化け物廃病院アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 べるがー
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 2.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/06〜06/10

●本文

「ねぇねぇっ! 怖かった?」
「「ええと‥‥」」
 とある廃病院を使ったロケで。主演の男女が揃って視線を逸らした。
 目の前には、カッパの着ぐるみを来た青年。この場にいる全員が同期同事務所から輩出された売れっ子アイドルである。
 着ぐるみの青年はびしょ濡れになり黒髪を顔に張り付かせつつ、ニッコリニコニコと嬉しそうに笑っている。さすが癒し系と名高い須村桂(すむら・けい)。
 が、カット23を撮り終えた同出演者の西村みちると妹尾葎(せのお・りつ)、両アイドルと、撮影を見守ったスタッフ全員が沈黙する。
「今のはちょっと自信あるんだよね。角から急に出てくる謎の緑色の物体! 実はカッパ人間!? それとも未確認生物!? なんちって」
「‥‥や、カッパ人間てのも確認された覚えはないような」
「でもさ、僕今までほのぼの〜な役しかなかったじゃない? 皆の後について歩いて、一拍遅れてからもたもた喋るような。せっかく演技も自信から、こういうホラーものでイメージ転換はかりたかったんだよね!」
 無理ですね、と同期のアイドルは思った。
 衣装班による渾身のカッパ着ぐるみは確かにおどろおどろしいものに仕上がっている。中途半端にリアリティ溢れる目玉や手足の水かき、本物かと見紛うばかりの用途不明な殻。じっとりと滴る水は特殊なもので、粘度の高い気色悪さをアップさせている。
 だが、何故だろか?
 桂が着てると朗らかに道案内でもしてくれそうな、廃病院で主人公二人を追いまわすどころか身を挺して守ってくれそうな誠実さが醸し出されている。
 ──ホラーなのに。
「あ、みちるちゃんと葎君も本気で逃げてね! 僕本気で驚かしちゃうから」
 ニッコニッコしている癒し系アイドルを前に、主人公二人は無理です、と呟いた。

「シナリオはもう替えられませんよね‥‥」
「無理だなぁ」
 スタッフ一同、主演アイドル達を放置して手術室内で額を付き合わせる。さながら高度な技術を要する手術を前にした医師達のように。
 しかし、それと同じくらい事は深刻であった。
「やっぱ癒し系アイドルを追い駆け役に持ってくるのは無理があったんですよ」
「仕方ねぇだろ、このドラマはほとんどあの三人の演技力披露のためのものなんだから」
「まぁ演技力は特に問題ないんですけどねぇ‥‥」
「いや、ホラーであの演技は問題でしょ」
 シナリオと主要出演者は代えられない。しかしあの癒し系っぷりカッパ、もとい廃病院に棲まう化け物がアレでは、手に汗握る逃走劇にはなりそうもない。
「──仕方ない。緊急事態だ。応援を呼ぼう」
 監督が苦渋の決断を下した。
 曰く、本物のホラー演技力のある俳優、大募集。



 このドラマのストーリーは、五十年前マスメディアを騒がせた挙句廃業したH病院が舞台。
 かつてこので人体実験が行われていたという不気味な噂の真相を確かめるため、進入禁止柵が設けられている建物にテレビレポーターのみちると相方の葎、そして数名のスタッフが侵入します。
 目指すは記録が残っていると思われる五階の院長室。
 しかし、人体実験された人間なのか、化け物にしか見えない不気味な生き物に襲われて‥‥。

 お声をかけられた化け物役の皆様、思う存分襲って下さい。

●今回の参加者

 fa0126 かいる(31歳・♂・虎)
 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa1069 真鳥・華月(18歳・♂・鷹)
 fa1804 沢渡 操(27歳・♀・蝙蝠)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa2993 冬織(22歳・♀・狼)
 fa3851 夜光蝶・影羅(20歳・♀・蝙蝠)
 fa3859 無淨 惣慈(20歳・♂・犬)

