本文
「では、プロデューサー殿が奈子殿がいいと言い張って?」
ええ、そうなんですと。休憩に入るとすぐに尋ねて来たチェリー・ブロッサム(fa3081)に飯縄は困ったように頷いた。奈子は元々演技に興味はあったけれど、劇団に入ったりも何もしていないのだと。
「ふむ。それでも興味はあったから出る気に‥‥成る程」
自分でも心構え程度なら教えられるだろうか。後輩になるなら、出来る事はしてやりたい。
あのぅ、と飯縄がチェリーに尋ねた。さっきからスタジオ中に響く叫び声。他のスタッフも呆然とそちらを見つめていた。
「奈子は」
「ああ、発声練習中だ。お気になさらず」
──ひやあああっ、もっ、もう出来ませんコーチ!
──何言ってるの!? まだたった三冊じゃない! ほら、次はこの本を頭に乗せて!
──これって大辞泉じゃ!? 重くて声なんかっ。
──出すの、出しなさいっ! これくらいでめげてちゃ演技の基本なんか身に付けられなくってよ!
「‥‥」
縞八重子(fa2177)の容赦ない指導は止まる所を知らない。さすがプロデューサー。
「ところで、奈子殿の好きな食べ物は?」
「──は?」
「よっとっはっ‥‥うやあああんっ」
よれよれと二つのボールをお手玉のように投げて受け止めていた奈子は、およそ演技の練習をしているとは思えない。もちろん、指導しているのは女優でも俳優でもなく。
「まだまだあっ! 芸にしろ演技にしろ、絶対的自信を持たなきゃ上手く出来ない! それには特訓あるのみ! さあ立て、立つんだ奈子ちゃんっ!!」
三味線抱えた着物姿の男、大道芸人の志羽翔流(fa0422)。床に這い蹲って起きる気力を無くした奈子に、バチを突きつけた。
「もう嫌だっ。大体あなた俳優でも何でもないでしょ!? 何でスタジオにいるのっ」
「演技と芸は確かに全然違う。でも出来た時の達成感は同じだろう? 泣いてばかりじゃ成功しないだろう!」
「ううっ」
ちっとも指導の手を緩めてくれないスパルタ教師陣に奈子は涙した。
「さあ、これが出来たらスタッフに見てもらうんだっ」
「いやあああっ」
「もうヤダ‥‥もう嫌‥‥これが女優!? これが芸能界!? いやあああ‥‥」
「な、奈子ちゃーん」
十二の小さな肩が震えている。子馬のしっぽのように髪を揺らす姫乃唯(fa1463)が、まぁまぁっと奈子を宥めた。
「芸能界も辛い事ばっかじゃないよ? いろーんな人と仲良くなれるし‥‥あっ、かれんちゃん!」
恐怖の姉役を発見し、唯が明るく声を掛けた。奈子がパイプ椅子からずり落ちそうになる。
「‥‥あんた、まだそんな泣き言言ってんの?」
容貌に似合わぬ殺意の篭った眼差しが奈子を貫く。かれんから内心を聞き出すと言ってアプローチを試みた天深・菜月(fa0369)の方を見ると、肩を竦めて首を振った。
──名目は脇役となっていますが、このドラマはあざみとすずらんの二人がいないと成立しないものです。
二人の間に流れるギスギスとした雰囲気を前に、菜月はかれんとのやり取りを思い出す。率直に奈子に対する気持ちを聞いてみたのだが、
「あのガキ、ヒロインに選ばれておきながら私に立ち向かってこないしムカつくのよっ!」
と盛大に本音を暴露された。ヒロインに選ばれてしまった以上、かれんを納得させられるだけの必死さで役に立ち向かわなければ到底彼女は協力などしないだろう。薊役というより本心から苛め抜くつもりだ。
「かれんさん、この映画は脇役の実力が問われるものだと思います。脇役をしっかり務められ尚且つ主役を盛り立てる‥‥だからこそ、奈子さんに頑張ってかれんさんと張り合えるくらいになってもらわないと」
協力をお願い出来ませんか? 奈子さんが頑張れるように。
「いつまでも泣いてんじゃないわよさっさと化粧くらいして来いっ!!」
「ひぃやあああっ」
まだまだ、力関係はかれんの方が押している。
「うっく、うえっ」
「奈子ちゃーん、午前中逃げ出さなかったねー。偉い偉いっ」
がしがしっ、とスキンシップ好きの姉川小紅(fa0262)が奈子の体を抱きしめ頭を撫でくり回す。八重子と翔流にビシバシ鍛えられてる分、この優しさにはほろりときてしまう。
「さぁ、奈子様。役作りと参りましょう。服装やメイクで綺麗になれたら、きっと嬉しい気分になれますよ」
白蓮(fa2672)の淡い水色の瞳が柔らかく微笑む。白く繊細な手が鏡前まで招いた。
「かれん様の事、恐いですか?」
優しく優しく、奈子の傷みの全くない髪を撫で付ける。容赦ない仲間達に揉まれ、泣き続け状態だ。女性陣に囲まれる奈子に、マッスル(fa3195)は安心を促すように笑いかける。
「わたくしも落語家としての仕事を頂くまでには苦労が耐えませんでした。ちょうどかれんさんの落語家バージョンのような方もいらっしゃいましたね」