●リプレイ本文

 ──化け物か‥‥怖がらせる役ってのも悪くはないね。
 ビシャアアアン、と鳴り響く雷雨は演出ではない。撮影隊にとって恵みの天気となった怪しい廃病院の中、夜光蝶影羅(fa3851)は無表情で外を眺める。耳にはスタッフが部屋割りを決める声。
「奥行きのある部屋が欲しいとの事でしたので、かいる(fa0126)さんはこちらで」
「おう、ありがとよ」
 2メートル近くある体の持ち主は、早速部屋の検分を始めている。演技の見せ所でもあるので、自分の望む場所の確保は大切だ。
「ええと、次はDESPAIRER(fa2657)さん‥‥」
 あれ? どこですか? とスタッフがきょろきょろと視線をさ迷わせる。スタッフの声を聞いていた冬織(fa2993)はそこじゃ、と背後を指した。
「ほれ、おぬしの」
「ここ‥‥です‥‥」
 うぎゃああああっ!!
 ピシャアアアン、と落ちた雷に負けないくらいの大きな声はスタッフの口から漏れていた。
 スタッフの肩口に手をかけた暗い女性。通称暗黒系と呼ばわれる彼女は、持って生まれた重苦しさで絶望を歌っている。
「‥‥‥‥‥‥」
 喋る者のいなくなった廃病院内科病棟一室。くすりと誰かの笑い声が響いた。
「いいですねぇ、こういう役大好きです、私♪」
 無淨惣慈(fa3859)の目には白目になって転がるスタッフ。

「ばあ!!」
「‥‥‥‥‥‥」
 悪役適役専門活劇俳優、烈飛龍(fa0225)は腕を組んだまま固まっている。目の前でだら〜んと手を垂らすのは、癒し系カッパ、もとい癒し系アイドルの須村桂。カッパ着ぐるみが中途半端に不気味なだけに、その演技は三日は忘れられぬと思うくらい大根だった。
「‥‥お前、それは、本気か」
 本気の演技なのかそれは。デパートの屋上で子供向けダンスを踊るカッパじゃないんだな?
 ほのほの〜とこちらまで癒されそうな間合いで頷く桂に、飛龍は詰め寄った。
「いいか、まず心構えだがな、脅かす相手の事を心底憎たらしい相手だと思い込め! このまま楽に死なせてたまるか! 恐怖の中で自らの行いを悔いて死ぬが良いというくらいまで思い込め!」
 畑違いの癒し系カッパとホラー演技が出来るか!

●悶絶! 壮絶! 大絶叫!
「こ、こちらが噂のH病院内部です‥‥」
 きぃ、と遠慮がちに開く扉の中、真っ暗闇にいる筈の影羅が西村みちるの様子を正確に捉える。
「ははっ、怖がりだなぁ」
 相方役の妹尾葎の、まだまだ余裕のある様も。
 自然に口角が上がっていくのを感じつつ、張り付いていた天井から勢いよく飛び降りた。
『ぐぎゃ! ぐぎゃぎゃ、ぐげげげげ!!』
 奇声を発し、獣化したコウモリ羽を勢いよく羽ばたかせながら。

「い、い、い」
「落ち着けみちる、今のはただのコウモリだ」
 玄関口でいきなり奇怪な声を上げる生き物に襲われ、言葉を失ったみちるを落ち着かせる葎。
錯乱する余り病院を出るどころか廊下を走って一室に飛び込んでしまったが、何の事はない、先ほどの生き物はよく見なくてもコウモリだった。
──それが人間の身長くらいあったとか、『苦しい‥‥助けて‥‥』とか日本語にしか聞こえない言葉を発したとかの特徴はあったが。
「コウモリって日本語話せたっけ?」
 ‥‥南無‥‥法‥‥経‥‥
「んなわけないだろ」
「じゃあさっきのは何!?」
 ‥‥南‥‥妙法‥‥
「知るか、例の人体実験の被験者とかいう奴じゃないか」
「嘘っ、じゃあホントに‥‥?」
 ‥‥南無妙法蓮華経‥‥
「ああ、早くここの院長室に忍び込んで資料を‥‥みちる、お前さっきから読経唱えてんのか?」
 は? とみちるは暗闇の中目を凝らすように葎を見返した。時折光る雷のせいで、目の前の男の青ざめた顔が見えた。
『わしじゃ‥‥哀れな者らを弔っておるのじゃよ』
 第三者の声が割って入り、暗闇に目を凝らすと誰か、いた。
「だ、だ、」
 言葉にならないらしいみちるよりは理性のある葎だったが、自分の立ち入った部屋は既に先客がいた事を知った。
 すう、と暗闇の中銀髪が動いたように見えた。立ち上がったのか。
『わしらのような者らをのう!』
 犬顔の着物の女=冬織の顔面を見た瞬間、葎はみちるを引っ掴み、背後の扉を思い切り開けていた。
『お前の肉を俺にぐれぇええええ!!』
「っぎゃー!!」
 開けた瞬間先ほどのコウモリ男が視界一杯に広がったが、二人は猛然ダッシュしていた。

はぁ、はぁ、と荒い息が階段の踊り場に響いている。みちるの二の腕を引っ掴んで一気に駆け上がっていた葎も、流石にこれは異常だと思っていた。
「う、もうヤダ、家に帰りたい‥‥」
「泣くなみちる、ここまで来たら真相を調べないと」
 泣きべそをかく女を慰めながら上りきると、あんが、とみちるが口を開けて絶句した。
「‥‥おい?」
「こっ、ここっ、ここここ」
 はて、と葎が首を傾げみちるの視線の先を振り返り──
「──嘘だろ」
 拳銃を握ったコウモリ=沢渡操(fa1804)が、銃口をこちらに向けて笑っていた。

「しっ、死ぬだろが普通―!」
 気を失ったみちるを担ぎ、間違いなく実弾を撃たれた葎が侵入時の余裕も吹っ飛んだ様子で階段を駆け上がる。
「ここかっ!?」
 アタリをつけて飛び込んだ葎は、直後後悔した。
 ──院長室。に、見えなくもないが明らかにいちゃいけない人間が飄々とそこにいた。
『うん? 誰だ、久しぶりの被験者か?』
 被験者とか言ってるし。この部屋スモーク焚いてるし。かいるの胡散臭いまでの笑顔が余計怪しい。
「すみません‥‥部屋を間違えました」
『待て待て。そんな体じゃ大変だろう? どれ、これを飲め』
 飲め、と押し付ける前に口に含み、満足げな笑みを浮かべる。
『ふぅ〜っ‥‥美味いぞ?』
 言ってる端からただでさえ巨体の体が更に太く大きくなっていく。怖い、と葎は今ハッキリと思った。

「うっ、ううう、うえ〜っぷ」
「やだ‥‥葎、お願いしっかりしてよぅ」
 よろよろとよろめく相方は、何故かみちるの目が覚めた時悶絶していた。白衣を着た巨人に悲鳴を上げかけたが、扉で引っかかるらしく追われはしなかった。
 が、化け物がこれで終わりとは限らない。みちるは半泣きで葎の背中を撫でた。
「ちょ、ちょっと横になる? ど、どこか化け物がいない部屋‥‥」
 がらっ、と部屋を開けた先は、よりによってオペ室であった。
「ひっ」
 何故か五十年は使われていないだろう部屋が真っ赤に染まっている。生々しい血と肉の匂い。その中央に、白衣のナースが突っ立っていた。
「か、看護婦さん‥‥?」
 今までの展開からしてここで人間はありえない。葎が元気だったならばそう突っ込んでいた事だろう。だがみちるは、聞いてしまった。
『看護婦‥‥?』
 ナースシューズは蒔き散らかされた血と肉のせいで、真っ赤に染まっている。声に反応して振り返った真っ白である筈の、ナース服も。
「いやあー!」
『‥‥手術してあげる』
 血塗れのナース=真鳥華月(fa1069)は、銀色に光るメスを持ってみちるに向かって一歩踏み込んだ。

「葎! 走って、お願い! 早く!」
 腹を抱えて呻く葎は引きずられるまま歩いている。背後で血で滑って転ぶナースがいたが、やはりメスを手放す気はないようだった。
「う‥‥もうお前一人で、行け。院長室」
「駄目だよ、放っておけない! ──って院長室かよ! 普通逃げろって言うだろ!」
 一階からここまでで既に化け物パラダイス。事件の鍵は紛れもなく院長室にあるだろうが、たった一人であの化け物達に追い回されるのは御免だ。
「俺はもうダメだ‥‥」
「ばかあ! 諦めないでよ!」
 どんどん顔色の悪くなっていく葎に、焦るみちる。場は深刻となった。
 ──筈なのに。
「カッパ参上―!!」
 ぺたぺたぺたぺた、すってーん!
 場にこれ以上ない程そぐわないと思われる化け物が、足元に、いた。
「「‥‥‥‥」」
 引き潮のように恐怖が去って行く二人。ぺぇ、と可愛らしく鳴くカッパは、紛れもなく同じアイドルの化け物だった。
 ──この、バカが!
 それを苦々しく見守っていたのは、獣化した状態で激しく脱力している飛龍だ。
 あれほど、あれっほどシリアスなシーンを前に、スライディングでカメラワークに入る須村はホラーを何か別の物と勘違いしているのではないか?
 ──ったく‥‥こうなれば最終手段だ!
『ガァアッ!』
 長く伸びた爪を、場違いカッパ含む三人に、突きつけた。