「ぶふっ」
何を想像したのだろうか。泣いていた顔が急に笑いを堪える顔に変わる。
「ほ、本当?」
「ええ。練習用のテープが童謡に摩り替えられていた時もありましたね‥‥」
「あ、あははははっ」
遠い目をするマッスルに、爆笑する奈子や小紅。
「奈子様。奈子様は奈子様の鈴蘭を演じればいいんですよ。怒りこそすれ恐れる理由はありません。薊は貴方と対等な、貴方に嫉妬するする姉妹なのですもの」
「うん‥‥」
やっと笑顔に戻った奈子は、白蓮の言葉を目を閉じて反芻している。
●眠れる獅子、舞台上にて目を覚ます
「それじゃ、そろそろ本番いきますんでー」
休憩の終わったスタッフが、担当の機材に手をつけながら打ち合わせをしている。翔流の指導によってジャグリングを一通り習熟しスタッフにも披露した奈子は、単なる汗か冷や汗か、額を拭う。
「奈子ちゃん、大丈夫! 撮影が終わったら、また一緒に遊ぼうね」
「唯ちゃん」
ごくりと唾を飲む奈子は、これが久しぶりのかれんとの撮影だ。唯のクラスメイトのような人懐こさには救われる。
「いっ、いきますっ」
見守っていたマッスルが苦笑した。両手両足同時に出ている。奈子殿、とチェリーが呼び止めた。
「相手はベテラン女優だ。怖がるな。女優になりたいなら、演技以外の物を持ち込むな」
渋く厳しい言葉。彼女に教えられたストレッチを軽くして筋肉を解すと、セットされたフローリングに足を乗せた。かれんは既に自分を睨んでいる。
「胸を張って、堂々とやればいい。失敗したら、何度でもやり直せ」
翔流にもらった言葉を呟きながら、それに耐える。
──奈子様なら、出来ますわ。絶対に大丈夫です。
見守る白蓮もそっと両手を祈るように組む。チェリーはもう一声かけた。
「奈子殿。頑張ったら『てっちり』が待ってるぞ」
「はいっ!!」
────てっちり???
「何でアンタなのよっ!? ええっ? 何とか言ってご覧なさいよっ!!」
薊を責め立てる薊に対し、俯いていた奈子、いや鈴蘭の顔が上がる。
「姉さん‥‥そうやってずっと私を虐めるのね。言葉で、行動で、態度で‥‥」
低い、低ーい声。地を這うようなそれに、薊が不愉快そうに眉を顰める。
「だから何だってのよ」
「そう‥‥罪悪感もないんだ」
「アンタほんとムカつく子よねぇえええ!!」
がしゃあああん!! 台本通りに花瓶が舞った。鈴蘭の周りで散らばる水と華。それでも鈴蘭は微動だにしなかった。
「何とか言ったらどう」
「やられたら、やり返せ」
今度は壷が、舞った。
「はい、カーット!! 飯縄ちゃん凄いじゃない、奈子ちゃん声もちゃんと出てたよ〜♪」
数日前飯縄を責めた監督が、ご機嫌で笑っている。飯縄は引きつっていた。
「あ、花瓶なら心配しなくていーからね。いやぁ、本当面白い画が撮れそうだよ〜」
「はは‥‥は」
スタジオは、花が無残に散らばりびしょ濡れになっていた。レザーソファはびっりびりに破られ、立ててあった筈の本棚は倒れている。一見強盗に入られた有様だが、これはあくまでセット、ちなみに強盗犯の出番はない。
「奈子ちゃん、迫真の演技だったよ!」
唯がべた褒めし、『えら〜い、えらいぞっ』とゴロゴロと猫を可愛がるように小紅が抱きしめる。
「お父さん、私ちゃんと女優出来てた? ねぇ!」
もみくちゃにされつつ奈子が弾んだ声で言うのは、菜月が舞台裏を支える一人として、父親の姿を見せたからだ。彼らに報いるためにも、舞台上ではあくまで女優に徹しろと。
「ああ‥‥本当にありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる飯縄に、『奈子ちゃんが頑張ったんですよ』と白蓮が微笑む。
「まさかあの練習を乗り越えるとはね‥‥ふふ、もうすっかり女優の顔ね」
スパルタの姿勢を一貫した八重子は、悲惨な状態になったスタジオも良しとした。そう、あれはまるで女豹のようだったわ‥‥ふふ、発声練習もし甲斐があったわね。
八重子のスパルタと三味を奏でている翔流のハムラビ法典のおかげだろう。
「チェリーさん、さっきの『てっちり』というのは‥‥?」
菜月は本番直前にチェリーが投げかけた言葉の真意が分からない。ああ、とチェリーは頷いた。
「奈子殿の大好物だそうだ」
ちなみにてっちりとはフグのちり鍋の事。
「‥‥渋いですね」
十二の嗜好とは思えない。
「薊を演じきれないのは、鈴蘭役になったかれんちゃんにすごーく失礼なことなのよー? しっかりね!」
「はいっ、しっかりいじめ返します!! コロッケ弁当とかコロッケ弁当とかコロッケ弁当とか!」
小紅に激励された奈子は、ぼろぼろになってるかれん尻目にニッコリ応じた。
「せいぜいバスクリンにしましょう」
マッスル、それは止めているのか煽っているのか?