「四階右奥っ!」
 実は本気で監督からどの部屋が院長室相当か聞いていない葎とみちるは、いくらこの演技を終えたくとも院長室に辿り着くまでは無限に続く。
 ──死ぬ‥‥絶対、死ぬって!
 狙い撃ち込まれる弾は実弾。特殊メイクを通り越した獣は人間サイズで日本語も通じ、マネージャーや監督に聞いていた以上に命の危険が身近にあるような気がする。
「くっ、また外れ! 四階左奥っ‥‥あ!」
 みちるがハッと動きを止める。
『残念、外れでした』
 ごく丁寧な口調で応じるのは、コートを頭から被り仮面で顔を隠した男=惣慈。
 人間。‥‥では、もちろんない。
『いや、ある意味当たりですかね? ‥‥我々の食料に選ばれた、という意味では』
 どこまでも慇懃な調子で語る彼の手には紛れもない武器。
「り、葎っ」
「逃げるぞ、みちるっ!」
『おや、待って下さいよ』
 逃げる二人の背後で、ぶぅんと棒を振り回す男は、勢いに任せ窓を叩き割る。

「五階‥‥最後の部屋‥‥!!」
 途中途中で現れる化け物に翻弄されつつも、ゴールに辿り着いたみちると葎はゆっくりと頷き合う。
 ──最後の部屋。人体実験の、証拠となる資料が放置されているだろう部屋!
「なのに、入りたくない気がするのはどうしてなんでしょう?」
「‥‥歌が」
 歌が!
 不気味な歌声が、しんしんと沈黙を守る廃病院内に響いていた。
『憎い‥‥私達を‥‥こんなにしたあいつらが憎い‥‥!』
 素敵な恨み声が二人を出迎えた。しかもガウンを落とせば、普通の人間にはない筈の羽。
『普通の人間‥‥あいつらの仲間ね‥‥?』
 陰気な声で振り返ったその女は、やはり陰気な表情で天井に飛び上がった。

「出してー! 出してー!」
 がごがごごご、とみちるが半狂乱で扉を叩いている。葎はコウモリ女=DESPAIRERに顔を掴まれていた。
「死ぬ! 誰か助けっ」
『み゛〜つけだぁああああ!!』
「っぎゃー!!」
 どばん、と勢いよく開いた扉の向こうには、肉を食わせろと迫ってきたコウモリが両手を上げて待ち構えていた。
「葎―、葎―!!」
『あら‥‥調子がお悪いの?』
「イヤアー!!」
 血みどろナースがにっこりメスを構えて登場する。
『おお‥‥ここじゃったか‥‥』
 何故か着物姿の犬まで木刀を担ぎ、登場した。
「いやっ‥‥助けて! 助けてぇえええ!」
『何? 具合が悪いのか? これを飲めば治るぞ』
 出入口を破壊して侵入してくるのは巨体が邪魔で部屋から出て来れなかった白衣の男。
『ああ、もう探してしまいましたよ? 美味しく食べられて下さいね』
 スカルフェイスの男の武器が、どこから引っこ抜いたのか鉄パイプに変わっている。
「ぺぇええええ」
『グワアアアアッ』
 カッパだけは素手の化け物に引きずられ、ついでにその顔に爪を立てられている。
「う、うーんんん」
「いやあ、葎気を失わないでー!!」
 コウモリ女に謎の子守唄を耳元で聞かされていた相棒の首が、がっくりと垂れた。ひくり、とみちるの顔が引きつる。
『‥‥‥‥‥‥』
「ま、まさかとは思うけどっ」
 そのまさかのまさか。化け物達が、愛想よく、かつ陰気に。
『逃がさないぃいいいい』
「ぎゃあああああ!!!」

 単なる単発ドラマだった廃病院のそれは、後にH病院の過去・現在・未来に渡る3クール続くドラマへと成長したという。
 ‥‥現在、みちると葎はマネージャーとプロダクション社長に騙されホラー映画のハシゴをさせられている。